婚約破棄された悪役令嬢の巻き返し!〜『血吸い姫』と呼ばれた少女は復讐のためにその刃を尖らせる〜

アンジェロ岩井

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番外編『血吸い姫現代版!現代のクライン王国にカーラたちの子孫が現れた!』

現代ならではのやり方を模索させていただきますわ

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前書き
皆様、お待たせしました。もう一本の小説となります。今回は仕置きに至るまでの経緯と作戦会議とを記させていただきました。
そして、翌日はいよいよクライマックス、本命の相手に対する仕置きとなります。

ヒューゴとギークの二人が自分たちの仕置き仲間であるカーラから呼び出しを喰らったのはマーロン・スミスとその一味に対する仕置きの晩から一週間が経過してからのことであった。
二人はカーラからの突然の呼び出しを受けて困惑していたようだが、それでも共に害虫を駆除した仲間である。よもや裏切ることはないと考えて二人はカーラが話し合いの場所として指名したいつものカラオケボックスへと足を運んでいたのだ。
カラオケボックスのどの部屋にいるのかということは既に携帯端末のメールメッセージの方で確認を行なっている。二人は学校が終わるとそのまま迷うことなくカラオケボックスの中へと足を踏み入れた。

すると、そこには目線を泳がせているカーラとその隣で腕を組んでいるカーラの母レキシーの姿が見えた。
レキシーはレイピアの剣身のように鋭くなった両目をこちらに向けて二人を睨んでいた。
身の危険を感じた二人はそのままドアのノブを引いて逃げ出そうと目論んだのだが、その前にレキシーが声を掛けたことで二人の目論見は脆くも崩れ去ってしまう。

「ヒューゴ、ギーク。座りな、話がある」

単純な一言であったが、その中には明らかな圧が含まれていた。二人は両肩を強張らせながらもレキシーの向かい側にある長椅子に腰を掛けるしかなかった。
それ以降無言の沈黙が続いていたが、やがてレキシーが直前に入れていたであろう飲み物に手を伸ばし、一気に飲み干すと、会話の口火を切った。

「二日前の一件……あんたたちの仕業だろ?」

その一言で二人はカラオケボックスの中で凍りついてしまった。レキシーは二人が起こした仕置きのことを完全に見抜いていたのだ。レキシーの指摘に対して惚けようとも考えたが、今のレキシーからは有無を言わさぬ雰囲気が漂っており、二人の言い訳など通じるはずがなかった。ならば、とばかりに二人はクライン国の住民であるのならば当然与えられている黙秘権を行使することに決めた。
だが、黙秘権はレキシー相手には通じなかったらしい。二人の沈黙を他所に飲み物を片手に色々なことを語っていく。

レキシーはギークがアリバイ工作やインターネット工作を行ったこと、そしてヒューゴの剣が校長を貫いたということまでも知っていたのだ。
ここまで暴かれてしまっては言い訳の仕様があるまい。ヒューゴは観念したように口を開いた。

「……困ったな。どうしてそこまで知ってるんですか?」

「簡単な話だよ。この子に聞いたんだ」

レキシーは自分の隣で視線を泳がせているカーラを指しながら言った。

「カーラッ!」

ヒューゴは実の母親を相手にあっさりと口を開いた仲間に対して激昂し、殴り掛かろうとしたが、その前にレキシーが手でヒューゴを静止させたのである。

「待ちな。カーラは悪くないよ。それどころか正しいことをしたんだ」

「正しいこと!?自分のことだけ考えて、ぼくたちを警察に売ろうっていうのが!?」

ヒューゴの次に激昂したのは隣に座っていたギークである。怒りという名の暴竜に精神を支配されたギークは拳を強く握り締めながら身を乗り出して全身から圧を発するレキシーを相手に抗議の言葉を飛ばした。

