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第五章『例え、激闘が起ころうとも、旋風が巻き起ころうとも、この私が竜となり、虎となり、全てをお守り致しますわ』
アメリアの受難
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この日アメリアにとって不幸であったのはその日に妙な女性に因縁を付けられてしまったことだろう。本当に運が悪かったとしか言いようがない出来事であった。
彼女はその日主人からの言い付けに従い、ケーキの原料となる小麦粉を買いに問屋へと行く途中であったのだ。
無事に小麦粉を入手することに成功したアメリアは油断してしまい、いつもより集中力が欠けた状態で歩いていた。
そのため、目の前を歩く柄の悪そうな男たちを引き連れた壮年に近づいた女性の存在も気が付かなかったし、足を引っ掛けようとした男の悪意にも気が付かなかったのだ。
すっかりと足を掬われてしまったアメリアは短い悲鳴を上げた後で小麦粉を空中へと放り投げ、女性の頭に小麦粉を被せてしまったのだ。
袋を破って小麦粉の粉が盛大に宙の上から雨のように降り注いでいき、女性の真上へとかかっていく。その姿を見たアメリアは慌てて起き上がり、謝罪の言葉を述べたが、女性は聞き入れなかった。
アメリアの胸ぐらを掴んだかと思うと、勢いよく地面の上へと放り投げたのである。
アメリアはこの時肘を思いっきり地面の上へと打ち付けて悲鳴を上げたのだが、その悲鳴が返って女性を刺激した。
「痛いだと?あたしは正面から小麦粉を被ったというのに、あんたは自分の心配ばかりか!?えっ!?」
「わ、私はそんなつもりで言ったんじゃありません!」
アメリアは弱々しいながらも強気な姿勢で反論の言葉を叫ぶ。
だが、向こうはそれ以上の怒声を浴びせながら問い掛けた。
「そんなつもりもクソもあるものかッ!どうしてくれるんだい!?これ!?」
女性は小麦粉まみれになった自分の顔や体を見せた。
「そ、それは」
あからさまな証拠にアメリアは言葉を詰まらせた。今手元にある現金は主人から預かった大切な現金だ。手放すことはできない。
小遣いとして渡された金は不運なことに部屋に置いたままだ。
金がない故アメリアとしては誠意を見せて謝ることしかできなかったのだ。
だが、頭から小麦粉を被った女性は誠意を見せたくらいではアメリアを許すつもりはないらしい。
数人の男でアメリアを囲い込み、そのまま威圧するよう青白い光を帯びさせた両眼で睨みつけていく。
同時にそれまでアメリアを哀れみの目で見つめていた通行人たちも知らぬふりを決め込んだらしい。
忙しない様子を演じながら男たちの周りを通り過ぎていく。
アメリアが不安な目で周囲を見つめていたところに男がドスの聞いた野太い声で大男が問い掛けた。
「どうするんだよ?このままイザベラの姐さんに小麦粉をぶっかけたまま終わらせる気か?」
「そ、そんなことは」
「フン、白々しい小娘だこと、人が迷惑を被っているのにこのまま詫びの言葉も無しに帰るつもりかい?」
息子を奪った嫁を嫌う嫌味な姑のようなネチネチとした言葉責めに耐え切れず、アメリアは顔を背けてしまった。
この時のアメリアの選択肢は間違いであった。というのもイザベラは先ほどよりも不機嫌になってしまったからだ。
露骨に眉根を寄せて見せ、恐縮した様子のアメリアへと顔を近付けていく。
それても恐怖のためまだ顔を背けようとするアメリアの両頬を強く掴み、強制的に自分の顔を向けさせた。
「呆れたねぇ。本当に親の顔が見てみたいよ」
アメリアは泣いた。悔しさ故の涙だ。自分が馬鹿にされるだけならばまだよかった。
だが、イザベラは自分にとって実の母親ともいえる店の主人までも侮辱したのだ。この場合普通であったら強い口調で拒絶の言葉を言い返すだろうし、短気な人ならば殴り掛かっていたに違いない。
アメリアにとって不運であったのは彼女が生まれつき気弱な性格であったこと、それからイザベラがアメリアの気の弱さを感じ取ったことだ。
これを絶好の機会と見てイザベラが更なる因縁をふっかけようとした時だ。
「あの、すいません」
と、背後から声が聞こえてきた。全員で声がした方向を振り返ると、そこには茶色の地味なドレスの上に白色の上着を着た医者と思われる中年の女性が揉み手で立っていたのだ。
顔には和かな笑顔さえ浮かんでいる。
中年の女性はイザベラたちの元へと近付いたかと思うと、その掌の中に数枚の金貨を握らせたのだ。
いや、正確には呆然としているところに無理やり握らせたと表するべきだろうか。
いずれにしろ盗賊一家からすればこれでアメリアを虐める口実は消えたも同然だ。
怪我のことを訴えようにも相手は医師。下手なことを言えばこちらの方が怪しまれかねない。
こうした理由からイザベラは名誉ある撤退を選んだのである。
だが、この時イザベラは部下の一人にアメリアを見張るように指示を出すことを忘れなかった。楽しみは後に取っておくのだと言わんばかりの笑みを浮かべてイザベラはそのまま姿を消したのだった。
中年の女性はイザベラが消え去っていくのと同時に呆然としているアメリアへと手を伸ばす。
「大丈夫かい?」
「え、えぇ、それよりもレキシーさんこそ大量のお金がーー」
「いいんだよ、それよりもあんたの手当ての方が先だよ、ちょいと診療所まで来てくれないかい?」
レキシーはアメリアの怪我をした肘の部分を指差しながら言った。
これから治療を施してくれるらしいことを指していた。
アメリアは素直にレキシーの好意を受け入れて診療所へと向かった。
診療所は昼に差し掛かっているのにも関わらず大盛況でその光景を見たアメリアは手当てを遠慮しようとしたが、レキシーは笑顔で診療所の中へと引き摺ったのであった。
戸惑うアメリアを診察椅子の上に座らせ、気さくな笑顔を浮かべながらレキシーは治療を行っていたが、最後には声色を変え、真剣な顔を浮かべて言った。
「いいかい、あの手の輩は本当に厄介だからまた目を付けられたらあたしの名前を呼びなよ、ね?」
「ああいう方ならば警備隊や自警団の方がよろしいのでは?」
「警備隊?自警団?そんなものは役に立たないよ。いいね、あんたやあんたの大切な人たちを守りたいんだったらあたしの名前を呼びなよ、ね?」
レキシーの忠告は真に迫っていた。その剣幕にアメリアは頷くより他になかった。
