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第二部『アナベル・パニック』

トーキョー・アタックーその⑥

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吉田稔に拘束され、中村孝太郎は窮地に立たされていた。少なくとも、現状としてはMCMを嵌められているために魔法は使用できない。『破壊』も『鋼鉄の将軍ジェネラル・オブ・スティールも使用できない。孝太郎はそれでも、監禁されているこの場所から逃げる事を諦めようとはしない。少なくとも、彼らの狂った野望を食い止めるためには、自分自身がこの場所から抜け出す必要があるのだ。孝太郎は脱出の機会を伺う。だが、この場所から逃げ出すのは至難の業とも言えるだろう。孝太郎が焦る様を隠して、目の前の灰色の壁を見つめていると、彼を閉じ込めている扉が開く。
扉を開けて現れたのは、このビルの持ち主にしてバプテスト・アナベル教の幹部、吉田稔だった。稔は口元を歪めて、
「どうかな?この場所で一夜を明かした気持ちは?あれから、三時間も経つのにキミは逃げられそうにないな。フフ、年貢の納め時とやらがきたのかな?」
「なら、とっととオレを殺しでもすればいいじゃないか?何を躊躇っているんだ?銃なり魔法なりでオレの心臓を突けばいいだろ?」
稔は笑顔で皮肉を呟く孝太郎の頬を思いっきり叩く。
「貴様……態度には気を付けろよ。オレが貴様を生かすのは、今日の日に行われる予定の我が教団の計画を満たすための準備のために他ならん。むしろ、それ以外でどうしてお前を生かせる?」
「そうだったな、お前らはそういう奴さ、自分と教祖の利益のために信者から金を毟り取り、必死に自分の懐の銭を増やす現代の寄生虫さ」
「寄生虫」という単語で彼は明らかに不快になったようだ。眉間にシワを寄せて今度は武器保存ウェポン・セーブからリボルバーを取り出して、リボルバーのクリップを握り、銃を丸ごと孝太郎の頬に叩き付けた。肌を裂かれたかのような感触に孝太郎は襲われた。更に付け加えれば、「肌を裂かれた」という比喩表現はあながち間違いではない。彼の頬からは多くの血が流れてはいたのだから。稔は抵抗が出来ずに項垂れる孝太郎の髪を思いっきり掴み上げ、
「よく聞けよ。このクソ野郎、今からお前を我がご主人様マイ・マイスターに引き渡す。その際に無礼のないようにな」
口を切って怪我をしている孝太郎を手当てもせずに稔は叩かれた衝撃で地面に崩れ落ちた孝太郎を無理矢理引きずり起こして、部屋を出ていく。
孝太郎はビームライフルや機関銃を携えた信者たちに周囲を固められながら、監禁されていた小さな部屋から出て、ビルの中を歩いて行く。孝太郎はビルの中が彼の主人の拠点にして、教団の最大の繁栄地、千一色村の近くに存在する本部の一施設をそのままビルに移したかのような光景に絶句されてしまう。ビルの中の道場には大勢の老若男女が訳の分からない動作を繰り返し、道場の中心に置かれた不気味なアナベル人形に向かってお礼の言葉を述べていた。孝太郎はその様子を小さな子供までもがやっている姿を見て、思わず両肩を震わせてしまう。
宇宙究明学会を更に閉鎖的にしたようなこの教団の目的は未だにニュースでは報じられない。だからこそ、孝太郎が一人でこの“真相”に気付いた時にはいても立ってもいられなくなってしまったのだ。
その結果が拘束され、軟禁されてしまうという最悪の事態を引き起こしてしまったのだ。孝太郎は手が自由に使えたら額を覆いたい気持ちであった。
孝太郎の足がビルの中に作られた道場を過ぎて行くと、目の前の青色に閉ざされた大きな扉に辿り着く。恐らく、移動するためのエレベーター。孝太郎は周りを囲んでいた男に突き飛ばされる形で、エレベーターの中に乗り込む。
孝太郎がエレベーターの中に放り込まれるのと同時に護衛の男達もエレベーターに乗り込み、ビルの最上階のボタンを押す。吉田稔の言う教祖にしてご主人様マイ・マイスターとやらは天井にいるらしい。
最上階に着いた時に、孝太郎は目の前に広がる光景に思わず言葉を失ってしまう。先程まで孝太郎が監禁されていた光景が教団の修行場所をそっくりそのまま移した劣悪な環境だったという事と、教祖のために使われているというこの最上階との差があまりにも激しかったためだ。孝太郎は教祖への嫌悪のために鼻筋に皺を寄せたが、目の前に佇むセーラー服の女性はそんな事は構いもしないらしい。事実を知らない人間が評価すれば、“社長室”とも言われそうな贅を尽くした部屋の中央に用意された大きな机の上に置かれた紅茶を少女は黙って啜っていた。
少女は孝太郎が護衛に連れられて、無理矢理席につかされたのを確認すると、お茶を飲む手を止めて、自身の向かい側の席に座る孝太郎を黙って見つめる。
「あなたが孝太郎さんだよね?よろしくね、わたしの名前は大樹寺雫。バプテスト・アナベル教の教祖を務めています」
物事をハッキリと喋らない事態に孝太郎は苛立ったのだろう。雫の質問には答えない。雫はそんな孝太郎を細い目で見つめてから、側に控えていた信者に目配せで指示を送る。教祖からの指示を受けた孝太郎は鉄拳制裁を加えられてしまう。
MCMを付けられて、抵抗ができずにいる孝太郎の姿を満足気に眺めてから、雫は暴行を止める指示を出す。孝太郎は感じた。この女の子は抵抗のできない人間を痛ぶるのが好きなのだと。
そう考えた孝太郎はワザと視線を逸らして、雫に向かって名前を名乗る。
「ふーん、中村孝太郎さんって言うんだ。岡田さんを追い詰めた人だよね?知ってるよ。あの人も可愛そうにね、撃たれた際に体の重要な部分を司る器官を撃たれて、苦しんでいたんだよ」
雫は孝太郎の良心に少しでも罪悪感を植え付けられるためなのだろうか、腕を組んで口元を一文字に結びながら告げた。
だが、孝太郎は凛として動かない。まるで、人形のようだ。雫はもう一度話を続けた。
「それでね、その人は生き返ってもらったの。わたし達の計画に役立ててもらうためにね!」
雫が指を鳴らすと、孝太郎の連行に同行し、今はエレベーターの近くで待機している吉田稔が携帯端末を操作し始めた。すると、エレベーターの到着する音が聞こえて、扉が開くのと同時にタカアシガニの形をした殺人機械を人型のサイズになって現れた。
タカアシガニの形をした機械は機械の重い足で孝太郎の元にまで近寄り、そして、
「久しぶりだな、孝太郎さんよぉ~テメェとあの馬面の刑事デカに襲われて、痛い目に遭った時の事を覚えてるか?あの時は痛かったな、死んだかと思ったよ。いや、
人語を話した機械。その声は確かにかつての東海林会の親分、岡田武人の声そのものであった。
孝太郎の同様など構いもせずに、機械は雄弁に話を続けていく。
「オレはあの後に!トマホーク・コープの最新鋭の体になッ!」
タカアシガニの形をしたロボットは胸の部分から銀色に光る筒を見せ、
「魔法はこの体じゃ使えないが、構わんよな?今のお前はMCMを付けられて、抵抗できないんだろ?」
孝太郎は閉口してしまう。彼は心の中でこう叫びたかったに違いない。もうお腹は一杯だと。




後書き
すいません!本日から、多忙のために3話ずつの更新となります!申し訳ありません!!
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