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第四章『この私が狼の牙をへし折ってご覧にいれますわ』

派閥内紛の行く末に

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「そうか、姿を消していたはずのフレアがそんなところにいたのかい」

ゲイシーからの報告を聞いたギルドマスターは怒りに震えながらグラスに酒を入れていた。
本来であるのならばゲイシーは報告を行う日ではなかったのだが、たまたま白色の煌びやかなドレスに身を包んだマルリアがクリストフと談笑する様を見て居た堪れなくなり、ギルドマスターの元へと報告に訪れたのであった。

ゲイシーは心ここに在らずという不安定な状況で入れられたことによって少しばかり酒が溢れたグラスを啜りながら今後のことを思案していく。
もし、マルリアが社交界に現れ、駆除人ギルドのことを喋ってしまえば駆除人ギルドは終わりだ。
警備隊や自警団が来るのも時間の問題であるかもしれない。
いっそこのままギルドを解散して、どこかへと散ってしまおうかと考えた時だ。

「お待ちくださいませ、マスター。マルリアさんの駆除は私にお任せ願えませんか?」

ゲイシーの隣で静かに酒を飲んでいたカーラが挙手を行う。

ギルドマスターは目をキラリと光らせながら、 

「やれるのかい?」

と、いつも以上に低い声で問い掛けた。

「えぇ、やらせていただきますわ。マルリアさんには私の方からも借りが残っておりますもの」

カーラは静かな声で言った。この時カーラの脳裏にはあの戦いで取り逃した時の記憶が蘇ってきていた。
あの時の雪辱を晴らすためにも裏切り者を駆除しなくてはなるまい。
カーラはそう自分に言い聞かせたのである。
準備を進めておくのならば今しかあるまい。

一同の考えが頭の中で全会一致を遂げていた時だ。駆除人ギルドの扉を叩く音が聞こえた。何者であろう。今日のところは貸切の看板を表に下げていたはずだから部外者が入ってくるという可能性は低い。
ギルド全体に警戒の糸が張り詰めていく。緊張のポテンシャルが張り詰めたところでようやく扉が開いていく。

すると、濃い眉毛をした団子鼻の男が頭を下げながら現れた。男はどこかの大きな家の使用人らしく、市井の人よりかは少しだけ上等な服を着ていた。
男は深く頭を下げながらバーカウンターの前に腰をかけると大きく頭を下げてギルドマスターへと懇願した。

「お願いです!どうか、どうか娘をお救いください!!」

「む、娘さん?」

動揺するギルドマスターの代わりにグラスを柔らかい布で拭いていたヴァイオレットが恐る恐る尋ねた。
男はその返答の代わりに無言で懐から金貨と銀貨の入った革の袋を取り出してバーカウンターの上に乱暴に置いた。

「お願い致します!これが、これが私の全財産です!どうか、どうかよろしくお頼み申し上げます」

了承をしなければ離れなさそうな剣幕で男は頭を下げていく。その姿に流石のギルドマスターも圧倒されるより他になかった。
しかし、話を聞くだけでも聞いておかねばなるまい。ギルドマスターはバーカウンターの前で頭を下げ続ける男を奥の部屋へと誘導し、話を聞くことにした。
ギルドマスターとそれに追随する形で見習いのヴァイオレットが応接室へと向かう。そのため、しばらくの間は無言で残りわずかな酒を啜るだけの無作為な時間が続いた。

ようやく部屋の奥から帰ってきた頃には既に男の姿は見えなかった。
しかし、その手の中に袋が握られていることから依頼を受諾したことだけはわかった。
ギルドマスターはバーカウンターの前で酒を啜っていた駆除人たちの前に無言で報酬の入った袋を置く。

駆除人たちはその姿を見て全員が平等に眉を顰めていく。
それもその筈。現在は『ジャッカル』との抗争のみならず新たに発生した裏切り者の始末も控えている身なのだ。
不用意な依頼を受けて自分たちの自由を狭める事など誰ができるだろうか。

ギルドマスターはそんな駆除人たちの心境を見透かしていたとばかりに今回の依頼がいかに重要であり、一刻の命を争うのかということを語っていく。
ギルドマスターの話によれば今回の依頼人はバロウズ公爵家の派閥に所属する貴族であるのだという。

しかも、使者ではなくお忍びで市井を訪れたその貴族家の当主本人だという。
その名はトーマス。トーマス・アルフレンジャーというのが彼の名前だ。
アルフレンジャーというファミリーネームを聞いてカーラは彼の位を思い出していく。

