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第四章『この私が狼の牙をへし折ってご覧にいれますわ』

残るアンブリッジ家の始末

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「そんなことがあったのか」

ギークは感心したように言った。

「そう楽しそうに仰られておられますが、あの時は大変だったんですのよ」

カーラはあの晩のことを思い返し、苦笑していた。
あの日の晩、リチャードが平手打ちを行った直後、彼は雷が落ちたかとも言わんばかりの大きな声で兄妹を叱責していた。

「馬鹿者どもがッ!レキシー先生はお前たちの父親を少しでも助けようと懸命に努力しておられたのだぞッ!それを逆恨みして、命を狙うだなどと……恥を知れッ!恥をッ!」

リチャードはそれからもう一度その大きな手で二人の子どもの頬を勢いよく叩いたのであった。
子どもはあまりの痛さに悲鳴を上げて地面の上にのたうち回っていたが、リチャードはそれを見ても同情するどころか、冷たい視線で二人の子どもを見下ろしていた。

リチャードの視線からはこんな恩知らずなど死んでもいいと言わんばかりの確固たる意思のようなものが感じられた。
しかし、相手は子ども。これ以上リチャードが何かを起こしてしまえばリチャードに悪い評判が経ってしまう。

そればかりではない。二人からしても哀れな騎士の子どもに対して、これ以上酷い目に遭わせることなどはしたくなかったのだ。

「おやめくださいませ。リチャード先生!」

カーラがリチャードの腕を掴んだことによって、ようやく正気を取り戻したらしい。
だが、リチャードは謝罪をすることもなく、視線を背けていた。

リチャードからすれば自分自身の正義に従って、無礼な子どもを制裁しただけに過ぎない。
感謝こそされども咎められる筋合いなど一切ない。
そう言わんばかりに背中を向けていたので、カーラやレキシーも何も言えなかった。

代わりに殴られた衝撃で唖然とした表情を浮かべている二人の子どもの頭を優しく撫でていく。
二人の子どもは涙を流しながら、それを拒絶しようとしたが、父親が死んで以来の頭を撫でられるという行動によって、二人の子どもの中から復讐心という負の感情は消え、後には多くの子どもが持っている素直さというものが膨れ上がったのだろう。
二人はあろうことか、自分たちが殺そうとしていた相手に泣き縋っていくのだった。

レキシーもカーラもそんな二人を優しく慰めていた。
その後は未だに態度を悪くしているリチャードを説得し、二人を自宅にまで送り届けていくのだった。
二人からは送り届ける際に、もう二度と自分たちを襲わないという確証をもらっているのだからこれ以上二人から襲われてしまう心配もないだろう。

カーラとレキシーは安堵しながらお互いの顔を見つめ合う。その表情は暗闇でありながらもどこか輝いていたように見えた。
その後になって、リチャードと別れ、二人はそのまま駆除人ギルドへと足を運んだのだった。
駆除人ギルドでギークとヒューゴを呼ぶように収集し、クイントンから屋敷の図表を手に入れるように依頼したのであった。

ギルドマスターは翌日に二人を診療所にまで派遣することを約束したのだった。
それから昼休みの時間帯に二人が診療所を訪れ、ヒューゴは診療所の中でレキシーと、ギークは外の茶店でカーラと話すことになったのだ。

ここまでがその顛末である。改めて、考えれば長い夜だった。
カーラが一人激動の出来事が起きた夜のことを回顧していると、ギークが身を乗り出しながら問い掛けた。

「でさ、どうするの?」

「どうするのと仰られますと?」

「駆除の方法だよ。わざわざぼくたちを呼んだってことは用事があるんでしょ?」

「フフッ、流石はギークさんです」

カーラは目を矢のように細めて、口元を歪めて悪女のような笑みを浮かべながら考え上げた計画をギークに向かって語っていく。

計画としてはクイントンによってわざと開け放ちにされた裏口から二人で屋敷の中に潜入し、ドロシーを始末した後に当主であるウィルストンを拉致し、山奥の処刑場へと運ぶというものだ。この際のギークの役目は見張りの気絶である。ギークの長鞭の腕であるのならば屋敷の中にいる自分たちの駆除にとって不都合な見張りを気絶させられるだろうと計算した故での誘いであった。

