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第五章『例え、激闘が起ころうとも、旋風が巻き起ころうとも、この私が竜となり、虎となり、全てをお守り致しますわ』
ドゥルーテおばさんとドゥルーテお姉さん
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「こらッ!早く寝なさいッ!」
クライン王国の王都における住宅密集地に建てられたとある一軒家の子供部屋にて母親がまだ寝ようとしない二人の息子たちを叱り付けていた。
ところが最近はいくら叱っても耳に入っていないらしい。このままでは子どものうちから夜遅くに眠ってしまうような慣習が付いてしまうだろう。
やむを得ずに母親は最後の手段を使うことになった。
「あんまりいうことを聞かないとね。ドゥルーテおばさんとドゥルーテお姉さんにあんたたちを攫うように依頼するからね」
母親の剣幕と伝えられた言葉に息子たちは号泣し慌ててベッドの中へと潜り込んだ。
母親はそれを見て安堵した。細い蝋燭が刺さった小さな灯りを持って子供用のベッドへと近寄っていく。
慌ててベッドへと飛び込む我が子の姿を見た母親は幼い頃に自分の母親からも同じドゥルーテ親子の話を伝えられたと思い出していた。
そのせいもあってか、幼い頃の自分を子どもたちに重ねてしまったのだろう。気が付けばベッドの中で啜り泣きを行う息子たちの頭を優しく撫でていく。
その傍でベッドの中で震えていた二人の子どもたちが恐る恐る母親に向かって問い掛けた。
「ねぇ、魔女の親子って本当にいたの?」
「どうだろうねぇ。あたしも魔女の親子が居たっていわれている頃はこの世に産まれていなかったからねぇ」
母親は息子の頭を優しく撫でながら母親は自らの母親から聞いた童話のことを思い返していく。
ドゥルーテ親子なる魔女の親子の話は今やクライン王国においては有名な童話である。
その内容はドゥルーテ親子と呼ばれる魔女の母娘が親の言うことを聞かない悪い子や夜に出歩いて迷惑をかけるような子を攫ってそれ相応の罰を下していくという話である。
幼い頃はこのドゥルーテ親子の物語を母親から聞かされるたびに身を震わせていたものだ。
多くの子どもたちがドゥルーテの名前を聞くだけで泣き叫ぶようになったという弊害があった一方で、この童話が流行ったお陰で子どもの夜遊びが減り、親の言うことを素直に聞く良い子が増えていると街の老人たちは喜んでいたことを覚えている。
老人たちによれば自分たちが若い頃や子どもの頃というのは今では想像もできないほどに酒場が大々的に開かれており、今よりも激しい夜遊びが行われていたのだという。
その中には子どもでさえ夜遊びに耽って加わっているようなことがあったのだというから今とは比較にならないほどそうした遊びが激しかったのだろう。
フィン王が大規模な行政改革を行い、酒場の取り締まりなどを行なっていくうちにこうした酒場は姿を減らしていったのだとされているが、老人たちはドゥルーテ親子の物語が大きいと息巻いている。
母親は話を聞いてどちらも発動し、多くの作用が発生することで昔よりはマシという結果を生み出したのだ。
そればかりではない。フィン王の時代になってから警備隊や自警団の腐敗が浄化され今では官憲組織としての役割をちゃんと果たすようになったということも大きい。
自分たちが安心して暮らせる世の中が訪れたことに母親は安堵するのであった。
少なくとも自分の子どもたちが巻き込まれるようなことはないだろう。
母親はベッドの上で安らかな寝息を立てている幼い息子と娘を見守りながらそんなことを考えていた。
母親は灯りを消し、そのまま部屋を後にした。
既に自分のパートナーは仕事を終えて寝入っている。自分もそろそろ眠る頃だ。
母親が自室へと向かおうとした時のことだ。机の上に『ドゥルーテ親子の物語』が収録された『ヤコーブ童話集』の本が置かれていた。
『ヤコーブ童話集』というのは元々クライン王国にて教師を務めていたアルフィー・ヤコーブという男によってクライン王国の各地からまとめられた童話が収められた本である。他の大人が読むような本とは異なり、挿絵が記された子ども向けの読書入門のような本であるが、どうしてこんな場所に置いてあるのだろうか。大人である自分やパートナーが読むとは考えられない。
大方二人の息子のうちどちらかが台所で読んでそのまま置きっぱなしにしていたのだろう。
明日の朝には注意しなくてはならないだろう。母親は本を持って部屋に戻ろうとしたが、表紙に記された老婆と若い女性が言うことを聞かない子どもを攫う表紙に魅了され、懐かしい気持ちになりながら『ヤコーブ童話集』を開いていく。
童話集において表紙に記されるほどの目玉である『ドゥルーテ親子の物語』は一番最初に記されており、昔から話を知っていたこともあってか、すぐに読み終えてしまった。
次は『王様になった居候の話』である。これはクライン王国の王都において酒場で居候生活を行っていた青年が主人公のモデルとされ、主人公が最後は魔王によって支配された国を取り返す冒険を繰り広げるという男の子向けの物語である。
この話の元となったのは『リバリー男爵邸の変』と呼ばれる事件であるとされている。
これはフィン王がまだ即位したての頃に発生した事件であるとされ、この事件によって当時の国王アンリナ一世が冥界王の元へと旅立ってしまうということになってしまい、結果として反乱の首謀者とされるメレンザ将軍が担ぎ上げたヒューゴが国王として即位する事態へと陥ってしまったということが事の顛末だ。
この事件は目撃者も多く、教科書で読むばかりではなく、高齢者たちからもリバリー男爵邸の話を聞かされることが多かった。
それ故にはっきりと覚えていた。次に記されたのは『冥界王の使いとなる少年に恋をした伯爵の話』である。
少年の元になった人物は当時幼い年齢でありながら市井の宿屋において剣客として認められた凄腕の人物とされている。
少年は絶世と称されれほどの美貌を持ち、街を歩けば確実に振り向くであろうとされていた。
元になった伯爵はかつてフィン王の前の国王の時代に軍務大臣を務めていた男であるとされ、名前はセバスチャン・ミーモリティ人物であるらしい。
病気によって冥界王の元へと旅立ったとされているが、その裏には実のところ元になった少年が居たとされている。
その話をヤコーブが脚色したのが今読み終わった話であるそうだ。
なかなかに面白い。その後に続く話も『老銃士の冒険』や『善良な執事の長い一日』といった傑作が続いていた。
だが、最後の方になるとこうした傑作も消えて『這いつくばり姫』や『林檎姫』といったありきたりな童話となっていく。
子どもの頃は夢中になって挿絵が付いた無邪気な話を読んでいたものであるが、大人になった今となってはその面白さはどこかへと消えてしまっていた。
