魔法刑事たちの事件簿R(リターンズ)

アンジェロ岩井

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外伝・少年と雷神編

刈谷組の再興

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刈谷浩輔はかつて、白籠市を牛耳っていた刈谷阿里耶の末の弟である。
三年前、彼の兄達が幅を利かせていた頃は彼はまだ小学校の高学年の年齢にあたり、ヤクザとは程遠い位置にあった。
また、普通の友達も学校や学習塾などに確実に存在しており、彼の人生における最初の数年間は満たされていた、と言っても過言ではないだろう。
だが、一年前。刈谷組がこの街で完全に力を失うと、彼は組の後ろ盾を失い、それをきっかけに不良生徒が彼を苛めるようになったのだ。
しかも、彼らのいじめにはちゃんと理由というものがあったのだから、尚更性質タチが悪かった。
それは東海林会。つまり、刈谷組の後続組織にして、今、吸収している勢力が街に武器や麻薬を流していて、それに身内が苦しめられている、というものであった。
当然、浩輔は指示をしているわけでもないし、そもそも組には関わってすらいないのだから、彼を恨むのはおかど違いというものだろう。
だが、不良やそれに従う腰巾着。更にはヤクザをよく思っていない、いわゆるカタギの人達が浩輔に反感を持つのは当然とも言えた。
だから、この日も浩輔は中学校の校舎の裏側で不良グループに付けられた、傷を水で流している最中であった。
勢いよく水をかけたせいで、髪が濡れる。だが、そんな事は問題じゃない。
問題は顔に付けられた僅かな傷にあったのだ。
浩輔は水と涙が同時に流れていく事に気が付いた。
アハハ、と乾いた笑い声が漏れる。
最も、誰も来ない校舎の裏側だから、聞こえようもないのだが……。
水を右手で拭いていると、
「ねえ、刈谷くん、帰らないの?」
と、後ろで声変わりがまだだと思われる可愛らしい声が聞こえた。
浩輔自身も14歳にもなって声変わりは未だしていないのだが、この同級生もそうらしい。
短い髪に女子と見間違える程の美しい顔。帰宅部らしいのに、出ていないお腹。もし、浩輔が女の子だったら、確実に「好き!」と告白していたであろう人物。彼の名前は柿谷淳太というらしい。
疑問文なのは、彼と同じクラスなのにも関わらず、あまり喋った事がないからだった。
淳太は浩輔に付いた傷を見て、一瞬引きつったような顔を浮かべたが、すぐにそんな顔を引っ込めて、
「ねえ、一緒に帰ろうよ!今日は、兄さんが捜査で遅くなるから、僕一人だから、家までただ一人で帰るのも寂しくて……いいでしょ?」
淳太の提案を浩輔は二つ返事で引き受ける。それも家にいるのは親代わりの弁護士だけだし、彼も最近は忙しいので、浩輔も淳太同様に寂しかったからだ。
淳太と浩輔が並んで帰っている。出来たばかりらしいピカピカの門を抜けて、二人は白籠市の中心街に入る。
駅に近い、この中心街は多くの中高生が集まる場所だった。
途中、淳太はスーパーに寄るらしく、浩輔も買い物に付き合う事を了承した。
ザワザワと騒がしい商店街の声をBGMに柿谷淳太は今日の夕食の事について熱心に語っていた。
「それでね、今日はハンバーグにしようかなって考えてるんだ。ウチの兄さん、実はハンバーグとかカレーとか好きなんだよね。あんな、馬面巨人なんて噂されてるのに、好物は案外普通だから、面白いよね」
浩輔は首を縦に振る。淳太は女神のような笑顔を浮かべながら、
「でもね、兄さん、それとは反対にヘルシー系の日本料理とかすっごく苦手なんだよ。この前もひじきを出した時の兄さんの顔すごかったんだから!もうこの世の終わりみたいな顔してて……」
淳太の話は面白い。それでいて、身内への愛を感じられる。こんな身内を持てたらな、と浩輔が甘い幻想に浸っていると、
「おい、お前……どこ見て歩いてんだよ。おいッ!」
最悪だ。浩輔は思わず目を瞑ってしまう。街の中でも東海林会崩壊後の街の中の有力な暴力団に近いと松原会と密接な繋がりがある、この市内でも評判が最悪のチンピラ達だ。
浩輔は何度も何度も謝罪の言葉を述べるが、相手はそれを見ても何の感情も湧かない、むしろ、腹正しく思ったらしく、浩輔の顔を思いっきり殴った。