トーマス・アルフレンジャーは現在は男爵家で、三代前の当主が王家に対する功績を立てて貴族へと成り上がったいわゆる“成り上がり者”である。
それ故に選民意識の高いロバート率いる旧プラフティー公爵家の派閥には加わらず、それに敵対するバロウズ公爵家の派閥に加わるのも必然であったといえた。
プラフティー公爵家とハンセン公爵家がネオドラビア教をめぐる騒動でお取り潰しになってからは影の王家とも噂されるホワインセアム家が対立する派閥をまとめ上げて、対立はいまだに続いている。

今回の依頼はその対立から尾を引いたものであったといってもいい。
なんでも対立する派閥のとある家がアルフレンジャー男爵家を脅し、暴力団を手駒に男爵の娘を誘拐したのだという。
しかも、あろうことか誘拐し監禁している『セーシェル』という宿屋をアルフレンジャー邸宛の脅迫状で記し、男爵家の財産にほぼ相当する金額の身代金を要求しているのだ。

この場合大抵の人はわざわざ誘拐相手の監禁場所を書き記した相手を間抜けだと罵るだろう。
だが、侮ってはならぬ。わざわざ知らせたことには意味があるのだ。
というのも、書き記した手紙の端には身代金を払わなかったり、公の場に訴え出たりすれば娘の命はないとまで仄めかしていたのだ。

更にもし娘が戻ってこなくても誘拐の件を訴えれば男爵家の初代当主が犯した悪行を曝け出すのだとまで言ってきた。
残る手段は書き記された場所に刺客を送るしかなかったが、それも他ならぬ誘拐犯によって遮断される羽目になった。
というのも、誘拐犯たちは見せしめと称して男爵家の腕利きを五名ほど冥界王の元へと送り届けていたからである。

こうなってしまってはどうせ奴らに財産を捧げるならば噂に聞く駆除人に誘拐犯の始末を頼もうと、伝手を頼って駆除人ギルドへと現れたのだ。
これ程までに深い事情を話されたのならば受けない訳にはいくまい。

今回の依頼を受諾したのはカーラであった。前金を受け取ると、レキシーの元へと戻り、今回の依頼の内容を語っていく。

「なるほどねぇ、小さな子が人質にされているっていうのかい」

「えぇ、前金を山分けに致しますので、レキシーさんもどうかお手伝い願えませんか?」

「わかったよ。こうなったらあんたに対して存分に力を貸してやるさ!」

レキシーは胸を叩きながら言った。それからレキシーは不適な笑みを浮かべながら自宅の奥に隠していた毒薬の瓶を取り出す。
レキシーはそれをカタカタと鳴らしながら、

「久し振りにこいつの出番が来るかもねぇ」

と、意味深な笑みを浮かべていくのであった。

カーラも養母の笑顔を見て釣られて笑った。レキシーのもう一つの得物は毒だ。
ここ最近は使用する機会がほとんどなかったが、誘拐犯に対して効果的なのは毒物だろう。
というのも、怪しまれることなく一度に駆除が行えるからだ。



その毒物を使用する現場となる『セーシェル』は王都の端、郊外の近くに位置する旅人向けの宿だ。
王都の一番端にあり、周りの道が石ではなく草であるということからも郊外とほとんど変わらないということが特徴である。
誘拐の実行者がいざという時のための逃走経路にも手抜かりがないということが見てとれた。

そればかりではない。建物そのもの広くて頑丈であるのだ。そのせいか、三階建ての大きな宿屋には郊外の近くだということもあり、大勢の人が通い詰めていた。何気ない人々に紛れることができれば他の人を誤魔化すことができるという考えから来ているのだろう。

カーラも敵の考えに従って、何気ない一人を装い、偽名を使って宿泊帳に記入してから好奇心を装って探りを入れていく。
カーラの探索に対してどの客も口を揃えて主張するのは、

「ここ最近になってやって来た得体の知れない男とちっちゃな女の子がいるんだけど、夜な夜な泣き声が聞こえてくるんだよ」

と、いう言葉である。その後には大抵「可哀想だね」とか「酷い話だよね」などと何気ない言葉が付くのでその辺りは割合させてもらう。
いずれにしろ、これらの人々からの証言から察するに『セーシェル』の一角にトーマス・アルフレンジャーの一人娘が捕えられているということは明白な事実であった。どうやら上記の作戦はあまり上手くいっていないらしい。

