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第三章『私がこの国に巣食う病原菌を排除してご覧にいれますわ!』
大貴族であろうとも罰は免れませんわ
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「諸君ッ!これまで我々の生き血を啜り、我々の血肉を喰らってきた悪しき竜は正義の剣の元に今まさに斬り伏せられたッ!」
国王フィンの言葉に会場に集まった貴族たちが歓声を浴びせていく。
フィンは歓声に包まれながら拳を振り上げて、演説を続けるのだった。
「祝おうッ!親愛なる友たちよッ!悪しき竜がこの世から消え去ったことに感謝してッ!乾杯ッ!」
フィンの号令と同時に会場に集まった貴族たちが杯を掲げて、同時に「乾杯」と叫んでいく。
その中にハンセン公爵家とプラフティー公爵家の面々が含まれていたのはいうまでもない。エミリーを除く両家の代表たちは表向きは祝杯を上げながらもどこか浮かない顔をして会場を見つめていた。
フィンはハンセン公爵家の代表として参加したロバートとプラフティー公爵家の代表として参加したイメルダの両名を見据えながら最初の生贄にしようと考えていたが、証拠がない上に両名はフォークの遠征中から駆除人を探し出すのだと息巻いて、私兵をウロウロとさせていた。その姿を見たとしても表向きは巷を騒がせる駆除人なる刺客たちを見つけ出すという善業であるからフィンとしてもその行動を黙認せざるを得なかった。
ネオドラビア教総本山で息のかかった貴族たちの名前を記した帳面でも見つかれば幸いであったのだが、イノケンティウスはそうした帳面は用意していなかったらしい。なんとも惜しまれる話だ。
しかし、何はともあれ、あの巨大なネオドラビア教を壊滅させ、司教などの幹部たちをほとんど討ち取るか、もしくは拿捕して連れてくるということが可能だったのは幸いした。
もちろん、司教たちに重罪は免れまい。最低でも永遠に地下牢へと閉じ込められはするだろう。
死罪は司教たちがそれ程までの悪行を犯していない事とそれをきっかけに新たな信仰が芽生えては困るという理由からフィンは執り行うつもりはなかった。
本来死罪にしなくてはならないネオドラビア教の教皇イノケンティウス・ビグラフトは害虫駆除人の手によって既にこの世にはいないし、仕方がないだろう。一体、誰があの厄介な男を駆除してくれたのだろうか。
フィンは自分に代わって死刑を取り行ってくれた駆除人にお礼を言っても言い尽くせないような気がした。
フィンがグラスを片手に名も知らぬ駆除人に感謝の念を送っていると、不意にエミリーが目の前からその姿を現した。
「陛下、何をしておられるのですか?」
「エミリー嬢か、いいや、なんでもない」
フィンはそう言って誤魔化したが、エミリーはなかなか鋭いところがあるようで、フィンの嘘を見抜いていたらしい。
「いいえ、私の目は誤魔化されませんわ。何か難しいことを考えておられたのでしょう」
「普段ならばともかく、今この場においてそんな大層なことは考えていないさ。キミの考え過ぎだ」
「そんなッ!陛下、私になんでも打ち明けてくださいな!」
「生憎だが、キミに打ち明けることなんてないさ」
フィンは柔らかに拒絶したが、エミリーは尚もしつこく食い下がってきた。
「嘘ですわ。陛下は私を巻き込みたくないために嘘を吐いておられるのですわ」
「そんなことがあるわけないだろう」
フィンはあくまでも穏やかな口調で否定したが、エミリーは下がらない。
「いいえ、私にはわかるんです。陛下が悩んでいる理由……それは婚約者でしょう?」
フィンはエミリーという令嬢は勘こそ鋭いものの、その他の面では鈍感なのだということを理解した。
そのため、別の話題を提示すればエミリーの気を紛らわせることができると考えた。
「エミリー嬢、今日のドレスは素敵だな。特に胸元に飾ってある花が魅力的だ。どこで買ったのだ?」