駄目にしてしまった小麦粉は新たに買うより仕方がなかったが、勉強代と思えばよかった。店の主人も訳を話せばわかってくれるだろう。
アメリアはどこか安堵した心持ちで勤務先であり、自宅でもある洋菓子店へと戻っていくのであった。
だが、翌日にレキシーの忠告が生きることになろうとは思いもしなかったのだ。
翌日店の中にイザベラと昨日の男たちが入ってきたのだ。
イザベラはアメリアが担当する列の前に現れたかと思うと、机の前に両手を大きく叩き付け、神話の怪物を思い起こさせるような恐ろしい顔でアメリアの元へと顔を近付けていくのであった。
「あんたッ!昨日のことを忘れてないだろうね!?」
「えっ、えっ?」
アメリアは理解が追い付かなかった。呆然とした顔で応対を行なっていると、背後に控えていたイザベラの手下と思われる男たちが店の中を荒らし回っていった。
物を壊し、客に難癖を付け、店への嫌がらせを始めたのだ。
嫌がらせを止めるため店の従業員が出張ったが、呆気なくイザベラの配下と思われる大男によって殴り飛ばされてしまったのだ。
散々店の中を荒らし回ったかと思うと、イザベラは従業員スペースに入り、アメリアを殴り飛ばしたのであった。
突然の平手打ちによる衝撃と痛みで口が効けずにいるアメリアを見下ろしながら言った。
「いいかい?今日からはあたしがボスさ。この店はあたしのものだよ」
アメリアはその宣言に怯えるしかなかった。
このままイザベラに従うしかないのだろうか。そんなことを考えていると、ふと頭に昨日のレキシーによる忠告の言葉を思い起こしていく。
アメリアはそのまま藁にでも縋るような思いでその場を飛び出し、レキシーの元へと駆け出していく。
その時レキシーはちょうど診察中であったが、切羽詰まったアメリアの顔を見ると昨日の懸念が現実のものとなったことを理解した。
今目をつけている患者で治療を切り上げてアメリアと共に用心棒の調達へと向かう。
用心棒となるのは今日のところは自宅でのんびりと寛いでいるアルフィーである。
昨日アメリアと別れた後夕刻の頃に自宅を訪れ、彼の家族に気が付かれぬよう金を握らせていざという時の用心棒を頼んでおいたのだ。
一先ずは安心である。レキシーはアルフィーを引き連れ、アメリアの案内のもとに洋菓子店へと向かっていく。
店の中には下品な笑い声を上げた男たちが菓子を好き放題に飲み食いしていた。
周りには怯え切った女性従業員や顔に青いあざを作られている男性従業員の姿が見えた。
「……ひどい」
アメリアは店の悲惨な惨状が信じられず、咄嗟に言葉を吐いてしまった。
主人がこの日は用事があって店を開けていたのは幸いというべきであった。
だが、野蛮な男たちからすればアメリアの言葉も褒め言葉に聞こえるらしい。
「ニヘヘ」と下品な笑い声を上げながらアメリアを邪な目で見るばかりだ。
「このゲス野郎どもがッ!」
アメリアに代わって怒りの言葉を漏らしたのはアルフィーである。
彼は用意した木剣を構えながら男たちに敵意を示していく。
「警告するぞ、お前たちがこれ以上少しでも店を荒らせばオレが相手になる」
普通ならば戦意を漲らせたアルフィーの言葉を聞けば尻すぼみするものであるが、男たちは構うことなく笑い声を上げている。
なんとも下品な笑い声だ。アルフィーは嫌悪感に眉を顰めながら木剣でならず者たちへと斬りかかっていく。
もちろん黙ってやられるはずもない。ならず者たちは真剣で応戦したが、全てアルフィーの前に叩き伏せられてしまった。
剣を大きく振り上げて斬り掛かるなどという隙の多い戦術などアルフィーの敵ではなかったのだ。ガラ空きになった胴やら脇やらに木剣を叩き込むだけで済んだのだ。
ボロボロになった悪党たちであったが、マーサという男だけは別であった。
マーサは自慢の山刀を抜き、大きく振り回しながらアルフィーの命を狙ったのだ。
アルフィーは木刀を構えたが、そんなものが相手にならないということは百も承知であった。
それでも今この場を抜け出すことは自分の中における剣士としての誇りが許さなかった。
剣士としてアメリアたちを守るという使命が彼の魂を揺さぶり突き動かしていたのである。
アルフィーが雄叫びを上げて己を鼓舞するのと同時に相手を怯ませようとした時だ。
「やめなッ!」
と、背後から叱責する声が飛んだ。声の主はイザベラであった。
彼女はマーサを避け、アルフィーの元へと辿り着くと、その胸ぐらを思いっきり掴み上げたのであった。
「あんた、随分とうちの手下を可愛がってくれたじゃあないの?この落とし前をどうつけてくれるつもりなんだい?」
「銭を払えと言っているのか?それなら今は手元に一つもないぞ」
アルフィーも挑発的な態度を崩さない。図星だったのか、イザベラの胸を掴む手が震えていく。
怒りから生じた震えだ。相当悔しかったのだろう。
だが、イザベラに怯え切っておらず、心酔していないアルフィーに他の人物のような壊れ物を扱うかのように扱うことなどあるはずがない。
黙ってイザベラの手を取り払うと、そのまま皺だらけの醜い頬に強烈な一撃を喰らわせたのであった。
イザベラは悲鳴を上げて地面の上に倒れ込む。
このまま追撃を喰らわせようとしたのだがら、その前にマーサが割って入ったのである。
マーサは山刀を振り上げ、アルフィーの頭を叩き割ろうとしたのだが、その前に倒れているイザベラの襟を掴んで無理やり立たせ、その体を盾にしていた。
イザベラを前に出せばマーサの山刀が当たることになってしまうためマーサには手が出せそうにない。
「て、テメェ……」
マーサが悪態を吐く。それに対しアルフィーは勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
このままではどうすることもできまい。八方塞がりの状態へと陥ってしまった盗賊の一味にアルフィーは具体的な解決案を示していく。
「お前たちがこの場を去ればこいつは返してやってもいいぜ」
マーサと盗賊たちは悔しげに下唇を噛み締めながらアルフィーを睨んでいたが、このままでは頭を討ち取られてしまうと判断したのだろう。
舌を打ってから仲間を引き連れ、その場を去っていく。
アルフィーはイザベラの背中を強く蹴り飛ばし、洋菓子店から追い出したのである。
傷付いた子分たちに抱えられたイザベラは目を充血させながら恨み節を述べていた。
「……覚えておきな、このままじゃ済まさないからね」
ボロボロとなったイザベラが向かったのは自分たちにとって新たな後ろ盾となったホワインセアム公爵家の邸宅である。
