上 下
36 / 365
トマホーク・ターヴェラント編

双子座の惨劇ーその①

しおりを挟む
中村孝太郎は人の足音が聞こえるたびに、紙の本を近付けて、あまり顔を見られないように配慮する。
が、孝太郎はたまに紙の本から視線を外して、横の長椅子を思わせる金の刺繍が彩られた豪勢な椅子に座る、サングラス姿の太った男とその隣に媚びるように座る一人の茶髪の女性を眺める。
孝太郎が何故、このようなスパイのような事をしているかと言えば、横に座る男こそが、日本の白籠市におけるトマホーク・コープへの武器提供者の一人だと言う垂れ込みがあったからだ。
匿名の垂れ込みであったために、孝太郎はその勇気のある告発者の顔を知る事はできなかったが、匿名の告発者には最大の感謝を送り続けていた。
日本における、武器の密造は重罪だ。それだけに、それに関わった人間にはそれ相応の罰が下される。
今の日本はユニオン帝国と同等か、それ以上に厳しいと各国から、噂されているが、孝太郎としてはそんな批判は知る由もない。
自分は警察官としての仕事を優先するだけだ。
それだけに、男に疑わしい罪状がある限り、捜査しなければならないのだ。
時に、孝太郎は自身の立派な肩にのしかかった重圧に潰されそうになってしまうが、それでも彼は自分を奮い立たせた。
男と同様のファーストクラスの立派な席に座る、勇敢なる警察官は発着までの時間を楽しみにしていた。
孝太郎は座りながら、電車の中を見渡す。電車は広く大きく、ゆとりのあるスペースによって作られており、殆どの席が利用者を満足させるために、羽毛をふんだんに使用して作られていた。
鉄道の旅は時間が進むたびに、『速さ』を優先して作られていったが、セレブ層や少しだけ裕福な中流層の中には、『ゆとり』を求めて旅を望む人間もいた。
そんな人間のために作られたのが、北海道から各駅に停車しながら、移動する古き良き時代の列車オールド・トレインだった。
古き良き時代の列車オールド・トレインはその名の通りに、現在のユニオン帝国。旧アメリカ合衆国の西部開拓時代の後期において使用された大陸横断鉄道をモデルに作られており、竹部大統領の前任、森口信雄大統領の手によって推進された。
古臭い機関車が走るための鉄道や駅が各地に整備され、列車を利用するためのマネーが動く。
普段、このような列車を利用しない孝太郎からすれば、金持ちの道楽としか思わないが、少しでも富裕層が金を落とすのはいい事だろうし、23世紀の世における、現役で走る鉄道の珍しさのために、海外の客が金を落とす時も多々ある。
孝太郎はこれまでの人生の中で初めて利用し、また、今後は利用しないであろう、高級な椅子の背もたれにもたれかかりながら、次に自身の携帯端末を使用して、自身の監視の標的ターゲットである男の経歴を調べる。
男は現役の大学生でありながら、大きな輸出業者として有名な人間であった。
無論、彼が外国に輸出するのは、健全な物ばかりではないだろう。
だからこそ、武器の横流しと言うあらぬ噂が立ち、垂れ込みでトマホーク・コープとの密約が分かり、その証拠を掴むために、彼が生涯利用する事は無かったであろう列車に乗っているのだった。
孝太郎は鉄道乗務員の足音が聞こえたので、再び紙の本で顔を隠す。
