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第四章『この私が狼の牙をへし折ってご覧にいれますわ』

エミリーが貴族に戻るただ一つの方法

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半ば呆然としているカーラの前にエミリーは見えているかどうかを確認するため手を振っていた。
カーラはようやくエミリーの手振りに気が付き、慌てて愛想笑いを浮かべた。
それから呆然としていたことを誤魔化すためにサンドイッチを齧ったのだが、エミリーはともかくオークスは誤魔化せなかったらしい。

「どうかしましたか?害虫駆除人という言葉を聞いた途端に顔が固まっておりましたが」

意識しなければ思わず視線を逸らしてしまいたくなるほどの鋭い指摘を行った。

「いいえ、ただ害虫駆除人という方々はとても恐ろしいお方ばかりだと聞いておりますわ。エミリー、あなたはそんな人たちを相手に本当に戦えると思っているの?」

カーラはあくまでもか弱い従姉妹を心配する優しい少女を意識して忠告の言葉を投げ掛けたつもりであった。
だが、それさえもオークスにはどこか不自然だと見破られてしまったらしい。

「ご心配なく、エミリー嬢は私がお助け申し上げますのでね」

オークスは紳士という呼称が相応しいような優しい笑顔で子どもに言い聞かせるかのように言った。

「しかしーー」

「フフッ、あなた恐ろしいのですか?従兄弟が先に貴族に戻ってしまうことが」

オークスの言葉は先程の紳士的な言い方とは対照的に明らかにカーラを小馬鹿にしたものであった。別に悔しくなどない。害虫駆除人であるカーラからすれば無闇に探ってほしくないのだ。もし、エミリーが自分たちの存在に気が付いてしまえば掟に従ってエミリーを抹殺しなくてはならなくなる。
それ故に頭が幸せな従姉妹には害虫駆除人からは無関係でいてほしいのだ。

いうなれば老婆が孫を思いやるような思いで忠告の言葉を発しているのだ。
そのように捉えられてしまうことにカーラは怒りのようなものを感じつつあった。

だが、本当のことをいうわけにはいかない。それ故に「その方法は危険が多い」という言葉を使って説得しようとしたが、二人は聞く耳を持たない。
完全にカーラが嫉妬心から自分たちの邪魔をしようとしているのだと思い込んでいた。エミリーは納得していないらしく、頬を膨らませて喚き立てていた。

カーラは引き続き説得してエミリーを止めようとしたのだが、またしてもエミリーの不幸な身の上話が始まったので引かざるを得なかった。
エミリーは両親と兄を失った上に謂れのない罪で元々持っていた家や貴族としての地位などを没収されてしまい今ではセリーナの温情によって生かされているということを涙ながらに語っていく。

カーラの表情として表向きはそのまま古典悲劇の歌にでもしたいような切ない顔をしながらも心の中では悲劇のヒロインに酔っているエミリーに呆れていたのだが、エミリーが発したある言葉によって思わず両肩を背に寄せる羽目になったのである。

「私のお父様とお母様は駆除人によって殺されたの……大好きなお父様とお母様……カーラ、覚えているでしょ?私のお父様とお母様を……あなたの叔父様と叔母様を」

忘れるはずがない。幼い頃から親戚として付き合って来たし、何よりその二人はあの夜にカーラが自ら手を下したのだ。
いや、エミリーが敬愛する兄のロバートも自らの手で恐ろしい目に遭わせたのだ。いうなれば自分はエミリーにとっての仇ともいうべき存在なのだ。カーラが浮かべていた切ない顔は申し訳なさから演技から本当のものへと変わっていった。
自らが手を下しておいたくせにエミリーの手を握り、優しい顔を浮かべて、優しい声と慰めの言葉を掛けたのだ。

「あなたも辛かったのね。可哀想なエミリー」

「ありがとう。カーラ。私が害虫駆除人を追う目的はそれもあるの。私の……私の大切な家族を殺した害虫駆除人が許せないの」

エミリーの声は怒りに満ち溢れていた。両親を殺され、幸せな人生を奪われた怒りというのはここまで少女を変貌させてしまうのかと驚くほどであった。
エミリーはもう一度涙を流してからドレスの裾で涙を拭い取った。
そして、もう一度いい笑顔を浮かべてカーラに向かって笑い掛けた。