イザベラはアイラ令嬢を呼び出し、自分たちの報復に手を貸すように脅した。
しかしアイラはどこか冷ややかな目でイザベラの脅しの言葉を聞いていた。
最初から相手にしていないとばかりにお茶を啜り、済ました態度を取っていたのである。
この態度に激昂したのはマーサだ。周りの使用人たちが怯えるほど勢いよく机を叩いてアイラを牽制したのである。
「テメェ、オレたちを舐めるんじゃねぇぞ。いざとなったらこんな家を潰すくらい造作もないんだからな」
マーサの言葉は脅しではなかった。事実マーサが暴れることがあればホワインセアム公爵家の邸宅に常駐している全兵力を注いだとしてもマーサを倒すことはできないだろう。
だが、
「好きになさいな。その代わり今度は警備隊を呼び寄せる。国王の近衛兵も同時に呼んであげましょうか?」
というアイラの強気な姿勢にマーサも気を削がれてしまったらしい。
忌々しそうにアイラを睨んでいた。
その横でイザベラが笑う姿が見受けられた。
「あ、姐さん!」
マーサが抗議の声を上げる。当然だろう。マーサはイザベラのために怒ったというのに肝心の本人が笑っていてはどうしようもない。
イザベラはワナワナと震えるマーサを放って話を進めていく。
「いや、その通りだよ。その度胸気に入った、さすがはあたしが見込んだ女だ」
「あなたに褒められても嬉しくない。それよりも用件はなんだか言ってよ」
「あぁ、これは失礼したね。手を貸して欲しいんだよ、ある店を乗っ取りたくてね」
「……なるほど、その店の名前は?」
アイラは目を輝かせながら問い掛けた。どうやら興味を示したらしい。イザベラは長椅子の上から身を乗り出しながら店の名前を語っていく。
話を聞き終え時アイラは二つ返事で名を貸すことを提案した。
イザベラ一味は両手を掲げて喜んでいたが、この時アイラは別のことを考えていた。
それはイザベラ一味共々彼女を狙って訪れるであろう害虫駆除人を始末することだ。
警備隊や自警団の重い腰を上げるさせる絶好の機会は私兵を暴れさせることだ。
アイラはこの時私兵を率いる隊長格の男を呼び出して耳元に指示を下す。
アイラからの指示というのはこれから店を乗っ取る許可を与えた後、店の中で不穏な気配を感じたら、それはイザベラ一味が仕留められた合図であるというものだ。
さらにそこから付け加えて、イザベラ一味が夜の間に店の中で大騒ぎを起こせばそれも同様に合図と捉えて店の前で暴れるように指示を出す。
こうした指示のもと私兵隊長は部下に命令し、こっそりと店の近くに潜伏を行うことになったのだった。
害虫駆除人を捕らえたいというホワインセアム公爵家の思惑もあり、翌日にはイザベラとその一味が現れ、アメリアたちの前に一枚の書類を突き付けられることになったのである。
「これを見なッ!あんたらの店は今日からあたしたちのものなんだよッ!」
「ど、どういうことなんです!?」
店の奥から出てきた女性店主が声を張り上げながら不測の事態に動揺の声を上げる。
「どういうことも何もその通りさ。あんたらの店はあたしらのものなんだよ。ホワインセアム公爵家が直々の許可を下さったのさッ!」
「そ、そんな、待ってください」
女性店主はもう一度声を張り上げようとしたのだが、イザベラはそんな店主を押し倒し、堂々と店の中へと足を踏み入れたのである。
手下を引き連れたイザベラは店主の部屋へと土足で上がり込み、自らがここの店主となったことを告げたのである。
反論を行おうにもホワインセアム公爵家という巨大な家の名前を出されては反論を行うことも出来なかった。
イザベラはそれまでの幹部たちを追い出し、自分の手下たちを新たにその職へと就けた。
だが、解雇はしない。それまでの従業員たちは元店主も含めてイザベラの従業員として働くことになったのだ。
特にいじめられたのは元店主もといジェシカ並びに彼女がもっとも可愛がっていたアメリアの二人であった。
二人は執拗ないじめを受け、体のあちこちに傷を負うことになってしまっていた。その姿に反旗を示すルーカスなどの元従業員もいたが、反抗する者はことごとくイザベラの手下によって押さえ付けられてしまい、酷い時には食料倉庫の中へと仕舞い込まれてしまったのだ。
こうした経緯もあり、僅か二日の間にアメリアの顔から笑顔は消えてしまった。
元々の住み込みの従業員たちは部屋は取り上げられてしまっていたからやむなく冷たい床の上で粗末な毛布をかけて眠る日々が続いている。
いつ終わるとも知れない悪夢にアメリアは床を濡らしていた。
そんな状態で疲れが取れるはずがない。翌日のお使いでは足元の悪い地面に気が付かず転んでしまい小麦粉をこぼしてしまうようなことがあった。
事件を聞き付けた一味の男は慌てて駆け寄り、アメリアを叩いたのだが、この時に止めたのは奇しくもたまたまお忍びで外に出ていたカーラであった。
「……動けないレディを痛ぶなんて……それが殿方のやることですの?」
この時カーラの声はいつもより一段と低く聞こえた。心の内に秘めていたはずの怒りが爆発したらしい。
一味の男は邪魔された怒りをカーラにぶつけるため、勢いをつけて殴り掛かったが、カーラは男の単調な腕の動きを見切ると、そのまま地面の上へと放り投げたのであった。
地面の上に凄まじい衝撃を受けた男は悲鳴を上げて逃げ出していく。今のような痛みは女性からは受けたことがなかった故にその衝撃は大きかった。
口汚い台詞を吐いてその場を後にしていく。
男が過ぎ去ったのを見ると、カーラはアメリアへと手を伸ばす。
「大丈夫でして?アメリアさん」
「は、はい。カーラ……様」
「さん」ではなく「様」と敬称でカーラを呼んだのはカーラの身分が男爵夫人という自分よりも上であったからだ。
カーラも本音をいえばそんなことは気にしなくてもいいと主張したかったのだが、しきたりはしきたりである。それを無視することはできない。
人の目がある以上カーラとしてはその通りだと言わんばかりに微笑むしかなかった。
その代わりアメリアの耳元に自身の顔を近付けて優しい声で、
「二人きりの時は前と同じ呼び方で構いませんのよ」
と、囁いていく。
その言葉を聞いたからアメリアは両目から涙を零していくのであった。
それは安堵感から生じたものであり、同時に親しい友人にしか流さない涙であった。
アメリアは胸を貸すカーラに甘えながらひたすらに泣き続けたのである。
人目があることもあり、カーラは戸惑いと同時に危うさを感じたので、二人きりで話すため茶店へと連れ出そうとした。
