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第四章『この私が狼の牙をへし折ってご覧にいれますわ』

総会から派遣された番犬

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カーラは意外だった。まさか、総会から派遣されたと思われる人物から声を掛けられるとは思わなかったのだ。
カーラが突然のことに困惑していたのだが、老人は構うことなく話を続けていく。

「お恥ずかしながらワシは最近喉の痛みに苦しんでおりましてな。よければ腕の良い医者をご紹介いただけますかな?」

口調は穏やかなものであったのだが、その問い掛けはどこか腹を探るようなものであった。
恐らくレキシーや自分のことも探ってきたに違いない。そう確信して自分に尋ねたのだろう。

抜け目のない老人である。カーラは警戒の目を向けたのだが、すぐに気が付かれないように目の中に柔和な笑みを浮かべて老人を見つめていく。
それこそ令嬢と呼ばれるのに相応しい優しい笑みを浮かべながら、

「そうでしたのね。でしたら、名医と称される先生の家をご紹介致しますわ。付いてきてくださいませ」

相手が偵察の番犬だということならばレキシーの姿を見せることで安心して帰ってくれるに違いない。
レキシーは表稼業は医者であり、評判は人々からは「生き神」として慕われるほどなのだ。裏稼業の方も悪人のみしか殺さないということを徹底している。それは自分やヒューゴ、ギークなどが証人となって証明できるだろう。

レキシーに限って「刺客」に落ちぶれたことはあり得ないということをこの老人に見せて安心して帰ってもらわなくてはなるまい。
カーラは先頭に立ち、老人とその共を連れて自宅へと連れて行くのだった。

カーラは自宅の扉を叩いて、家の中にいるレキシーを呼び起こした。
レキシーが頭を掻きながら扉を開けると、そこには探偵小説を買いに外へ出ていたはずの義娘と見知らぬ老人と若い男性の姿が見えた。

「どうしたんだい。カーラ?」

「実はレキシーさん、急患……でして、よろしければこの場で見ていただけなくて?」

義娘であるカーラはそう主張していたが、見たところ老人は急を要するようには見えない。
レキシーは追い返そうとしたのだが、不意にカーラはレキシーの裾を引っ張り、耳打ちした。
カーラから告げられたのは予想外の言葉であった。まさか、目の前の老人が総会から派遣された番犬だとは考えもしなかったのだ。ここは自分の実力を見せるところだろう。

レキシーは先程とは対照的に笑顔で急患だという老人を受け入れ、自宅の中で診察を行なっていく。
診察の結果としては老人の喉が少しばかり悪いということなので改善のために喉の調子を良くする薬を煎じたものを渡し、老人とその共を返したのだった。

玄関に立ってから老人を見送ると、レキシーはカーラの裾を引っ張って、先程とは反対にレキシーがカーラへと耳打ちを行う。

「本当にあれでいいのかい?」

「えぇ、恐らくあのお方の目的は私たちの偵察なので、私たちのありのままを見せればよろしいんですの」

「なるほどねぇ、しかし、総会も嫌な真似をするねぇ」

「ですが、もうこれで私たちに関しては問題ないと判断するでしょう」

カーラの言葉を聞いたレキシーは納得したように首を縦に動かす。
だが、その考えが間違いであったことに気が付いたのは翌日のことであった。

翌日は休日明けということなので、診療所には朝から人々が詰め寄っており、レキシーもカーラも仕事に追われていた。
ようやく一息を吐けたのは昼休憩の時間であった。カーラは財布を懐の中へと入れ、サンドイッチを買い、診療所に戻っていた時のことだ。
大きく手を振ったヒューゴが慌てた様子でカーラの元へと駆け寄ってきた。

「あら、ヒューゴさん。どうかなさいまして?」

カーラのどこか間の抜けたような問い掛けに対し、ヒューゴは呆れたような顔を浮かべながら、

「あら、じゃないですよ。実はあの後にマスターの酒場にあのお爺さんがきましてね」

ヒューゴは息を整えてからカーラの側に立って、並び歩いていく。
診療所へと戻ると、この後に診療所を手伝うことを約束して、サンドイッチを片手にしていた二人に向かって何があったのかを語っていく。

ヒューゴによれば、老人はレキシーの家を立ち去った後で、酒場を訪れ、ギルドマスターにルーラルランド男爵家に仕えていたウィリアム・ブルードという騎士を一人片付けて欲しいという依頼を出したのだという。
老人はギルドマスターに向かって金貨三百枚という大金の入った袋を差し出し、駆除を行う理由を語っていたらしい。

老人によれば駆除を行う理由は、その騎士が主人であるリーデルランドに反逆を試みたというのと、その際に主人であるリーデルランドを斬りつけたということ更に騎士であるにも関わらず、メイドを誘拐しようとしたということがその動機であるらしい。

リーデルランドはこの騎士の存在を恥だと考え、駆除人たちの手を借り、大金を渡すことで極秘のうちに始末することを試みたというのが本音だろう。
話を聞く限りは、この騎士が生きていてはいけないという悪党だということはわかった。
カーラとレキシーはヒューゴから金を受け取り、駆除を承諾したのだった。

