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第四章『この私が狼の牙をへし折ってご覧にいれますわ』

これで次のギルドも安泰でございますわね

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街の酒場にて給仕の役を勤めるディックとヒューイという二人の柄の悪い男が変死を遂げたのは昼に生きる人々のほとんどが家の窓を閉め、眠りにつく頃合いのことであった。
その晩ディックとヒューイは互いに酒の瓶を片手にあちこちの酒場を飲み歩いており、二人の気持ちは最高潮に達していたと言ってもいい。
このまま歩いて、女性の方から口説かれるのを待とうと大きな声で話していた。

それを見た通りすがりの女性が釣り針に突き刺さった餌に食い付く魚のようにディックとヒューイへと食い付いた。
嬉しそうな顔を浮かべて声をかけて、二人を誘っていく。
それはディックもヒューイも見かけだけは顔の良い男だからである。これまでの人生でも二人は異性関係に不自由したことはない。

つい先ほども酒場で口説かれたばかりである。二人からすればこのようなことは日常茶飯事であった。
二人はいつも通り女性からの言葉に乗ろうとしていた時であった。

「あら、いけませんわ。そのお方は私が先に口説こうと思っておりましたの」

と、どこからか声が聞こえた。二人が振り向くと、そこには古代悲喜劇を上演する舞台の上から降りてきたかのような美人が立っていた。
美人好きの二人にとっては放っておけないタイプだと言ってもいい。

長い金髪に高い鼻筋、形の良いピンク色の唇、宝石のように青い両目。そしてミルクのように色白い肌。どこをとっても美人だ。こうした自分たちの評価にバツをつける人物はいないだろう。
思わぬ美人の登場に舌舐めずりをしたディックはヒューイの肩を叩き、鼻の下を伸ばしながら女性の元へと近付いていく。

「おう、あんたおれと付き合いたいのかい?」

ディックが代表して声を掛けた。

「えぇ、たまたま市中を歩いておりましたら凛々しいお二方のお姿をお見かけしたものでして……よろしければお付き合い願えませんか?」

言葉の節々からは上品さが伝わってくる。まるで、貴族の令嬢のようだ。
ディックとヒューイは先程の女性を放って、気品を漂わせる美しい女性に誘われるがままに付いていく。
気が付けば二人は人通りの少ない裏路地へと案内されていた。

「ほぅ、ここで何をする気だい?」

「ウフフ、レディの口から言わせないでくださいな」

その言葉を聞いてディックとヒューイの理性は完全に吹き飛ばされた。警戒心や懐疑心といったものは何処へというところだ。
二人の脳裏にあるのは口にするのも悍ましいような下賎な願望のみであった。

「お二方にどうしてもお伝えしたいことがありますので、お耳を貸していただけなくて?」

ディックとヒューイは躊躇うことなく顔を近付けていく。二人は十中八九愛の言葉を囁き掛けられるのだと確信していた。
だが、その女性から返ってきた言葉は二人が想像だにしないようなものであった。

「お二方にはここで死んでいただこうと思いまして」

女性はそういうよりも早く、ディックの心臓に針を突き立てた。
先端が心臓を貫き、ディックは悲鳴を上げる暇もなくその場へと崩れ込む。即死だった。
相棒の無惨な死を見届けたヒューイは慌てて悲鳴を上げ、その場から逃げ出そうとしたが、女性はそれを許さない。

ヒューイの服の襟を思いっきり掴んで自身の元へと引き寄せていく。
そして、ディックから引き抜いた針をそのままヒューイの延髄に向かって突き立てた。

延髄は人体にとっての急所である。呼吸と人管を司る重要な器官である。万が一にもこの箇所に損傷があれば心臓が止まったり、呼吸が止まるのだ。故にそこに針など突き立てられれば当然即死となる。ヒューイは恨み言を吐き捨てる暇ももなくその場に倒れ込む。
即死だろう。女性は自ら命を殺めた相手を一瞥することもなくその場を立ち去っていく。

翌日二人の変死体は路地裏の掃除を行おうとしていた露店経営者の老人により発見され、警備隊に発見されることとなった。
本来であるのならば被害者であるはずのディックとヒューイの両名は同情されるべきはずであるのだが、死体が見つかるのと同時に死体の検分に訪れた同僚たちから罵声を浴びていた。