ところが、アメリアの腕や足に青あざのようなものが付いていることが引っ掛かり、治療と話し合いのため養母であるレキシーが経営する診療所の裏口へと連れ出したのである。
それから裏口の扉を叩いてレキシーを呼び出したのである。
突然の来訪に驚きを隠せないレキシーであったが、切羽詰まった様子の義娘と憔悴し切った様子のアメリアを見るにただ事ではないと判断を下したのだろう。
二人を診療所の中へと入れ、治療を行うことにした。
この時患者たちがあまり入っていなかったのは幸いであった。診察を中断することなく診療所の中へと通され、怪我の手当てが行われることになったのだ。
診察室の椅子の上に腰を掛けさせ、薬を塗って治療用の布を巻いていく。
その間に何があったのかを問い掛けたのだ。
するとアメリアは涙を流しながら自らの身に降り掛かった出来事を語っていく。
話が終わり、アメリアが顔を逸らした瞬間、レキシーとカーラは顔を見合わせていた。
この時二人の両目にはイザベラと強盗一家に対する明確な敵意の意思が示されることになったのである。
既に前金は受け取っている。動かない理由はない。
『カリオストロ』で仕事をした日から既に五日以上は過ぎている。とっくにほとぼりも冷めている頃だ。
悪党どもを仕留めに向かっても問題はないだろう。
二人は今夜のうちにイザベラとその手下である盗賊一家を仕留めることに決めたのである。
カーラは一度館へと戻り、メイドたちが寝静まった頃に侵入用の針金を持って館から抜け出し、レキシーと共に洋菓子店の裏口から侵入でいく。
昼間に聞いたアメリアの話によればイザベラが眠っているのは元々この店の主人であるジェシカが使っていた部屋だ。
二人は気配を殺しながら二階にあるとされる元主人現在はイザベラの部屋と向かい、その鍵穴からイザベラが眠っていることを確認する。
これから仕留められるとも知らず呑気な寝息が聞こえてきた。
その隣からもいびきが聞こえてきた。野太い男のいびき。
まさしくイザベラの暴力装置マーサのものだ。
あとあとのことを考えておくに、彼から先に仕留めた方が良い。
カーラは針金を使って鍵穴をいじり、その中へと潜入する。
マーサが眠るベッドの元へと近付き、袖の下に仕込んでいた針を口に咥える。
そしてもう一度殺気と気配の両方を消しながらマーサの元へと寄り、口に咥えていた針を外す。
本来であるのならばマーサの顔に水に濡らした紙を張り、呼吸を奪ってから仕留めるつもりでいたが、あいにくマーサの部屋の中には紙がない。マーサに手紙を書くような習慣がないから置いていないのだろう。
それ故カーラは仕方がなしに気色の悪さに目を瞑りつつ、マーサの口元を手で覆い、彼から呼吸と声の両方を奪い、彼が寝苦しさから目を覚ました瞬間を狙って彼の眉間に深々と針を突き立てのである。
マーサは悲鳴を上げることも悶えることもできずにベッドの中で力尽きた。
大きく見開かれた両目は明らかに恐怖の色を浮かべていた。
側から見れば十分な恐怖を与えられたように思われる。
だが、これでもマーサに与える罰としては軽い方だ。
少なくとも彼が何人もの相手にしてきたことを思えばこんなものでは手ぬるいくらいである。
カーラは足音を立てることもなくその場を後にし、レキシーと共にイザベラの部屋へと足を踏み入れる。
イザベラは元々部屋の中に用意されていた大きなベッドの上で心地良さげに眠っていた。
本来であるのならば八つ裂きにしても飽き足らないような悪党である。単純に針で刺して終わり、短剣で心臓を貫いて終わりなどと簡単に終わらせるような真似で終わらせたくなかった。
そのためレキシーは懐から粉状の毒薬を取り出す。
毒薬ということは一瞬で終わらせるように思われるが、ただの毒薬ではないのだ。飲めば三時間は悶え苦しむという特製の毒薬である。
しかも、既存の薬草や治療法では解決することができず、飲めば間違いなく死に至るという特製品だ。
これは山奥に生えているエピノックと呼ばれる赤いキノコから精製されるもので、普段はもっぱら治療時における患者の痛みを和らげる麻酔薬として用いられるものであるが、作り過ぎればそれは毒になってしまう。
レキシーはイザベラにそれ相応の報いを受けさせるために敢えて作り過ぎていた。この毒薬を喰らい、激痛に悶えながら冥界王の元へと向かうというのがイザベラに相応しい末路だ。
問題はどうやって口に投げ入れるかである。起こしてしまえば毒薬を飲ませることができても手下が騒いでしまう。
とはいえ、マーサのように針で仕留めるには犯した悪行があまりにも多過ぎる。
針で仕留めるなどという簡単な方法で始末をつけたくはない。
二人にとって幸いであったのは相手も人間だということだ。レキシーは医師としての経験上大きな欠伸を出す人間が深い眠りに入っている時は大抵無意識のうちに口を大きく開けることを知っていた。
これは眠っている人間が無意識のうちに空気を求めて起こす本能ともいえる行動で、大抵の人間が眠っている間はこうした行動をとっている。
少なくとも異世界人などレキシーが知らない未知の種族でなければ大きく口をひらけてしまうものなのだ。
これについては眠っている間に人間は必ず空気を求めるからであるとされているが詳しいことはまだ今の医学では分かっていなかった。
なんにせよこうした人間の生理現象が存在することはレキシーからすれば有難いことである。
レキシーとカーラはイザベラが空気を求めて無意識のうちに口を大きく開いてしまう瞬間を待っていた。
五分ほど待った後にイザベラが大きな欠伸の音を出し、その口を大きく開いたのである。
今だ。カーラとレキシーは協力してイザベラの口の中へと毒を注いだ。
この時問題であったのは口が異物を感じて吐き出さないかということであるが、その点に関しても問題はない。
というのも毒薬の上には砂糖をまぶしており、舌の検閲を騙しているからだ。
舌の上に感じるのは苦味ではなく甘味なのだ。
だが、それこそが罠。甘い味を味わった後で考えられないような苦しみを味わうのだ。
甘い顔を浮かべた後で悪魔のような顔を浮かべて相手を苦しめる。
こうした手法はこれまでイザベラやその手下たちが散々被害者たちにやってきたことだ。
イザベラは今ここでその報いを受けるのだ。二人はお互いに悪い笑みを浮かべながら部屋を後にした。
あとがき
本日の更新はこれで終わりとなります。このままもう一話を上げる予定ですが、どうしても夜中になってしまうことは必須となります。
