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第五章『例え、激闘が起ころうとも、旋風が巻き起ころうとも、この私が竜となり、虎となり、全てをお守り致しますわ』
お針子夫人はいかにして悪虐国王の寝首をかかんとせんか
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「それでは頼みましたわよ」
と、カーラは今後も何かしらの手段で駆除人仲間たちと連絡を取ることを約束し、レキシーに背中を向けてずっと過ごしていた自身の家から立ち去っていくのであった。
残るのは友人たちとの別れであった。ある者は涙を流して別れを惜しみ、またある者は貴族になったことを憤慨してカーラを責め立てたのであった。
本当のことは言えない。それ故にカーラは友人からの理不尽な叱責を黙って受け入れるしかなかったのだ。
唯一、気を付けていたのは友人の中でも駆除人仲間と会うことはしなかったということだ。必要なことはレキシーに全て託しているし、会ってしまえばそれこそ不利益をもたらすことになってしまうからだ。
本音を言えば不服なところであったが、仕方がないことであった。
その日の夜にカーラはアンリナ一世が何処かの大貴族の手から買い取ったという新たなモルダー男爵夫人の称号をカーラへと与えたのである。
しかし、他の一般的な貴族とは異なりモルダー館は建設されなかった。
代わりにモルダー男爵夫人の館をリバリー男爵邸の庭にある倉庫の一つを新しく活用されて建てられることになっていた。
こうした処置はあくまでもカーラの立ち位置がリバリー男爵家からすればお針子という雇われの身であることを象徴するためのものであったのだ。
それ故か、セリーナを除くリバリー男爵邸の使用人たちはカーラのことを『名前ばかりの男爵夫人』だと揶揄し、ろくな面倒を見ることもなかった。
しかし、カーラからすれば放置されるということは辛いどころか、むしろありがたいものであった。
使用人たちの目がないからこそ屋敷の中を自由に動くことができるし、離れ業としては屋敷をこっそりと抜け出して仲間とも連絡を取れるというものだ。
結局のところこうした状況もカーラとしては公爵令嬢であった頃の状況に戻ったというだけに過ぎなかった。
駆除人のカーラとしては貴族としての地位は自身にとってなんの影響もないということになる。
これは子爵夫人の地位に溺れ、門閥貴族としての誇りを持ってしまったフレアとはその点が対照的であったといえるだろう。
使用人たちからの罵声ですら公爵令嬢時代に浴びせられていた『人面獣心』から『名ばかりの男爵夫人』と名称が変わっただけのことに過ぎなかった。
世話をされないという職務放棄を行なわれたとしてもカーラは身の回りのことは自分で出来たので何も気にすることはなかった。
こうした状況の中でカーラは楽しげに与えられた館の中で意気揚々と敵陣営のことを探っていたのである。
唯一困ったことといえばアンリナ一世が時たまにカーラを夕食の席に呼び出し、辱めることはあった。
しかし、言い換えればこうした状況は好機へと繋がっていく。
というのも、こうした夕食の席では酒が必然と食卓に登り、口も軽くなってしまうからだ。
カーラにとって酒に酔った状況は敵の弱みを聞き出そうとするには絶好の機会であった。実際にオレルアンス王国の内情などをある程度は聞き出したのだが、それ以上は親衛隊による固いガードによってそれは阻まれてしまう。
そうした数少ない有益の中でもっとも効果的であったのはアンリナ一世とメレンザ将軍との仲がよろしくないという情報であったのだ。
詳しく調べてみると、メレンザ将軍には親衛隊ほどの忠誠心は持ち合わせていないらしい。
アンリナ一世が笑いを強要としても作り笑いや愛想笑いという見せかけの笑いであったり、不快な冗談に噛み付くなどの行動を見せることがあったのだ。
これだけのことが証明されれば十分である。カーラは密かに笑いを浮かべていた。それは自分が大盗賊にでもなり、金が唸っている金蔵から財宝でも盗み出したかのような心境へと陥っていたのであった。
この重大な情報こそが一ヶ月という長い期間に閉じ込められていた自分が取得した中における一番の成果であったともいえた。
時折、館を抜け出し、市井に向かうと既に駆除人ギルドは再開しているらしい。
また、夜の闇の中に悪人どもが消えている頃だろう。カーラは内心ほくそ笑んでいた。我ながら性格が悪い。案外自分に対する周りの『悪女』という評価も間違いではないのかもしれない。
カーラはそんなことを考えながら一人館の真上にある小さな仕事部屋兼寝室となっている一室で茶を啜っていた。小さな部屋とはいうものの、中には机と椅子、それに服飾用の糸車、巨大なベッド、衣装棚、化粧台、本棚などの生活に必要な家具が揃えられており、この部屋だけでも暮らせそうだ。庶民が見れば涎を垂らして羨ましがるような贅沢な部屋である。
仕事がない時には羽を伸ばせるのもここに来てからの特権というものかもしれない。
以前は診療所の手伝いやら裏稼業やらでほとんど休みなく働いていたものだからこう暇を持て余してくるといささか体が鈍ってきてしまう。
部屋で体を動かすのにも限界がある。それ故にカーラは慢性的な運動不足の状態にあった。
こうした状況を誤魔化すための手段として推理小説は最適であった。
カーラは街の書店から取り寄せた推理小説をパラパラと開くという意味のない作業を行った後で一ページ目からじっくりと読み始めていく。
今回の事件はなかなかに奥が深いものだ。カーラが胸を弾ませながらページを読み進めていると、扉を叩く音が聞こえた。
扉を開くと、そこにはエミリー付きのメイドであるセリーナの姿が見えた。セリーナはカーラに向かって一礼を行うと、エミリーからの新しいドレスの催促を伝えた。
どうやらまた意味のない舞踏会に着ていくドレスが欲しいらしい。いや、園遊会かもしれない。どちらにしても同じことだ。
