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第四章『この私が狼の牙をへし折ってご覧にいれますわ』
レキシー、真夜中に傷付いた騎士と遭遇する
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その日は冬だというのにどこか生暖かい夜だった。
レキシーはこの日、友人の自宅に身を寄せ、ボードゲームを楽しんでいた。
戦場を模した盤面を用いてのボードゲームである。盤と呼ばれる複雑な線が描かれた盤の上に兵士である駒を揃えて、対峙していくというルールになっている。
相手は同じく医者で外科医のリチャード・クルー。
レキシー同様にあまり金にはこだわらず、人々から崇敬を集めている城下町の医者の一人だ。
しかし、レキシーと異なるのは外科医という立場にありながらも、聖人と崇められるようなお人好しで料金が格安であったり、中には取らない時があったというにも関わらず、金には困窮している様子は見えない。
これは、彼が持つ外科医としての腕が確かなものであるため、貴族や金持ちの豪商など、取れる人物からは取っているということが大いに影響している。
レキシーも似たようなことをしているため、お互いにウマが合い、ずっと交流を続けているのだ。
とはいっても、やはり、リチャードも男。彼は夜の遅い時間にレキシーが一人で出歩くことに反対し、自身が護衛として家まで着いていくことを提案したが、レキシーはそれを断り、一人で戻っていたのだ。
これは彼女が腕利きの駆除人であるという自惚れにも似た思いからきている。
本来であるのならば受けておくべきなのだが、レキシーは一人で大丈夫だという思いがあったのだ。
盤面を使った勝負で何度も勝利したという経験からか、上機嫌な様子で鼻歌を歌いながら自宅へと戻っていた時だ。
「おや」
と、思わず足を止めた。
というのも、レキシーは道の真ん中で打ち捨てられたかのように弱っている男性の姿が見えたからだ。
放っておけずにレキシーが慌てて駆け寄ると、男性は顔と体の反面から血が迸り出ていることに気が付いた。
これはいけない。レキシーは片手で男性を抱き起こし、本来であるのならば専門外であるはずだが、応急手当てを行なっていく。
男の傷は左の頬から膝まで。真っ直ぐに剣で斬られていた。レキシーは男の傷口を男が羽織っていた黒色の上着で塞ぎ、そのまま肩を貸し、慌ててクルーの家に戻っていく。
この時、クルーはレキシーと入れ違いで劇場から帰ってきた自らの家族と共に夕食を囲っており、扉を執拗に叩いていた時には不服そうな表情を見せたが、レキシーが肩を貸している男性の姿を見ると、医師としての領分を取り戻し、普段、患者たちを見るのに使っているベッドの上へとその男性をレキシーと共に運び込んだのである。
男は運び込まれてからもしばらくの間は気を失っていたが、クルーの手当てが進んでいくのと同時にその痛みのために悶絶し始めていく。
レキシーは背後から治療の過程を眺めていくにつれ、この男が只者ではないらしいということを理解し始めていた。
それは男が下げていた空っぽの鞘と、男が履いていた黒色の丈夫なブーツにある。
革のブーツなど本来であるのならば騎士や貴族といった高価な身分の人間しか履けないものであるからだ。
一体何者なのだろうか。レキシーが興味津々な様子で男を見つめていた時だ。
治療はひと段落したのか、汗まみれの顔で家族であり、同時に自分の弟子でもある一人息子のジャックを大きな声で呼び付けた。
そばかすと乱雑な赤い色の髪が目立つ青年の姿が見えたかと思うと、リチャードは横たわっている男性を目で見据えながら、
「いいか、騎士寮のウォードという家に行ってくれ。おたくのご主人……レオが倒れてしまいました、とな」
息子は了承し、慌てて玄関を飛び出す。
レキシーは息子が出ていくのと同時に、そのウォードという家について気になり、リチャードに問いかけた。
「レオはわしの知り合いさ。少し前にとある御用の筋があってね。その一件で怪我をしちまったんだが、その時に立ち会ってからは身分も年齢も違うが、友人として家族で付き合っていたんだ」
リチャードによればレオは騎士としては珍しく、他の身分の人々への偏見などが存在せずに、ただひたすらに城下町で犯罪の魔の手から人々を守るために尽力していたのだという。