本当に申し訳ありません。本日はなかなか筆が動かず、更新が難しくなりそうです。
今後はもっと気を引き締めて臨んでいこうと思います。
彼女はその日主人からの言い付けに従い、ケーキの原料となる小麦粉を買いに問屋へと行く途中であったのだ。
無事に小麦粉を入手することに成功したアメリアは油断してしまい、いつもより集中力が欠けた状態で歩いていた。
そのため、目の前を歩く柄の悪そうな男たちを引き連れた壮年に近づいた女性の存在も気が付かなかったし、足を引っ掛けようとした男の悪意にも気が付かなかったのだ。
すっかりと足を掬われてしまったアメリアは短い悲鳴を上げた後で小麦粉を空中へと放り投げ、女性の頭に小麦粉を被せてしまったのだ。
袋を破って小麦粉の粉が盛大に宙の上から雨のように降り注いでいき、女性の真上へとかかっていく。その姿を見たアメリアは慌てて起き上がり、謝罪の言葉を述べたが、女性は聞き入れなかった。
アメリアの胸ぐらを掴んだかと思うと、勢いよく地面の上へと放り投げたのである。
アメリアはこの時肘を思いっきり地面の上へと打ち付けて悲鳴を上げたのだが、その悲鳴が返って女性を刺激した。
「痛いだと?あたしは正面から小麦粉を被ったというのに、あんたは自分の心配ばかりか!?えっ!?」
「わ、私はそんなつもりで言ったんじゃありません!」
アメリアは弱々しいながらも強気な姿勢で反論の言葉を叫ぶ。
だが、向こうはそれ以上の怒声を浴びせながら問い掛けた。
「そんなつもりもクソもあるものかッ!どうしてくれるんだい!?これ!?」
女性は小麦粉まみれになった自分の顔や体を見せた。
「そ、それは」
あからさまな証拠にアメリアは言葉を詰まらせた。今手元にある現金は主人から預かった大切な現金だ。手放すことはできない。
小遣いとして渡された金は不運なことに部屋に置いたままだ。
金がない故アメリアとしては誠意を見せて謝ることしかできなかったのだ。
だが、頭から小麦粉を被った女性は誠意を見せたくらいではアメリアを許すつもりはないらしい。
数人の男でアメリアを囲い込み、そのまま威圧するよう青白い光を帯びさせた両眼で睨みつけていく。
同時にそれまでアメリアを哀れみの目で見つめていた通行人たちも知らぬふりを決め込んだらしい。
忙しない様子を演じながら男たちの周りを通り過ぎていく。
アメリアが不安な目で周囲を見つめていたところに男がドスの聞いた野太い声で大男が問い掛けた。
「どうするんだよ?このままイザベラの姐さんに小麦粉をぶっかけたまま終わらせる気か?」
「そ、そんなことは」
「フン、白々しい小娘だこと、人が迷惑を被っているのにこのまま詫びの言葉も無しに帰るつもりかい?」
息子を奪った嫁を嫌う嫌味な姑のようなネチネチとした言葉責めに耐え切れず、アメリアは顔を背けてしまった。
この時のアメリアの選択肢は間違いであった。というのもイザベラは先ほどよりも不機嫌になってしまったからだ。
露骨に眉根を寄せて見せ、恐縮した様子のアメリアへと顔を近付けていく。
それても恐怖のためまだ顔を背けようとするアメリアの両頬を強く掴み、強制的に自分の顔を向けさせた。
「呆れたねぇ。本当に親の顔が見てみたいよ」
アメリアは泣いた。悔しさ故の涙だ。自分が馬鹿にされるだけならばまだよかった。
だが、イザベラは自分にとって実の母親ともいえる店の主人までも侮辱したのだ。この場合普通であったら強い口調で拒絶の言葉を言い返すだろうし、短気な人ならば殴り掛かっていたに違いない。
アメリアにとって不運であったのは彼女が生まれつき気弱な性格であったこと、それからイザベラがアメリアの気の弱さを感じ取ったことだ。
これを絶好の機会と見てイザベラが更なる因縁をふっかけようとした時だ。
「あの、すいません」
と、背後から声が聞こえてきた。全員で声がした方向を振り返ると、そこには茶色の地味なドレスの上に白色の上着を着た医者と思われる中年の女性が揉み手で立っていたのだ。
顔には和かな笑顔さえ浮かんでいる。
中年の女性はイザベラたちの元へと近付いたかと思うと、その掌の中に数枚の金貨を握らせたのだ。
いや、正確には呆然としているところに無理やり握らせたと表するべきだろうか。
いずれにしろ盗賊一家からすればこれでアメリアを虐める口実は消えたも同然だ。
怪我のことを訴えようにも相手は医師。下手なことを言えばこちらの方が怪しまれかねない。
こうした理由からイザベラは名誉ある撤退を選んだのである。
だが、この時イザベラは部下の一人にアメリアを見張るように指示を出すことを忘れなかった。楽しみは後に取っておくのだと言わんばかりの笑みを浮かべてイザベラはそのまま姿を消したのだった。
中年の女性はイザベラが消え去っていくのと同時に呆然としているアメリアへと手を伸ばす。
「大丈夫かい?」
「え、えぇ、それよりもレキシーさんこそ大量のお金がーー」
「いいんだよ、それよりもあんたの手当ての方が先だよ、ちょいと診療所まで来てくれないかい?」
レキシーはアメリアの怪我をした肘の部分を指差しながら言った。
これから治療を施してくれるらしいことを指していた。
アメリアは素直にレキシーの好意を受け入れて診療所へと向かった。
診療所は昼に差し掛かっているのにも関わらず大盛況でその光景を見たアメリアは手当てを遠慮しようとしたが、レキシーは笑顔で診療所の中へと引き摺ったのであった。
戸惑うアメリアを診察椅子の上に座らせ、気さくな笑顔を浮かべながらレキシーは治療を行っていたが、最後には声色を変え、真剣な顔を浮かべて言った。
「いいかい、あの手の輩は本当に厄介だからまた目を付けられたらあたしの名前を呼びなよ、ね?」
「ああいう方ならば警備隊や自警団の方がよろしいのでは?」
「警備隊?自警団?そんなものは役に立たないよ。いいね、あんたやあんたの大切な人たちを守りたいんだったらあたしの名前を呼びなよ、ね?」
レキシーの忠告は真に迫っていた。その剣幕にアメリアは頷くより他になかった。
駄目にしてしまった小麦粉は新たに買うより仕方がなかったが、勉強代と思えばよかった。店の主人も訳を話せばわかってくれるだろう。
アメリアはどこか安堵した心持ちで勤務先であり、自宅でもある洋菓子店へと戻っていくのであった。
だが、翌日にレキシーの忠告が生きることになろうとは思いもしなかったのだ。
翌日店の中にイザベラと昨日の男たちが入ってきたのだ。