「……警察?」

「そうだよッ!自分の母親にそのことを告げて、ぼくたちを警察に売ろうっていう魂胆だろ!?」

「それで自分の身は医者である母親に守ってもらうってことか、汚いことをするな」

ヒューゴが便乗する。明らかに卑怯者を糾弾する口ぶりだ。

「何を勘違いしているんだい。話を最後までに聞かずに決め付けるんじゃないよ」

レキシーの一言で流れが変わった。予想外の返答に目を丸くする二人を他所にレキシーは話を続けていく。

「あたしの提案っていうのはね。あんたたちの仕置きに今度からはあたしも加えてもらいたいってことなのさ」

それを聞いた二人は付いていけなかった。何も言わずにソフトドリンクを啜るレキシーに代わって隣に座っていたカーラが母親に変わって同じ台詞を繰り返す。

「つまり、お母様は私たちの活動に加わりたいということなんですよ」

カーラはレキシーが自分たちの駆除に加わりたいという動機を二人に対して語っていく。カーラによればレキシーも昔は母親の何でも屋稼業を手伝う傍らで裏の仕事として害虫駆除人をしていたのだそうだ。
レキシー曰く、『何でも屋』という表の仕事だけでは食べていくことができないという切実なものからきた動機であった。それ故にしばらくは母娘二人で金を受け取って、この世から「悪」とされる人間のみに限定して駆除を行ってきたそうだ。
しかしレキシーが医大の六回生ともなり、本格的に医者の道へと進んだことによって二人は裏稼業を辞め、そのまま平穏に暮らしてきたのだそうだ。

レキシーがカーラに裏稼業のことを話さなかったのは娘には自分と同じ道を通したくなかったからという思いが強かったからだそうだ。
レキシーがカーラが行ったのだと踏んだのは元害虫駆除人としての勘から様々な異変に気が付いたからだった。そのことをカーラに対して打ち明けると、なかなか仕置きのことを告げようとしなかったカーラは安心してすんなりと打ち明けたのだそうだ。

「それでも駆除を始めた一件は家でこっぴどく叱られましたけれど」

カーラは弱々しく笑ってみせた。口元は笑っていたが、その瞳は笑っていない。
カーラがどれほど強く叱られたのかということが二人には容易に想像できた。

「……けれど、始まってしまったもんは仕方がないからねぇ。あんたたちの仲間の中にも大人がいた方が有利だろ?」

レキシーの言葉は正論だった。ヒューゴは顎の下に人差し指と親指を当てて考えていく。レキシーの指摘通り自分たちの仲間は未成年ばかりなのだ。標的のところに忍び寄るところを警察などに見つかれば面倒なことになり、仕置どころではなくなってしまう。

その点レキシーがいれば保護者同伴ということになり、時間にもよるが多少の誤魔化しはきく。それに加えてレキシーは大手病院に勤める医師だ。社会的な信用も高い。今回の仕置きではカーラがレキシーの勤務先の病院から毒物を盗み出していたが、レキシーが仲間に加わればレキシー自らの手で盗み出すことも可能だろう。完全にとは言わないがそれでも成功率は格段に上昇する。

それにレキシーを仲間に入れなければ不利なことが起きるのは確実だ。ギークの用意周到な工作によって仕置きの仲間たち三人は警察の捜査の手から逃れていたが、もしレキシーが警察に垂れ込み、それをきっかけとして再捜査が行われるようなことがあればその手は二人のところにまで伸びていくに違いない。

もしそのような事態になれば二人はすぐに逮捕されてしまうたろう。逮捕が行われ、裁判が開かれれば犯行の手口から未成年であったとしても少年法の適用外として死刑になりかねない。

冥界王の元へと行くことなどは恐れていないが、そうなれば誰が世の悪を潰すことになるのだろうか。
あとは考えるまでもないことだった。二人はレキシーを仲間に迎え入れ、新たに四人で世直しを行うことを決めたのだった。

そうと決まれば自分たちがやるべきことは新しい仲間を迎え入れる宴会だった。各々が飲み物を取りに出掛け、それぞれがカラオケに得意な曲を入れていく。
カーラ、ヒューゴ、ギークの順番で歌を歌い上げ、最後はレキシーの番だった。