浩輔は殴られた衝撃で、地面に叩き付けられた。
「やめろよ!」
と、ここで淳太が見かねたのだろうか、殴られた浩輔と不良グループの間に割って入る。
「い、いくら、彼に非があったとは言え、そこまでやる必要ないじゃないか!?しかも、こんな往来の中で……」
「うるせえよ、まじで、お前も殴られ……」
と、ここでリーダー格とも思われる右耳にピアスを入れた茶色の革ジャケットを着た男が淳太の顔を見つめる。思わず舌を舐めた事から、気に入られたらしい。
リーダー格の男はヘラヘラと笑いながら、
「じゃあな、お前がオレらと付いてきたら、お前らを許してやるよ。心配するなよ。少し、オレらとあまり金のかからない遊びをするだけだから……」
リーダー格の男は商店街の裏路地を親指で指す。
淳太は自分が何をされるのかを悟ったらしく、目が怯えていた。それに体も震えている。それは殴られて倒れている、浩輔の目線からも確認できた。
どうやら、ロビン・フットはこの世には存在しないらしい。浩輔は無力な自分の体を呪った、まさにその時だ。
茶色の革ジャケットを身に纏った男と淳太との間に、一人の体格の良いそれでいて、ハリウッド俳優の写真集で薔薇を咥えていそうな赤銅色の男が現れた。
男はタバコを咥えながら、相手を見つめている。不良達もその男の気迫に一瞬怯えた表情を見せたが、茶色の革ジャケットの男が、
「おい、テメェら何ビビってやがるッ!所詮は一人だッ!それよりも、テメェ……オレらとこいつとの間に割って入るとはどういう了簡だァァァァァァ~!!」
リーダーの男が割って入った茶色のスーツを着た男にストレートを喰らわせようとした。
だが、その拳が入る前に、男の右手によって受け止められ、そのまま男の左手によって殴り飛ばされた。
他の二、三名のその男の取り巻きと思われる男が茶色の革ジャケットの男の周りに群がう。
兄貴!と叫ぶ声が聞こえる事から、どうやら、全員の兄貴分らしい。
浩輔がそんな事を考えていると、起き上がった兄貴分とそれを見届けた全員がスーツの男に向かって来る。
男はまず、咥えていたタバコを地面に投げ捨て、それから最初に右ストレートを食らわせようとした、男の腹を殴り、これをダウンさせる。
次に黄色のパーカーを着た男の左ストレートを避けて、男の顔に強烈な一撃を喰らわせる。
更に今度はナイフを持って襲って来る男の腕を掴み取り、背負い投げを喰らわせる。男は地面に叩き付けられ、ノックアウトさせられてしまった。
手下全員を倒された上に、自身も先程強力なストレートを喰らわされた、茶色の革ジャケットの男がまるで、小動物のようにブルブルと体を震わせているのを見た、美男子はギロリと男を睨み付け、
「失せろ、今度同じ事をすれば、容赦なくムショにブチ込むぞ」
浩輔は不良グループを叩きのめした男がようやく警察関係者らしい事を悟った。
それは、不良達も同じらしく、怯えた声を出して、逃亡していく。
呆気に取られて、呆然としている浩輔は逃亡する声が聞こえる中で、ようやく目の前の男から手を差し伸べられている事に気が付く。
「大丈夫?安心してくれ、オレは刑事だから……」
先程の顔とは正反対の桃の花のように優しい顔。
浩輔の頬が少しだけ、赤く染まっている事に気付く。
浩輔は目の前の好男子に短くお礼の言葉を述べる。
「どう致しまして、オレは刑事だからな……市民の安全を守るのは義務と言えるかもしれないからね」
優しく笑う美男子に浩輔が見惚れていると、
「大丈夫!浩輔くん!!」
柿谷淳太が慌てた様子で駆け寄って来る。
「心配してたんだよ。君、めっちゃくっちゃに殴られたから……」
「知り合いか?淳太?」
どうやら、柿谷淳太とこの男は知り合いらしい。
浩輔は淳太に自分を助けてくれた刑事の名前を問う。
「ああ、言ってなかったっけ、この白籠署の刑事で、白籠市のアンタッチャブルと言われているメンバーの副リーダーなんだよ。僕の兄さんとも友達で……」
その後の説明は浩輔には入ってこなかった。当然だろう。目の前にいる男こそ、浩輔の大事な兄達を全て、奪い取った男なのだから……。


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