鉄道乗務員はその名の通り、この列車に乗る乗客たちへのサービスのために用意された人間の乗務員だ。
人工知能の組み込まれた、人型のロボットではなく、人間のサビースを受けたいと言う富裕層や外国からの客のために、鉄道会社によって雇われている乗務員であったが、その給料は雀の涙と聞く。
孝太郎は客の横暴に耐え、安い給料で使われる乗務員たちに憐憫の情を沸かせていた。
だからこそ、乗務員に対しては丁寧に接しようと決めていた。
切符の確認を求める、カッコいいと言う言葉よりは、可愛いと言う言葉の似合う青年に孝太郎は愛想よく返す。
美青年は弱々しい微笑みで孝太郎の笑顔に応えていた。その顔の端には戸惑いの色も見えている。
乗務員は客の世話だけではなく、切符の確認と言う前時代の作業も行っていた。
わざわざ切符を求められ、不快になる客も多いに違いない。
孝太郎は心中を察して、更に愛想の良い顔を向ける。
孝太郎は鉄道乗務員の男が孝太郎の切符を返して、向こうの男に切符を確認しようとしている場面を見た。
どうやら、男は切符を見せるのが、嫌らしく、顔を赤くして乗務員の可愛らしい青年を怒鳴り付けていた。
あまつさえは、彼の胸ぐらを掴み、殴り飛ばしていた。
いくら客と言えでも、容認できる行為ではない。孝太郎が席を立とうとした瞬間だった。
小さな、だがハッキリと聞こえる声が男から聞こえた。
「へえ、そうか……やっぱり、あなたはそう言う人だよね?昔から、暴力に訴えて、ぼくや姉さんを殴り付ける……なーんにも変わってないやッ!あれなら、三年も経つのにッ!」
「お、お前まさか、園田か……?」
「よく当てたね、竹田くん……キミに台無しにされた事を根に持っててね、今日はその恨みを晴らすために来たんだッ!」
風見と呼ばれた青年は異空間の武器庫から、取り出したであろう六連発のリボルバーの銃口を孝太郎の尾行相手の竹田に向ける。
乾いた音が響く。その瞬間に車内は大きな悲鳴に包まれる。
額を撃ち抜かれ、あかんベーと言わんばかりに舌を出し、額から一筋の血を流している竹田の姿を見て、隣の茶髪の女は半ば気狂いじみた声を出したが、風見と呼ばれた少年が自身に銃を向けると、その声を潜ませた。恐怖のためだろう。
それから、乗務員の象徴である、青い制服を着た青年は孝太郎に銃口を向けて、
「おっと、その場から動かない方が良いよ。間違いないよ、この男は確実に白籠市で武器を作り出していたし、トマホーク・コープに武器を売ってた。動かしようのない事実だ。ぼくが証言するよ」
人を殺したばかりなのに、にっこりとした笑顔を見せる、青年に心を引きつらせながらも、孝太郎はぎごちない様子で答える。
「そうか、助かる。なら、オレ達も解放してくれないか?オレはその女とトマホーク・コープとの関係も立証しなければならないから」
風見は暫く考え込んでから、ノーと叫ぶ。
孝太郎が理由を問うと、
「だって、こいつはぼくと姉さんの手で殺すんだもんッ!今は姉さんが運転手席をジャックしている頃だよ!楽しみだなぁ~」
風見はその後は狂ったように大きな笑い声を上げ始めた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