意外なことにレキシーが機械でリクエストを入れた曲は自分たちと同じ遠い島国のファンタジー時代劇で主題歌として使われた歌であった。
今を生きる男女の辛さを歌った儚い恋愛ソングであり、印象的な歌詞が聴く者の道に残るような曲だった。

特に『酒は苦いし、煙草は辛い』という一節は一度聞いた者の耳に残り続けるのではないかと思われる。
レキシーの歌声は娘のカーラ以上だった。透き通った綺麗な声で癒されるほどであった。
自然と歌が終わると集まった三人から拍手が飛ぶ。

「ブラボーッ!流石はレキシーさんッ!」

「すごい。めちゃくちゃ上手かったね」

「お母様とカラオケに来たのは久し振りですけれど、相変わらずお上手な歌声で」

若者たちが順番に賞賛の言葉を掛けていく。

「ありがとうね。この曲は昔から歌ってきた曲でねぇ。この歌を歌うたびにあたしは励まされてきたんだよ」

その言葉にはこれまでのレキシーの辛さというものが伝わってきた。思うにレキシーはこの曲の中にある『辛い』という歌詞の中に自身の人生を投影していたのではないかと思われる。
ヒューゴとギークはここまで考えたところで自分たちの知っていたレキシーという人物のことについて思案していく。
裏稼業のことを知るまでのレキシーというのは二人にとって好印象を持てる人物であった。事実勉強会と称して二人でカーラの部屋に訪れた時に優しく微笑みながら夕食をご馳走してくれたのだ。

だが、その笑顔の裏には壮絶な人生や多くの辛さがあり、娘や娘の友人の前では見せることなく、押し殺してきたのだということが容易に想像できる。
それに比べれば自分の人生がどれほどまでに恵まれた人生であったのかが改めて理解できた。兄よりは冷遇されているものの、衣食住で困ったことはこれまで一度もない。どうやらそれは自分の隣で自分と同様に真剣な顔を浮かべてレキシーをギークも同様であったらしい。

ならばせめてこれからは二人で同じ駆除人仲間として応援してやろうではないか、と考えていた時のことだ。
レキシーのポケットの中に仕舞っていたと思われる携帯端末が鳴り響いていく。

「はい、ドゥルーテですが」

『あっ、もしもしレキシー?あたしだよ、ティファニー』

端末の向こう側からしゃがれた老婆の声が聞こえてくる。その口ぶりから察するにレキシーとは友好的な関係であるらしい。

「ティファニー?じゃあグリーンさんなのかい?」

『そうだよ。それよりもレキシー?あんたは今カラオケにいるのかい?』

電話口の向こうにいる老婆は僅かな音からどこにいるのかを察したらしい。

「えぇ、そうですけど」

『ちょうどよかった。あたしたちも今から妹と一緒にカラオケに向かおうとしてるところだったの。よかったら一緒にどう?』

「あー、あたし一人だけだったらいいんですけど、今日は娘とその友達と来てるもんですから、一旦電話を切って、その二人にも聞いてみてからでいいですか?」

『もちろんよ、悪いのはいきなり押し掛けるこっちなんだから』

「すいません。じゃあ、一旦切って相談してから掛け直させていただきますね」
レキシーはそう言って携帯端末を切ると、座っていた三人に自分の個人的な友人である二人が混ざることを問い掛けた。

同時にレキシーが電話口の向こうにいる姉妹と知り合った経緯を話していく。
姉妹は王都の端にある一軒家で暮らす定年退職を終え、すでに髪も白くなった高齢の女性であり、元は患者としてレキシーの勤務する病院を訪れたことが出会いの切っ掛けとなったそうだ。
だが、お互いに話をしていくうちに気が合うことが分かり、カラオケや博物館めぐりといったことで遊ぶようになったのだそうだ。
老姉妹の方も生涯独身であり、自分たち以外にも身寄りがいないことから友人として付き合いながらもレキシーを実の娘のように可愛がっているのだという。
また、レキシーの娘であるカーラも孫のように思っており、これまでカーラに対しても良くしてくれたそうだ。