アンリナ一世はこれまでフィンが執り行わなかった舞踏会や園遊会を頻繁に執り行い、こうした古き良き時代における貴族の行動を重んじていた家に取り入ろうとしている。
それだけならば良いのだが、費用はフィンを脅してせしめているのだから尚更に性質が悪い。
常に身銭を切っているという状況にあるからフィンも大変だろう。
カーラは内心深く同情の意思を示していた。
「分かりましたわ。必ず期日までに仕上げてまいります」
「そうしてください」
セリーナは淡々とした声で言った。
「そうそう、どのような色をご所望ですの?」
「はい、エミリー様はドレスの色にはーー」
細かい打ち合わせが続いていく。カーラはその過程で机の上に用意してあったメモ帳とペンを手に取り、それらのことを詳細に記していく。
明日には必要な材料などは届けられるらしい。どうやらまた忙しくなりそうだ。カーラは苦笑した。
しかし、ここで転機が訪れることになった。なんと、セリーナから去り際に予想外の一言を放たれたのである。
「そうそう、今日アンリナ一世陛下が仰っておられましたけれども、次の舞踏会ではカーラ様もご出席いただくそうです」
「えっ、私が!?」
カーラは信じられないと言わんばかりに自身の人差し指で自身を指差しながら問い掛けた。
どこか間の抜けた問い掛けであったが、セリーナは真剣な表情を浮かべながら首を縦に動かす。
どうやら本当に自分を出席させるつもりであるらしい。公爵令嬢時代に覚えた舞踏会における作法はまだ忘れてはいないが、どうして今になって自分を社交界へと送り出すのだろうか。
そうしたカーラの疑問は次の舞踏会へと出席した際に判明したのである。
「あら、あのお方がお針子夫人?」
青い髪に緑色のドレスを纏った令嬢がエミリーの背後について現れたカーラを指差しながら言った。
「いいえ、あのお方は元プラフティー公爵令嬢よ、ほら覚えているでしょう?以前ベクター殿下に婚約を破棄なされた上に身分を剥奪されて市井に落とされたあのお方よ」
「あっ、わかったわ。どうりで今回の舞踏会が匂うわけだわ」
緑色の髪に青い色のドレスを纏った令嬢がわざとらしく口元を覆いながら笑ってみせる。
アンリナ一世は自身の婚約者が小馬鹿にされた時とは対照的にこちらに対して嘲るような表情を向けている。
どうやら自分を社交界へと引き入れたのはこのためであるらしい。
他を見れば舞踏会にも引き連れて来た親衛隊の面々やメレンザ将軍にも令嬢たちが発した『お針子夫人』という悪口を復唱させるように命令していた。
この時にどこか暗い顔をしているメレンザ将軍を除いて、全員が大きな声で笑っていたのだ。
どこまで性格が腐っているのだろうか。だが、カーラはそんな胸が悪くなるような光景を見ても他の貴族令嬢のように下唇を噛んだり、嵌めていた白い手袋に皺が出るまで握り締めたりということは行わなかった。駆除人としての理性が怒りを抑え込んでいたのである。
あくまでもふてぶてしく笑ってみせたのだ。悪口を吐いていた令嬢の元により、「あら、ご機嫌よう」などと挨拶してみせたりすることに対してなんの抵抗も見せなかったのだ。
そのことが気に入らなかったのか、令嬢たちは歯をギリギリと噛み締めていた。
本日の舞踏会はこのまま何ごともなく終わる手筈となっていた。この時にホワインセアム公爵家の令嬢の付き添い人として来たガーネットがカーラの存在に気がつくことさえなければ……。
ガーネットがカーラを見掛けたのはホワインセアム公爵家の令嬢が踊りに疲れ、飲み物を欲したのでその飲み物を給仕係から取りに向かおうとした時のことであった。
この時ガーネットは思わず手に持っていた飲み物を落としてしまう羽目になってしまった。
舞踏会に参加した夫人や令嬢たちは自分たちの踊りがグラスが落ちる音によって
遮られてしまったことに対して不快そうに眉を顰めたが、代わりに主人であるホワインセアム公爵家の令嬢が謝罪の言葉を述べたことでその場は収まることになった。
ホワインセアム公爵家の令嬢は慌ててガーネットの元へと駆け寄り、彼女の耳元で囁いていく。
「ねぇ、あなた怪我はない?」
開口一番に出た言葉が責める言葉ではなく、安否を気遣うものであるということから彼女の人となりがわかるというものだ。
それを証明するかのようにガーネットは口元に微笑みを浮かべながら返答の言葉を述べる。
「は、はい。ありがとうございます」
「そう、よかったわ。じゃあ、聞いてもいいかしら?」
ホワインセアム公爵令嬢はここで急に表情を変え、真剣な表情を浮かべて言ったのである。
「は、はい。なんでしょうか?」
予想外の表情に戸惑いながらも受け答えを疎かにすることはなかった。
公爵令嬢に真剣な顔を浮かべながら向かい合ったのである。
「あなた、どうしてグラスを落としたりなんてしたの?」
「そ、それは」
即答はしかねた。というのも、その答えがカーラを舞踏会において見つけてしまったというものであったからだ。
ここで、補足をしておくと、彼女が目撃したのはベクター始末の一端となったレキシーによる杯に毒を塗るという場面のみである。
カーラが駆除を行う場面はただの一度も見たことがなかった。
だが、ガーネットはレキシーと共に暮らしていたカーラがそのことを知らないはずがないのだ。ガーネットの探偵気取りの推測が彼女のうちにある恐怖を無意識のうちに駆り立てていたのである。
頂点へと達した無意識の恐怖がガーネットを襲い、思わずグラスを落としてしまったのだ。
ホワインセアム家の令嬢はそのことを聞き終わると、真剣な顔を浮かべながら様々なことを考えていく。
彼女の兄であるクリストフが郊外の林にて仲の悪いアンブリッジ伯爵と決闘を行い、冥界王の元へと旅立ったのは記憶に新しい。
だが、引っ掛かるのはアンブリッジ伯爵との決闘である。冥界王の元に旅立つまでは多少の食い違いはあれども以前よりアンブリッジ伯爵との仲は深くなっていたということを覚えている。
その兄がアンブリッジ伯爵と決闘などを起こしてしまうのだろうか。
そこが引っ掛かるのだ。自分は探偵小説に登場する探偵などではないが、カーラについてはもう少し詳しく調べてみる必要がある。