イザベラはアメリアが担当する列の前に現れたかと思うと、机の前に両手を大きく叩き付け、神話の怪物を思い起こさせるような恐ろしい顔でアメリアの元へと顔を近付けていくのであった。
「あんたッ!昨日のことを忘れてないだろうね!?」
「えっ、えっ?」
アメリアは理解が追い付かなかった。呆然とした顔で応対を行なっていると、背後に控えていたイザベラの手下と思われる男たちが店の中を荒らし回っていった。
物を壊し、客に難癖を付け、店への嫌がらせを始めたのだ。
嫌がらせを止めるため店の従業員が出張ったが、呆気なくイザベラの配下と思われる大男によって殴り飛ばされてしまったのだ。
散々店の中を荒らし回ったかと思うと、イザベラは従業員スペースに入り、アメリアを殴り飛ばしたのであった。
突然の平手打ちによる衝撃と痛みで口が効けずにいるアメリアを見下ろしながら言った。
「いいかい?今日からはあたしがボスさ。この店はあたしのものだよ」
アメリアはその宣言に怯えるしかなかった。
このままイザベラに従うしかないのだろうか。そんなことを考えていると、ふと頭に昨日のレキシーによる忠告の言葉を思い起こしていく。
アメリアはそのまま藁にでも縋るような思いでその場を飛び出し、レキシーの元へと駆け出していく。
その時レキシーはちょうど診察中であったが、切羽詰まったアメリアの顔を見ると昨日の懸念が現実のものとなったことを理解した。
今目をつけている患者で治療を切り上げてアメリアと共に用心棒の調達へと向かう。
用心棒となるのは今日のところは自宅でのんびりと寛いでいるアルフィーである。
昨日アメリアと別れた後夕刻の頃に自宅を訪れ、彼の家族に気が付かれぬよう金を握らせていざという時の用心棒を頼んでおいたのだ。
一先ずは安心である。レキシーはアルフィーを引き連れ、アメリアの案内のもとに洋菓子店へと向かっていく。
店の中には下品な笑い声を上げた男たちが菓子を好き放題に飲み食いしていた。
周りには怯え切った女性従業員や顔に青いあざを作られている男性従業員の姿が見えた。
「……ひどい」
アメリアは店の悲惨な惨状が信じられず、咄嗟に言葉を吐いてしまった。
主人がこの日は用事があって店を開けていたのは幸いというべきであった。
だが、野蛮な男たちからすればアメリアの言葉も褒め言葉に聞こえるらしい。
「ニヘヘ」と下品な笑い声を上げながらアメリアを邪な目で見るばかりだ。
「このゲス野郎どもがッ!」
アメリアに代わって怒りの言葉を漏らしたのはアルフィーである。
彼は用意した木剣を構えながら男たちに敵意を示していく。
「警告するぞ、お前たちがこれ以上少しでも店を荒らせばオレが相手になる」
普通ならば戦意を漲らせたアルフィーの言葉を聞けば尻すぼみするものであるが、男たちは構うことなく笑い声を上げている。
なんとも下品な笑い声だ。アルフィーは嫌悪感に眉を顰めながら木剣でならず者たちへと斬りかかっていく。
もちろん黙ってやられるはずもない。ならず者たちは真剣で応戦したが、全てアルフィーの前に叩き伏せられてしまった。
剣を大きく振り上げて斬り掛かるなどという隙の多い戦術などアルフィーの敵ではなかったのだ。ガラ空きになった胴やら脇やらに木剣を叩き込むだけで済んだのだ。
ボロボロになった悪党たちであったが、マーサという男だけは別であった。
マーサは自慢の山刀を抜き、大きく振り回しながらアルフィーの命を狙ったのだ。
アルフィーは木刀を構えたが、そんなものが相手にならないということは百も承知であった。
それでも今この場を抜け出すことは自分の中における剣士としての誇りが許さなかった。
剣士としてアメリアたちを守るという使命が彼の魂を揺さぶり突き動かしていたのである。
アルフィーが雄叫びを上げて己を鼓舞するのと同時に相手を怯ませようとした時だ。
「やめなッ!」
と、背後から叱責する声が飛んだ。声の主はイザベラであった。
彼女はマーサを避け、アルフィーの元へと辿り着くと、その胸ぐらを思いっきり掴み上げたのであった。
「あんた、随分とうちの手下を可愛がってくれたじゃあないの?この落とし前をどうつけてくれるつもりなんだい?」
「銭を払えと言っているのか?それなら今は手元に一つもないぞ」
アルフィーも挑発的な態度を崩さない。図星だったのか、イザベラの胸を掴む手が震えていく。
怒りから生じた震えだ。相当悔しかったのだろう。
だが、イザベラに怯え切っておらず、心酔していないアルフィーに他の人物のような壊れ物を扱うかのように扱うことなどあるはずがない。
黙ってイザベラの手を取り払うと、そのまま皺だらけの醜い頬に強烈な一撃を喰らわせたのであった。
イザベラは悲鳴を上げて地面の上に倒れ込む。
このまま追撃を喰らわせようとしたのだがら、その前にマーサが割って入ったのである。
マーサは山刀を振り上げ、アルフィーの頭を叩き割ろうとしたのだが、その前に倒れているイザベラの襟を掴んで無理やり立たせ、その体を盾にしていた。
イザベラを前に出せばマーサの山刀が当たることになってしまうためマーサには手が出せそうにない。
「て、テメェ……」
マーサが悪態を吐く。それに対しアルフィーは勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
このままではどうすることもできまい。八方塞がりの状態へと陥ってしまった盗賊の一味にアルフィーは具体的な解決案を示していく。
「お前たちがこの場を去ればこいつは返してやってもいいぜ」
マーサと盗賊たちは悔しげに下唇を噛み締めながらアルフィーを睨んでいたが、このままでは頭を討ち取られてしまうと判断したのだろう。
舌を打ってから仲間を引き連れ、その場を去っていく。
アルフィーはイザベラの背中を強く蹴り飛ばし、洋菓子店から追い出したのである。
傷付いた子分たちに抱えられたイザベラは目を充血させながら恨み節を述べていた。
「……覚えておきな、このままじゃ済まさないからね」
ボロボロとなったイザベラが向かったのは自分たちにとって新たな後ろ盾となったホワインセアム公爵家の邸宅である。
イザベラはアイラ令嬢を呼び出し、自分たちの報復に手を貸すように脅した。
しかしアイラはどこか冷ややかな目でイザベラの脅しの言葉を聞いていた。
最初から相手にしていないとばかりにお茶を啜り、済ました態度を取っていたのである。