ここまでの話を聞いて二人に反対する理由などなかった。難しい話を終えた後はカラオケで楽しく歌いたかったし、何よりも先ほどの口ぶりやレキシーやカーラの嬉しそうな態度からわかるようにその年老いた姉妹が悪い人間であるはずがない。
二人は喜んで許可を出した。二人から許可をもらったレキシーは大喜びで首を縦に動かし、携帯端末を操作して電話を掛けて許可のことを伝えた。

レキシーが電話でそのことを知らせてから一時間後にその姉妹はようやく現れた。遅刻の原因はバスに乗って、そこから駅まで歩いて来たというのものであった。それはならば仕方があるまい。
二人が姉妹から理由を聞いて納得すると、次に自分たちの元に現れた姉妹の観察を始めていく。想像した通り姉妹は片手に杖をつき、もう片方の手で手押し車を引くようなヨボヨボの老人であり、既に腰は曲がっており、頬も皺だらけであった。

だが、細く整えられた両眉やしっかりとした目鼻立ちから若い頃は美人であったということが分かる。二人は曲がった腰を折り曲げてカラオケに加えてくれた若い三人に礼を述べると、わざわざ手押し車のジッパーを開いて手作りだと思われるジャムが入ったクッキーの袋を取り出す。

「これ、よかったら食べてちょうだい」

「えぇ、ティファニーとあたしの二人で作ったの。すごく美味しいのよ」

それを聞いた三人は温かい気持ちになった。少し前に仕置きを行ったマーロン・スミスやその一族たちからは感じられなかった人間の温かみというものをこの年老いた姉妹から感じたのだ。
それ故にすっかりと上機嫌となった三人を交えてその日はカラオケで宴会が行われた。時間が経つのを忘れるほどに楽しい時間を味わい、三人の気持ちは晴れていった。レキシーとこの場所で対面した時には考えられないような素晴らしいものであった。

老姉妹は当初、

「あたしたちの歌なんて若い人には退屈だろうから……」

「そうよ、姉さんの言う通りだわ。あたしたちはそんなに上手くないし……」

と、謙遜してみせたが、新しく顔を合わせた二人が恥ずかしながら歌った自分たちの歌声に抵抗を見せなかったことで歌うようになった。
言葉の通り歌は正直にいえばあまり上手いものであったとはいえなかったが、それでも二人が楽しく歌うものだから場の空気が壊れるようなことはなかった。

本来であるのならばカラオケボックスの中で一夜を過ごしたかったのだが、夜の十時を過ぎると老姉妹は眠気に耐えられなかったらしい。
大きな手で欠伸を出し、そのままカラオケボックスの長椅子の中へと座り込んでしまった。

「あの、大丈夫ですか?」

心配になったギークが声を掛けると、眠っていた妹に変わってティファニーが答えた。

「ごめんね、本来だったらこの時間は眠っている頃なの。それでもこの子、今日は若い頃のように一晩中楽しむんだって、張り切って……」

「そうだったんですか」

ヒューゴの相槌にティファニーは黙って首を縦に動かす。

「じゃあ、あたしが二人をバス停まで送っていくよ。あんたらはそろそろ家に帰りな」

「でも、お母様はどうなさいますの?確か、30分後のバスが最終だったはずですわ」

カーラが携帯端末の電話を見ながら言った。

「あたしは歩いて帰るよ」

レキシーは朗らかな笑みを浮かべながら言った。

「でも、カーラの家はこのカラオケボックスから少し離れたところにある一軒家でしょ?帰りは歩きとなると深夜ですよ」

ギークは携帯端末の地図機能を使って帰りのルートを調べ上げたらしい。その口調は真剣にレキシーを心配しているようだった。
確かに、いくらレキシーが元は優れた駆除人であったとしても深夜に女性一人で歩いていくというのは無謀なことなように思えた。