幼い頃から何度も読んでいたからか、大人になってから色々と面白い話を読んだり聞いたりしていたことか、それともその前に面白い話が全て収録されていたためであるかはわからない。
とにかく以前のように楽しむことができなかったのが事実なのだ。
母親は重い溜息を吐いて童話集を閉じたのであった。何はともあれもうこれ以上読んでいる時間はない。
明日になればまた勤め先の菓子店で8時間も働かなくてはならないのだ。
母親は疲れを取るためにパートナーと自分とが使っている部屋へと戻っていくのであった。
翌日母親は昨晩の宣言通りに朝食の準備を終えて家族を送り出すと、自らも働きに向かったのである。
洋菓子店の店主を務める老夫婦はいい人物であるため一人にはさせたくないのだ。
自身の奉公先である店に向かうと、店はもう既に開店準備を進めていた。
母親は挨拶を終えると、昔から現在に至るまで住み込みまで働いている奉公人たちに挨拶を交わしていった。
「おはようございます。ナタリーさん」
「おはよう」
ナタリーと呼ばれた年老いた女性は出来上がったばかりだと思われる菓子を店頭へと運びながら答えた。
「おはようございます。アリスさん」
「おはよう、ナターシャ」
アリスと呼ばれた年老いた女性は店頭の拭き掃除を行いながら言った。
「アリスさん、私がやりますよ」
「いいよ、それよりも看板を掲げるのをやってくれよ、あたしたちだと辛くてねぇ」
「は、はい!」
ナターシャは慌てて外に向かい、看板を掲げていく。
ナターシャが外で看板を掲げていた時のことだ。妙に目の前の光景が不自然と歪んでいることに気が付いた。
そればかりではない。眩いばかりの日差しがナターシャの両目を襲ってきたのだ。
時節は夏。ちょうど夏の日差しが肌へと照り付けるような頃であった。
「あー、嫌な時期だよ、本当に眩しくてさ」
ナターシャが大きな声でぼやきながら店の中へと戻ると、店の店主であるアメリアが和かな笑みを浮かべて待っていた。
「お帰りなさい。ナターシャ」
「あっ、ご、ご主人様!」
ナターシャは慌てて頭を下げる。先ほどの言葉が耳に入り、アメリアの気を害したかと考えたのだ。
だが、相変わらずアメリアの顔は笑顔を浮かべたままであった。
「いいのよ、気にしないで……そうそう、あなたの言葉で思い出したんだけれどもちょうど今みたいに暑い頃だったんだ。私ね、大事な友達と離れ離れになっちゃったのよ。あなたの言葉を聞いてそのことを思い出したの」
「大事な友達?」
「えぇ、大事な友達」
アメリアは懐かしいと言わんばかりに両目を細め、天井を眺めるという半分は記憶の海へと旅立った状態でその大事な友達についてのことを語っていく。
アメリアが永遠に失った友達は元は貴族令嬢であったが、そんなことを感じさせないほどの気さくな人物であり、先の店主やアメリアと共に孤児院の訪問へと向かい、そこで演劇を披露していたのだという。
「懐かしいわ。『這いつくばり姫』それに『林檎姫』どの話でもお友達が演じてくれたのは悪役とか主役じゃない役ばかりだったけれど、本当に鬼気迫るものがあったわ」
どうやらこの菓子店が孤児院へと贈り物を持ち、演劇を披露するというのは先代からの方針を踏襲したものであるらしい。
ナターシャが感心したような表情を浮かべていると、アメリアも微笑みを浮かべながら、
「そうなの、私のやり方は先代のやり方を踏襲したものなのよ。先代のご主人様には私もルーカスも本当の子どもみたいに可愛がっていただいてね」
と、かつての自分の境遇についての補足を行なってナターシャを納得させた。
補足を終えて納得した顔を浮かべたナターシャを見てから、アメリアは自身がいうお友達の話へと戻っていく。
アメリアはそのお友達と外でも仲良くしており、よく互いの予定が合う日には茶店でお茶を飲んだり、お菓子を食べていたりしていたそうだ。
だが、ある時期からお友達と自分とは気軽に会えなくなってしまったのだという。
その時期というのがクライン王国に乗り込んだ暗君アンリナ一世が当時婚約者として名指ししていたエミリーという女性に見出されて、貴族の位を与えられてしまって以前のように気軽には会えなくなってしまったのだ。
その後でも一度だけ会うことはできた。だが、それを最期にそのお友達とは永遠に会えなくなってしまったのだ。
なんとお友達は噂に聞く害虫駆除人として警備隊に連れ去られてしまい処刑台に登らされてしまうことになったのだ。
「えぇ!?じゃあ、そのお友達はーー」
「安心して冥界王の元へなんて行ってないから……ただ、それでも二度と私の前に現れることはなかったのよ」
アメリアは言い終わってから沈んだ表情を見せた。余程その友達のことが気になってしまっているのだろう。
今日は店頭に立たず、休ませた方がいいかもしれない。
ナターシャがアメリアを二階の部屋へと連れて行こうとした時だ。
「ごめんくだいませ」
と、上品な声が聞こえてきた。どうやら今日初めての客が来店したらしい。
だが、こちらとしてはそれどころではない。ナターシャがその客を追い返そうとした時だ。
アメリアがフラフラとした足取りで応対へと向かっていく。
店頭の前に立つとアメリアは年老いた声を精一杯に震わせながら叫んだ。
「カーラ!?カーラよね!あなたカーラなんでしょ!?」
アメリアの口から出た『カーラ』という言葉を聞いたナタリーとアリスの両名が慌てて店頭へと向かっていく。
三人は突然現れた女性に向かって何やら熱心に話しかけていたが、それらの言葉を全て無視してさくらんぼのタルトだけを買ってその場を後にした。
さくらんぼのタルトとはいい趣味をしている。採れたばかりのさくらんぼを丸ごとのせた丸い形をしたタルトで常連からも一見からも評判の高い商品だ。
そうした商品を買った客にナターシャは愛想の良い笑顔を浮かべて礼の言葉を述べて見せたが、カーラと呼ばれた女性はこちらを向こうともしていない。
もしかすれば本当に単なる一見の客で
カーラという人物に見えたのは三人の思い過ごしであったのかもしれない。そう考えていた時のことだ。
それまで背を向けていたはずの年老いた女性が立ち止まり、こちらの方を振り向くと丁寧な一礼を行なっていった。
年老いた女性は上品に頭を上げていく。
清楚で可憐な様子はまさしく老婦人という呼称が相応しいように思われた。
右手の腕の中に籠を下げてはいたが気になることはなかった。
むしろ籠が週末に孫を郊外へと連れていく好々爺のように見えてナターシャの心境がよくなったほどである。
それからアメリアと他の二人に向かって薄い橙色をした薔薇の花を一本ずつ手渡していく。
薄い橙色の薔薇の花言葉は『絆』を意味する言葉だ。
つまりあの老婦人は三人がいうところのカーラという女性であったに違いない。
薔薇を見つめたまま動こうとしない三人に対してようやくやって来た他の従業員たちはお互いに顔を見合わせながら困ったような顔を浮かべていた。