ホワインセアム令嬢は今もエミリー嬢の裏で和やかな顔を浮かべて令嬢や夫人方と話を行うカーラを注視しながらそんなことを考えていた。
一方のカーラはホワインセアム公爵家の令嬢とそのメイドが自分を付け狙っていることを悟り、こちらから近付いて行ったのである。その狙いは相手に動揺を与えるためであった。
カーラは淑女に相応しい穏やかな微笑を携え、スカートの両裾を掴みながら丁寧な一礼を行う。
「お久し振りですわ。ホワインセアム公爵家のアイラ様」
「……こちらこそ、久しぶりね、カーラ」
アイラはあなたと話したくないという意思を示すため、わざとらしく視線を逸らしながら言った。
しかし、カーラはそうした状況を分かった上で話を続けていく。
「この度は私の従姉妹によって再び社交界に戻れることになりまして、よろしければご挨拶を……と願いまして」
「そうなのね……じゃあ、これからもよろしくね」
アイラはつっけどんな態度を取り、カーラを追い返そうとしたが、カーラは今日のところは粘り強く接していた。
「お待ちくださいな、どうしてそう私をお避けになられるのかお聞かせ願えませんか?」
「そ、それはあなたが害虫駆除人であるからかもしれないから警戒しているのよ!」
嫌がる主人の代わりに叫んだのはメイドのガーネットである。『害虫駆除人』という言葉を聞き、周りの貴族たちが険しい視線を向けていく。
だが、ガーネットは構うことなく話を続けていく。
「私、見たんですッ!ベクター殿下の即位式の日に毒を塗るレキシーの姿を!」
「あら、その日、レキシーさんは私とずっと家に居ましたわ」
カーラは冷静な様子で反論を返した。
「嘘ッ!だって、私見たんだもん!あなたが知らないわけないじゃない!」
「私は本当のことを申し上げたまでのことですわ」
お互いの話す話は平行線だ。それでも、冷静に話を返すカーラに対し、ガーネットは感情の赴くままに話している。話としては平行線であったとしても、どちらの方に人々が勝敗をつけるのかは明らかであった。
結果的にガーネットの言葉は単なる風説、根拠のない中傷として捉えられ、ガーネット並びにホワインセアム公爵家の令嬢はエミリーに謝罪の言葉を述べる羽目になってしまったのである。
しかし、最終的にこの証言はアンリナ一世の耳に入ることになってしまった。
アンリナ一世はフィンを打倒するための良い材料が手に入ったことに感謝の念を送り、舞踏会の会場を後にしたのであった。
結果を踏まえてみると、最終的な勝利を収めたのはアンリナ一世であったとも言えるだろう。
それでも、勝負は一方的に終わることはなかった。カーラが反撃を開始したのである。舞踏会が終わり、寝静まっているところを狙って、メレンザ将軍の部屋へと侵入したのである。
メレンザ将軍の部屋は屋敷の一階の隅に存在する一室であった。
カーラはわざわざ館を抜け出すと、扉を叩いてメレンザ将軍を起こしたのである。
何食わぬ顔でカーラは目を丸くしている将軍を相手に丁寧に挨拶を行ったのである。
「こんにちは、メレンザ将軍。本日は私お話したいことがあって参りましたの。よろしければ中に入れてくださいまして?」
「なるほど、なかなか奴は隙を見せないらしいねぇ」
館を抜け出し、駆除人ギルドへと報告に訪れたカーラの言葉をギルドマスターは感心しながら聞いていた。
「それだけではありませんのよ。あのお方はどうもこのままこの国の国王になられるおつもりのようで」
「この国の国王!?奴が!?」
びっくりしたような声を上げたのは釈放されて再び酒場と駆除人ギルドを任されるようになったゴーネである。
「えぇ、私実はこっそりとメレンザ将軍のお部屋へと忍び込みましたのよ。その時に将軍からお伺いしましたの」
「おバカッ!あんたッ!それでもしものことがあったらどうするのさ!?」
「わ、私は駆除人としてーー」
「それでも危険なのはわかるだろ!?あんたにもしものことがあったらどうするのさッ!」
レキシーの叱責が飛ぶ。カーラは思わず身をすくませた。当然である。嫁入り前の義娘に対する養母としての当然すぎる処置であったともいえた。
だが、ここで部屋に行かなければメレンザ将軍と話すことはできなかったのだ。
そのことを伝えて、レキシーを宥めようとしたのだが、レキシーは不機嫌そうに蜂蜜酒を啜るばかりである。
ギルドマスターの取りなしによって、今後はもう二度と今回のような危険な真似はしないという条件が提示されたことでようやく和解することができたのである。
それでも、どこか悪い空気が漂っていたので、ギルドマスターは半ば強制的に話題を変えることにしたのである。
「しかし、どうしてメレンザ将軍と接触をはかろうとなんてしたんだい?」
「将軍の目ですわ。心ここに在らずと言わんばかりの表情をしておりましたの……それで、こいつはもしやと思いまして」
「なるほど、そいつは妙案だったね」
レキシーは感心した口ぶりで言った。どうやら怒りは収まったらしい。
「でしょう。お部屋の中でお話をした際にもメレンザ将軍のお口からはアンリナ一世陛下への強い憎悪の念が感じ取れましたわ。恐らくお二方には何かしらの因縁がございますわ。ここを利用すればーー」
「『何かしらの』じゃあない。昔からの因縁さ」
そう言ってギルドの中に現れたのはヒューゴであった。腰に剣を下げて現れたヒューゴはどこか飄々とした様子で会話の中に混じってきたのである。
「昔からの?一体、何があったんだい?」
レキシーの問い掛けにヒューゴはメレンザ将軍と兄アンリナ一世との間に何が起こったのかを語っていく。
メレンザ将軍の名前はピエール・メレンザといい、元々はアンリナ一世並びにヒューゴの父の時代からオルレアンス王国に仕えていた忠臣であった。
メレンザ将軍には将軍に登り詰めるまでの間に市井で出会った恋人がいたのだが、その恋人はアンリナ一世への大逆を企てたという咎で将軍自身の手で冥界王の元へと送ることをアンリナ一世によって指示を出されたのである。