人数も絞れた。少女が監禁されていると思われる部屋で見張りを行っているのは常に三人。
そのうち一人は常駐しており、残る二人は宿屋の人々の話によれば交代制ということらしい。

ここ最近になって『セーシャル』の宿屋に物騒な男たちが出入りするという話もあることから間違いはないだろう。
残る一人は主犯の貴族家から派遣された用心棒か何かであるのは間違いない。

カーラは聞き込みのために取った部屋の中で休息がてらにそれらの情報とその傍で探っていた『セーシャル』全体の見取り図を示していた。カーラにとって不運であったのは見取り図を書き終える頃には日が傾いてしまっていたことだ。
いわゆるチェックアウトを終える頃には既に辺りは暗くなってしまっていた。

堂々と宿屋の入り口をくぐり、石の道路が見える場所まで歩いていた時だ。カーラの背後からまだならぬ気配を感じた。慌てて振り返ると、そこには色白の肌に整った眉をした男が立っていた。

先述の常駐している男だ。どうやら自分のことを察して一人で追いかけてきたらしい。仲間を引き連れていないということは自分一人で片をつけるつもりでやってきたのだろう。
そうした騎士のような堂々たる精神を持った男はカーラでも思わず抱きしめたくなるほどの美しい顔と体を持った男であった。

だが、全身から漂ってくるのは妖艶な色ではなく、殺気であった。
美男子は腰に下げていた剣を抜いて、カーラと対峙していた。剣を構える姿には隙というものが一切見当たらなかった。このことからカーラには彼が只者ではないということがよく理解できた。
カーラが警戒の混じった目で様子を窺っていると、美男子は何も言うことなく両足を擦りながらカーラの元へと近付いていく。

カーラも男が近付いてくるのを察して距離を保とうとしたが、男が足を寄せて擦り寄ってくる方が早かった。
後一歩で追いつかれそうになった時にカーラは下段から剣を振り上げられるのを確認した。
慌てて、飛び上がったかと思うと袖の下に隠し持っていた針を逆手に構えて美男子の背後へと飛び掛かっていく。

美男子は驚いたようで、慌ててカーラを振り落とそうとしていた。
だが、それしきのことで動じるカーラではない。朝に出てくる蜘蛛が窓に張り付くかのように美男子の背中にピッタリと張り付いて離れようとはしなかった。

後は延髄に向かって針を突き立てるだけだ。延髄は人体にとっての急所。中の急所。ここに刺激を受ければ脳髄から延髄への血流が止まり、人体の動きは完全に停止してしまうことになる。

カーラの目論見はそこにあった。このまま美男子の口を永遠に防いでしまうことだ。
カーラが針を突き立てようとしたまさにその時だ。

「待て、お前カーラだろ?」

「さぁ、ご想像にお任せ致しますわ。後のことは冥界王にでも尋ねてくださいな」

カーラは惚けながらも確信を持った。この男は『ジャッカル』の執行官だ。
となれば、今回のアルフレンジャー男爵家令嬢誘拐事件は『ジャッカル』の息がかかった貴族が実行したということになる。今更ではあるが『ジャッカル』という連中が手段を選ばない卑劣漢であるということがカーラの中で印象付けられた。

怒りに震えたが、それが逆に隙へと繋がってしまった。美男子は怒りに震えるカーラの腕を掴むと、そのまま地面の上へと投げ飛ばした。そして衝撃によって地面の上に寝転がっているカーラの首元に剣を突きつけたのである。
それからその顔に似合わない低い声で言った。

「いいな。今回の依頼は辞退しろ。そうしなければオレがこの場でお前を始末する」

「あら、見逃してくれますの?お優しい方ですわね」

カーラは皮肉混じりに言葉を返した。だが、相手の顔からは怒ったり、機嫌を悪くしたりするような様子は見えなかった。
代わりに剣を引っ込め、改めてその胸元へと剣先を近付けていく。
どうやら言葉ではなく態度で自身の機嫌が悪くなったことを示しているらしい。
カーラは冷や汗を流しながら相手の出方を窺う。

このまま黙って寝転がっていればあの刃の餌食になることは確実だ。
月明かりに照らされた刃がカーラの言葉に答えるかのように怪しげに光っていく。
ではどうすればいいのだろうか。カーラは頭を抱えた。

カーラとしては上手くこの場を脱し、できることならばこの男も始末しておきたいというのが本音である。
相手が『ジャッカル』からの執行官であるのならば敵対相手であるということは間違いないのだから。