「お三方がこんなんでは店が機能しませんよ」
「どうします?」
「今日は休みでいいんじゃ」
他の従業員たちの言葉聞こえてきた。その中に『休み』という単語が混じっていたのもナターシャは聞き逃さなかった。
ナターシャは自身の知的好奇心を満たすため慌てて店を飛び出し、カーラという女性が何者であるのかを知るため後をつけることに決めた。
そうしてしばらくカーラの背後を取っていたのだが、いつの間にか見失ってしまった。
それでもしばらくは広い王都の中心部を探し回っていたが、歩いている最中に誰かとぶつかってしまったことによってそれも中断せざるを得なかった。
ナターシャはぶつかった相手に慌てて詫びの言葉を入れた。
「あっ、ご、ごめんなさい!大丈夫でしたか!?」
「いや、構わない。それよりもキミの方こそ怪我はないかな?」
「は、はい」
ぶつかった相手は自分よりも頭二つも高そうな黒色のワードローブを被った老人であった。
ワードローブと顎の下や口の周りに生えた白髭によってあまり顔は見えなかったが、優しそうな目元をしていたことに気が付いた。
その目を見て、思わず安堵の表情を浮かべていた時のことだ。
老人が頭を掻きながら言った。
「すまなかったな。いきなり立ち止まってしまって……そうだ。お詫びにそこらの茶店でお茶でもご馳走させてもらおうか」
「えっ!?いいんですか?それでは遠慮なく」
ナターシャは一にも二にもなく老人からの誘いを素直に受けることにした。
普段は子どもの世話に追われているということあってのんびりとお茶をする時間もなかったのだ。
ナターシャは老人からご馳走してもらったお茶を啜っていた。
だが、飲んでいるうちに老人のことが気になってつい老人のことについて尋ねてしまった。
「そういえばおじいさんって普段は何をされておらるんですか?」
「オレかい?オレはそうだな……王様をしてる」
老人は嫌な顔一つせずに答えてくれたが、肝心のナターシャ本人は老人の嘘とも冗談ともつかない言葉を聞いて思わず吹き出してしまった。
「王様、またまた私を揶揄ってぇ~、第一本物の王様であるフィン陛下なら今も王宮にいらっしゃるはずですよ」
「だが、フィンだって休みたくなる時もあるさ」
「ないない。あの真面目なフィン王に限って」
「いや、フィンも大事な人を失ったこんな日だからこそ、城を抜け出して思い出に浸りに来るだろうさ」
フィン王にとって大事な人というのはアメリアたちが話していたカーラという女性のことだろうか。
ナターシャはそんなことをのんびりと考えながらお茶を啜っていた。
その時のことだ。先ほどナターシャが見失ってしまった老婦人の姿が見えた。
「……あの、もし、フィン陛下でいらっしゃいますか?」
フィンは老婦人からの問い掛けに答えることができなかった。自分に向かって問い掛けてきた老婦人をただ黙って見つめていた。
漠然とした表情のまま老婦人を見つめていた。
老婦人はそんなフィンを無視して彼の手の中へと濃い赤い色をした薔薇を手渡す。
その花言葉が示す意味は『愛情』老婦人からの深い愛というものが傍目で見ていたナターシャにも伝わってくるかのようだ。
ナターシャが薔薇を渡されたまま立ちすくんでいるフィンを放ってその場を立ち去ろうとする老婦人の手を握り締めて止めたのであった。
「待ってください。あなたはカーラって人ですよね?」
「……いいえ、私はカーラなどという名前ではございませんわ。急いでいるので失礼させていただきます」
カーラと思われる老婦人はナターシャからゆっくりと手を離させて、その場を後にしていく。
ナターシャは店を後にして王都の雑踏の中へと姿を消したカーラの姿を完全に見失ってしまう羽目になった。
辺りをいくら見渡してもカーラの姿を追うことはできなかった。
代わりにナターシャは店へと戻り、フィンの元へと戻っていく。
店の中で一人取り残されてしまう形になったフィンは薔薇を両手に持って涙を溢していた。
薔薇の上に一雫の液体がこぼれ落ちていく。紛れもない涙だ。とっくの昔に枯れ果てていたと思われる涙が溢れかえっていったはずだというのに。
「さようなら」も言わずに去っていった昔の想い人からの返事にフィンは涙が止まらなかった。
処刑が執り行われる予定であった日から既に60年以上もの歳月が経過している。
カーラが姿を消した日以降フィンは心を殺し、ただ国のためだけに生きてきた。まずは安定である。当時の婚約者であったバロウズ公爵家の令嬢マチルダを正式に婚礼を交わし、王妃へと迎え入れてからは三男二女をもうけた。
王家の直系は今や安泰である。神には感謝するより他にあるまい。
直系の血筋が安定したことでホワインセアム公爵家に気兼ねすることがなくなったのは本当に運が良かった。
気兼ねする存在が消えてからフィンは内政においてはできる限り平民寄りの政策を通し、門閥貴族たちと対立しながらも国を前へと動かしてきた。
お陰で現在王家と国民とは良好な関係を築くことができている。
それもこれもカーラへの思いを殺すため一心不乱に働き、民を救わんための努力に身を注いできたからだ。
外交に関しても注意を払ったが、隣国オレルアンスはお互いが顔見知りかつ互いに想い人に置いていかれたという共通点もあったことからすぐに仲良くなれた。
フィンにとって気を和らげることができた瞬間は隣国の国王と過去の思い出について語り合っていた時とカーラの館から押収したとされる糸車の前に座っていた時だけだ。
自身の手では縫えもしない糸車の前に座り、戯れにカラカラと回し、白い糸を噛み切る時だけフィンは自分の隣にカーラが立っているかのような幻想に襲われたのだ。そのようなことがあろうはずもないのに。
激務に追われ、辛い時に休憩も取らず過去の思い出という幻想に浸り続けていた代償とでもいうべきか今のフィンは不死の病に侵されてしまっていた。
近いうちに冥界王の元へと旅立つだろうと今の侍医からは散々言われてきた。
年を取っていくうちにフィンは今の侍医が妙な真似ばかりを行う姿を見て、かつて自分の侍医を務めてくれていたレキシーがどれほど腕の良い医者であったのかを思わされた。思えばレキシーは父親が身辺を整理する際に冥界王の目を欺かせるほどの腕前を持っていた。
今の医者にはそれがない。レキシーが持っていた技術も度胸もないのだ。それ故フィンは己の意志のみで踏み止まって身辺の整理を行うことになった。
王太子となっている息子は現在とある事情によって部屋の中に閉じ込められているものの、既に後継者気取りで若い衆を集めて父親である自分に進言を行なってきている。
そんな息子からすればこの状況は願ってもないことに違いない。
加えて息子の婚約者はかつて取り巻きの貴族たちと共に大逆罪を企てて、冥界王の元へと旅立たされるという罰を受けた貴族たちに連座する形で罰を受け、再び平民の身分へと落とされたエミリーの孫娘であったのだ。