本来であるのならば街の治安に携わる騎士というのはその激務の割には薄給であり、心のない騎士などは城下町の商家を訪ねていき、剣や身分にものを言わせ、商品や金を奪い取っていくものが多かったが、レオは例外であった。
人当たりも良く、子分たちも可愛がっていた他に、仕事も真面目にこなしていたので、人々からは『レオ親分』のあだ名で親しまれていた。
今では悪徳隊長としてその名を馳せたヘンダー・クリームウッズが警備隊に派遣された時もクリームウッズの方針に正面から反対し、激怒したヘンダーに謹慎を申し渡されたほど正義感にあふれた人物であった。
「……オレがレオを気に入ったのはそうした点もあったんだ。いずれ、レキシーさんにも紹介する予定だった。けど、まさか……こんな形で会うことになるなんてな……」
リチャードは残念そうな表情を浮かべながら悶え苦しむレオを見つめて言った。
この後、レオは更に苦しみ始め、とうとうリチャード一人ではレオを抑えきれなくなり、レキシーも彼の体を拘束し、治療を行う羽目になったが、看病の甲斐もなく、傷の悪化により、レオの体はますます青ざめていく。
徐々にうめき声を上げる余裕もなくなってきたのか、か細い呼吸の音を上げるばかりになっていく。
それでも、家族が到着するまでは意地で持ち堪えた。
心配そうな表情でレオを覗き込む人々に対し、レオは最後まで手を尽くそうとしていたリチャードの襟首を握り締め、必死に半身を起こしながら訴え掛けた。
「や、やられた……やられた……アンブリッジ……く、悔しい」
レオはそれだけを吐き捨てると、襟首からも手を離し、ベッドの上へと倒れ込む。
そして、そのまま二度と目を覚ますことはなかった。ジャックの伝言を聞いて、駆け付けた若い金髪の女性はベッドの上に横たわるパートナーの上に泣き伏せていく。
レキシーはその金髪の若い女性を過去の自分自身と照らし合わせていた。
本来であるはずであるならば聞き届けられるであろう訴えを貴族の権力によって退けられ、故郷へと帰還した時に全てのことに絶望して首を括っていた自身のパートナーの前で泣き伏せる自分とその女性とが重なって見えたのだ。
更に、帰る直前になって、リチャードからレオとあの女性の間には可愛らしい盛りだという幼い娘と息子がいるという話を聞かされ、ますます自分と重なって見えてしまったのだ。
居ても立っても居られなくなり、レキシーは帰宅してから、その女性が語った『アンブリッジ』という苗字に聞き覚えがないかと帰宅してからカーラに尋ねた。
元公爵令嬢であるカーラであるのならば、その苗字に聞き覚えがあるという確信していたのだ。
レキシーの予感は当たり、カーラは夕食の準備を進めながら『アンブリッジ』という人物について語っていく。
カーラによれば地方に強大な領地を抱えている大貴族であり、その規模はといえば城下町郊外にある屋敷の中に70人もの食客を抱えていられるほどであるという。
現在の当主はウィルストンという人物であり、この人物の癖が強いところは能力がそこまで高くはないというのに、先代の当主から二人の弟を差し引いて、抜擢され、領主となったところだ。
いわゆる勉強はできないが、悪知恵が働くタイプだといえる。
ウィルストンが悪知恵を用いて、弟二人を嵌め、当主の地位に就いたということは社交界においては公然の秘密であった。
子どもは三人いて、そのうちの長男と長女はこの父親の悪い部分をしっかりと引き継いでいた。
長男の名はルシウス。長女の名前はドロシーと言った。
このうち、ルシウスは社交界においてはベクターと懇意にし、ロバートとも付き合いがあった。
そればかりではなく、貴族の子息にしては喧嘩好きで、酒好きだという素行の良さという言葉とは無関係の人物であった。
ドロシーも兄に負けず劣らずだと言われるほどの評判が悪い令嬢で、カーラが貴族であった頃にはマルグリッタの取り巻きとして、カーラと幾度も対峙する仲であった。
また、社交界においては婚約者がいる令嬢に手を出し、マルグリッタの力を使うなどの行動に出て、その令嬢から婚約者を奪うという遊びを行なったり、仲良しの友人であるダフネ・ティーダーと共に人を人とも思わぬ遊びに耽るなど、お世辞にも評判の良い人物ではなかった。
このような問題児だらけの家であるにも関わらず、ネオドラビア教との決戦において爵位が剥奪されずに済んだのは、アンブリッジ家がネオドラビア教との繋がりがなかったという単純な動機に過ぎない。
そうでなければ、フィンがこのような危ない貴族を放っておくはずがないのだ。
