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第二部『アナベル・パニック』

笑うアナベル人形

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大樹寺雫は完全に戦意を喪失したらしい。宙や彼女の背中で待機していた筈の大量のアナベル人形の姿はどこにも見えない。彼女は斬られた脚を自らの両手で押さえて、涙を浮かべていた。孝太郎は離れていた姉を呼び、姉に雫の足を治すように大きな声で指示を飛ばす。
弟の要請に従ってやって来た絵里子は血相を変えて、雫の足の傷を治す。
それから、彼女の両手に手錠がかけられた。孝太郎は手錠をかけられて、呆然としている雫に冷徹な声で、
「大樹寺雫……。お前を内乱罪の容疑で逮捕する」
雫は無感動な声で答えた。
「分かった……この戦いで負けた時から、覚悟はしていたから……でも、忘れないでね。あなたとわたしはコインの裏と表。光と闇。決して交わる事のない平行線。だから、また何処かであなたと相対する筈だよ。神様がそう定めたんだから……その時を楽しみに待っていてね」
雫は手錠を掛けられながらも後悔や反省の色は一切見せない。その言葉を口にして彼女は不気味な微笑を浮かべていた。
孝太郎は自身の携帯端末を使って、応援のパトカーを呼ぶ。端末を使って必死な声で応援を呼ぶ孝太郎の様子を雫は優しい微笑で眺めていた。
仲間四人で雫を睨んだが、雫は微笑を止める意思は示さない。むしろ、彼女はこの状況において笑うのが最善だと考えているのかもしれない。彼女は常に笑顔の仮面を貼り付けていた。
サイレンの音に埋めつくされ、応援のパトカーに引き渡される時でさえ、彼女は笑いを浮かべ続けていた。その不気味なピエロのような笑顔を孝太郎は生涯において忘れる事はないだろう。そう断言できた。孝太郎は仲間と共にパトカーに乗り込み、警察庁に連れて行かれ、大樹寺雫の逮捕時の状況を確認された。孝太郎は雫との戦闘を余す事なく相手の刑事に話した。他の仲間達もいつもの時と同様だった。全てを喋り終えてから、警察庁を後にすると、もう夕方になっていた。
孝太郎は胸の内に残る不穏な思いを残しながら、帰路に立った。この事件はもう終わったのだと言い聞かせて。



当然と言えば当然だろうが、大樹寺雫の逮捕はその日の夜から数ヶ月に渡って日本列島を賑わせていた。この新興宗教団体が、三年前の宇宙究明学会をも超えるテロを画作していた事。指導者の教祖が現役の女子高生であった事などが大きな話題を呼んだ。マスコミはこの事件を大人社会への犯行を試みた少女の革命闘争と位置付けて大々的にスクープを流していた。
当時の裁判記録を確認するなり、白籠市のアンタッチャブルとの最後の対決から五ヶ月後に行われた第一審における大樹寺雫の裁判の際には被害者遺族、被害者の会、その他の人々を合わせて1万人以上の人間が裁判の傍聴を希望したと言う。
中村孝太郎が検察側の証人として出廷した際の彼女の表情は晴れやかそのものであったと言う。大樹寺雫は逮捕当時のセーラー服を身に付けたまま係官に体を縄で縛られた上に、手錠を掛けられて裁判に出廷していたそうだ。
雫は裁判長の男に名前と職業を尋ねられた際に臆する事なく堂々と答えたらしい。彼女はそれから係官に連れられて、被告席に座る。
雫は被告席に座りながら、かつての信者達の様子を眺めていた。五ヶ月という長い時間は信者達を洗脳状態から変えてしまったらしい。彼女に熱心な忠誠を違っていた幹部ですら彼女を口汚く煽った。
幹部達の怒りに満ちた証言が終了し、裁判長から毒ガスを撒こうとした理由を尋ねられた際に、雫は至極堂々とした態度で答えた。
「はい、わたしは確かに彼らに毒ガスの製造と散布を指示しました。全て、わたしの指示によるものです」
雫の言葉に嘘偽りはない。裁判所からの中継を映すカメラ達も雫が堂々とした態度で喋る様子をはっきりと捉えていた。
雫は大袈裟な身振り手振りを揃えて証言を続けていく。
「動機は「救済」です。大和民族は昔の気高さを忘れ、イエス様の尊い導きを邪神の言葉で遮り、金ばかりを追い求める民族になりました。ですから、わたしは神の啓示を受け、今回の計画を主導したのです。この計画が間違っているとは、わたしは思いません」
雫は今度はテレビカメラの前に向かって演説を繰り出す。
「まだ分からないんですかッ!悪魔の堕落はあなた達の手にまで伸びているんですッ!その救済をわたし達教団は考えたのですが、悪魔達の使徒によって阻まれてしまいました……残念でたまりません」
「では、被告人に引き続き質問致しますが、大勢の死者を出した白籠市のビル爆破事件もあなたの指示によるものだったと?」
「ええ、そうです」
雫は一言も漏らす事なくハッキリと言い放った。彼女の顔には焦りも恐怖も存在していない。彼女の証言は全て真実と言っても良いだろう。
彼女は堂々とした態度で証言を続けた。
「彼ら、彼女らは全て大和民族の救済計画のために死ぬ必要がありました。安心してください。あの人たちの魂は今頃、天国に行っている筈ですよ」
彼女の顔には罪悪感という物がない。その代わり、恐怖の色もない。ただ、自分の考えを喋っているだけ。孝太郎は悪寒を感じて震えを感じた。
と、同時に傍聴席から雫への憎悪が爆発した。雫の手によって家族を引き裂かれた人間や雫の行ったテロによって死亡した遺族の野次が飛び交う。雫は人々憎しみを澄ました顔で聞いていた。
裁判長が木槌を叩くも、傍聴席からの野次は止まずに、裁判は収拾が付かなくなってしまう。裁判長は一時の休廷を言い渡す。休廷となり、雫は安全確保のためと混乱に乗じての逃亡防止のために被告人控室に連れて行かれる際に、検察席に座る孝太郎に向かって微笑を浮かべて言った。
「久しぶりだね、孝太郎さん。五ヶ月ぶりかな?その間にも色々とトラブルに巻き込まれていたみたいだね?」
雫は付き添いの係官に早く退廷するように言われたが、雫は席に座る孝太郎に向かって言い続けた。
「孝太郎さん。五ヶ月前の話を覚えてる?あなたとわたしはお互いに付いとなる存在だって言う話……わたしは今でもそう思ってるよ」
「……。そうか、だが、お前はそんな事を言うために、オレの前に現れたのか?」
孝太郎の問いに雫は首を横に振る。
「いいや、注意をしようと思ってね。『キャンドール・コーブ』には用心した方がいいよ。わたしから、言いたいのはこれだけだね、じゃあね、孝太郎さん」
雫は手錠を掛けたまま被告人控室へと連行されていく。
孝太郎は雫からその言葉を聞いた時に血相を変え、今夜のうちにテレビ局に向かう事を決意した。彼は仇敵の指摘によって、ようやく、ここ数日の違和感に気付いたのであった。そして、その裏に何かしらの陰謀が隠されている事についても。
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