深夜一人に出歩いても問題がないと言われているギークたち三人の共通の趣味であるファンタジー時代劇が伝わった島国でも最近は物騒だという理由で一人歩きは推奨されなくなってきているというのに。
だが、レキシーは老姉妹が心配だからという理由で付いて行くことを決めたようだ。心に決めた時のレキシーは何を言っても説得できるものではない。

頑な意思を見せている以上レキシーを老姉妹の元から引き離すのは不可能だろう。それに老姉妹だけで帰すのは危険だと言うレキシーの言葉も正論だ。

しかし女性であるレキシーが危険だというのも事実である。そのため護衛としてヒューゴがレキシーに同行することになった。
そのため帰りのバスは四人となったが、どこから仕入れたのかヒューゴが面白い話を次々と繰り出してくれるため帰りの道中も退屈することはなかった。

そして入り口に監視カメラが取り付けられた姉妹の家まで姉妹を送り届けると、二人はバスの途切れた道を並んで歩いていた。当初こそ無言であったものの、微かな灯りしか見えない夜の中で不安を覚えたのだろう。
次第に二人で会話を交わすようになった。

「へぇ、あのギークがインターネットを操作してのアリバイ作りねぇ」

「そうなんですよ!ギークのハッキング技術や操作技術はピカイチで、あいつが居ないと間違いなく疑いはおれに掛かってましたね」

「確かに、ギークはあたしたちに欠かせない存在になっているようだね」

「ハハッ、違いありませんよ。今回の仕置きを実行しようと言ったのもギークですしーー」

ヒューゴがギークのことについて熱心に語っていた時のことだ。不意に背後から強い力で突き飛ばされてしまい彼は尻餅を打ってしまった。その横をサングラスに中折れ帽、そしてカッターシャツに黒いズボンといった姿をした男性が走り抜けていく。
最初は一人だけだと思われたのだが、男性の後を同じような姿をした面々が追い掛けていく。その人数は最初の男を合わせて五人。妙な格好をした男たちは何かに取り憑かれたように郊外のアスファルトの上を走っていたが、そのうちの一人が転んで掛けていたサングラスを落としたのを目撃した。

男の顔からサングラスが外れたのは一瞬の出来事であった。だが、その時尻餅をついていたヒューゴは遠目からではある者の確かに男の顔を見た。男の顔は少し前に三人でカラオケを歌っていた時に自分たちに難癖を付けて殴り掛かってきたハワード議員の取り巻きの一人だ。
それを見たヒューゴが唖然としているところで男はサングラスを掛け直して立ち去っていく。
何が何だか分からず呆然としているヒューゴに対してレキシーは手を差し伸べていく。

「大丈夫かい?」

「えぇ、平気です。しかしなんであいつらあんな格好を?」

ヒューゴは尻を両手で叩きながら問い掛けた。

「さぁ、まるで映画に出てくる強盗みたいな格好をしていてけどーー」

『強盗』という単語を発したところでレキシーの中で嫌な予感がした。
鉄は熱いうちに打てとばかりにレキシーはヒューゴを連れ、慌てて老姉妹の家へと引き返したのである。

すると、先ほど戸締りをしたはずの家のドアが簡単に開いたのだ。それに加えて普段ならば家の扉を守っているはずの監視カメラも今日は粉々に砕かれて地面の上にぶち撒けられていた。それだけでも既に異様な光景といえたが、廊下には不自然なほどの赤い色のインクを垂らしたような血痕が続いていたことや家の壁のあちこちに傷が付いていたことから二人の中に出てきた嫌な予感は確信へと変わりつつあった。