エミリーの孫娘は平民でありながら己の才覚のみで貴族の子弟のみが通うことができる学校へと通っているという才女であるが、フィンから見れば単に学校の勉強ができて悪知恵が回る悪どい娘に過ぎなかった。
彼女は王太子である息子を誘惑し、隣国ド=ゴール家の令嬢との婚約を破棄するという愚行を行ったこともあり、ただで済ませるつもりはない。
現在は王家の一室に閉じ込められている息子以上に痛い目に遭ってもらおうではないか。
そのような屈折した思いもあってか、フィンの遺書には王太子の息子には跡を継がせないばかりか、その身分を剥奪して平民へと落とすという旨が記されている。
そのことが記された文章が読み上げられるのは自分が冥界王の元へと旅立ってからのことだから王太子である息子はさぞ驚くに違いない。
そして婚約破棄という形で恥をかかされたド=ゴール家の令嬢に関しては新しい婚約者を当てがう予定だ。
この処置に関しては弟ベクターが身勝手な婚約破棄を行い、カーラの身分を剥奪した際に自分が守れなかったことを果たすことができるという目的が大きかった。
もしかすれば賢王だのと聖人だのと民衆からは慕われる自分であるが、自分が思っている以上に性格は悪いのかもしれない。
そんな自分をカーラはどう思うのだろうか。やはり悪党と判断を下して例の裁縫針で延髄を貫いてしまうのだろうか。
フィンはその光景を想像しても恐ろしくなどはなかった。むしろカーラにそうした処置を施してほしかった。
フィンはここまでのことを思い返しながら渡された薔薇の上に目をやる。
普通ならば目の前に映るのは単なる薔薇であるに違いない。
だが、今のフィンは薔薇から若い時分のカーラが微笑み掛けているように見えた。
目の前に浮かぶ若い自分のカーラは確実にこう言っていた。
「情けないですわ、陛下。国王たるもの最期まで骨身を尽くして働くというものですわ」
その言葉にフィンは反論したかった。
“国王の激務や責任がなければオレはとっくの昔に冥界王の元へと旅立っていた。でも、キミに会いたい一心だけでずっとこの歳まで生きていた。だが、最後にまたキミに会えた。キミから愛を伝えられた。ならば、もう終わりにしてくれ!”と。
それだけでは収まらなかった。フィンは心の中でさらに反論を付け加えていく。
“何も言わずに置いていかれるくらいならばその前にその針で冥界王の元へと送ってほしかった!”と。
置いていかれる辛さというのは経験してみて初めて分かった。
二度と会えない相手を追い掛けて彷徨い歩く自分、何度も会えない相手の顔を夢の中で見る自分、過去の想い出に縋り付く自分、そうした過去の光景が半世紀以上の時が経った今でも鮮明に思い出すことができた。
フィンはそれからまたしばらく薔薇を見つめていたが、やがて何を思ったのか、隣で懸命に自分を介抱してくれたナターシャに向かって先ほど貰った薔薇を手渡す。
「国王様?これは?」
「……貰ったもので悪いが、キミに贈らせてくれ……もちろんそれだけではない。今日一日オレの面倒を見てくれたのだからな。その礼も一緒に渡させてもらおう」
フィンは自身の懐の中にあった財布をナターシャへと手渡す。
「受け取ってくれ、キミに妙なものを渡してしまった詫びも兼ねている」
フィンはそれからぎごちなく笑うと、茶店の外へと飛び出し、雲一つない綺麗な青空をもう一度見上げた。
激しい日差しがフィンへと降り注いでいく。そんな日差しをワードローブの被り物で防ぎながらその場を立ち去っていく。
ただ、フィンの足は王宮ではなく、どこか別の場所へと向かっていった。
どこでもいい。フィンは楽になりたい気持ちであったのだ。足が向くままフィンは王都を、自分のお膝元の中を歩いていくのであった。
フィンが好き放題に散歩を行っていく中でナターシャはといえば唐突に渡された薔薇と大金の入った財布とを交互に見比べながら困惑しきってしまつまていた。
財布の紐を開くと、中には金貨がぎっしりと詰まっていた。
一介の町娘には一生かけても手に入ることができないような大金が入っている。
幸いなことに店は休みだ。ナターシャは財布と薔薇とを持って自宅へと戻っていく。
帰る間際に花瓶を買うために寄り道し、素敵な花瓶を買った後で、普段ならば寄ることができない肉屋へと寄り、上等の部位の肉を買うことも忘れなかった。
家族も喜んでくれるはずだ。ナターシャは自宅の窯で肉を焼いたり、買ったばかりの花瓶に花を飾りながら子どもたちやパートナーが帰るのを待っていた。
肉の香りが家中に漂っていく。ナターシャの鼻腔を香ばしい匂いが刺激していく。
おそらくもう二度とこのような肉を食べる機会は訪れないだろう。
それ故に肉を焼く気合いが入った。行ったことはないレストランの肉のように上手く焼けていればいいのだが……。
そんな懸念がある中でパートナーと子供たちが帰宅を告げる声が聞こえた。
パートナーの男性は背後から肉を見て目を丸めたが、ナターシャの言葉で安堵する。それからナターシャの話に出た薔薇を探していた。
ナターシャはその薔薇のある場所を指差す。そこは食卓の上。普段は一家が団欒に使用する場所である。
ナターシャは家庭の団欒の場に彩りができればと一輪の薔薇を花瓶の中に入れて飾ったのだ。
てっきり悪評が出るのだとばかり思い込んでいたが、家族からの評価は上々であった。
「お母さん、この薔薇すごく綺麗だね!」
息子と娘という自分にとって大事な二人から賛辞の言葉が飛び交う。
「その通りだ。ほんとう本当に綺麗な薔薇だ。どこで買ったんだい?」
パートナーは感心するように言った。
「買ったんじゃないわ。貰ったのよ」
「誰にだい?」
「内緒」
ナターシャは唇の前に人差し指を当て笑ってみせた。
「狡いな。教えてくれよ」
パートナーの男性がナターシャの肩を優しく指で突きながら言った。
「だーめ。これはその人との約束なの。私は墓場まで持っていくんだからね」
ナターシャは悪戯っぽい笑みを浮かべていく。
ナターシャは肉を皿の上へと装いながら
不貞腐れている家族たちの姿を見つめながら考えた。
まさか、この薔薇と金貨をもらったのが国王様だとは誰が考えるだろうか。
恐らく想像もしないに違いない。
ナターシャはそのことを実感して勝ち誇ったような笑みを密かに浮かべるのであった。
あとがき
大変遅くなりましたが、最終話その2ということになります。
最期にカーラはほんの少しのみの登場となり、全体としては本筋に全く絡まなかったキャラとカーラに置いていかれてしまったフィンに主軸を置いた作品となっております。
元となった必殺シリーズでも置いていかれる悲しみや切ない最後を描いた作品が何作品かありましたが、本作でもそれを表現したくなり、こうしたエンディングにさせていただきました。
ですが、構想としてはまだ番外編が残っておりますので、そちらの方は今後気まぐれに更新させていただきます。
