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第三部『ポリティカル・アドベンチャー』

慰めの報酬

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バプテスト・アナベル教の事件から一週間後。その後の後始末にも一区切りの付いた週末の日。
中村孝太郎は仲間と共に贔屓のアイドルのコンサートに出掛けていた。孝太郎がこのアイドルのコンサートを観るのは初めての事であったが、孝太郎は飽きる事なく、楽しい時間を過ごす事ができた。今回のコンサートに出掛ける事になったのは、ここ数日がバプテスト・アナベル教の事件の後始末に追われていたという事と、自分が敵の捕虜になってしまったという孝太郎の罪悪感を少しでも紛らわせようと言う心と事件の後処理に追われる仲間達への慰労も兼ねてという事で、絵里子が届いたチケットを全員に配って、家庭の事情で辞退した倉本明美を除いた全員が、コンサートに出掛けたのだった。最後の曲を聴き終えてコンサート会場を出たのは日が暮れてからだった。
聡子は満面の笑顔で今日の日の感想を叫ぶ。
「あたし、普段は恋愛ソングなんて全然聞かないけど、聞いてみると中々面白い物だよな?何つーか、男から女への愛が盛大に語られてるって言うか、そんな感じ!」
絵里子は大声で初心者丸出しの言葉を叫ぶ聡子に向かって、唇に人差し指を当ててから、彼女の耳元で警告の言葉を囁く。
「静かに、今日、わたし達が観た橘和也さんには本当にファンが多いんだから、何をされるか分からないのよ」
絵里子の指摘に聡子は冷や汗をかきながら、引きつった顔で答えていた。聡子は本当かどうか周りを見渡す。そこには多くの男女が聡子に向かって眉を顰めていた。
聡子はとんでもない事をしてしまったと後悔の溜息を吐く。
すっかり肩を落とした聡子に代わって、孝太郎が姉の耳元でかつての友の心境を尋ねた。
「なぁ、あいつは三年間の間でこんなにすごくなったのか?オレがベッドの上で悪夢を見ている間に何があった?」
絵里子は孝太郎の当然とも言える指摘に三年間の出来事を話していく。
橘和也は三年前こそ売れなくて何でもするアイドルであったが、その一途な性格と明るい性格が人々の心を掴み、また感情的に曲を歌う事から、初めてその曲を聴く人たちを自分の音楽の世界に引き込んでいくと言う事実もファンの増加に拍車をかけていた。
絵里子は最初こそ何となく応援していたが、曲を聴いているうちに彼自身の曲に惹かれていったのだった。
実際に聡子も今回のコンサートで、ファンになったようで、彼の曲を何曲も携帯端末の音楽アプリにインストールしていた。
孝太郎は絵里子の話に納得したらしく、絵里子が彼の歌の鼻歌を歌いながら、彼の楽屋に向かって行くのに付き合っていた。楽屋に向かう途中に他のファンに見付からないように、訪れるのは至難の業だった。けれども、三人は何とか辿り着き、橘和也の楽屋の扉を叩く。
扉から姿を現した、橘和也は売れる前からのファンを満面の笑顔で出迎えた。
「よく来てくれましたね!ありがとうございます!」
「いいや、それよりも、お前がこんなに売れているなんて驚きだよ」
孝太郎の言葉に和也は苦笑を浮かべて、
「三年前からの知り合いには同じ事をよく言われますよ。とにかく、入って、入って、積もる話も色々ありますしね」
孝太郎と絵里子は笑顔で二人の顔を見つめ合って、和也の楽屋に入った。
二人に遅れる形で聡子は慌てて楽屋に入室し、急いで楽屋の扉を閉める。
楽屋はこの会場の常備の部屋らしく、あまり豪華とは言えない壁紙と床だったが、設備は豪華そのものだった。スチールの机に椅子が一式。その机の真上の位置にはお色直しのための鏡が置かれ、机の上には化粧品と香水の瓶が並び、その隣にはインスタントのお茶が一通りと紙コップが揃い、それに注ぐためのお湯のポッドが備え付けられていた。床にはファンからの差し入れだと思われる多くのプレゼントの山。大きなクマのぬいぐるみまで置かれていた事には聡子も思わず目を丸くしてしまう。
興奮した声を出す聡子を苦笑いで浮かべながら、和也は自らお茶を作り、三人に出す。メンバーの三人はスチールの椅子に座りながら、思い出話とその日の音楽の感想を話した。和也はその全てに満足な相槌を打っていた。やはり、自分の歌った曲を褒められると嬉しいのだろう。首筋の後ろを忙しくなくさする。
話題も尽きていた頃に、和也は一番気になる疑問を口に出す。
「そう言えば、孝太郎さん……寝ている間に悪夢を見ていたとさっき、絵里子さんに言ったそうですけれど、具体的などんな夢を見たんですか?」
「大した事はないよ。ただ、邪悪なピエロがオレを真っ直ぐ睨んでいた事は鮮明に覚えているんだ」
孝太郎の言葉に確かに和也は微かに首を傾げた。
「失礼ですが、そのピエロは確実に孝太郎さんが夢に見たんですよね?」
「ああ、そうだが……どうかしたのか?」
「いいえ、ただ昔に祖母から聞いた伝説を思い出してですね……」
「伝説?」
孝太郎の言葉に和也は首を縦に動かし、話を続けていく。
「ええ、その昔にこの白籠の地に邪悪なる生命体が現れ、この地に災厄をもたらすようになったと言う伝説ですよ。取るに足らない伝説だと思うんですが」
伝説の怪物と孝太郎が夢で見たピエロの怪物。もしかしたら、この二体は奇妙な所でマッチングしているのかもしれない。いや、それどころか怪物と夢や三年前の石川葵の事件の際に幻覚として見えたピエロは同一個体なのかもしれない。
孝太郎は和也に手を挙げて怪物の事を話し始めた。
「成る程……そのピエロこそが、白籠市を災厄の街へと導く怪物だと思うんですね?」
「ああ、かつての伝説のホラー作家、ラグクラフトの創作したクトゥールの神のような、或いは一昔前のモダンホラー小説に登場する怪物のような……そんなイメージだ」
孝太郎の言葉に和也は暫く黙って紙コップを握っていた。
やがて、顔を上げると和也は自らが祖母に聞いた伝説と自身の仮説を交えた説を話し始めた。
「これはあくまでもボクの推測ですが、孝太郎さんの話す怪物は宇宙から飛来した怪物ではないのかとぼくは考えます」
その言葉を聞いて、孝太郎は堪らずに吹き出す。
「笑い事じゃあありませんよ。あなたはその怪物に取り憑かれている可能性もあるんですから、一度冷静な気持ちで考えてみてください。どうして、我々は……」
その言葉に孝太郎は言葉を失ってしまう。もしかしたら、和也の主張する怪物の存在も23世紀の世の中には実在するのかもしれない。
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