初めのうちは訝しげな表情でカーラを見つめていたギークであったが、詳細な出来事を聞いていくうちに納得したような表情を浮かべて、最後には満足気な表情を浮かべながら自身が注文したお茶を啜っていく。

「では、当日……三日後の夜にギルドの前ですわ。遅れないようによろしくお願い致しますわ」

カーラは確認の問い掛けを怠らなかった。ギークは小さく首を傾げて答えた。
奇しくもこの時、診療所の中においては屋敷の脱出係を担当するレキシーとヒューゴの話し合いがまとまったところであった。
こうして、アンブリッジ伯爵家に対する駆除人たちの制裁は着実に進められていったのであった。

夜の闇を友とする駆除人たちが動くのは草木も眠るような遅い時間帯。空いているのは酒場やレストラン。それに歴代の国王から禁じられてはいれども人々の欲望を刺激する賭博場などの娯楽施設ばかりという頃合いだ。
ギルドの前に集まった四人はギルドマスターから貸し出された巨大な木箱が乗った人二人で押すような巨大な荷車である。

運送業者を装ったレキシーとヒューゴは木箱とカーラとギークの二人を乗せてアンブリッジ家の屋敷へと向かっていく。
冷たい夜風が優しく摩るように頬を撫で回す中で、実行役であるカーラとギークはランプの光のように二人の間を照らす月明かりだけを頼りにクイントンからギルドマスターを通して渡された二階建ての屋敷の図を頭の中に叩き込んでいた。

その際に二人は屋敷の裏口から侵入するという今日の日の経路をきちんと頭の中に入れていた。
貴族の屋敷というのは通常であるのなら裏口が付いており、眠る前に使用人や私兵たちによって厳重な戸締りを施されるというのが常になっているが、クイントンによって今夜ばかりは開いているのだ。

伯爵邸の近くに下ろされた二人は図を頼りに裏口を探していると、伯爵家の四方を囲む砦の弊のように高くて立派な弊の裏側に木製の扉が見えた。
ここから侵入するのが本日の計画となっている。
ここで、カーラは社交界で出会った際にアンブリッジ家の当主ウィルストンや歴代当主が用心深い性格であったことを思い出して、矛盾のような思いを抱えてしまうことになった。

用心深いのならば通常の貴族に倣って、裏口などというものは作らないのではないのだろうか、という純粋な疑問である。
しかし、この疑問を解決する唯一の結論があった。それはいかに用心深い伯爵家といえども表側に仕入れの業者などを招いたりすることには抵抗があるのだという思いだ。

はたまた、夜遊びの激しい伯爵家の長男と長女のために設けられたのかもしれない。或いはその両方だという可能性もある。
いずれにしろ、何らかの理由があり、裏口が設けられたのは本当にありがたいことである。こうして、裏口があることによって、駆除人仲間によって本来ならば閉まっているはずの厳重な裏口はあっさりと開き、カーラとギークの両名が屋敷の中へと忍び込むことができるのだから。

カーラは裏口から侵入し、足音を殺しながら屋敷を歩いていると、駆除人が夜の闇を共にするのは深い闇の中に紛れ込むという理由が改めて理解できた。夜の闇を友として厄介な駆除を成し遂げるためなのだ。

住み慣れた屋敷の中といえども夜であるのならば見回りを務める使用人たちや私兵が持っているのは蝋燭の光だけであるし、その蝋燭の光は目の前や足元を照らすだけの僅かな光であるに過ぎない。
お陰で、ギークは至極あっさりと見張りたちから意識を奪うことに成功していた。

長鞭を華麗に操る姿は曲芸を見ているかのようであった。鮮やかで隙がない。
ギークはこの街で駆除人になるよりも前は長鞭など操ったことはなかったはずであるが、そんなことは一切感じさせられなかった。