「ありがとう。カーラ。でも、もう
私を止めようとしないでね。私は絶対に害虫駆除人を一網打尽にするんだから」

エミリーはそう言って代金を渡すと、足早にどこかへと去っていく。
その姿を見てカーラはエミリーから家族を奪ってしまって申し訳ないという思いを心の中に芽生えさせて罪悪感に苦しめられる一方で、ロバートやハンセン公爵家を存続させておいた場合他の人たちがどのような不利益を被っていたのかを思案していく。

もし、ハンセン公爵家が続いていたとすれば選民意識が服を着て歩いていたような貴族が遊びで農民に危害を加えるようなことがあったに違いない。
それに加えて、ハンセン公爵家はエミリーをフィンの妃とするための勢力を拡大するためにネオドラビア教と手を結んでいた。あのままであったのならばエバンズ公爵家は確実に取り潰しとなり、フィンは囲い込まれてイノケンティウスの傀儡になっていたに違いない。
エミリーがフィンの妃となった後に世継ぎができればフィンは抹殺されていただろう。

そうなればネオドラビア教は大手を振って国教となり、大陸全土に布教されていたかもしれないのだ。異端を決して認めようとしない緑色のドラゴンが世界の支配者として君臨する未来もあり得たのだ。
それらのことを天秤にかければやはり駆除されるべきなのだ。

カーラはお茶を啜り、残ったサンドイッチを平らげていき、心の平穏を取り戻しつつあった。
だが、それまで深海に住む貝のように口を固く閉ざしていたはずのオークスがタイミングを見計らったかのように声を掛けたのだ。

「なぁ、そろそろ正体を明かしたらどうだ?お前さんたちは機関の調べでその正体が割れているんだぜ」

「……驚きましたわ。まさか、あなたが『ジャッカル』の方だったとは」

表向きは平穏を装ってはみたが、カーラの心はひどく動揺していた。
まさか、目の前にいる男が昨晩ギルドマスターより通達があった『ジャッカル』に所属する人物だとは思わなかったのだ。
カーラは動揺する素振りを探られてはならないと平穏を必死に装い、真顔を作り上げながら問い掛けた。

「それで、わざわざあの方をけしかけてまで私に接近した目的はなんなんですの?」

「牽制といった方がいいだろう。今回我々は駆除人の中でも腕利きと名高い『血吸い姫』に接近することにしたんだ。その材料としてあの子を利用させてもらった」

「……ではどうしてあの方に私が駆除人だということを告げなかったんですの?あなた方ならば私が駆除人だということも割り出せているでしょうに」

「簡単な話だ。とっておきの材料はそうすぐ披露しては面白くないからな」

オークスは自身の目の前に置いてあるお茶を啜りながら言った。
しばらく両者は無言のうちに睨み合っていたが、やがてオークスは椅子の上から立ち上がり、その場を後にした。
カーラは鋭く尖らせた青色の瞳の中に真っ白な光を宿らせてしばらくの間オークスを睨んでいた。

そして診療所に帰るなり、レキシーへと耳打ちを行い先ほどのことを知らせたのである。
レキシーは真剣な表情でカーラの言葉を聞いて首を縦に動かす。
そして、このことを駆除人とギルドマスターとの繋ぎ役として使われているヴァイオレットに伝えたのである。

ヴァイオレットの口からギルドマスターに一連の出来事が伝えられ、駆除人ギルドは一時オークスを駆除するために動こうという話題が上ったほどである。
だが、それこそがオークスなる人物の狙いであるとギルドマスターは踏んだ。
駆除を仕向けて、その駆除人を捕らえて人質にでもするつもりなのかもしれない。

ギルドマスターはこちらからの攻撃を禁止し、駆除人たちにはこの時点では反撃にのみ徹することを伝えさせた。
駆除人ギルドと『ジャッカル』による水面下での抗争はこの後二週間にも及ぶことになったが、その間にも通常の依頼が来なかったわけではない。
ギルドと暗殺機関の抗争の最中にも害虫によって善良な人々が害されるような陰惨な事件は止まないのだ。

その中でカーラにしか不可能だという依頼があったことでカーラも動員された。
通常よりも高い報酬が提示されたことや相手があまりにも悍ましい悪人であったことからカーラは引き受けた。

夜の闇を共としている駆除人にとって仕事場から帰る邪悪な男を闇討ちにして仕留めることは朝食を平らげることよりも簡単であったのだ。
暗い場所で背後から延髄に針を打ち込まれた男は悲鳴を上げる暇もなく地面の上に倒れた。脈を測ったが、既に事切れている。