廊下の上に無限上に溢れている血痕を見てヒューゴの顔色が青くなっていた。
レキシーもヒューゴと同様に顔を青く染めていた。それでもなおレキシーは自身が感じた嫌な予感が外れて欲しいと切に願いながら血痕の続く老姉妹の寝室に向かって足を進めていく。
何事もあってほしくないと願いながら扉を開くもそこには余すことなく荒らされた姿と無惨な姿でベッドの上に横たわっていた老姉妹の姿が見受けられた。

「ヒューゴッ!救急車だッ!それに警察もッ!!」

レキシーの指示を受けたヒューゴは慌てて携帯端末を取り出して警察と救急車の両方を呼び出す。
レキシーはその間にも医師としてできる限りのことをしていた。妹の方は既に事切れてきていたが、ティファニーはかすかではあったもののまだ息があったからだ。

胸元の傷口を手で塞ぎ、必死にその耳元で名前を呼ぶ。本来であるのならば外傷は内科医であるレキシーには専門外の分野であった。だが、これくらいの応急処置方は大学で学んでいる。医師として傷付いた患者を放置することはできないし、何よりもティファニーとその妹はレキシーにとって大事な友人であった。それ故に応急処置を実行することにいささかの躊躇いもなかった。
だが、ティファニーは既に諦め切ってしまったらしい。手を震わせながらレキシーの手を取って言った。

「ありがとう。レキシー。でも、もういいのよ。少し強引な形でお迎えが来ただけだから」

「何を言ってるんだいッ!しっかりおしよッ!」

レキシーは耳元で怒鳴るように言った。普段老姉妹相手に使っている敬語が出てこないあたりレキシーがいかに必死になって応急処置に励んでいるのかということがわかる。

「ありがとう。レキシーさん……子どもがいないあたしたち姉妹にとっては歳の離れたあなたは娘のような存在だったわ」

ティファニーはそんなレキシーを宥めるように優しい口調で感謝の言葉を述べていく。

「だったら、弱気になるんじゃないよッ!母親が娘を見捨てて行くのかい!?」

レキシーはなりふり構わなかった。長年の付き合いのある友人を留まらせようと必死であったのだ。

「……レキシー、遅かれ早かれ別れはやってくるの。私たち姉妹の場合はそれがこんな形になってしまっただけ。ありがとう。今日は本当にたのしかっーー」

そのままティファニーの手がレキシーの手から落ちていった。そして二度とその手はレキシーの手を握ることはなかった。レキシーが横たわったティファニーの元に泣き付いたところでようやくヒューゴが呼んだ救急車とパトカーが到着した。
救急車に乗っていた職員から事情を問われ、レキシーがティファニーの最後の様子を話していると、背後から現れた警察官が険しい顔を浮かべて言った。

「すまないが、署まで来てもらおうか?きみたち二人を重要参考人として取り調べたいんでね」

口ぶりから察するにもう既に警察官の中では犯人がレキシーとヒューゴの二人で定まっているかのような言い方だ。
なんと無礼な物言いだろう。友人を殺されて悲しんでいる自分に対して慰めの言葉を掛けるどころか、犯人扱いするなどとは言語道断である。頭にきたレキシーは警官に対して強い口調で扉の前で壊されている監視カメラを回収し、そのテープを調べるように言い放った。

レキシーの強い抗議の言葉を前にして警察官も反論ができなかったのだろう。
家の前で壊されている監視カメラからテープを回収していく。それから家の外に待機していたと思われる鑑識を呼び、テープを再生するように指示を出す。
幸いにも老姉妹の家はまだビデオデッキが存在していた。
鑑識の男性は監視カメラに備え付けられていたテープを居間のテレビで再生したのである。
すると、映像の中にはレキシーとヒューゴが老姉妹を家まで送り届け、外へと出て行く様子、そしてその直後にサングラスに帽子という格好をした四人組の男たちが押し入っていく様子が映し出されていく。
その直後男たちの一人の手によって監視カメラが破壊される姿が確認できたことからレキシーとヒューゴの無実は証明されることになった。