当時オルレアンスにいたヒューゴはメレンザ将軍の恋人が企てたという大逆罪について決定的な証拠が欠けていることを兄に指摘したものの、その言葉が聞き入れられることはなかった。
このことによってメレンザ将軍は弟ヒューゴを深く敬愛する反面、アンリナ一世を強く嫌悪するようになったのである。
そればかりではない。ヒューゴは冥界王の元へと送り届けられる寸前、メレンザ将軍の恋人から自身の敵討ちを頼まれたのだという。
牢獄の中で彼女はそれまで人差し指に嵌めていた緑色の宝石が嵌った指輪を牢屋の近くにまで寄ったヒューゴの胸元へと押し付け、決死の形相で懇願したのである。
「わ、私は本当はアンリナへの大逆になんて関与していないッ!」
「そ、それは知っています!だから、ぼくはあなたの無実を訴えてーー」
「えぇ、ヒューゴ殿下は私のために懸命に動いてくださいました。それについてはなんの不満もございません」
「だったらーー」
「ですが、このまま冥界王の元へと旅立つ羽目になるのは本当に口惜しい。せめてものお願いでございます!どうか、どうか、その指輪で私の無念をお晴らしくださいませ」
ヒューゴは答えられなかった。その鬼気迫る剣幕に動揺していたといった方が正しいだろう。
だが、彼女は答えられないヒューゴに対して業を煮やしたのか、冷たい檻を強く握り締め、大きな声で叫んだのである。
「お願いッ!どうか、嘘でもいい……嘘でもいいですから『仇をとってやる』と仰ってください」
「わ、わかりました。必ずあなたの仇はとってやりますよ」
ヒューゴの言葉を聞いた瞬間に彼女は檻の前で泣き崩れていった。大きな声で涙を流しながらひたすらに感謝の言葉を述べていくのであった。
ヒューゴはこの時は困惑した表情を浮かべながら懐の中へと仕舞うだけであった。
以後は宮廷内における争いなどがあり、ヒューゴはそのままクライン王国へと逃げ出す羽目になってしまったのだ。
その時に指貫のことが頭の片隅にあったのかは不明であったが、ヒューゴは逃亡先のクライン王国において害虫駆除人となったのであった。
話を聞き終えたギルドマスターは黙ってヒューゴに向かって手を差し出したのであった。
ヒューゴはギルドマスターの意図を察し、彼の掌の上に指輪を置いたのであった。
これで依頼人が現れたということになり、オルレアンス国王アンリナ一世への駆除が完成することになったのである。
ギルドマスターはヒューゴから預かった指輪を換金してから今回の駆除に携わる人々に渡すのだという。
実行としてはアンリナ一世が部下を引き連れて妙な行動を行う前のほうが良いだろう。
しかし、問題はこの国の人間がアンリナ一世を害したとあってはすぐにでもオルレアンスとクラインの両国が戦火に晒されてしまうというものである。
カーラ曰く、この問題を解決するのがメレンザ将軍とヒューゴであった。
カーラ曰く、昨日の話し合いにおいてメレンザ将軍はヒューゴを高く評価していたので、ヒューゴを旗印にアンリナ一世への反乱を呼び掛ければメレンザ将軍は決起するはずである。
ヒューゴとメレンザ将軍による反乱の隙に乗じてアンリナ一世を仕留めるという手筈になっていた。
アンリナ一世を仕留めた後はヒューゴが新しい国王になれば全ては解決することになるはずだ。
ヒューゴが国王となり、軍隊を引かせれば双方の国に損害は出ないという計算になっている。
ただ、唯一この提案に異を唱えたのはヒューゴである。
「ま、待ってください!そんな作戦を取ったらもうぼくは皆さんと会えなくなってしまうんですよ!」
「駆除人から足を洗ういい機会じゃあないか、あんたはそのまま駆除人だったことを忘れて、立派な王様になっててくれればもうみんな万々歳だよ」
レキシーは動揺するヒューゴとは対照的に淡々とした口調であった。
ちなみにレキシーが口にした『足を洗う』という諺であるが、これは主に誰かが悪いことをやめる際に用いる諺である。
由来は大陸を支配していた大帝国が存在していた時代に自然僧と呼ばれる特殊な宗派の神官たちが一日中森の外に存在する教会と呼ばれる場所を出て、はだしで修行をしており、一日の修行を終える頃には足が泥だらけとなるため、教会の外に存在する邪な心ごと泥を洗い落とすという意味から広く使われている。
「そ、そんな!ぼくは嫌ですよ!」
ヒューゴは当然ながら強い拒絶の意思を示していた。
「ですが、誰かがオレルアンスを纏めなくてはなりませんわ。それが王族に産まれた方の使命ではなくて?」
ヒューゴはカーラからの言葉に対して押し黙ってしまっていた。
カーラの言葉は正論であった。今現在は故国を離れて隣国にいるものの、誰かが国を治めなくては国という存在そのものが成り立たなくなるのだ。
その国を治める資格を与えられて産まれたということは同時に他の資格を持って産まれたものにもしものことがあれば、それに代わって国を治めるという義務が生じるのだ。
それこそが己に課せられた使命である。ヒューゴはカーラの一言で改めて自身が生まれ持った使命を再確認させられたのである。
それ故か、彼の目からはもう迷いが見えなかった。
拳を握り締めながら彼は自身こそがオルレアンスの王になることを決意したのである。
話がまとまったことにギルドマスターは喜んで手を叩き、ヒューゴに喜びの意思を示して酒を差し出す。
細かい打ち合わせなどは後日相談しあうということになり、今日のところはヒューゴの門出を祝って乾杯を行うことになった。
男らしく蒸留酒を一気飲みするヒューゴの姿からは最初の頃に見た情けない姿は想像することができなかった。
成長した姿を教育係であったカーラとレキシーは互いに喜び合い、顔を見合わせて笑い合ったのであった。
このささやかな宴はこれから始まるアンリナ一世との果てしない対決の前に行われたひとときの憩いの時間となったのだ。
あとがき
本日も投稿が遅くなってしまい申し訳ありませんでした。どうしても自分としては第五章の転換点となるこの話に重点を絞って書きたくなってしまいましたので、遅くなってしまいました。
改めてお詫び致します。