だが、現実的な問題としてはまずはこの状況をどう打開するかにあるだろう。
このままでは確実に美少年の剣に自分の血が吸われてしまう。
『血吸い姫』が血を吸われたなどとは笑い話にもならない。なんとかしてこの場を脱しなくてはなるまい。
カーラが慌てて辺りを見渡すと、自分の足が自由であったことに気がつく。

カーラは口元に余裕ぶった笑みを浮かべながら地面の上を転がる。
美少年は一瞬標的を見失ってしまったものの、すぐに草むらの上を転がっているのがカーラであると判断し、その上に剣を突き立てようとした。

だが、カーラも負けてはいない。素早く地面の上から立ち上がったかと思うと、そのまま地面を蹴って飛び上がり、針を逆手に持ち替えると、相手の胸元へと飛び掛かっていくのである。
美少年は迎撃のため剣を横に払ったが、それよりもカーラが背後に回る方が早かった。

今度は迷うことなく相手の延髄へと針を打ち込んだ。
美少年は悲鳴を上げる暇もなく地面の上へと倒れ込む。
相手の顔をよく見つめてみたが、顔は既に事切れており青白い表情から相手が冥界王の元へと旅立ったのは明白であった。

カーラはホッと溜息を吐きながら夜の街を歩いていく。
作戦の決行は二日後の仕事終わり。夕刻の相手が油断する時間に行うことに決めた。
毒薬を林檎を使った菓子である。甘いタルトの中に劇薬が入っているとは相手も思うまい。

カーラはクックッと黒い笑みを浮かべながら元来た道を引き返していくのであった。
それからの二日間は表稼業の他にも駆除の準備で大忙しであった。

林檎と生地を買い揃え、複数のタルトを作り上げると、その一つ一つに毒薬を仕込む。
並大抵の作業ではなかったが、見張りを全滅させるためには必要なことであったのでカーラには何の苦にも感じられなかった。

そして当初の予定通りに毒を仕込んだタルトを籠に下げて『セーシャル』へと向かっていく。
カーラは宿の前に着くと『セーシャル』の裏口をくぐり、少女が監禁されているという部屋の扉を叩いた。
部屋には無頼漢と称されるような大きな図体に顔全体に髭を生やした毛むくじゃらの男と色白い顔をした痩せこけた男が剣を携えていた。

この二人が見張り役なのだろう。その証拠にベッドの上には縄に縛られた幼い少女が呻めき声を上げていた。
カーラが幼い少女への乱暴な仕打ちに胸を痛めていると、例の毛むくじゃらの男がカーラへと凄みを見せた。

「おい、テメェ、何の用があってここに来た!?」

「あら、お聞きになっておりませんの?私あなた様方の親分から差し入れを渡すように言われて参りましたの」

カーラは毒の入った手作りタルトが入った籠を差し出しながら言った。
二人はそれを見て唸り声を上げていたが、籠の下から姿を見せるタルトの誘惑に打ち勝つことができなかったのか、カーラから籠を乱暴に奪い取った。

「よし、早速ここで食べようぜ!」

「そうだな。オレたちにはあの子の見張りもあるしな」

「お待ちくださいませ。見張りならば私が行いますわ。お二方は一階の食堂でそれをお食べくださいな」

「しかしよぉ、手作りのものを食べるだけっていうのはちょっとな」

「わかっておりますわ。これは親方からの心遣いでしてよ」

カーラは毛むくじゃら男の袖の下へと金貨を潜り込ませた。
それを見た男は満足気に笑いながら相棒と思われる男を連れて一階の食堂へと向かっていく。
二人が階段を降りる姿を見送ると、カーラはベッドの上で拘束されていた幼い少女の猿轡と縄を外し、両手で抱き締めた。

「お姉ちゃんは誰なの?」

少女はこれまでの相手とは異なり、自分に対してこのように優しい行動を行う相手のことが少女は気掛かりであったらしい。首を傾げながらその正体を問い掛けた。
カーラは少女の純真な問い掛けに対して愛らしい笑顔を浮かべて、

「あなた様をお救いに来た者とだけ述べておきますわ。さぁ、お家に帰りましょうね」

と、安心させるような言葉を述べた。少女はカーラにもたれかかると安心したらしい。
これまでの疲労もあってかカーラの腕の中でぐっすりと眠り込んでいた。

カーラが裏口から『セーシャル』を去る頃には『セーシャル』から悲鳴が上がっていた。
恐らくカーラの仕込んだタルトが効いたのだろう。カーラは口元に冷笑を浮かべるとそのまま街を歩いて行ったのであった。
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