逞しいギークの腕によって、カーラはいつもよりも早く標的の部屋へと辿り着くことができた。
標的の部屋の隙間からはランプの灯りが漏れていた。恐らく、まだ起きているのだろう。

カーラは恐る恐る鍵穴から部屋を覗いてみると、そこには自室の中央に置かれている巨大な天蓋の付いたベッドの上で、自慢のコレクションだと思われる宝石を一つ一つ手に取って、楽しげな表情を浮かべているドロシーの姿が見えた。

それらの宝石は剥き出しのものもあれば、指輪として加工されたものあり、首飾りとして加工されたものもあった。
ピアスやイヤリングという形で加工されているものもあった。
いずれにしろ、高価なものだ。市井にいる人ならば一生を費やしても買えないような宝石ばかりが並べられていた。

「ふんふふふ~ん。やっぱり、一日の最後はこうして宝石を並べてみるに限るね。この宝石は誰にも渡さない。あたしだけのものさ」

ドロシーは父親にねだって買ってもらった宝石を眺め、それらの品々を一つ一つ丁寧に宝石箱へと戻すことで一日を終える予定となっていた。

だが、ドロシーの日課とも言える行動は執拗に扉を叩く音で妨害されてしまった。先程までお気に入りの宝石を並べて気分の良かったドロシーは眉間に皺を寄せ、不機嫌を露わにした様子で扉を開いた。
同時に自身の手から自慢の宝石が転げ落ちていたことに気が付いた。自慢の品である指輪や首飾りやピアスなどが片手から転げ落ちていく。

全身の力は抜けていくが、反対に集中力だけは増幅していた。
懸命に何が起きたのかを探っていた時だ。自身の眉間に針が突き刺さっていることに気が付いた。

どうして、針が突き刺さっているのだろうか。ドロシーが懸命に視線を泳がせていると、目の前にはかつて社交界で知らぬ者はいなかったプラフティー公爵家の令嬢カーラの姿が見えた。

カーラが両目を尖らせ、悪魔のような恐ろしい表情で自分を睨んでいたのだ。
ドロシーはそれからゆっくりと自分の眉間に刺さっている針を見返していく。
恐ろしい表情のカーラと眉間に突き刺さった針でドロシーは自分の身に何が起きたのかを理解した。
カーラによって針を突き刺されたのだ。

どうして針を突き刺されたのかはドロシーにも理解できなかった。
自分がカーラに対して恨みを作ったことなどがあったのだろうか。

ドロシーは両目を見開きながら口元をパクパクと動かし、カーラの胸ぐらを掴み上げ、何かを訴えかけようとしていたが、カーラは無情にも眉間に突き刺した針を引っ込めたのだった。
ヒュッと針を引き抜く音が聞こえたのと同時にドロシーは地面の上へと倒れ込む。

ドロシー・アンブリッジはこの瞬間にその命を終えることになった。
カーラは事切れたドロシーを一瞥し、完全に脈が止まったのを確認してから、父親であり当主のウィルストンの部屋へと向かう。

ウィルストンの部屋はドロシーの部屋よりもう一階上、すなわち屋敷の二階にあった。
屋敷の最上階、右端にあるこの屋敷の誰よりも高価な部屋だった。
鍵穴からその姿を覗いてみると、ウィルストンは部屋の中で難しそうな顔で盤を広げて、駒を動かして盤遊びに励んでいた。

拉致するのならば今の機会しかあるまい。カーラはギークに目配せをし、扉を鞭で叩かせた。
同時にウィルストンが激昂した様子で扉を開いて現れた。
ギークはこの瞬間を狙って、ウィルストンの首元に長鞭を巻き付け、死なない程度の威力で締め上げていく。

今仕留められてしまっては困る。ウィルストンはその悪事に相応しい報いを受けなくてはならないのだ。
カーラは締め上げられていくウィルストンを冷ややかな視線でじっと見つめながらどのような制裁を与えていくのかを考えていた。
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