続いての話も盛り上がってまいります。次回も私としましては気合を入れて、自らの精神力も削りながら臨んでいく所存でありますので、是非とも見捨てることなく読み続けてくだされば幸いです。
と、カーラは今後も何かしらの手段で駆除人仲間たちと連絡を取ることを約束し、レキシーに背中を向けてずっと過ごしていた自身の家から立ち去っていくのであった。
残るのは友人たちとの別れであった。ある者は涙を流して別れを惜しみ、またある者は貴族になったことを憤慨してカーラを責め立てたのであった。
本当のことは言えない。それ故にカーラは友人からの理不尽な叱責を黙って受け入れるしかなかったのだ。
唯一、気を付けていたのは友人の中でも駆除人仲間と会うことはしなかったということだ。必要なことはレキシーに全て託しているし、会ってしまえばそれこそ不利益をもたらすことになってしまうからだ。
本音を言えば不服なところであったが、仕方がないことであった。
その日の夜にカーラはアンリナ一世が何処かの大貴族の手から買い取ったという新たなモルダー男爵夫人の称号をカーラへと与えたのである。
しかし、他の一般的な貴族とは異なりモルダー館は建設されなかった。
代わりにモルダー男爵夫人の館をリバリー男爵邸の庭にある倉庫の一つを新しく活用されて建てられることになっていた。
こうした処置はあくまでもカーラの立ち位置がリバリー男爵家からすればお針子という雇われの身であることを象徴するためのものであったのだ。
それ故か、セリーナを除くリバリー男爵邸の使用人たちはカーラのことを『名前ばかりの男爵夫人』だと揶揄し、ろくな面倒を見ることもなかった。
しかし、カーラからすれば放置されるということは辛いどころか、むしろありがたいものであった。
使用人たちの目がないからこそ屋敷の中を自由に動くことができるし、離れ業としては屋敷をこっそりと抜け出して仲間とも連絡を取れるというものだ。
結局のところこうした状況もカーラとしては公爵令嬢であった頃の状況に戻ったというだけに過ぎなかった。
駆除人のカーラとしては貴族としての地位は自身にとってなんの影響もないということになる。
これは子爵夫人の地位に溺れ、門閥貴族としての誇りを持ってしまったフレアとはその点が対照的であったといえるだろう。
使用人たちからの罵声ですら公爵令嬢時代に浴びせられていた『人面獣心』から『名ばかりの男爵夫人』と名称が変わっただけのことに過ぎなかった。
世話をされないという職務放棄を行なわれたとしてもカーラは身の回りのことは自分で出来たので何も気にすることはなかった。
こうした状況の中でカーラは楽しげに与えられた館の中で意気揚々と敵陣営のことを探っていたのである。
唯一困ったことといえばアンリナ一世が時たまにカーラを夕食の席に呼び出し、辱めることはあった。
しかし、言い換えればこうした状況は好機へと繋がっていく。
というのも、こうした夕食の席では酒が必然と食卓に登り、口も軽くなってしまうからだ。
カーラにとって酒に酔った状況は敵の弱みを聞き出そうとするには絶好の機会であった。実際にオレルアンス王国の内情などをある程度は聞き出したのだが、それ以上は親衛隊による固いガードによってそれは阻まれてしまう。
そうした数少ない有益の中でもっとも効果的であったのはアンリナ一世とメレンザ将軍との仲がよろしくないという情報であったのだ。
詳しく調べてみると、メレンザ将軍には親衛隊ほどの忠誠心は持ち合わせていないらしい。
アンリナ一世が笑いを強要としても作り笑いや愛想笑いという見せかけの笑いであったり、不快な冗談に噛み付くなどの行動を見せることがあったのだ。
これだけのことが証明されれば十分である。カーラは密かに笑いを浮かべていた。それは自分が大盗賊にでもなり、金が唸っている金蔵から財宝でも盗み出したかのような心境へと陥っていたのであった。
この重大な情報こそが一ヶ月という長い期間に閉じ込められていた自分が取得した中における一番の成果であったともいえた。
時折、館を抜け出し、市井に向かうと既に駆除人ギルドは再開しているらしい。
また、夜の闇の中に悪人どもが消えている頃だろう。カーラは内心ほくそ笑んでいた。我ながら性格が悪い。案外自分に対する周りの『悪女』という評価も間違いではないのかもしれない。
カーラはそんなことを考えながら一人館の真上にある小さな仕事部屋兼寝室となっている一室で茶を啜っていた。小さな部屋とはいうものの、中には机と椅子、それに服飾用の糸車、巨大なベッド、衣装棚、化粧台、本棚などの生活に必要な家具が揃えられており、この部屋だけでも暮らせそうだ。庶民が見れば涎を垂らして羨ましがるような贅沢な部屋である。
仕事がない時には羽を伸ばせるのもここに来てからの特権というものかもしれない。
以前は診療所の手伝いやら裏稼業やらでほとんど休みなく働いていたものだからこう暇を持て余してくるといささか体が鈍ってきてしまう。
部屋で体を動かすのにも限界がある。それ故にカーラは慢性的な運動不足の状態にあった。
こうした状況を誤魔化すための手段として推理小説は最適であった。
カーラは街の書店から取り寄せた推理小説をパラパラと開くという意味のない作業を行った後で一ページ目からじっくりと読み始めていく。
今回の事件はなかなかに奥が深いものだ。カーラが胸を弾ませながらページを読み進めていると、扉を叩く音が聞こえた。
扉を開くと、そこにはエミリー付きのメイドであるセリーナの姿が見えた。セリーナはカーラに向かって一礼を行うと、エミリーからの新しいドレスの催促を伝えた。
どうやらまた意味のない舞踏会に着ていくドレスが欲しいらしい。いや、園遊会かもしれない。どちらにしても同じことだ。
アンリナ一世はこれまでフィンが執り行わなかった舞踏会や園遊会を頻繁に執り行い、こうした古き良き時代における貴族の行動を重んじていた家に取り入ろうとしている。
それだけならば良いのだが、費用はフィンを脅してせしめているのだから尚更に性質が悪い。
常に身銭を切っているという状況にあるからフィンも大変だろう。