この態度に激昂したのはマーサだ。周りの使用人たちが怯えるほど勢いよく机を叩いてアイラを牽制したのである。
「テメェ、オレたちを舐めるんじゃねぇぞ。いざとなったらこんな家を潰すくらい造作もないんだからな」
マーサの言葉は脅しではなかった。事実マーサが暴れることがあればホワインセアム公爵家の邸宅に常駐している全兵力を注いだとしてもマーサを倒すことはできないだろう。
だが、
「好きになさいな。その代わり今度は警備隊を呼び寄せる。国王の近衛兵も同時に呼んであげましょうか?」
というアイラの強気な姿勢にマーサも気を削がれてしまったらしい。
忌々しそうにアイラを睨んでいた。
その横でイザベラが笑う姿が見受けられた。
「あ、姐さん!」
マーサが抗議の声を上げる。当然だろう。マーサはイザベラのために怒ったというのに肝心の本人が笑っていてはどうしようもない。
イザベラはワナワナと震えるマーサを放って話を進めていく。
「いや、その通りだよ。その度胸気に入った、さすがはあたしが見込んだ女だ」
「あなたに褒められても嬉しくない。それよりも用件はなんだか言ってよ」
「あぁ、これは失礼したね。手を貸して欲しいんだよ、ある店を乗っ取りたくてね」
「……なるほど、その店の名前は?」
アイラは目を輝かせながら問い掛けた。どうやら興味を示したらしい。イザベラは長椅子の上から身を乗り出しながら店の名前を語っていく。
話を聞き終え時アイラは二つ返事で名を貸すことを提案した。
イザベラ一味は両手を掲げて喜んでいたが、この時アイラは別のことを考えていた。
それはイザベラ一味共々彼女を狙って訪れるであろう害虫駆除人を始末することだ。
警備隊や自警団の重い腰を上げるさせる絶好の機会は私兵を暴れさせることだ。
アイラはこの時私兵を率いる隊長格の男を呼び出して耳元に指示を下す。
アイラからの指示というのはこれから店を乗っ取る許可を与えた後、店の中で不穏な気配を感じたら、それはイザベラ一味が仕留められた合図であるというものだ。
さらにそこから付け加えて、イザベラ一味が夜の間に店の中で大騒ぎを起こせばそれも同様に合図と捉えて店の前で暴れるように指示を出す。
こうした指示のもと私兵隊長は部下に命令し、こっそりと店の近くに潜伏を行うことになったのだった。
害虫駆除人を捕らえたいというホワインセアム公爵家の思惑もあり、翌日にはイザベラとその一味が現れ、アメリアたちの前に一枚の書類を突き付けられることになったのである。
「これを見なッ!あんたらの店は今日からあたしたちのものなんだよッ!」
「ど、どういうことなんです!?」
店の奥から出てきた女性店主が声を張り上げながら不測の事態に動揺の声を上げる。
「どういうことも何もその通りさ。あんたらの店はあたしらのものなんだよ。ホワインセアム公爵家が直々の許可を下さったのさッ!」
「そ、そんな、待ってください」
女性店主はもう一度声を張り上げようとしたのだが、イザベラはそんな店主を押し倒し、堂々と店の中へと足を踏み入れたのである。
手下を引き連れたイザベラは店主の部屋へと土足で上がり込み、自らがここの店主となったことを告げたのである。
反論を行おうにもホワインセアム公爵家という巨大な家の名前を出されては反論を行うことも出来なかった。
イザベラはそれまでの幹部たちを追い出し、自分の手下たちを新たにその職へと就けた。
だが、解雇はしない。それまでの従業員たちは元店主も含めてイザベラの従業員として働くことになったのだ。
特にいじめられたのは元店主もといジェシカ並びに彼女がもっとも可愛がっていたアメリアの二人であった。
二人は執拗ないじめを受け、体のあちこちに傷を負うことになってしまっていた。その姿に反旗を示すルーカスなどの元従業員もいたが、反抗する者はことごとくイザベラの手下によって押さえ付けられてしまい、酷い時には食料倉庫の中へと仕舞い込まれてしまったのだ。
こうした経緯もあり、僅か二日の間にアメリアの顔から笑顔は消えてしまった。
元々の住み込みの従業員たちは部屋は取り上げられてしまっていたからやむなく冷たい床の上で粗末な毛布をかけて眠る日々が続いている。
いつ終わるとも知れない悪夢にアメリアは床を濡らしていた。
そんな状態で疲れが取れるはずがない。翌日のお使いでは足元の悪い地面に気が付かず転んでしまい小麦粉をこぼしてしまうようなことがあった。
事件を聞き付けた一味の男は慌てて駆け寄り、アメリアを叩いたのだが、この時に止めたのは奇しくもたまたまお忍びで外に出ていたカーラであった。
「……動けないレディを痛ぶなんて……それが殿方のやることですの?」
この時カーラの声はいつもより一段と低く聞こえた。心の内に秘めていたはずの怒りが爆発したらしい。
一味の男は邪魔された怒りをカーラにぶつけるため、勢いをつけて殴り掛かったが、カーラは男の単調な腕の動きを見切ると、そのまま地面の上へと放り投げたのであった。
地面の上に凄まじい衝撃を受けた男は悲鳴を上げて逃げ出していく。今のような痛みは女性からは受けたことがなかった故にその衝撃は大きかった。
口汚い台詞を吐いてその場を後にしていく。
男が過ぎ去ったのを見ると、カーラはアメリアへと手を伸ばす。
「大丈夫でして?アメリアさん」
「は、はい。カーラ……様」
「さん」ではなく「様」と敬称でカーラを呼んだのはカーラの身分が男爵夫人という自分よりも上であったからだ。
カーラも本音をいえばそんなことは気にしなくてもいいと主張したかったのだが、しきたりはしきたりである。それを無視することはできない。
人の目がある以上カーラとしてはその通りだと言わんばかりに微笑むしかなかった。
その代わりアメリアの耳元に自身の顔を近付けて優しい声で、
「二人きりの時は前と同じ呼び方で構いませんのよ」
と、囁いていく。
その言葉を聞いたからアメリアは両目から涙を零していくのであった。
それは安堵感から生じたものであり、同時に親しい友人にしか流さない涙であった。
アメリアは胸を貸すカーラに甘えながらひたすらに泣き続けたのである。
人目があることもあり、カーラは戸惑いと同時に危うさを感じたので、二人きりで話すため茶店へと連れ出そうとした。
ところが、アメリアの腕や足に青あざのようなものが付いていることが引っ掛かり、治療と話し合いのため養母であるレキシーが経営する診療所の裏口へと連れ出したのである。
それから裏口の扉を叩いてレキシーを呼び出したのである。