話が終わったところで昼休憩の時間が終了し、ヒューゴも加えた三人で仕事を行なっていた時だ。全身を少し痛んだ包帯で巻いた偉丈夫が現れた。
唯一顔にだけは包帯が巻かれておらず、顔の半分に大きな切り傷が目立っており、その痛みが見ている人からも伝わってきている。
顔つきそのものは、髪を短く整えたなかなかの美男子のように思われたが、顔半分についた大きな切り傷がその美しさを掻き消すほどに目立っていた。

カーラがその異様な顔立ちに半ば圧倒されていた時だ。美男子はその両目でカーラを睨んで、

「何を見ている。オレは見せ物ではないぞ」

と、牽制したのだった。あまりの剣幕とどこか切羽詰まった様子にカーラは恐れ慄いた様子で後を引き下がった。
緊急の用事ではなかったのか、傷の目立つ美男子は律儀にも順番を守っていた。
そして、カーラに呼ばれることで、ようやくレキシーの診察を受けることができたのだ。

一方で目の前に引き出されたレキシーは当惑していた。一応診察は行ったものの、美男子は怪我以外の病状など一つも見えなかったからだ。
レキシーの本分は内科である。怪我の治療はできることはできるが、それでも専門の外科医には劣る。

ひとまず応急の手当てとして、カーラに命じて、薬屋から購入した傷薬を傷口に塗らせ、新しい包帯を任せてから然るべき機関の名を教えた。
これで治療は一先ず終了となったのだが、美男子はその場から動こうとしない。
あくまでもずっとレキシーを見つめていた。いや、見つめていたというよりかはじっと睨んでいたという表現の方が正しいだろう。
ただならぬ様子を見て、カーラやヒューゴが警戒の態勢を取り、集まった患者たちがヒソヒソと噂話を始めた頃だ。
美男子は深く頭を下げ、大きな声を張り上げて言った。

「オレの名前はウィリアム、ウィリアム・ブルードだ。かつてはリーデルランド男爵の下で騎士を務めていた男だ」

『ウィリアム・ブルード』という名前を聞いた三人の片眉が上がる。これは絶好の機会だという認識が三人の中で浮かび上がっていく。
ここで、ウィリアムを仕留めてしまえば依頼は遂行されたことになるだろう。

カーラは袖の中に仕込んでいる針へと無意識のうちに手を伸ばしていた。
だが、次のウィリアムの話を聞いて、カーラは思わず手を引っ込めてしまった。

「実はオレは昔からリーデルランド男爵……いいや、カレッジから凄惨な虐待を受けていたのだ。肉体的にも精神的にも悍ましいことをされて……我慢の限界が来たのだ」

それ故にウィリアムは耐えきれなくなり、ウィリアムの顔を傷付けたために郊外に聳え立つ空き家へと逃亡したのだという。
その後でカレッジからは刺客が送られてきたが、ウィリアムは得意の剛剣でカレッジからの刺客を一人残らず返り討ちにしたらしい。

だが、無一文で飛び出してきた故に金もない。そのため運良く空き家に置かれていた古びた包帯と傷薬で慣れない処置を行なって、耐え忍んでいた。
それでも限界というものは来る。巻いたはずの包帯が痒くて堪らなくなり、無意識のうちに外へと飛び出していたところ、診療所を見つけて飛び込んだのだという。

診療所という安心できる場所に入ったことでウィリアムは落ち着きを取り戻し、素直に待つことができたと語った。
カーラはその理屈に納得がいった。心理的に人というものは安心できる場所や安心できる人と出会うと気を緩ませてしまうのだ。
気を緩ませて精神と体を休ませていれば、落ち着きを取り戻すことは容易なことなのだ。

カーラは更に安心させるために診療所にある小さな台所へと向かい、ウィリアムのためにお茶を淹れた。
通常のお茶ではない。リラックスを施す性能を持つ香草の入ったハーブティー。
取っ手の付いたカップとお皿に入ったそれを受け取り、ウィリアムはようやく落ち着いた様子を見せた。

「すまない。オレは冷静ではなかったらしい。ともかくだ。私はこの場にいる諸君らに訴えたい。私は男爵カレッジ・リーデルランドによって酷い目に遭わされたのだ。奴がいかに否定しようとも、私は真実を訴え続けてやるッ!」

ウィリアムの力強い言葉に集まっていた患者たちから喝采が飛ぶ。

「いいぞ!」

「そうだッ!大貴族がなんだっていうんだッ!オレたちが証人だッ!陛下に訴えてやろうッ!」

患者たちは拍手でウィリアムを迎え入れた。ウィリアムは腕に覚えがあるということなので、然るべき外科医から医療を受けてから訴える機会を待つことになった。
意気揚々とその場を去っていくウィリアムの姿を見送りながらカーラは小さな声でヒューゴに向かって訴え掛けた。

「ねぇ、ヒューゴさん。本当に総会から派遣されたお方の情報は正しいんですの?」

「もしかしたら騙されてしまったのかな?そうでなければわざと重要な情報を隠して、マスターに依頼したとか」

ヒューゴは深刻な顔を浮かべながら言った。あり得る話だ。いかに駆除人たちの監視役を務める人間であっても、賄賂の有力に負けてしまうということは容易に考えられるのだ。

カーラは首を捻ってからヒューゴの駆除を辞退することになった。
それはレキシーも同様であったらしく、ヒューゴの元に二人から返された金貨の袋が押し付けられた。
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