「流石は陛下ッ!お目が高いですわッ!これは私の従姉妹で、カーラという娘が作ったドレスですの」
『カーラ』という言葉にフィンは思わずその思考を停止させられた。
思えば国王になってから愛しのカーラと出会えたのはわずか一回だ。
しかも、あの時に大臣の怒りを買い、カーラはまだ宮廷に出ることが叶わない。
レキシーもそうだ。フィンが会いたくても大臣がそれを拒否してしまう。
フィンが思わずカーラとの思い出に浸っていた時だ。
「陛下、どうかなさいましたの?」
と、エミリーが心配そうな表情で覗き込んでいたのである。
ここで、またエミリーに妙なことを勘付かれては面倒だ。フィンは慌てて笑顔を取り繕い、エミリーのドレスやら宝石やらを褒めちぎったのだった。
その後に勘付かれないようにエミリーと雑談を交わし、談笑していく。
結果として周りからは自分がエミリーに気があるのだと思われてしまったが、これはやむを得ない処置であるので、後で説明しておくしかあるまい。
お陰でせっかくの祝勝会だというのにフィンの表情は暗かった。
ロバートが暗い表情を浮かべる一方で、自分には気がないと思っていた御伽噺に出てくるような理想の国王が自分に対して親しげに話し掛けてくれたという事実でエミリーは舞い上がっていた。
人が臨終する際には天使がその体を掴んであの世に連れて行ってくれるという話を聞いたことがあるが、エミリーはまさしくその時の心境に至っていたのだ。
浮かない顔をする兄や叔母とは異なり、エミリーは純粋な笑みを浮かべていた。
翌日も何やら慌ただしくしている家族や家の人間をよそにエミリーは一人部屋でドレスの試着会に励んでいた。
エミリーの中でエミリーはフィンの横で腕を組み、婚姻の時に着用する高価なドレスに身を包み、家族たちから祝福を受けて王妃となるのだ。
なんてめでたい光景であろうか。エミリーはその日満足な様子で眠りに就いた。
妹が寝心地の良いベッドに寝そべり、素晴らしい夢を見ている横で、多忙のために兄のロバートは眠れていなかった。ネオドラビア教の総本山に自分たちの名前が記されたリストがなかったとはいえ、決定的な証拠が見つかるのは想像に難くない。
そして、自分たちとネオドラビア教との繋がりが明らかになれば「知らぬ存ぜぬ」は通用しなくなる。
大貴族であろうとも処罰は免れない。爵位の剥奪。牢屋への幽閉。平民が受けるような絞首刑。ロバートの脳裏によぎるのはマイナスの言葉ばかりである。
それらの刑罰を回避するためにロバートは机の上に座りながら、紙の上にペンを走らせていた。
それは国王フィンを殺すための計画書。フィンに死を宣告し、自分たちが助かるための起死回生の一手。
国王暗殺の件が露呈すれば、それこそ上記以上の刑罰が与えられる可能性は高いが、ロバートはもはや破れかぶれであったといってもいい。焦りがロバートを追い詰めたのだ。
休む暇もなくペンを走らせていると、扉を叩く音が聞こえた。扉の向こうから返ってきたのは従者であるクイントンの声だった。
「失礼致します。ロバート様、お疲れのようですので、お茶をお持ちいたしました」
「お茶だと?まぁ、いい。もってこい」
ロバートが入室を許可すると、お茶を持ったクイントンと見慣れないエプロンドレスを着た女性の姿が見えた。
「おい、クイントン、なんだその女は?」
ロバートは自分に向かって深く頭を下げているメイドを指差しながら興味深そうに問い掛けた。
「はい、ロバート様、このお方は街でも評判のお方でしてね。旦那様が気に入り、新たに召し抱えたのですが、その前にロバート様に挨拶をと命じられまして……」
「オレに?」
ロバートは舌舐めずりをしながら頭を下げるメイドの前へと近付いていく。
緊張のためか頭を下げ続けるメイドに向かって、ロバートは尊大な口調で、
「苦しゅうない。表を上げよ」
と、命じたのだった。
命じられたメイドが顔を上げると、それはかつて屋敷を訪れた中年の医者、レキシーだったのだ。
「き、貴様は?」
「『ここで会ったが百年目』って言葉をカーラの代わりに言っておいてやるよ」