仕事を無事に終えたカーラはそのまま足早に立ち去ろうとしたのだが、その前に誰かから声を掛けられて立ち止まらざるを得なかった。
カーラが恐る恐る背後を振り返ると、そこにはランプを手に持ち、腰に上等の剣を下げたオークスの姿が見えた。
ランプの光に照らされたオークスの顔はニヤニヤとした笑みを浮かべていた。ニヤニヤとした笑顔でこちらを見つめる姿はクラスメイトのイタズラを目撃してこれから先生に言い付ける優等生のような陰湿な笑みだった。

カーラは言葉の代わりに針を構え、オークスへと襲い掛かっていく。
駆除人にとって駆除の現場を見られれば目撃者を仕留めなくてはならないのだ。
カーラの針は真っ直ぐにオークスの額を狙ったはずであった。

だが、カーラの針はあっさりとオークスによって打ち返された。そうオークスは腰に下げていた剣でカーラの針を弾き返したのである。
弾き返された衝撃で足元のバランスを崩し、地面に倒れたカーラに向かってオークスは躊躇うことなく剣を振り上げていく。

この時カーラにとって幸運であったのは針を手放していなかったことだ。カーラはオークスの手の甲に向かって針を突き刺した。
オークスは咄嗟に手を戻して針が突き刺さることを防ごうとしたのだが、それでも微かな傷がつくのは避けられなかった。
咄嗟に両目を閉じたところでカーラは額に向かって針を突き刺そうとしたのだが、そこまで上手くはいかなかったらしい。

オークスは剣を振り上げることによって飛び掛かろうとしたカーラを下がらせることに成功したのである。
剣は空を切っただけであるが、カーラを下がらせることができたというのは大きかった。

オークスはしばらく剣を構えながらカーラを睨む。もちろんカーラも針を突き付けながらオークスをじっと見つめていた。
両者の間で火花が弾け飛び、瞳の中には相手を殺せんばかりの憎悪に満ち溢れた炎が浮かび上がっていったのである。
両者の無言の対決を破ったのはオークスの方であった。

「……あんたいい腕じゃあないか。駆除人なんぞにしておくのにはもったいない」

「あなた様こそ、その腕を世のため人のためにお使いになられたのならば何人の悪人が冥界王の元へと旅立ったのかわかりませんわ」

お互いに皮肉を含ませた称賛の飛ばし合いである。その後にまた無言の戦いが始まるのだとばかり思っていたのだが、オークスが言葉を続けたことによってそれは防がれた。

「なぁ、あんたに聞きたいんだが、エミリー嬢の御両親を仕留めた駆除人というのはあんたかい?」

「そう断定なさる根拠はなんなんですの?」

「手口さ。資料を漁ったところ、ハンセン公爵夫妻は何者かに針で急所を突かれていた。あんたの駆除をさっき見ていたが、十分可能だと判断したのよ」

「いやですわ。仮にも紳士たる者がレディの動向を一々確認なさるんですのね」

カーラはオークスの推理を肯定することはなく、皮肉で言葉を返した。仮に向こうが判断を下したとしても相手は警備隊の隊員でも自警団の団員でもない。
確信を持っていたとしても認めてしまわなければ証拠はないのと同じだ。
エミリーにこのことを伝えたとしても自分が何も言わなければオークス自身が自分を監視していたことを伝えなくてはならないのだ。

『ジャッカル』の一員であるということを予めエミリーに伝えていれば別であるが、二週間前のエミリーの言動から察するにオークスは『ジャッカル』のことを伝えていないように思われる。
恐らくエミリーにはなんらかの方法で接触して以来、彼女にとって甘い言葉を囁き続ける天使のような存在として接し続けているに違いない。

巧妙に言葉を隠し、おだてて現地の協力者或いは刺客として育て上げようとしているのだろう。
だとすればまだなんの成果も上げていないところで今日のことを伝えてしまうのは逆効果というものだ。

推論を立てた後で皮肉を返して以来、黙り続けているカーラに向かって犯行を認め続けるように促し続けていたことから間違いないだろう。
絶対に言葉など返さない。カーラは代わりに針を逆手に持ち、オークスの元へと近付いていく。

それまで必死に言葉を投げていたオークスも目の前から針を持って迫ってくる姿を見て、正気を取り戻したらしい。
『ジャッカル』の一員として剣を盾の代わりにして針を防いだ。
しかし、手の甲にかすり傷を喰らった時と同様に完全には防ぎきれなかった。
その代償としてオークスは額に浅い傷を負うことになってしまったのである。
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