カーラは内心深く同情の意思を示していた。
「分かりましたわ。必ず期日までに仕上げてまいります」
「そうしてください」
セリーナは淡々とした声で言った。
「そうそう、どのような色をご所望ですの?」
「はい、エミリー様はドレスの色にはーー」
細かい打ち合わせが続いていく。カーラはその過程で机の上に用意してあったメモ帳とペンを手に取り、それらのことを詳細に記していく。
明日には必要な材料などは届けられるらしい。どうやらまた忙しくなりそうだ。カーラは苦笑した。
しかし、ここで転機が訪れることになった。なんと、セリーナから去り際に予想外の一言を放たれたのである。
「そうそう、今日アンリナ一世陛下が仰っておられましたけれども、次の舞踏会ではカーラ様もご出席いただくそうです」
「えっ、私が!?」
カーラは信じられないと言わんばかりに自身の人差し指で自身を指差しながら問い掛けた。
どこか間の抜けた問い掛けであったが、セリーナは真剣な表情を浮かべながら首を縦に動かす。
どうやら本当に自分を出席させるつもりであるらしい。公爵令嬢時代に覚えた舞踏会における作法はまだ忘れてはいないが、どうして今になって自分を社交界へと送り出すのだろうか。
そうしたカーラの疑問は次の舞踏会へと出席した際に判明したのである。
「あら、あのお方がお針子夫人?」
青い髪に緑色のドレスを纏った令嬢がエミリーの背後について現れたカーラを指差しながら言った。
「いいえ、あのお方は元プラフティー公爵令嬢よ、ほら覚えているでしょう?以前ベクター殿下に婚約を破棄なされた上に身分を剥奪されて市井に落とされたあのお方よ」
「あっ、わかったわ。どうりで今回の舞踏会が匂うわけだわ」
緑色の髪に青い色のドレスを纏った令嬢がわざとらしく口元を覆いながら笑ってみせる。
アンリナ一世は自身の婚約者が小馬鹿にされた時とは対照的にこちらに対して嘲るような表情を向けている。
どうやら自分を社交界へと引き入れたのはこのためであるらしい。
他を見れば舞踏会にも引き連れて来た親衛隊の面々やメレンザ将軍にも令嬢たちが発した『お針子夫人』という悪口を復唱させるように命令していた。
この時にどこか暗い顔をしているメレンザ将軍を除いて、全員が大きな声で笑っていたのだ。
どこまで性格が腐っているのだろうか。だが、カーラはそんな胸が悪くなるような光景を見ても他の貴族令嬢のように下唇を噛んだり、嵌めていた白い手袋に皺が出るまで握り締めたりということは行わなかった。駆除人としての理性が怒りを抑え込んでいたのである。
あくまでもふてぶてしく笑ってみせたのだ。悪口を吐いていた令嬢の元により、「あら、ご機嫌よう」などと挨拶してみせたりすることに対してなんの抵抗も見せなかったのだ。
そのことが気に入らなかったのか、令嬢たちは歯をギリギリと噛み締めていた。
本日の舞踏会はこのまま何ごともなく終わる手筈となっていた。この時にホワインセアム公爵家の令嬢の付き添い人として来たガーネットがカーラの存在に気がつくことさえなければ……。
ガーネットがカーラを見掛けたのはホワインセアム公爵家の令嬢が踊りに疲れ、飲み物を欲したのでその飲み物を給仕係から取りに向かおうとした時のことであった。
この時ガーネットは思わず手に持っていた飲み物を落としてしまう羽目になってしまった。
舞踏会に参加した夫人や令嬢たちは自分たちの踊りがグラスが落ちる音によって
遮られてしまったことに対して不快そうに眉を顰めたが、代わりに主人であるホワインセアム公爵家の令嬢が謝罪の言葉を述べたことでその場は収まることになった。
ホワインセアム公爵家の令嬢は慌ててガーネットの元へと駆け寄り、彼女の耳元で囁いていく。
「ねぇ、あなた怪我はない?」
開口一番に出た言葉が責める言葉ではなく、安否を気遣うものであるということから彼女の人となりがわかるというものだ。
それを証明するかのようにガーネットは口元に微笑みを浮かべながら返答の言葉を述べる。
「は、はい。ありがとうございます」
「そう、よかったわ。じゃあ、聞いてもいいかしら?」
ホワインセアム公爵令嬢はここで急に表情を変え、真剣な表情を浮かべて言ったのである。
「は、はい。なんでしょうか?」
予想外の表情に戸惑いながらも受け答えを疎かにすることはなかった。
公爵令嬢に真剣な顔を浮かべながら向かい合ったのである。
「あなた、どうしてグラスを落としたりなんてしたの?」
「そ、それは」
即答はしかねた。というのも、その答えがカーラを舞踏会において見つけてしまったというものであったからだ。
ここで、補足をしておくと、彼女が目撃したのはベクター始末の一端となったレキシーによる杯に毒を塗るという場面のみである。
カーラが駆除を行う場面はただの一度も見たことがなかった。
だが、ガーネットはレキシーと共に暮らしていたカーラがそのことを知らないはずがないのだ。ガーネットの探偵気取りの推測が彼女のうちにある恐怖を無意識のうちに駆り立てていたのである。
頂点へと達した無意識の恐怖がガーネットを襲い、思わずグラスを落としてしまったのだ。
ホワインセアム家の令嬢はそのことを聞き終わると、真剣な顔を浮かべながら様々なことを考えていく。
彼女の兄であるクリストフが郊外の林にて仲の悪いアンブリッジ伯爵と決闘を行い、冥界王の元へと旅立ったのは記憶に新しい。
だが、引っ掛かるのはアンブリッジ伯爵との決闘である。冥界王の元に旅立つまでは多少の食い違いはあれども以前よりアンブリッジ伯爵との仲は深くなっていたということを覚えている。
その兄がアンブリッジ伯爵と決闘などを起こしてしまうのだろうか。
そこが引っ掛かるのだ。自分は探偵小説に登場する探偵などではないが、カーラについてはもう少し詳しく調べてみる必要がある。
ホワインセアム令嬢は今もエミリー嬢の裏で和やかな顔を浮かべて令嬢や夫人方と話を行うカーラを注視しながらそんなことを考えていた。
