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外伝・少年と雷神編

嵐の前の静けさの中でアイスクリームを食う

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長い取り調べだったが、油断はできまい。翌日も取り調べは続くのだ。
特に、現場での警察官に代わり、狂った薬物中毒者ジャンキーと戦っていた刈谷浩輔とその仲間たちには二日かけて、より一層きつい取り調べが行われた。
一旦、解放されたとしても全員の肩に思い重圧のようなものがのしかかっていく。
刈谷浩輔は二日目の取り調べを終えてから、友達を集めて街の喫茶店に集まっていた。
商店街の中に存在する小さな店は外見上は昭和と呼ばれていた時代の後期に建てられたショーウィンドウの中に数少ない店の手作りケーキやコーヒーなどが飾られている質素な店であったが、店内はちゃんと二十四世紀風に仕立て上げられていた。
ミッドセンチュリー式の四人式のソファーにテーブルの上には指でタップするだけで、メニューが出る仕組みだ。
会計は機械が覚えておいてくれ、退店時に店主に金を払えば良い。
刈谷浩輔は店内の奥に存在する壁に近い席を占領して、そこに仲間たちを手招きしていく。
刈谷浩輔の仲間たちは喫茶店に集まって、それぞれの席に座っていく。
一番、壁に隣接する席には刈谷浩輔と柿谷淳太が向かい合って座っている。その隣には火野陽子と阿久津孝弘のカップルが、そして、一番廊下に近い位置に、小川宏子が座っていた。
全員が警察から解放されたという事も手伝い、重い雰囲気であったのだが、それを打ち破るべく真っ先に行動したのが、この中で一番強い魔法を持ち、今回の英雄でもある刈谷浩輔だった。
「みんな、今日はお疲れ様、もう夕方になっちゃったけど……部活のオフ会みたいになっちゃっているけれど、まあ、今日はみんなの激闘を労うという事で……」
浩輔が照れ臭そうに頭をかいていると、
「……あなたに言いたい事がある」
一番この中で無口だと思われていた小川宏子が口を開く。
その様子を目を見開いて、驚きを隠しきれない、という表情を浮かべる浩輔に対して、宏子はテレビ番組の司会者のように次々と流暢に喋っていく。
「あなたには感謝している。わたしの命を助けてくれて、本当にありがとう!ついでに、わたしをあいつの支配から助けてくれてありがとう!あいつがあの男に殺されたのは本当に偶然だけれど、それでも、わたしがもうあいつに苦しめられないで、済むと思うと、本当に嬉しい!そして、あなたが帰ってきてから、あなたに言った事を覚えている?『キミはこれから、ぼくが泣かせはしない』ってセリフ!安い特撮ヒーロードラマの主人公みたいな……」
「待って!ストップ!ストップ!ぼくはただ、あの場の成り行きで言っただけで……」
顔を赤く染めて、両手を左右に振る、浩輔の様子に全員が苦笑いを浮かべている中で、小川宏子だけが街の診療所の医者のように優しい微笑を浮かべて、
「ううん、あなたにあんな事を言われて、わたしはとっても嬉しかった。何より、周りは村本を恐れてばかりで、誰もあんな事を言ってくれなかったから……」
宏子の続いて出た言葉を聞き、全員が顔を曇らせる。
浩輔はアラビアの古い童話『アリババと四十人の盗賊』に登場する盗賊の宝を守る口のように固く閉じていた口をやっとの思いで開き、
「……ぼくだって、その村本って人が生きていたら、多分、傍観者を貫いていたと思う。ぼくって卑怯だからさ」
浩輔はそう言って、自虐的に笑ってみせる。だが、宏子は優しい微笑を浮かべたまま、首を横に振り、
「ううん、違うよ。キミは弱くなんてない。キミはすごい力を持った怖い大人と戦ってくれた。キミ一人じゃ敵わないと考えている大人にも、わたしを守るために戦ってくれた。だから、わたしはあなたに感謝してるの」
浩輔は答える代わりに、宏子に向かって微笑み返す。
宏子はその様子を見てから、手をパンと叩いて、
「じゃあ、今日はこの話はこれでお終い!今日は美味しいご飯お姉さんがキミたちに奢っちゃうぞ!」
その言葉に全員の目が輝く。
「本当に!?じゃあ、ぼくは店主の特製ショートケーキ!」
浩輔がタッチパネルから映し出される映像に向けて人差し指を突き刺す。
大方、そこにさぞ素晴らしい食欲をそそるショートケーキの姿が描かれているのだろう。
「じゃあ、あたしはこの店、特製の紅茶!」
「お、おれも陽子と同じ奴を……」
孝弘と陽子のカップルが殆ど同時に呟く。
「はいはい、あ、キミはどれにするの?」
小川宏子はそう言って、刈谷浩輔の向かい側に座る柿谷淳太に話しかける。
「ぼ、ぼくは……いいです。あの事件じゃあ、何も活躍していないし……」
淳太の弱々しい声に、宏子は再び聖母マリアのような優しい微笑を浮かべて、
「遠慮しなくていいのよ。あなたも勇気を出した、わたしから見れば、円卓の騎士の一人なんだから」
円卓の騎士。その言葉に刈谷浩輔は自分とかの世界で二番目の帝国の英雄アーサー王と自分が同列に掲げられている事に、思わず耳を赤く染めしてしまう。
「あ、あの幾らなんでも盛り過ぎじゃ、せいぜいぼくらは負け組倶楽部イレギュラーズなんじゃ?」
「もしかして、キミ、あのスティーブン・キングの書いた、古典書『IT』のファン?でも、それを言うんなら、ルーサーズ・クラブじゃ?」
「ぼくは『銀河英雄伝説』のファンなんです……主人公が最後の方で皇帝カイザーラインハルト率いる銀河帝国に対抗するときに、ザ・イレギュラーズを名乗っていたでしょう?それにあやかって、と思って……ぼくたちも、ほら言うなれば、負け組ばかりのイレギュラーばかりですし……」
最後の方で口籠る様子が友人らしいな、と淳太が微笑んでいると、
「気に入ったわ、じゃあね、中学が復旧するまでは、わたし達で集まらない?」
「ぼく達で?」
「うん、取り調べが終わった後に、全員で遊んだり、中学生らしい事をするの!中学生は一生に一度しか訪れないんだもの!村本も、キミらを睨む存在もいないんでしょ?なら、わたし達だけで色々な事をしてもいいんじゃないかな?」
宏子の最後の言葉は全員の意思を代弁していたと言えよう。
全員が全員首を揃えて宏子の提案を首肯する。
その直後に、柿谷淳太は店全体に響き渡るような響き渡るソプラノ声で、
「じゃあ、ぼくはアイスクリームで!」
「了解、アイスクリームね!」
宏子は人差し指を満足そうに鳴らす。
ここに五人の友情が永遠に結ばれるための儀式が終了した。
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