次回の更新は一応は未定ということにさせていただきますが、今後も読み続けてくだされば幸いです。
クライン王国の王都における住宅密集地に建てられたとある一軒家の子供部屋にて母親がまだ寝ようとしない二人の息子たちを叱り付けていた。
ところが最近はいくら叱っても耳に入っていないらしい。このままでは子どものうちから夜遅くに眠ってしまうような慣習が付いてしまうだろう。
やむを得ずに母親は最後の手段を使うことになった。
「あんまりいうことを聞かないとね。ドゥルーテおばさんとドゥルーテお姉さんにあんたたちを攫うように依頼するからね」
母親の剣幕と伝えられた言葉に息子たちは号泣し慌ててベッドの中へと潜り込んだ。
母親はそれを見て安堵した。細い蝋燭が刺さった小さな灯りを持って子供用のベッドへと近寄っていく。
慌ててベッドへと飛び込む我が子の姿を見た母親は幼い頃に自分の母親からも同じドゥルーテ親子の話を伝えられたと思い出していた。
そのせいもあってか、幼い頃の自分を子どもたちに重ねてしまったのだろう。気が付けばベッドの中で啜り泣きを行う息子たちの頭を優しく撫でていく。
その傍でベッドの中で震えていた二人の子どもたちが恐る恐る母親に向かって問い掛けた。
「ねぇ、魔女の親子って本当にいたの?」
「どうだろうねぇ。あたしも魔女の親子が居たっていわれている頃はこの世に産まれていなかったからねぇ」
母親は息子の頭を優しく撫でながら母親は自らの母親から聞いた童話のことを思い返していく。
ドゥルーテ親子なる魔女の親子の話は今やクライン王国においては有名な童話である。
その内容はドゥルーテ親子と呼ばれる魔女の母娘が親の言うことを聞かない悪い子や夜に出歩いて迷惑をかけるような子を攫ってそれ相応の罰を下していくという話である。
幼い頃はこのドゥルーテ親子の物語を母親から聞かされるたびに身を震わせていたものだ。
多くの子どもたちがドゥルーテの名前を聞くだけで泣き叫ぶようになったという弊害があった一方で、この童話が流行ったお陰で子どもの夜遊びが減り、親の言うことを素直に聞く良い子が増えていると街の老人たちは喜んでいたことを覚えている。
老人たちによれば自分たちが若い頃や子どもの頃というのは今では想像もできないほどに酒場が大々的に開かれており、今よりも激しい夜遊びが行われていたのだという。
その中には子どもでさえ夜遊びに耽って加わっているようなことがあったのだというから今とは比較にならないほどそうした遊びが激しかったのだろう。
フィン王が大規模な行政改革を行い、酒場の取り締まりなどを行なっていくうちにこうした酒場は姿を減らしていったのだとされているが、老人たちはドゥルーテ親子の物語が大きいと息巻いている。
母親は話を聞いてどちらも発動し、多くの作用が発生することで昔よりはマシという結果を生み出したのだ。
そればかりではない。フィン王の時代になってから警備隊や自警団の腐敗が浄化され今では官憲組織としての役割をちゃんと果たすようになったということも大きい。
自分たちが安心して暮らせる世の中が訪れたことに母親は安堵するのであった。
少なくとも自分の子どもたちが巻き込まれるようなことはないだろう。
母親はベッドの上で安らかな寝息を立てている幼い息子と娘を見守りながらそんなことを考えていた。
母親は灯りを消し、そのまま部屋を後にした。
既に自分のパートナーは仕事を終えて寝入っている。自分もそろそろ眠る頃だ。
母親が自室へと向かおうとした時のことだ。机の上に『ドゥルーテ親子の物語』が収録された『ヤコーブ童話集』の本が置かれていた。
『ヤコーブ童話集』というのは元々クライン王国にて教師を務めていたアルフィー・ヤコーブという男によってクライン王国の各地からまとめられた童話が収められた本である。他の大人が読むような本とは異なり、挿絵が記された子ども向けの読書入門のような本であるが、どうしてこんな場所に置いてあるのだろうか。大人である自分やパートナーが読むとは考えられない。
大方二人の息子のうちどちらかが台所で読んでそのまま置きっぱなしにしていたのだろう。
明日の朝には注意しなくてはならないだろう。母親は本を持って部屋に戻ろうとしたが、表紙に記された老婆と若い女性が言うことを聞かない子どもを攫う表紙に魅了され、懐かしい気持ちになりながら『ヤコーブ童話集』を開いていく。
童話集において表紙に記されるほどの目玉である『ドゥルーテ親子の物語』は一番最初に記されており、昔から話を知っていたこともあってか、すぐに読み終えてしまった。
次は『王様になった居候の話』である。これはクライン王国の王都において酒場で居候生活を行っていた青年が主人公のモデルとされ、主人公が最後は魔王によって支配された国を取り返す冒険を繰り広げるという男の子向けの物語である。
この話の元となったのは『リバリー男爵邸の変』と呼ばれる事件であるとされている。
これはフィン王がまだ即位したての頃に発生した事件であるとされ、この事件によって当時の国王アンリナ一世が冥界王の元へと旅立ってしまうということになってしまい、結果として反乱の首謀者とされるメレンザ将軍が担ぎ上げたヒューゴが国王として即位する事態へと陥ってしまったということが事の顛末だ。
この事件は目撃者も多く、教科書で読むばかりではなく、高齢者たちからもリバリー男爵邸の話を聞かされることが多かった。
それ故にはっきりと覚えていた。次に記されたのは『冥界王の使いとなる少年に恋をした伯爵の話』である。
少年の元になった人物は当時幼い年齢でありながら市井の宿屋において剣客として認められた凄腕の人物とされている。
少年は絶世と称されれほどの美貌を持ち、街を歩けば確実に振り向くであろうとされていた。
元になった伯爵はかつてフィン王の前の国王の時代に軍務大臣を務めていた男であるとされ、名前はセバスチャン・ミーモリティ人物であるらしい。
病気によって冥界王の元へと旅立ったとされているが、その裏には実のところ元になった少年が居たとされている。
その話をヤコーブが脚色したのが今読み終わった話であるそうだ。
なかなかに面白い。その後に続く話も『老銃士の冒険』や『善良な執事の長い一日』といった傑作が続いていた。
だが、最後の方になるとこうした傑作も消えて『這いつくばり姫』や『林檎姫』といったありきたりな童話となっていく。
子どもの頃は夢中になって挿絵が付いた無邪気な話を読んでいたものであるが、大人になった今となってはその面白さはどこかへと消えてしまっていた。
幼い頃から何度も読んでいたからか、大人になってから色々と面白い話を読んだり聞いたりしていたことか、それともその前に面白い話が全て収録されていたためであるかはわからない。
とにかく以前のように楽しむことができなかったのが事実なのだ。