とある女性店主が経営する酒場に勤めていたのだが、その勤務態度は悪く、よく同僚に暴力を振るう、店の酒を勝手に飲むなどの行為を繰り返し、客からは疎まれるような存在であった。

それ故に女性店主からはよく警告されていたのだが、その女性店主が気が弱い性格をしているのをいいことに部屋を荒らし、店主の弱みを握った逆に脅迫を行ったのだ。それ以来二人はどこからか入ったシロアリが家の中に勝手に住む着くかのように店に居着いてしまったのだ。

店主の弱みを握った二人は店で働くことさえもしなくなった。訪れる客にちょっかいをかけ、商品であるはずの酒を勝手に飲み、暴力を振るい、同僚を戯れに蹴り飛ばす。
他の従業員からの鬱憤は溜まっていくばかりだ。

だが、警備隊や自警団に届け出てしまっては店主の弱みが公になってしまう。
そのため駆除人ギルドに依頼するという苦肉の策を取ることになったのだ。
ギルドマスターも相手が相手であるから躊躇うこともなく依頼を受け、入念な下調べを行った上で旅から帰ってきたばかりのカーラに実行を指示したのだ。

心地の良い依頼を終えたためにギルドマスターはいつもよりも上機嫌な様子でカーラのために赤い蒸留酒を注いだグラスを手渡し、その後で依頼の後金をカーラが座るカウンターの前に置いた。

「いやぁ、よくやってくれた。こいつは報奨金だ。受け取ってくれ」

ギルドマスターゴーネは高らかに笑いながらカーラを褒め称えていた。ゴーマは普段表稼業として酒場を経営しているが、現在の時刻は夕刻。
表稼業である酒場を開く前の時刻である。そのため貸切状態であるため、こうした表にしてはならない会話も堂々と行うことができるのだ。

「ありがたく頂戴致しますわ。ちょうど旅から帰ってきてお金が少なくなっていたところですの」

カーラは和かな笑みを浮かべながら自身の前に置かれた金が入った皮の袋を懐の中へと仕舞い込む。
十枚以上の金貨が入っているためか皮の袋が重く感じられた。

「まぁ、あれだけ贅沢に旅をしてたらなくなるわな」

ゴーネは大きな声で笑いながら冗談を吐いた。

「もう笑いことではありませんのよ!本当にお金がなくてどうしようかと途方に暮れていたんですの!」

駆除人は昨日に見せた冷酷さなどは微塵も見せずに頬を膨らませながらの抗議を行なっていた。
ゴーマはその様を見て笑う。だが、すぐにその笑みを引っ込め、真剣な顔を浮かべて言った。

「ところでな……おれもそろそろ裏稼業からの引退を考えていてな」

カーラの手が止まる。真剣な表情を浮かべてギルドマスターを見上げながら問い掛けた。

「それは本当ですの?」

カーラは両目を尖らせ、眼光に青白い光を放ちながら問い掛けた。

「あぁ、これからおれは表の仕事だけに携わりたいと思っているんだ」

予想外の言葉である。カーラからすれば三年前から駆除人ギルドのマスターというのはゴーネであったのだ。
もちろん駆除人として他の街にいるギルドマスターのことは知っているし、何ならば今回の依頼を受ける前に旅先で十文字傷のジョーという男を仕留めたのはゴーネではなく、別の街のギルドマスターからの依頼を受諾したからだ。

それでもカーラからすればギルドマスターというのはゴーマを指す言葉なのだ。
そうした理由のためにカーラがどこか納得がいかないような表情を浮かべていると、ゴーマは安心させるように笑い掛けた。

「安心しろ、後任にはしっかりとした人物を決めてある。今紹介してやろう」

ゴーネは酒場のスペースから二階に向かって大きな声で『ヴァイオレット』という名前の人物を呼び出す。
カーラはヴァイオレットなる人物がどのような人物であるのかは知らないが、ゴーネにとって代わるような立派なギルドマスターにはなれないだろう。

そんな思いを胸に抱えながらギルドマスターが出した赤い色の蒸留酒を啜りながらヴァイオレットなる人物が現れるのを待ち構えた。
どこか呆れたような態度をしていたカーラの前にドタドタと慌ただしく黒色のボブショートを整えた美人が現れた。
どこか童顔で青色のカートルを纏っており、可愛らしいという雰囲気を漂わせていた。

その反面一見して弱々しく、頼りにならないという印象を抱かせてしまうが、カーラはすぐに自分の思いが間違いであったということを悟った。
というのも、ヴァイオレットの胸元に短剣の膨らみがあるのを確認したからである。