突然の来訪に驚きを隠せないレキシーであったが、切羽詰まった様子の義娘と憔悴し切った様子のアメリアを見るにただ事ではないと判断を下したのだろう。
二人を診療所の中へと入れ、治療を行うことにした。
この時患者たちがあまり入っていなかったのは幸いであった。診察を中断することなく診療所の中へと通され、怪我の手当てが行われることになったのだ。
診察室の椅子の上に腰を掛けさせ、薬を塗って治療用の布を巻いていく。
その間に何があったのかを問い掛けたのだ。
するとアメリアは涙を流しながら自らの身に降り掛かった出来事を語っていく。
話が終わり、アメリアが顔を逸らした瞬間、レキシーとカーラは顔を見合わせていた。
この時二人の両目にはイザベラと強盗一家に対する明確な敵意の意思が示されることになったのである。
既に前金は受け取っている。動かない理由はない。
『カリオストロ』で仕事をした日から既に五日以上は過ぎている。とっくにほとぼりも冷めている頃だ。
悪党どもを仕留めに向かっても問題はないだろう。
二人は今夜のうちにイザベラとその手下である盗賊一家を仕留めることに決めたのである。
カーラは一度館へと戻り、メイドたちが寝静まった頃に侵入用の針金を持って館から抜け出し、レキシーと共に洋菓子店の裏口から侵入でいく。
昼間に聞いたアメリアの話によればイザベラが眠っているのは元々この店の主人であるジェシカが使っていた部屋だ。
二人は気配を殺しながら二階にあるとされる元主人現在はイザベラの部屋と向かい、その鍵穴からイザベラが眠っていることを確認する。
これから仕留められるとも知らず呑気な寝息が聞こえてきた。
その隣からもいびきが聞こえてきた。野太い男のいびき。
まさしくイザベラの暴力装置マーサのものだ。
あとあとのことを考えておくに、彼から先に仕留めた方が良い。
カーラは針金を使って鍵穴をいじり、その中へと潜入する。
マーサが眠るベッドの元へと近付き、袖の下に仕込んでいた針を口に咥える。
そしてもう一度殺気と気配の両方を消しながらマーサの元へと寄り、口に咥えていた針を外す。
本来であるのならばマーサの顔に水に濡らした紙を張り、呼吸を奪ってから仕留めるつもりでいたが、あいにくマーサの部屋の中には紙がない。マーサに手紙を書くような習慣がないから置いていないのだろう。
それ故カーラは仕方がなしに気色の悪さに目を瞑りつつ、マーサの口元を手で覆い、彼から呼吸と声の両方を奪い、彼が寝苦しさから目を覚ました瞬間を狙って彼の眉間に深々と針を突き立てのである。
マーサは悲鳴を上げることも悶えることもできずにベッドの中で力尽きた。
大きく見開かれた両目は明らかに恐怖の色を浮かべていた。
側から見れば十分な恐怖を与えられたように思われる。
だが、これでもマーサに与える罰としては軽い方だ。
少なくとも彼が何人もの相手にしてきたことを思えばこんなものでは手ぬるいくらいである。
カーラは足音を立てることもなくその場を後にし、レキシーと共にイザベラの部屋へと足を踏み入れる。
イザベラは元々部屋の中に用意されていた大きなベッドの上で心地良さげに眠っていた。
本来であるのならば八つ裂きにしても飽き足らないような悪党である。単純に針で刺して終わり、短剣で心臓を貫いて終わりなどと簡単に終わらせるような真似で終わらせたくなかった。
そのためレキシーは懐から粉状の毒薬を取り出す。
毒薬ということは一瞬で終わらせるように思われるが、ただの毒薬ではないのだ。飲めば三時間は悶え苦しむという特製の毒薬である。
しかも、既存の薬草や治療法では解決することができず、飲めば間違いなく死に至るという特製品だ。
これは山奥に生えているエピノックと呼ばれる赤いキノコから精製されるもので、普段はもっぱら治療時における患者の痛みを和らげる麻酔薬として用いられるものであるが、作り過ぎればそれは毒になってしまう。
レキシーはイザベラにそれ相応の報いを受けさせるために敢えて作り過ぎていた。この毒薬を喰らい、激痛に悶えながら冥界王の元へと向かうというのがイザベラに相応しい末路だ。
問題はどうやって口に投げ入れるかである。起こしてしまえば毒薬を飲ませることができても手下が騒いでしまう。
とはいえ、マーサのように針で仕留めるには犯した悪行があまりにも多過ぎる。
針で仕留めるなどという簡単な方法で始末をつけたくはない。
二人にとって幸いであったのは相手も人間だということだ。レキシーは医師としての経験上大きな欠伸を出す人間が深い眠りに入っている時は大抵無意識のうちに口を大きく開けることを知っていた。
これは眠っている人間が無意識のうちに空気を求めて起こす本能ともいえる行動で、大抵の人間が眠っている間はこうした行動をとっている。
少なくとも異世界人などレキシーが知らない未知の種族でなければ大きく口をひらけてしまうものなのだ。
これについては眠っている間に人間は必ず空気を求めるからであるとされているが詳しいことはまだ今の医学では分かっていなかった。
なんにせよこうした人間の生理現象が存在することはレキシーからすれば有難いことである。
レキシーとカーラはイザベラが空気を求めて無意識のうちに口を大きく開いてしまう瞬間を待っていた。
五分ほど待った後にイザベラが大きな欠伸の音を出し、その口を大きく開いたのである。
今だ。カーラとレキシーは協力してイザベラの口の中へと毒を注いだ。
この時問題であったのは口が異物を感じて吐き出さないかということであるが、その点に関しても問題はない。
というのも毒薬の上には砂糖をまぶしており、舌の検閲を騙しているからだ。
舌の上に感じるのは苦味ではなく甘味なのだ。
だが、それこそが罠。甘い味を味わった後で考えられないような苦しみを味わうのだ。
甘い顔を浮かべた後で悪魔のような顔を浮かべて相手を苦しめる。
こうした手法はこれまでイザベラやその手下たちが散々被害者たちにやってきたことだ。
イザベラは今ここでその報いを受けるのだ。二人はお互いに悪い笑みを浮かべながら部屋を後にした。
あとがき
本日の更新はこれで終わりとなります。このままもう一話を上げる予定ですが、どうしても夜中になってしまうことは必須となります。
本当に申し訳ありません。本日はなかなか筆が動かず、更新が難しくなりそうです。
今後はもっと気を引き締めて臨んでいこうと思います。
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