母親は重い溜息を吐いて童話集を閉じたのであった。何はともあれもうこれ以上読んでいる時間はない。
明日になればまた勤め先の菓子店で8時間も働かなくてはならないのだ。
母親は疲れを取るためにパートナーと自分とが使っている部屋へと戻っていくのであった。
翌日母親は昨晩の宣言通りに朝食の準備を終えて家族を送り出すと、自らも働きに向かったのである。
洋菓子店の店主を務める老夫婦はいい人物であるため一人にはさせたくないのだ。
自身の奉公先である店に向かうと、店はもう既に開店準備を進めていた。
母親は挨拶を終えると、昔から現在に至るまで住み込みまで働いている奉公人たちに挨拶を交わしていった。
「おはようございます。ナタリーさん」
「おはよう」
ナタリーと呼ばれた年老いた女性は出来上がったばかりだと思われる菓子を店頭へと運びながら答えた。
「おはようございます。アリスさん」
「おはよう、ナターシャ」
アリスと呼ばれた年老いた女性は店頭の拭き掃除を行いながら言った。
「アリスさん、私がやりますよ」
「いいよ、それよりも看板を掲げるのをやってくれよ、あたしたちだと辛くてねぇ」
「は、はい!」
ナターシャは慌てて外に向かい、看板を掲げていく。
ナターシャが外で看板を掲げていた時のことだ。妙に目の前の光景が不自然と歪んでいることに気が付いた。
そればかりではない。眩いばかりの日差しがナターシャの両目を襲ってきたのだ。
時節は夏。ちょうど夏の日差しが肌へと照り付けるような頃であった。
「あー、嫌な時期だよ、本当に眩しくてさ」
ナターシャが大きな声でぼやきながら店の中へと戻ると、店の店主であるアメリアが和かな笑みを浮かべて待っていた。
「お帰りなさい。ナターシャ」
「あっ、ご、ご主人様!」
ナターシャは慌てて頭を下げる。先ほどの言葉が耳に入り、アメリアの気を害したかと考えたのだ。
だが、相変わらずアメリアの顔は笑顔を浮かべたままであった。
「いいのよ、気にしないで……そうそう、あなたの言葉で思い出したんだけれどもちょうど今みたいに暑い頃だったんだ。私ね、大事な友達と離れ離れになっちゃったのよ。あなたの言葉を聞いてそのことを思い出したの」
「大事な友達?」
「えぇ、大事な友達」
アメリアは懐かしいと言わんばかりに両目を細め、天井を眺めるという半分は記憶の海へと旅立った状態でその大事な友達についてのことを語っていく。
アメリアが永遠に失った友達は元は貴族令嬢であったが、そんなことを感じさせないほどの気さくな人物であり、先の店主やアメリアと共に孤児院の訪問へと向かい、そこで演劇を披露していたのだという。
「懐かしいわ。『這いつくばり姫』それに『林檎姫』どの話でもお友達が演じてくれたのは悪役とか主役じゃない役ばかりだったけれど、本当に鬼気迫るものがあったわ」
どうやらこの菓子店が孤児院へと贈り物を持ち、演劇を披露するというのは先代からの方針を踏襲したものであるらしい。
ナターシャが感心したような表情を浮かべていると、アメリアも微笑みを浮かべながら、
「そうなの、私のやり方は先代のやり方を踏襲したものなのよ。先代のご主人様には私もルーカスも本当の子どもみたいに可愛がっていただいてね」
と、かつての自分の境遇についての補足を行なってナターシャを納得させた。
補足を終えて納得した顔を浮かべたナターシャを見てから、アメリアは自身がいうお友達の話へと戻っていく。
アメリアはそのお友達と外でも仲良くしており、よく互いの予定が合う日には茶店でお茶を飲んだり、お菓子を食べていたりしていたそうだ。
だが、ある時期からお友達と自分とは気軽に会えなくなってしまったのだという。
その時期というのがクライン王国に乗り込んだ暗君アンリナ一世が当時婚約者として名指ししていたエミリーという女性に見出されて、貴族の位を与えられてしまって以前のように気軽には会えなくなってしまったのだ。
その後でも一度だけ会うことはできた。だが、それを最期にそのお友達とは永遠に会えなくなってしまったのだ。
なんとお友達は噂に聞く害虫駆除人として警備隊に連れ去られてしまい処刑台に登らされてしまうことになったのだ。
「えぇ!?じゃあ、そのお友達はーー」
「安心して冥界王の元へなんて行ってないから……ただ、それでも二度と私の前に現れることはなかったのよ」
アメリアは言い終わってから沈んだ表情を見せた。余程その友達のことが気になってしまっているのだろう。
今日は店頭に立たず、休ませた方がいいかもしれない。
ナターシャがアメリアを二階の部屋へと連れて行こうとした時だ。
「ごめんくだいませ」
と、上品な声が聞こえてきた。どうやら今日初めての客が来店したらしい。
だが、こちらとしてはそれどころではない。ナターシャがその客を追い返そうとした時だ。
アメリアがフラフラとした足取りで応対へと向かっていく。
店頭の前に立つとアメリアは年老いた声を精一杯に震わせながら叫んだ。
「カーラ!?カーラよね!あなたカーラなんでしょ!?」
アメリアの口から出た『カーラ』という言葉を聞いたナタリーとアリスの両名が慌てて店頭へと向かっていく。
三人は突然現れた女性に向かって何やら熱心に話しかけていたが、それらの言葉を全て無視してさくらんぼのタルトだけを買ってその場を後にした。
さくらんぼのタルトとはいい趣味をしている。採れたばかりのさくらんぼを丸ごとのせた丸い形をしたタルトで常連からも一見からも評判の高い商品だ。
そうした商品を買った客にナターシャは愛想の良い笑顔を浮かべて礼の言葉を述べて見せたが、カーラと呼ばれた女性はこちらを向こうともしていない。
もしかすれば本当に単なる一見の客で
カーラという人物に見えたのは三人の思い過ごしであったのかもしれない。そう考えていた時のことだ。
それまで背を向けていたはずの年老いた女性が立ち止まり、こちらの方を振り向くと丁寧な一礼を行なっていった。
年老いた女性は上品に頭を上げていく。
清楚で可憐な様子はまさしく老婦人という呼称が相応しいように思われた。
右手の腕の中に籠を下げてはいたが気になることはなかった。
むしろ籠が週末に孫を郊外へと連れていく好々爺のように見えてナターシャの心境がよくなったほどである。
それからアメリアと他の二人に向かって薄い橙色をした薔薇の花を一本ずつ手渡していく。
薄い橙色の薔薇の花言葉は『絆』を意味する言葉だ。
つまりあの老婦人は三人がいうところのカーラという女性であったに違いない。
薔薇を見つめたまま動こうとしない三人に対してようやくやって来た他の従業員たちはお互いに顔を見合わせながら困ったような顔を浮かべていた。
「お三方がこんなんでは店が機能しませんよ」
「どうします?」
「今日は休みでいいんじゃ」
他の従業員たちの言葉聞こえてきた。その中に『休み』という単語が混じっていたのもナターシャは聞き逃さなかった。