アンブリッジ家という選民意識が服を着て歩いているような貴族たちの話が終わると、レキシーの表情からは露骨なまでの嫌悪感が滲み出ていた。
勢いよく机を叩いて、歯を軋ませながら、
「クソッタレ、貴族ってのはいつもそうだ。人の大切なものを平気で踏み躙って……」
レキシーの頭の中に過ぎるのは辛い過去の記憶。大切なパートナーと子どもたちを貴族の遊びで奪われたという事実だ。
カーラはレキシーを優しく抱き締め、一晩中、その側にいてあげた。
これは子どもを亡くした母親に対して、血の繋がらない娘が唯一してやれることであったといってもよかった。
翌朝になり、仕事に出た時もレキシーの表情はどこか沈んだものであった。
昨晩のことを思い返し、カーラは何も言うことができなかった。
こんな時に何もできない無力な自分が腹正しかった。カーラが薬の瓶を手に取り、訪れた患者に服薬の仕方を丁寧に説明していた時だ。扉の隙間からヒューゴの顔が見えた。
ヒューゴは診療所の中に入ろうとしていたが、カーラはそれを差し止め、昼休憩の時間に出直すように目配せした。
そして、いよいよその時間帯になった時にヒューゴが入ってきて、ようやく二人は対面した。
ヒューゴは診療所の中へと入り、奥の部屋でギルドマスターから預かった伝言を伝えていく。
「ギルドマスターによれば、大仕事が入ったみたいでね。それもただの仕事ではないんです。金貨百枚の大仕事で」
「金貨百枚?それはまた、大きく出ましたわね」
カーラが両眉を上げながら問い掛けた。
「えぇ、ギルドマスターによればとある筋から入った重大な依頼でして……この仕事に携わるのは腕の良い駆除人でないと無理みたいでしてね」
「まどろっこしいですわ。さっさとお名前をお教えくださいな」
カーラはどこか機嫌の悪い声で答えた。カーラの目からはどうももったいぶっていると思ったからだ。
だが、当のヒューゴからはふざけなどの類は一切感じられず、真剣かつ深刻な表情を浮かべながら答えた。
「大貴族アンブリッジ伯爵家の長男ルシウスと長女ドロシー。この二人を駆除してもらいたいんですよ」
カーラにもレキシーにも大きな衝撃が走った。二人は雷に打たれかのようにその場に黙ってヒューゴを見つめていた。
あとがき
本日は投稿時間が遅くなり誠に申し訳ありません。本日は体調が不調であったので、投稿が遅くなりました。
申し訳ありません。
レキシーはこの日、友人の自宅に身を寄せ、ボードゲームを楽しんでいた。
戦場を模した盤面を用いてのボードゲームである。盤と呼ばれる複雑な線が描かれた盤の上に兵士である駒を揃えて、対峙していくというルールになっている。
相手は同じく医者で外科医のリチャード・クルー。
レキシー同様にあまり金にはこだわらず、人々から崇敬を集めている城下町の医者の一人だ。
しかし、レキシーと異なるのは外科医という立場にありながらも、聖人と崇められるようなお人好しで料金が格安であったり、中には取らない時があったというにも関わらず、金には困窮している様子は見えない。
これは、彼が持つ外科医としての腕が確かなものであるため、貴族や金持ちの豪商など、取れる人物からは取っているということが大いに影響している。
レキシーも似たようなことをしているため、お互いにウマが合い、ずっと交流を続けているのだ。
とはいっても、やはり、リチャードも男。彼は夜の遅い時間にレキシーが一人で出歩くことに反対し、自身が護衛として家まで着いていくことを提案したが、レキシーはそれを断り、一人で戻っていたのだ。
これは彼女が腕利きの駆除人であるという自惚れにも似た思いからきている。
本来であるのならば受けておくべきなのだが、レキシーは一人で大丈夫だという思いがあったのだ。
盤面を使った勝負で何度も勝利したという経験からか、上機嫌な様子で鼻歌を歌いながら自宅へと戻っていた時だ。
「おや」
と、思わず足を止めた。
というのも、レキシーは道の真ん中で打ち捨てられたかのように弱っている男性の姿が見えたからだ。
放っておけずにレキシーが慌てて駆け寄ると、男性は顔と体の反面から血が迸り出ていることに気が付いた。
これはいけない。レキシーは片手で男性を抱き起こし、本来であるのならば専門外であるはずだが、応急手当てを行なっていく。
男の傷は左の頬から膝まで。真っ直ぐに剣で斬られていた。レキシーは男の傷口を男が羽織っていた黒色の上着で塞ぎ、そのまま肩を貸し、慌ててクルーの家に戻っていく。