これで二人を疑った警察官の面目は丸潰れということになったが、二人にとっては知ったことではない。
悔しそうな顔をする警察官の横でこの捜査における責任者だと思われる黄色のスーツを着た小太りの男に向かって二人は老姉妹の家から帰る途中の道で同じような男たちに突き飛ばされたこと、そしてその際に自身が目撃した容疑者の一人の顔を綿密に語っていく。

小太りの男は唸り声を上げた後でその男たちを重要参考人として拘束するように部下の警官たちへと指示を出していく。
二人の証言で事件は収束するかのように思われたのだが、二日後のニュースにとんでもないものが映し出されていたのだ。なんとヒューゴが目撃した事件の容疑者が自首を行い、そのまま逮捕されたのだという。
しかも警察は男の「自分一人での犯行」という証言を信じて事件を収束させたそうだ。

レキシーはそのニュースを見た瞬間に察した。男たちの後ろ盾である貴族院のハワード議員が警察に圧力を掛けたのだ、と。そのことはヒューゴも理解したらしい。テーブル上で漠然とした様子でテレビを見ていたレキシーの携帯端末が鳴り響いていく。どうやら招集のメールは他の駆除人たちにも行き渡ったそうだ。娘の端末が鳴ったのを聞いて、レキシーは確信した。
それからレキシーはメールを打ち、駆除人たちを自宅に集まることにしたのだ。

会議の場所として提供されたのは台所であった。二人が椅子の上に腰を掛けたのを確認してからカーラがそれぞれにお茶を出していく。ヒューゴがゆっくりと茶を啜ってから詳しい事情を知らない二人に向かってあの晩に何があったのかを語っていく。
カーラとギークは神妙な顔をしてその話を聞いていたが、やがてこの後に何が行われるのかを察したらしい。それぞれレキシーの方を見つめていく。

レキシーは二人の意図を察し、懐から自身の財布を取り出すと、クライン国にて最高の額を示す札を机の上に並べていく。

「……おっかさんが言ってたよ。古来より害虫駆除人は駆除の前に前金を受け取り、駆除の後で後金を受け取って駆除が成立するってね」

「お母様、後金というのは?」

カーラの問い掛けに対してレキシーはこの場にいる全員に後金の心当たりについて語っていく。
レキシーの言う後金は生前老姉妹が自分宛てに掛けていた生命保険のことだそうだ。なんでも高齢だということでいつ冥界王の元へと旅立つか分からないので、万が一に備えて自分たちが娘のように大切た思っているレキシーの口座に保険金を振り込むように勧誘に来た保険会社の人間に頼んだそうだ。

その時のレキシーは老姉妹に対して「何を縁起でもないことを」とか「あたしはそんなものはいらないよ」と苦笑して断っていたそうだが、二人は構うことなく保険会社の契約書に記された受取人の名前にレキシーの名前を入れていた。

レキシーは抗議に向かったものの、既に名義人の名前はレキシーで登録されており、更に老姉妹からの懇願もあって保険金はレキシーの物となったそうだ。
結果的にこの保険金が後金となり、駆除人に戻った自分を動かすことになったというのだから何が分かるか起こらないものだ。

「後金となる保険金はかなりの量の額になるよ。そんな大金を一気にあんたたちの口座に振り込もうものならば警察に睨まれちまう。後金は分割って形で渡させてもらうけど構わないね?」

「その心配はいらないよ。レキシーさん」

そう呟いて椅子の上から立ち上がったギークであった。ギークによれば口座の操作などお手のものだということなので、レキシーがギークの言う通りにすれば怪しまれることなく、一気に大金を手に入れることができるそうだ。

カーラに関しても同様の手口で大金が振り込まれることになったが、カーラはそれを拒否した。カーラとしては自分の口座に振り込んでもらうよりも母親に預かってもらった方が安全だということらしい。駆除人を動かすことになる報酬のことに関しては決まった。後はその手口である。
これに関してはかねてよりギークが調べていたハワード議員のスケジュールを利用して行うことに決めた。