ナターシャは自身の知的好奇心を満たすため慌てて店を飛び出し、カーラという女性が何者であるのかを知るため後をつけることに決めた。
そうしてしばらくカーラの背後を取っていたのだが、いつの間にか見失ってしまった。
それでもしばらくは広い王都の中心部を探し回っていたが、歩いている最中に誰かとぶつかってしまったことによってそれも中断せざるを得なかった。
ナターシャはぶつかった相手に慌てて詫びの言葉を入れた。
「あっ、ご、ごめんなさい!大丈夫でしたか!?」
「いや、構わない。それよりもキミの方こそ怪我はないかな?」
「は、はい」
ぶつかった相手は自分よりも頭二つも高そうな黒色のワードローブを被った老人であった。
ワードローブと顎の下や口の周りに生えた白髭によってあまり顔は見えなかったが、優しそうな目元をしていたことに気が付いた。
その目を見て、思わず安堵の表情を浮かべていた時のことだ。
老人が頭を掻きながら言った。
「すまなかったな。いきなり立ち止まってしまって……そうだ。お詫びにそこらの茶店でお茶でもご馳走させてもらおうか」
「えっ!?いいんですか?それでは遠慮なく」
ナターシャは一にも二にもなく老人からの誘いを素直に受けることにした。
普段は子どもの世話に追われているということあってのんびりとお茶をする時間もなかったのだ。
ナターシャは老人からご馳走してもらったお茶を啜っていた。
だが、飲んでいるうちに老人のことが気になってつい老人のことについて尋ねてしまった。
「そういえばおじいさんって普段は何をされておらるんですか?」
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老人は嫌な顔一つせずに答えてくれたが、肝心のナターシャ本人は老人の嘘とも冗談ともつかない言葉を聞いて思わず吹き出してしまった。
「王様、またまた私を揶揄ってぇ~、第一本物の王様であるフィン陛下なら今も王宮にいらっしゃるはずですよ」
「だが、フィンだって休みたくなる時もあるさ」
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「いや、フィンも大事な人を失ったこんな日だからこそ、城を抜け出して思い出に浸りに来るだろうさ」
フィン王にとって大事な人というのはアメリアたちが話していたカーラという女性のことだろうか。
ナターシャはそんなことをのんびりと考えながらお茶を啜っていた。
その時のことだ。先ほどナターシャが見失ってしまった老婦人の姿が見えた。
「……あの、もし、フィン陛下でいらっしゃいますか?」
フィンは老婦人からの問い掛けに答えることができなかった。自分に向かって問い掛けてきた老婦人をただ黙って見つめていた。
漠然とした表情のまま老婦人を見つめていた。
老婦人はそんなフィンを無視して彼の手の中へと濃い赤い色をした薔薇を手渡す。
その花言葉が示す意味は『愛情』老婦人からの深い愛というものが傍目で見ていたナターシャにも伝わってくるかのようだ。
ナターシャが薔薇を渡されたまま立ちすくんでいるフィンを放ってその場を立ち去ろうとする老婦人の手を握り締めて止めたのであった。
「待ってください。あなたはカーラって人ですよね?」
「……いいえ、私はカーラなどという名前ではございませんわ。急いでいるので失礼させていただきます」
カーラと思われる老婦人はナターシャからゆっくりと手を離させて、その場を後にしていく。
ナターシャは店を後にして王都の雑踏の中へと姿を消したカーラの姿を完全に見失ってしまう羽目になった。
辺りをいくら見渡してもカーラの姿を追うことはできなかった。
代わりにナターシャは店へと戻り、フィンの元へと戻っていく。
店の中で一人取り残されてしまう形になったフィンは薔薇を両手に持って涙を溢していた。
薔薇の上に一雫の液体がこぼれ落ちていく。紛れもない涙だ。とっくの昔に枯れ果てていたと思われる涙が溢れかえっていったはずだというのに。
「さようなら」も言わずに去っていった昔の想い人からの返事にフィンは涙が止まらなかった。
処刑が執り行われる予定であった日から既に60年以上もの歳月が経過している。
カーラが姿を消した日以降フィンは心を殺し、ただ国のためだけに生きてきた。まずは安定である。当時の婚約者であったバロウズ公爵家の令嬢マチルダを正式に婚礼を交わし、王妃へと迎え入れてからは三男二女をもうけた。
王家の直系は今や安泰である。神には感謝するより他にあるまい。
直系の血筋が安定したことでホワインセアム公爵家に気兼ねすることがなくなったのは本当に運が良かった。
気兼ねする存在が消えてからフィンは内政においてはできる限り平民寄りの政策を通し、門閥貴族たちと対立しながらも国を前へと動かしてきた。
お陰で現在王家と国民とは良好な関係を築くことができている。
それもこれもカーラへの思いを殺すため一心不乱に働き、民を救わんための努力に身を注いできたからだ。
外交に関しても注意を払ったが、隣国オレルアンスはお互いが顔見知りかつ互いに想い人に置いていかれたという共通点もあったことからすぐに仲良くなれた。
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自身の手では縫えもしない糸車の前に座り、戯れにカラカラと回し、白い糸を噛み切る時だけフィンは自分の隣にカーラが立っているかのような幻想に襲われたのだ。そのようなことがあろうはずもないのに。
激務に追われ、辛い時に休憩も取らず過去の思い出という幻想に浸り続けていた代償とでもいうべきか今のフィンは不死の病に侵されてしまっていた。
近いうちに冥界王の元へと旅立つだろうと今の侍医からは散々言われてきた。
年を取っていくうちにフィンは今の侍医が妙な真似ばかりを行う姿を見て、かつて自分の侍医を務めてくれていたレキシーがどれほど腕の良い医者であったのかを思わされた。思えばレキシーは父親が身辺を整理する際に冥界王の目を欺かせるほどの腕前を持っていた。
今の医者にはそれがない。レキシーが持っていた技術も度胸もないのだ。それ故フィンは己の意志のみで踏み止まって身辺の整理を行うことになった。
王太子となっている息子は現在とある事情によって部屋の中に閉じ込められているものの、既に後継者気取りで若い衆を集めて父親である自分に進言を行なってきている。
そんな息子からすればこの状況は願ってもないことに違いない。
加えて息子の婚約者はかつて取り巻きの貴族たちと共に大逆罪を企てて、冥界王の元へと旅立たされるという罰を受けた貴族たちに連座する形で罰を受け、再び平民の身分へと落とされたエミリーの孫娘であったのだ。
エミリーの孫娘は平民でありながら己の才覚のみで貴族の子弟のみが通うことができる学校へと通っているという才女であるが、フィンから見れば単に学校の勉強ができて悪知恵が回る悪どい娘に過ぎなかった。