この時、クルーはレキシーと入れ違いで劇場から帰ってきた自らの家族と共に夕食を囲っており、扉を執拗に叩いていた時には不服そうな表情を見せたが、レキシーが肩を貸している男性の姿を見ると、医師としての領分を取り戻し、普段、患者たちを見るのに使っているベッドの上へとその男性をレキシーと共に運び込んだのである。
男は運び込まれてからもしばらくの間は気を失っていたが、クルーの手当てが進んでいくのと同時にその痛みのために悶絶し始めていく。
レキシーは背後から治療の過程を眺めていくにつれ、この男が只者ではないらしいということを理解し始めていた。
それは男が下げていた空っぽの鞘と、男が履いていた黒色の丈夫なブーツにある。
革のブーツなど本来であるのならば騎士や貴族といった高価な身分の人間しか履けないものであるからだ。
一体何者なのだろうか。レキシーが興味津々な様子で男を見つめていた時だ。
治療はひと段落したのか、汗まみれの顔で家族であり、同時に自分の弟子でもある一人息子のジャックを大きな声で呼び付けた。
そばかすと乱雑な赤い色の髪が目立つ青年の姿が見えたかと思うと、リチャードは横たわっている男性を目で見据えながら、
「いいか、騎士寮のウォードという家に行ってくれ。おたくのご主人……レオが倒れてしまいました、とな」
息子は了承し、慌てて玄関を飛び出す。
レキシーは息子が出ていくのと同時に、そのウォードという家について気になり、リチャードに問いかけた。
「レオはわしの知り合いさ。少し前にとある御用の筋があってね。その一件で怪我をしちまったんだが、その時に立ち会ってからは身分も年齢も違うが、友人として家族で付き合っていたんだ」
リチャードによればレオは騎士としては珍しく、他の身分の人々への偏見などが存在せずに、ただひたすらに城下町で犯罪の魔の手から人々を守るために尽力していたのだという。
本来であるのならば街の治安に携わる騎士というのはその激務の割には薄給であり、心のない騎士などは城下町の商家を訪ねていき、剣や身分にものを言わせ、商品や金を奪い取っていくものが多かったが、レオは例外であった。
人当たりも良く、子分たちも可愛がっていた他に、仕事も真面目にこなしていたので、人々からは『レオ親分』のあだ名で親しまれていた。
今では悪徳隊長としてその名を馳せたヘンダー・クリームウッズが警備隊に派遣された時もクリームウッズの方針に正面から反対し、激怒したヘンダーに謹慎を申し渡されたほど正義感にあふれた人物であった。
「……オレがレオを気に入ったのはそうした点もあったんだ。いずれ、レキシーさんにも紹介する予定だった。けど、まさか……こんな形で会うことになるなんてな……」
リチャードは残念そうな表情を浮かべながら悶え苦しむレオを見つめて言った。
この後、レオは更に苦しみ始め、とうとうリチャード一人ではレオを抑えきれなくなり、レキシーも彼の体を拘束し、治療を行う羽目になったが、看病の甲斐もなく、傷の悪化により、レオの体はますます青ざめていく。
徐々にうめき声を上げる余裕もなくなってきたのか、か細い呼吸の音を上げるばかりになっていく。
それでも、家族が到着するまでは意地で持ち堪えた。
心配そうな表情でレオを覗き込む人々に対し、レオは最後まで手を尽くそうとしていたリチャードの襟首を握り締め、必死に半身を起こしながら訴え掛けた。
「や、やられた……やられた……アンブリッジ……く、悔しい」
レオはそれだけを吐き捨てると、襟首からも手を離し、ベッドの上へと倒れ込む。
そして、そのまま二度と目を覚ますことはなかった。ジャックの伝言を聞いて、駆け付けた若い金髪の女性はベッドの上に横たわるパートナーの上に泣き伏せていく。
レキシーはその金髪の若い女性を過去の自分自身と照らし合わせていた。
本来であるはずであるならば聞き届けられるであろう訴えを貴族の権力によって退けられ、故郷へと帰還した時に全てのことに絶望して首を括っていた自身のパートナーの前で泣き伏せる自分とその女性とが重なって見えたのだ。
更に、帰る直前になって、リチャードからレオとあの女性の間には可愛らしい盛りだという幼い娘と息子がいるという話を聞かされ、ますます自分と重なって見えてしまったのだ。
居ても立っても居られなくなり、レキシーは帰宅してから、その女性が語った『アンブリッジ』という苗字に聞き覚えがないかと帰宅してからカーラに尋ねた。
元公爵令嬢であるカーラであるのならば、その苗字に聞き覚えがあるという確信していたのだ。