咄嗟に駆除針を仕掛けてその腕を試してみようかとも考えてみたが、仮にもゴーネの姪に当たる人物に向かって、そのような無粋な真似をしては失礼にあたるだろう。
そう考えたカーラは警戒するのをやめ、代わりに椅子の上から立ち上がり、丁寧な一礼を行なってから自己紹介を行った。

ヴァイオレットはカーラの自己紹介を聞き終えると、顔に愛らしい笑顔を浮かべて自らの自己紹介を始めていく。
ヴァイオレットによれば彼女はゴーネの姪であり、元は駆除人であったという。
だが、王都にはおらずここより西にある国境の街で駆除人としての実績を積んでいたのだという。

叔父に呼び戻されたのはここ最近のことで、それはカーラ自身とレキシーが旅に出ている間のことであったらしい。
どうりで知らなかったはずだ。カーラは苦笑しながらヴァイオレットの自己紹介に耳を貸していた。
ヴァイオレットはそれからカーラの側によると、飲みかけのワイングラスを手に取って、それをグラスの中へと注いでいく。

「どうでしょう。一杯」

「ありがとうございますわ」

カーラはどこか苦笑した様子で注がれた酒を飲み干す。
グラスを机の上に置くと、先程よりもヴァイオレットの表情が沈んでいることに気がつく。
カーラは眉を顰めながら問い掛けた。

「ねぇ、ヴァイオレットさん。何か気になることでもありますの?」

「き、気になることなんて、そ、そんな……な、なんでもありませんよ」

彼女は懸命に隠そうとしているらしいが、動揺しているのは側から見て見え見えである。ヴァイオレットは助けを求めるように視線を叔父の元へと動かす。

「ヴァイオレット、言いなさい。カーラは信頼のおける駆除人だ」

ヴァイオレットは弱々しい口調で話を始めていく。
ヴァイオレット曰く自分が王都のギルドマスターの後を継ぐにあたり、総会などで揉めていたらしい。
そのため各地のギルドマスターから意見を召集され、ゴーマはその中で姪に継がせる正当な理由を抗弁しなくてはならなかった。

結局のところ総会がヴァイオレットの就任を認めることで話は収まったのだが、それでも納得のいかない人物がヴァイオレットやゴーネを襲うことがあったらしい。この事態を重く見た総会は新たに別の方法を提案することで他のギルドマスターを納得させたのだった。

その方法というのは当分の間引き続きゴーネが王都におけるギルドマスターを続け、その間ヴァイオレットはギルドマスター見習いとして修行を積むことが義務付けるというものだ。

こういう形で一応はヴァイオレットの就任が認められたのだが、未だに納得がいかない者がいるらしい。
もっとも異を唱えたのはギルドマスターや駆除人ではなく、街の傭兵やごろつきなどをまとめ上げる暴力団の頭でジョゼフという男であるらしい。

ギルドマスターでも駆除人でもないというのにどこからか総会の決定を聞きつけたジョゼフが因縁をつけ、自分こそが駆除人をまとめ上げるのに相応しいと名乗りを上げたのだ。

「け、けど、そ、そのジョゼフさんという方にお、叔父さんのような信念はありません!あの人はギルドが掲げている駆除人たちが欲しいだけなんですッ!」

気弱で頼りないという印象を受けるが、思ったことは言う主義であるらしい。
ヴァイオレットの言葉は事実的を射ていた。

事実腕利きの駆除人一人は傭兵やごろつき、それに暴力団そのもので抱えている団員を十人集めるよりも敵対組織の相手を確実に仕留める手段としては最適である。
暴力団が駆除人ギルドを狙う理由もわかる。
カーラが納得した顔で話を聞いていると、ヴァイオレットが頭を下げながら懇願した。

「お願いです!なんとかしてジョゼフという男を仕留めていただけませんか!」

「オレからも頼む。今回は私自身が依頼しよう。おれと姪の命を助けてくれんかな?」

ギルドマスターはそう言って新たな前金を差し出す。
カーラはそれを何も言わずに受け取った。日頃より世話になっているギルドマスターだ。引き受けないわけがない。

カーラはそんな自分の意思を表明するかのように二人に向かって笑い掛けた。
カーラの表情を見たゴーネとヴァイオレットは互いに顔を見合わせて安堵の表情を浮かべていた。
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