一方のカーラはホワインセアム公爵家の令嬢とそのメイドが自分を付け狙っていることを悟り、こちらから近付いて行ったのである。その狙いは相手に動揺を与えるためであった。
カーラは淑女に相応しい穏やかな微笑を携え、スカートの両裾を掴みながら丁寧な一礼を行う。
「お久し振りですわ。ホワインセアム公爵家のアイラ様」
「……こちらこそ、久しぶりね、カーラ」
アイラはあなたと話したくないという意思を示すため、わざとらしく視線を逸らしながら言った。
しかし、カーラはそうした状況を分かった上で話を続けていく。
「この度は私の従姉妹によって再び社交界に戻れることになりまして、よろしければご挨拶を……と願いまして」
「そうなのね……じゃあ、これからもよろしくね」
アイラはつっけどんな態度を取り、カーラを追い返そうとしたが、カーラは今日のところは粘り強く接していた。
「お待ちくださいな、どうしてそう私をお避けになられるのかお聞かせ願えませんか?」
「そ、それはあなたが害虫駆除人であるからかもしれないから警戒しているのよ!」
嫌がる主人の代わりに叫んだのはメイドのガーネットである。『害虫駆除人』という言葉を聞き、周りの貴族たちが険しい視線を向けていく。
だが、ガーネットは構うことなく話を続けていく。
「私、見たんですッ!ベクター殿下の即位式の日に毒を塗るレキシーの姿を!」
「あら、その日、レキシーさんは私とずっと家に居ましたわ」
カーラは冷静な様子で反論を返した。
「嘘ッ!だって、私見たんだもん!あなたが知らないわけないじゃない!」
「私は本当のことを申し上げたまでのことですわ」
お互いの話す話は平行線だ。それでも、冷静に話を返すカーラに対し、ガーネットは感情の赴くままに話している。話としては平行線であったとしても、どちらの方に人々が勝敗をつけるのかは明らかであった。
結果的にガーネットの言葉は単なる風説、根拠のない中傷として捉えられ、ガーネット並びにホワインセアム公爵家の令嬢はエミリーに謝罪の言葉を述べる羽目になってしまったのである。
しかし、最終的にこの証言はアンリナ一世の耳に入ることになってしまった。
アンリナ一世はフィンを打倒するための良い材料が手に入ったことに感謝の念を送り、舞踏会の会場を後にしたのであった。
結果を踏まえてみると、最終的な勝利を収めたのはアンリナ一世であったとも言えるだろう。
それでも、勝負は一方的に終わることはなかった。カーラが反撃を開始したのである。舞踏会が終わり、寝静まっているところを狙って、メレンザ将軍の部屋へと侵入したのである。
メレンザ将軍の部屋は屋敷の一階の隅に存在する一室であった。
カーラはわざわざ館を抜け出すと、扉を叩いてメレンザ将軍を起こしたのである。
何食わぬ顔でカーラは目を丸くしている将軍を相手に丁寧に挨拶を行ったのである。
「こんにちは、メレンザ将軍。本日は私お話したいことがあって参りましたの。よろしければ中に入れてくださいまして?」
「なるほど、なかなか奴は隙を見せないらしいねぇ」
館を抜け出し、駆除人ギルドへと報告に訪れたカーラの言葉をギルドマスターは感心しながら聞いていた。
「それだけではありませんのよ。あのお方はどうもこのままこの国の国王になられるおつもりのようで」
「この国の国王!?奴が!?」
びっくりしたような声を上げたのは釈放されて再び酒場と駆除人ギルドを任されるようになったゴーネである。
「えぇ、私実はこっそりとメレンザ将軍のお部屋へと忍び込みましたのよ。その時に将軍からお伺いしましたの」
「おバカッ!あんたッ!それでもしものことがあったらどうするのさ!?」
「わ、私は駆除人としてーー」
「それでも危険なのはわかるだろ!?あんたにもしものことがあったらどうするのさッ!」
レキシーの叱責が飛ぶ。カーラは思わず身をすくませた。当然である。嫁入り前の義娘に対する養母としての当然すぎる処置であったともいえた。
だが、ここで部屋に行かなければメレンザ将軍と話すことはできなかったのだ。
そのことを伝えて、レキシーを宥めようとしたのだが、レキシーは不機嫌そうに蜂蜜酒を啜るばかりである。
ギルドマスターの取りなしによって、今後はもう二度と今回のような危険な真似はしないという条件が提示されたことでようやく和解することができたのである。
それでも、どこか悪い空気が漂っていたので、ギルドマスターは半ば強制的に話題を変えることにしたのである。
「しかし、どうしてメレンザ将軍と接触をはかろうとなんてしたんだい?」
「将軍の目ですわ。心ここに在らずと言わんばかりの表情をしておりましたの……それで、こいつはもしやと思いまして」
「なるほど、そいつは妙案だったね」
レキシーは感心した口ぶりで言った。どうやら怒りは収まったらしい。
「でしょう。お部屋の中でお話をした際にもメレンザ将軍のお口からはアンリナ一世陛下への強い憎悪の念が感じ取れましたわ。恐らくお二方には何かしらの因縁がございますわ。ここを利用すればーー」
「『何かしらの』じゃあない。昔からの因縁さ」
そう言ってギルドの中に現れたのはヒューゴであった。腰に剣を下げて現れたヒューゴはどこか飄々とした様子で会話の中に混じってきたのである。
「昔からの?一体、何があったんだい?」
レキシーの問い掛けにヒューゴはメレンザ将軍と兄アンリナ一世との間に何が起こったのかを語っていく。
メレンザ将軍の名前はピエール・メレンザといい、元々はアンリナ一世並びにヒューゴの父の時代からオルレアンス王国に仕えていた忠臣であった。
メレンザ将軍には将軍に登り詰めるまでの間に市井で出会った恋人がいたのだが、その恋人はアンリナ一世への大逆を企てたという咎で将軍自身の手で冥界王の元へと送ることをアンリナ一世によって指示を出されたのである。
当時オルレアンスにいたヒューゴはメレンザ将軍の恋人が企てたという大逆罪について決定的な証拠が欠けていることを兄に指摘したものの、その言葉が聞き入れられることはなかった。
このことによってメレンザ将軍は弟ヒューゴを深く敬愛する反面、アンリナ一世を強く嫌悪するようになったのである。