仮想空間のなかだけでもモフモフと戯れたかった

夏男
SF
動物から嫌われる体質のヒロインがモフモフを求めて剣と魔法のVRオンラインゲームでテイマーを目指す話です。(なれるとは言っていない) ※R-15は保険です。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも同タイトルで投稿しております。

Dragon maze~Wild in Blood 2~

まりの
SF
シリーズ二作目。Wild in Bloodの続編。あれから三年。突然A・Hの肌に現れる翼の生えた蛇の印。それは理想郷への免罪符なのか……暗号、悲劇、謎のメッセージ、箱舟から出た竜とは? 主人公をネコのA・Hカイに交代し、ここに新しい神話が始まる。

Live or Die?

阿弥陀乃トンマージ
SF
 人類が本格的に地球から宇宙に進出するようになってから、すっかり星間飛行も宇宙旅行も当たり前になった時代……。地球に住む1人の青年、タスマ=ドラキンが大きな夢を抱いて、宇宙に飛び出そうとしていた!……密航で。  タスマが潜り込んだ船には何故か三人組の女の子たちの姿が……可愛らしい女の子たちかと思えば、この女の子たち、どうやら一癖も二癖もあるようで……?  銀河をまたにかけた新感覚一大スペクタクル、ここに開演!

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

グラッジブレイカー! ~ポンコツアンドロイド、時々かたゆでたまご~

尾野 灯
SF
人類がアインシュタインをペテンにかける方法を知ってから数世紀、地球から一番近い恒星への進出により、新しい時代が幕を開ける……はずだった。 だが、無謀な計画が生み出したのは、数千万の棄民と植民星系の独立戦争だった。 ケンタウリ星系の独立戦争が敗北に終ってから十三年、荒廃したコロニーケンタウルスⅢを根城に、それでもしぶとく生き残った人間たち。 そんな彼らの一人、かつてのエースパイロットケント・マツオカは、ひょんなことから手に入れた、高性能だがポンコツな相棒AIノエルと共に、今日も借金返済のためにコツコツと働いていた。 そんな彼らのもとに、かつての上官から旧ケンタウリ星系軍の秘密兵器の奪還を依頼される。高額な報酬に釣られ、仕事を受けたケントだったが……。 懐かしくて一周回って新しいかもしれない、スペースオペラ第一弾!

アルケミア・オンライン

メビウス
SF
※現在不定期更新中。多忙なため期間が大きく開く可能性あり。 『錬金術を携えて強敵に挑め!』 ゲーム好きの少年、芦名昴は、幸運にも最新VRMMORPGの「アルケミア・オンライン」事前登録の抽選に当選する。常識外れとも言えるキャラクタービルドでプレイする最中、彼は1人の刀使いと出会う。 宝石に秘められた謎、仮想世界を取り巻くヒトとAIの関係、そして密かに動き出す陰謀。メガヒットゲーム作品が映し出す『世界の真実』とは────? これは、AIに愛され仮想世界に選ばれた1人の少年と、ヒトになろうとしたAIとの、運命の戦いを描いた物語。

自衛隊のロボット乗りは大変です。~頑張れ若年陸曹~

ハの字
SF
日比野 比乃(ヒビノ ヒノ)。国土防衛組織、陸上自衛隊第三師団“機士科”所属の三等陸曹、齢十七歳。 自衛隊最年少の人型機動兵器「AMW」乗りであり、通称「狂ってる師団」の期待株。そして、同僚(変人)達から愛されるマスコット的な存在……とはいかないのが、今日の世界情勢であった。 多発する重武装テロ、過激な市民団体による暴動、挙げ句の果てには正体不明の敵まで出現。 びっくり人間と言っても差し支えがない愉快なチームメンバー。 行く先々で知り合うことになる、立場も個性も豊か過ぎる友人達。 これらの対処に追われる毎日に、果たして終わりは来るのだろうか……日比野三曹の奮闘が始まる。 ▼「小説家になろう」と同時掲載です。改稿を終えたものから更新する予定です。 ▼人型ロボットが活躍する話です。実在する団体・企業・軍事・政治・世界情勢その他もろもろとはまったく関係ありません、御了承下さい。

空想科学小説-蘇り転生の魔王、絶滅寸前の魔族を救う!

shiba
SF
プログラマーの田中一郎はデバッグ中に意識を失い死亡する。死因は強制的に転生させられた事、享年35歳のおっさんである。しかし、目覚めると、やたらと豪奢なベッドの上で…… そこで彼は300年前に勇者と相打ちになった魔王である事を思い出す。今や魔族は風前の灯、生存圏はダンジョンのみ、かつての友や配下も討ち死にしてしまっている現状。 ”世界は一つではない”と知った彼は転移ゲートを設置し、地球から異世界に輸入した様々な物品と知識で、天狼の娘や吸血鬼の令嬢、貴族の悪役令嬢(予定)たちと共に魔族勢力の巻き返しを図る! ※小説家になろう様でも掲載しております。

処理中です...