彼女は王太子である息子を誘惑し、隣国ド=ゴール家の令嬢との婚約を破棄するという愚行を行ったこともあり、ただで済ませるつもりはない。
現在は王家の一室に閉じ込められている息子以上に痛い目に遭ってもらおうではないか。
そのような屈折した思いもあってか、フィンの遺書には王太子の息子には跡を継がせないばかりか、その身分を剥奪して平民へと落とすという旨が記されている。
そのことが記された文章が読み上げられるのは自分が冥界王の元へと旅立ってからのことだから王太子である息子はさぞ驚くに違いない。
そして婚約破棄という形で恥をかかされたド=ゴール家の令嬢に関しては新しい婚約者を当てがう予定だ。
この処置に関しては弟ベクターが身勝手な婚約破棄を行い、カーラの身分を剥奪した際に自分が守れなかったことを果たすことができるという目的が大きかった。
もしかすれば賢王だのと聖人だのと民衆からは慕われる自分であるが、自分が思っている以上に性格は悪いのかもしれない。
そんな自分をカーラはどう思うのだろうか。やはり悪党と判断を下して例の裁縫針で延髄を貫いてしまうのだろうか。
フィンはその光景を想像しても恐ろしくなどはなかった。むしろカーラにそうした処置を施してほしかった。
フィンはここまでのことを思い返しながら渡された薔薇の上に目をやる。
普通ならば目の前に映るのは単なる薔薇であるに違いない。
だが、今のフィンは薔薇から若い時分のカーラが微笑み掛けているように見えた。
目の前に浮かぶ若い自分のカーラは確実にこう言っていた。
「情けないですわ、陛下。国王たるもの最期まで骨身を尽くして働くというものですわ」
その言葉にフィンは反論したかった。
“国王の激務や責任がなければオレはとっくの昔に冥界王の元へと旅立っていた。でも、キミに会いたい一心だけでずっとこの歳まで生きていた。だが、最後にまたキミに会えた。キミから愛を伝えられた。ならば、もう終わりにしてくれ!”と。
それだけでは収まらなかった。フィンは心の中でさらに反論を付け加えていく。
“何も言わずに置いていかれるくらいならばその前にその針で冥界王の元へと送ってほしかった!”と。
置いていかれる辛さというのは経験してみて初めて分かった。
二度と会えない相手を追い掛けて彷徨い歩く自分、何度も会えない相手の顔を夢の中で見る自分、過去の想い出に縋り付く自分、そうした過去の光景が半世紀以上の時が経った今でも鮮明に思い出すことができた。
フィンはそれからまたしばらく薔薇を見つめていたが、やがて何を思ったのか、隣で懸命に自分を介抱してくれたナターシャに向かって先ほど貰った薔薇を手渡す。
「国王様?これは?」
「……貰ったもので悪いが、キミに贈らせてくれ……もちろんそれだけではない。今日一日オレの面倒を見てくれたのだからな。その礼も一緒に渡させてもらおう」
フィンは自身の懐の中にあった財布をナターシャへと手渡す。
「受け取ってくれ、キミに妙なものを渡してしまった詫びも兼ねている」
フィンはそれからぎごちなく笑うと、茶店の外へと飛び出し、雲一つない綺麗な青空をもう一度見上げた。
激しい日差しがフィンへと降り注いでいく。そんな日差しをワードローブの被り物で防ぎながらその場を立ち去っていく。
ただ、フィンの足は王宮ではなく、どこか別の場所へと向かっていった。
どこでもいい。フィンは楽になりたい気持ちであったのだ。足が向くままフィンは王都を、自分のお膝元の中を歩いていくのであった。
フィンが好き放題に散歩を行っていく中でナターシャはといえば唐突に渡された薔薇と大金の入った財布とを交互に見比べながら困惑しきってしまつまていた。
財布の紐を開くと、中には金貨がぎっしりと詰まっていた。
一介の町娘には一生かけても手に入ることができないような大金が入っている。
幸いなことに店は休みだ。ナターシャは財布と薔薇とを持って自宅へと戻っていく。
帰る間際に花瓶を買うために寄り道し、素敵な花瓶を買った後で、普段ならば寄ることができない肉屋へと寄り、上等の部位の肉を買うことも忘れなかった。
家族も喜んでくれるはずだ。ナターシャは自宅の窯で肉を焼いたり、買ったばかりの花瓶に花を飾りながら子どもたちやパートナーが帰るのを待っていた。
肉の香りが家中に漂っていく。ナターシャの鼻腔を香ばしい匂いが刺激していく。
おそらくもう二度とこのような肉を食べる機会は訪れないだろう。
それ故に肉を焼く気合いが入った。行ったことはないレストランの肉のように上手く焼けていればいいのだが……。
そんな懸念がある中でパートナーと子供たちが帰宅を告げる声が聞こえた。
パートナーの男性は背後から肉を見て目を丸めたが、ナターシャの言葉で安堵する。それからナターシャの話に出た薔薇を探していた。
ナターシャはその薔薇のある場所を指差す。そこは食卓の上。普段は一家が団欒に使用する場所である。
ナターシャは家庭の団欒の場に彩りができればと一輪の薔薇を花瓶の中に入れて飾ったのだ。
てっきり悪評が出るのだとばかり思い込んでいたが、家族からの評価は上々であった。
「お母さん、この薔薇すごく綺麗だね!」
息子と娘という自分にとって大事な二人から賛辞の言葉が飛び交う。
「その通りだ。ほんとう本当に綺麗な薔薇だ。どこで買ったんだい?」
パートナーは感心するように言った。
「買ったんじゃないわ。貰ったのよ」
「誰にだい?」
「内緒」
ナターシャは唇の前に人差し指を当て笑ってみせた。
「狡いな。教えてくれよ」
パートナーの男性がナターシャの肩を優しく指で突きながら言った。
「だーめ。これはその人との約束なの。私は墓場まで持っていくんだからね」
ナターシャは悪戯っぽい笑みを浮かべていく。
ナターシャは肉を皿の上へと装いながら
不貞腐れている家族たちの姿を見つめながら考えた。
まさか、この薔薇と金貨をもらったのが国王様だとは誰が考えるだろうか。
恐らく想像もしないに違いない。
ナターシャはそのことを実感して勝ち誇ったような笑みを密かに浮かべるのであった。
あとがき
大変遅くなりましたが、最終話その2ということになります。
最期にカーラはほんの少しのみの登場となり、全体としては本筋に全く絡まなかったキャラとカーラに置いていかれてしまったフィンに主軸を置いた作品となっております。
元となった必殺シリーズでも置いていかれる悲しみや切ない最後を描いた作品が何作品かありましたが、本作でもそれを表現したくなり、こうしたエンディングにさせていただきました。
ですが、構想としてはまだ番外編が残っておりますので、そちらの方は今後気まぐれに更新させていただきます。
次回の更新は一応は未定ということにさせていただきますが、今後も読み続けてくだされば幸いです。
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