そればかりではない。ヒューゴは冥界王の元へと送り届けられる寸前、メレンザ将軍の恋人から自身の敵討ちを頼まれたのだという。
牢獄の中で彼女はそれまで人差し指に嵌めていた緑色の宝石が嵌った指輪を牢屋の近くにまで寄ったヒューゴの胸元へと押し付け、決死の形相で懇願したのである。
「わ、私は本当はアンリナへの大逆になんて関与していないッ!」
「そ、それは知っています!だから、ぼくはあなたの無実を訴えてーー」
「えぇ、ヒューゴ殿下は私のために懸命に動いてくださいました。それについてはなんの不満もございません」
「だったらーー」
「ですが、このまま冥界王の元へと旅立つ羽目になるのは本当に口惜しい。せめてものお願いでございます!どうか、どうか、その指輪で私の無念をお晴らしくださいませ」
ヒューゴは答えられなかった。その鬼気迫る剣幕に動揺していたといった方が正しいだろう。
だが、彼女は答えられないヒューゴに対して業を煮やしたのか、冷たい檻を強く握り締め、大きな声で叫んだのである。
「お願いッ!どうか、嘘でもいい……嘘でもいいですから『仇をとってやる』と仰ってください」
「わ、わかりました。必ずあなたの仇はとってやりますよ」
ヒューゴの言葉を聞いた瞬間に彼女は檻の前で泣き崩れていった。大きな声で涙を流しながらひたすらに感謝の言葉を述べていくのであった。
ヒューゴはこの時は困惑した表情を浮かべながら懐の中へと仕舞うだけであった。
以後は宮廷内における争いなどがあり、ヒューゴはそのままクライン王国へと逃げ出す羽目になってしまったのだ。
その時に指貫のことが頭の片隅にあったのかは不明であったが、ヒューゴは逃亡先のクライン王国において害虫駆除人となったのであった。
話を聞き終えたギルドマスターは黙ってヒューゴに向かって手を差し出したのであった。
ヒューゴはギルドマスターの意図を察し、彼の掌の上に指輪を置いたのであった。
これで依頼人が現れたということになり、オルレアンス国王アンリナ一世への駆除が完成することになったのである。
ギルドマスターはヒューゴから預かった指輪を換金してから今回の駆除に携わる人々に渡すのだという。
実行としてはアンリナ一世が部下を引き連れて妙な行動を行う前のほうが良いだろう。
しかし、問題はこの国の人間がアンリナ一世を害したとあってはすぐにでもオルレアンスとクラインの両国が戦火に晒されてしまうというものである。
カーラ曰く、この問題を解決するのがメレンザ将軍とヒューゴであった。
カーラ曰く、昨日の話し合いにおいてメレンザ将軍はヒューゴを高く評価していたので、ヒューゴを旗印にアンリナ一世への反乱を呼び掛ければメレンザ将軍は決起するはずである。
ヒューゴとメレンザ将軍による反乱の隙に乗じてアンリナ一世を仕留めるという手筈になっていた。
アンリナ一世を仕留めた後はヒューゴが新しい国王になれば全ては解決することになるはずだ。
ヒューゴが国王となり、軍隊を引かせれば双方の国に損害は出ないという計算になっている。
ただ、唯一この提案に異を唱えたのはヒューゴである。
「ま、待ってください!そんな作戦を取ったらもうぼくは皆さんと会えなくなってしまうんですよ!」
「駆除人から足を洗ういい機会じゃあないか、あんたはそのまま駆除人だったことを忘れて、立派な王様になっててくれればもうみんな万々歳だよ」
レキシーは動揺するヒューゴとは対照的に淡々とした口調であった。
ちなみにレキシーが口にした『足を洗う』という諺であるが、これは主に誰かが悪いことをやめる際に用いる諺である。
由来は大陸を支配していた大帝国が存在していた時代に自然僧と呼ばれる特殊な宗派の神官たちが一日中森の外に存在する教会と呼ばれる場所を出て、はだしで修行をしており、一日の修行を終える頃には足が泥だらけとなるため、教会の外に存在する邪な心ごと泥を洗い落とすという意味から広く使われている。
「そ、そんな!ぼくは嫌ですよ!」
ヒューゴは当然ながら強い拒絶の意思を示していた。
「ですが、誰かがオレルアンスを纏めなくてはなりませんわ。それが王族に産まれた方の使命ではなくて?」
ヒューゴはカーラからの言葉に対して押し黙ってしまっていた。
カーラの言葉は正論であった。今現在は故国を離れて隣国にいるものの、誰かが国を治めなくては国という存在そのものが成り立たなくなるのだ。
その国を治める資格を与えられて産まれたということは同時に他の資格を持って産まれたものにもしものことがあれば、それに代わって国を治めるという義務が生じるのだ。
それこそが己に課せられた使命である。ヒューゴはカーラの一言で改めて自身が生まれ持った使命を再確認させられたのである。
それ故か、彼の目からはもう迷いが見えなかった。
拳を握り締めながら彼は自身こそがオルレアンスの王になることを決意したのである。
話がまとまったことにギルドマスターは喜んで手を叩き、ヒューゴに喜びの意思を示して酒を差し出す。
細かい打ち合わせなどは後日相談しあうということになり、今日のところはヒューゴの門出を祝って乾杯を行うことになった。
男らしく蒸留酒を一気飲みするヒューゴの姿からは最初の頃に見た情けない姿は想像することができなかった。
成長した姿を教育係であったカーラとレキシーは互いに喜び合い、顔を見合わせて笑い合ったのであった。
このささやかな宴はこれから始まるアンリナ一世との果てしない対決の前に行われたひとときの憩いの時間となったのだ。
あとがき
本日も投稿が遅くなってしまい申し訳ありませんでした。どうしても自分としては第五章の転換点となるこの話に重点を絞って書きたくなってしまいましたので、遅くなってしまいました。
改めてお詫び致します。
続いての話も盛り上がってまいります。次回も私としましては気合を入れて、自らの精神力も削りながら臨んでいく所存でありますので、是非とも見捨てることなく読み続けてくだされば幸いです。
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