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ファースト・ミッション編

拳銃と麻薬とーその③

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某日某時刻、白籠市、オールディンスト・アメリカンストリート。
1950年代のアメリカ合衆国の中流層が建てていた家々を再現した通りはまさに寂れているという言葉が一番似合う箇所だっただろう。
家々のペンキが剥げ、ポストは外れ、かつて家の前を覆っていたはずの芝生はとっくの昔に枯れて緑色の地面は干からびた黄色の地面へと変色していた。
こんな場所で取引をする事もないだろうと、東海林会の幹部、桐野弘之はワザワザ口に出してしまう。
桐野弘之は美男子という言葉には程遠い部類であったかもしれない。
だが、彼の江戸時代の北辰一刀流を極めた幕末や戦国の時代の剣豪を思わせる体にはある種の魅力を感じずにはいられない。
事実、彼は合う人間に顔は長茄子のようであると酷評されるが、身体のみに限れば、立派な身体だ、まるでギリシア彫刻のように素晴らしい身体だと何度も称賛されたのだから。
だが、そんな体格を有した彼でも上司にして東海林会のリーダーである、岡田武人に出会うとどうしても臆面してしまうのだ。
あの異常に上がった白色の髪。いつ切れるのか分からない思考。誰にでも飛びかれれそうな身軽そうな身体。
あれを見ると、どうしても戦闘不能になってしまう。自ら剣を下ろしてしまうのだ。今、自分が持っている杖の中に仕込んだ剣を。
人間の本能のようなものなのだろうか。
そんな事を考えていると、取引の現場に到着したらしい。
オールディーズ・アメリカンストリートの中でも最もみすぼらしい家。
少なくとも、桐野にはそう思わされた。
ペンキの剥げ具合は他の家とは比較にならないし、窓ガラスさえない。
郵便ポストは地面に落ち、白色の柵があったと思われる場所には所々崩れ痕跡を確認させられた。
名作『キャリー』の主人公、キャリー・ホワイトだってもう少しマシな家に住んでいるだろう。
桐野は不快感を隠しながら、家の殆ど機能していない扉を開ける。
扉を開けた先に待ち構えていたのは、サングラスをかけた白色のトレンチコートの女とその護衛と思われるジュラルミンケースを持ったサングラスをかけた男二人。
桐野はこんな誰も来ないような場所に少し大袈裟過ぎるのではないかと考えたが、文句を唾と同時に飲み込んで、この家に元々あったらしい表面がボロボロの黒色の長机の上に白い粉の入った袋を放り投げる。
サングラスをかけた女性がそれを一口舐める。サングラスの陰から小シワが発見できる事から恐らく年齢は30代以上なのは確定だろう。
これまでの人生も今と同様に麻薬を舐めながら過ごしていたのだろうかと、考えていると、
「ふん、まあまあね、いいわ、取り引きには応じてあげようじゃあないか」
護衛と思われる男はジュラルミンケースの中身を開けて中に入っている一千万円はくだらないと思われる中身を見せる。
「取り引きは成立ね、それよりもあんた一人でここに来たのかい?」
女はタバコを咥えながら見下すような表情で尋ねる。恐らく、この表情の中には東海林会は幹部一人で来なければならない弱小組織なのかという意志が入っているのだろう。タバコを咥えたままなのも自分達を弱小組織だと見下しているからなのかもしれない。
桐野はふんと鼻を鳴らしてから、
「ええ、そうですよ。おれ一人で来ましたよ、ですが、オレは東海林会の幹部の一人でね、その上幹部の中で、岡田さんからの信頼が一番厚いんだ。だからこそ、あんたのようなチャイニーズ・マフィアとの取り引きにも簡単に任せられる」
「ふふん、言うわね……でも、残念トレンチコートの下はチャイナドレスじゃあなくってよ」
「別にそんな事は期待していない」
桐野はこのチャイニーズ・マフィアの名前を必死に思い出す。
確か、名前は百目竜ハンドレッド・アイ・ドラゴン。かつての九頭竜が進化したような組織で、ボスの正体は九頭竜時代同様にトップシークレット扱いとなっている。
名前の由来はボスという名の強力な竜の百個の目玉が手下や敵を見張っていると言う意味から来るらしい。
組織のルールとして、ボスの名前を詮索する事はタブーとされ、その禁忌を破った人間には皮肉とも言うべき事に、ボスと二人っきりにされ、その場でボスに直々に始末されるらしい。
しかも、岡田武人のやり方など軽くあしらわれるくらいの残忍なやり口らしい。
「~らしい」という仮定表現が続いているのは桐野自身にもそんな噂しか耳に入らないからだ。
だが、百目竜ハンドレッド・アイ・ドラゴンは3年前の日本全国青年競馬大会にて大きな損失を負って、日本を後にした筈だ。
何故、まだ日本の地を踏めているのだろう。
そんな桐野の疑問は目の前の中国人の女が代弁してくれた。
「あの時、忌々しいトニー・クレメンテの手によって、東日本総支部は壊滅したわよ、だけれどね、西日本の勢力は残っていたの、そこで他のチャイニーズ・マフィアやストリートギャングと連帯してね、それこそおたくのような反竜堂寺を掲げるヤクザ組織とも取り引きして、日本での勢力を取り戻して行ったのよ。最もヨーロッパの方の支部はボルジア家にコテンパンにされたらしいけど、あたしも詳しい事は知らないから、よく分からないわ」
紙巻きタバコを吹かしながらの中国人の女の説明には何処か納得できるものがあった。
「詰まるところ、俺たちとあんたが取り引きするのは必然だとでも?」
「物分かりがいい子は助かるよ、じゃあ早くこの家を出ようか、ここは辛気臭くてあたしにはたまったもんじゃないよ」
「同感だ」
桐野がそう言って、家を出ようとすると思わず目の前の光景を疑ってしまう。
何故、この男がいる。何故、こいつらがいる。
そんな男の魂の叫びとも言える疑問に答えたのは他ならぬ自分に拳銃を突きつけている白いコートに黒色の背広を着た若い刑事の男だ。
「お前たちの目論見はあるルートからとっくにお見通しなのさ、お前がたった一人でやって来るのも、百目竜ハンドレッド・アイ・ドラゴンと取り引きを行うのも……」
「成る程、その言葉から察するに組の中にテメェらに情報を売り渡した不届き者がいたっつー事か、ピサロ総督にイエス・キリストを売り渡したユダみてーな奴がうちの組にも……情けないぜ」
「まあ、半分正解と言った所か」
刑事の男は持っていたコルトパイソンを突きつけながら言った。
桐野は男の隙を伺う。とにかく、奴が一瞬でも隙を見せればいいのだ。
そうすれば、直ぐにでもこの仕込み刀の餌食になるのに。
生憎、その手口は刑事の男にも見破られてしまっているらしく、コルトパイソンを突きつけたまま放さない。
が、ここで桐野に助け舟が入る。普段は神など信じない桐野が神様が唯一神様を信じてもいい瞬間だった。
まだ、家にいた中国人の女が何かを叫び、目の前の男が一瞬だけ注意とコルトパイソンを自分から離したのだ。
桐野はこの隙を逃さまいと、ハヤブサよりも早く仕込み杖から刀を抜き、刑事の男に斬りかかった。
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