「ハワード議員はよく取り巻きの医大生たちを引き連れ、彼自身が所有する山奥の別荘地に繰り出すんです。恐らくそこで取り巻きたちと共に宴会を行っているんでしょう。そこが狙い目です。一網打尽にするのならばここしかないでしょう」

「でも、一網打尽って言ったって、議員が取り巻きと共に宴会のコンパニオンを連れて来る可能性もゼロじゃないんだぜ」

ヒューゴの不安は尤もであった。もし議員や取り巻きたちが別荘に向かう宴会にそうした女性たちを連れて行くというのならば彼女たちを巻き込んでしまうことになりかねない。
だが、ギークはチッチと人差し指を振って反論の言葉を口に出していく。

「その点についても問題はない。ぼくの方でパソコンを遠隔操作してコンパニオンの会社にはぼくの方から偽の断りメールを入れておく。そうすることで彼女たちが駆除に巻き込まれるようなことは防げるはずだ」

「ですが、そういった人たちが来ないと怪しまれますわ。最悪別荘行きが中止にでもなりかねません。そこで、私の出番だということですよね?」

カーラは口元に勝ち誇ったような笑みを浮かべながら問い掛けた。
ギークは小さく首を縦に動かす。どうやらカーラが目的を遂げるまでの間コンパニオン役を買って出てくれるらしい。
危険は大きいが、これくらいの危険を負わないとティファニーの無念は晴らせないということからカーラは強気だった。

カーラにとってもティファニーは祖母のような存在だったのだ。それ故に今のカーラからはどんな屈辱を受けたとしても必ずあの男たちを仕留めてやるのだという意気込みが感じられた。
ギークによればカーラが餌役を引き受けれてくれたことからその後に考案した計画は上手くいくらしい。

まず、カーラが男たちと共に別荘へと移動し、その後を物陰に隠れていたレキシーと共に自分たちが追い掛けるというものだった。
追う手段として使われるのはレキシーの愛車である白塗りの国産のワゴン車、そしてヒューゴの所有する二輪車だった。
そして別荘からある程度離れた場所にワゴン車と二輪車を止め、乗り物から降りた後はそれぞれの得物を持って別荘に突撃し、既に別荘にいるカーラと共に男たちを各自で仕留めていくというものだ。

山奥である故に人も通りにくく、更には携帯端末を操作しようにもそれで助けを呼ぶこともできない。
残る危険性は監視カメラくらいだが、ギークがパソコンを操作してカメラを騙して偽の情報を映し出させるということなので心配はいらないだろう。

この計画ならば完璧だ。残るは実行の日取りまで各自でシュミレーションを組み立てることだけだ。
食卓の前に並ぶ駆除人たちはお互いに顔を見合わせて怪しげな笑顔を浮かべていく。
ここまでの準備を施せばいつ実行に移っても大丈夫だ。あとは最適な日を選ぶだけだ。そう考えれば自然とやる気のようなものが湧き上がっていった。
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主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

【完結】腐女子が王子~独身中年女性が異世界王子に転生、ヲタクの知識と魔法と剣術で推しメンの危機を守ります~

黒夜須(くろやす)
ファンタジー
腐女子のアラサ―がずっと好きだった漫画の第二王子に転生した。8歳の王子に生まれ変わったが中身はアレサ―腐女子である。自分の推しメンの存在が気になったしょうがない。推しメン同士の絡みが見たいと期待しているところで、この漫画の推しメンを含む登場人物は不幸になることを思い出した。それを阻止しようと動いているとこの国の闇に触れることになる。漫画では語られなかった事実を知ることになり、国の謎を王位継承権を持つ兄ともに探っていく。 兄は弟を溺愛しており、異常な執着心をみせるようになる。最初は気に留めなかったが次第に弟も心惹かれるようになる。 ※主人公以外にBL(チャラ男×クール)カップルが登場します。NLもあります。主人公はおばさん王子、そして婚約者になるべき相手はおじさん令嬢ですが、兄が止めるので二人はくっつきません。

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