レキシーの予感は当たり、カーラは夕食の準備を進めながら『アンブリッジ』という人物について語っていく。
カーラによれば地方に強大な領地を抱えている大貴族であり、その規模はといえば城下町郊外にある屋敷の中に70人もの食客を抱えていられるほどであるという。
現在の当主はウィルストンという人物であり、この人物の癖が強いところは能力がそこまで高くはないというのに、先代の当主から二人の弟を差し引いて、抜擢され、領主となったところだ。
いわゆる勉強はできないが、悪知恵が働くタイプだといえる。
ウィルストンが悪知恵を用いて、弟二人を嵌め、当主の地位に就いたということは社交界においては公然の秘密であった。
子どもは三人いて、そのうちの長男と長女はこの父親の悪い部分をしっかりと引き継いでいた。
長男の名はルシウス。長女の名前はドロシーと言った。
このうち、ルシウスは社交界においてはベクターと懇意にし、ロバートとも付き合いがあった。
そればかりではなく、貴族の子息にしては喧嘩好きで、酒好きだという素行の良さという言葉とは無関係の人物であった。
ドロシーも兄に負けず劣らずだと言われるほどの評判が悪い令嬢で、カーラが貴族であった頃にはマルグリッタの取り巻きとして、カーラと幾度も対峙する仲であった。
また、社交界においては婚約者がいる令嬢に手を出し、マルグリッタの力を使うなどの行動に出て、その令嬢から婚約者を奪うという遊びを行なったり、仲良しの友人であるダフネ・ティーダーと共に人を人とも思わぬ遊びに耽るなど、お世辞にも評判の良い人物ではなかった。
このような問題児だらけの家であるにも関わらず、ネオドラビア教との決戦において爵位が剥奪されずに済んだのは、アンブリッジ家がネオドラビア教との繋がりがなかったという単純な動機に過ぎない。
そうでなければ、フィンがこのような危ない貴族を放っておくはずがないのだ。
アンブリッジ家という選民意識が服を着て歩いているような貴族たちの話が終わると、レキシーの表情からは露骨なまでの嫌悪感が滲み出ていた。
勢いよく机を叩いて、歯を軋ませながら、
「クソッタレ、貴族ってのはいつもそうだ。人の大切なものを平気で踏み躙って……」
レキシーの頭の中に過ぎるのは辛い過去の記憶。大切なパートナーと子どもたちを貴族の遊びで奪われたという事実だ。
カーラはレキシーを優しく抱き締め、一晩中、その側にいてあげた。
これは子どもを亡くした母親に対して、血の繋がらない娘が唯一してやれることであったといってもよかった。
翌朝になり、仕事に出た時もレキシーの表情はどこか沈んだものであった。
昨晩のことを思い返し、カーラは何も言うことができなかった。
こんな時に何もできない無力な自分が腹正しかった。カーラが薬の瓶を手に取り、訪れた患者に服薬の仕方を丁寧に説明していた時だ。扉の隙間からヒューゴの顔が見えた。
ヒューゴは診療所の中に入ろうとしていたが、カーラはそれを差し止め、昼休憩の時間に出直すように目配せした。
そして、いよいよその時間帯になった時にヒューゴが入ってきて、ようやく二人は対面した。
ヒューゴは診療所の中へと入り、奥の部屋でギルドマスターから預かった伝言を伝えていく。
「ギルドマスターによれば、大仕事が入ったみたいでね。それもただの仕事ではないんです。金貨百枚の大仕事で」
「金貨百枚?それはまた、大きく出ましたわね」
カーラが両眉を上げながら問い掛けた。
「えぇ、ギルドマスターによればとある筋から入った重大な依頼でして……この仕事に携わるのは腕の良い駆除人でないと無理みたいでしてね」
「まどろっこしいですわ。さっさとお名前をお教えくださいな」
カーラはどこか機嫌の悪い声で答えた。カーラの目からはどうももったいぶっていると思ったからだ。
だが、当のヒューゴからはふざけなどの類は一切感じられず、真剣かつ深刻な表情を浮かべながら答えた。
「大貴族アンブリッジ伯爵家の長男ルシウスと長女ドロシー。この二人を駆除してもらいたいんですよ」
カーラにもレキシーにも大きな衝撃が走った。二人は雷に打たれかのようにその場に黙ってヒューゴを見つめていた。
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本日は投稿時間が遅くなり誠に申し訳ありません。本日は体調が不調であったので、投稿が遅くなりました。
申し訳ありません。
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