レキシーはそう言って、ロバートのみぞおちに強烈な一撃を喰らわせたのだった。気を失い、地面の上へと倒れていくロバートを寸前のところで抱き抱え、二人でベッドのシーツにロバートを包んでいく。
クイントンはシーツにロバートを包みながら、恐る恐るという調子でレキシーに問い掛けた。
「で、ロバート様をどうなさるおつもりですか?」
「『血吸い姫』……カーラの裁きに賭けるのさ。ロバート卿はお痛が過ぎたからねぇ」
レキシーは不適な笑みを浮かべながら言った。クイントンはレキシーと共にロバートを運びながら駆除人になったことを少し後悔し始めていた。
二人はシーツに包んだロバートをいつもの山へと運んでいくのだった。
そして、レキシーがロバートを拉致し、山へと運び出している頃にカーラはクイントンが用意したエプロンドレスを身に付け、メイドに扮して屋敷の中を歩き回っていた。
それは今回の駆除の標的であるハンセン公爵夫妻の部屋へと向かうためである。
かつて見知った親戚の屋敷である。道に迷うことはなかった。
寝室の中心部に置かれた巨大なベッドで公爵夫妻は明日の激務に備えて、体を休めていた。
ベッドの右端に公爵が寝そべり、左端に公爵夫人が寝そべっている。
ハンセン公爵の大きな寝音がカーラの耳をつんざく。耳障りな音であったが、カーラは辛抱強く我慢し、侵入時にクイントンから聞いた通り、ベッドの横に水差しが置いてあることを確認し、あらかじめ用意し、懐に隠していた半紙を取り出す。
カーラは半紙を唇に咥えてから、袖の下に隠していた針をとって、手に持った。
カーラは空いた手で半紙を水差しの中へと浸け、それをベッドの右端に寝ているハンセン公爵の顔の上へと被せた。
そして、公爵が息苦しさに目を覚ますよりも前に手に構えた針を心臓へと突き刺した。即死だった。呻めき声を上げる暇もなかったに違いない。
針を抜いたカーラは続いて、何も知らずに隣で寝ている公爵夫人に対して同じように半紙を顔に被せ、同じように心臓を突き刺したのだった。
カーラはハンセン公爵夫妻の息が絶えたのを確認し、そのまま部屋を後にした。
今思い返せば公爵令嬢であった時代に今自分が手を下した公爵夫妻に虐められたものだ。あの時の恨みというわけではないが、今回の駆除の標的に公爵夫妻が入っていたのはありがたかった。
やはり、ロバートの主導であったとしても駆除人ギルドとしてはハンセン公爵家の悪行を許しておけなかったということだろう。
いや、そうでなくても、公爵夫妻は夕食の席で息子と同様にネオドラビア教となんの躊躇いもなく手を結んでいたし、領地においては罪のない領民を虐げていたと自慢ていた。両親はその話を喜んで聞いていたが、自分と祖父はその話に眉を顰めていたことを今でも思い出せる。
公爵夫妻や両親は自分のことを散々『人面獣心』と称して煽っていたが、自分たちと彼ら彼女らのどちらが『人面獣心』なのだろう。
カーラはそんなことを考えながら、レキシーとの合流地点である山へと向かう。
ロバートに対してどのような処罰を与えよう。カーラはその思いだけで胸がいっぱいだった。
国王フィンの言葉に会場に集まった貴族たちが歓声を浴びせていく。
フィンは歓声に包まれながら拳を振り上げて、演説を続けるのだった。
「祝おうッ!親愛なる友たちよッ!悪しき竜がこの世から消え去ったことに感謝してッ!乾杯ッ!」
フィンの号令と同時に会場に集まった貴族たちが杯を掲げて、同時に「乾杯」と叫んでいく。
その中にハンセン公爵家とプラフティー公爵家の面々が含まれていたのはいうまでもない。エミリーを除く両家の代表たちは表向きは祝杯を上げながらもどこか浮かない顔をして会場を見つめていた。
フィンはハンセン公爵家の代表として参加したロバートとプラフティー公爵家の代表として参加したイメルダの両名を見据えながら最初の生贄にしようと考えていたが、証拠がない上に両名はフォークの遠征中から駆除人を探し出すのだと息巻いて、私兵をウロウロとさせていた。その姿を見たとしても表向きは巷を騒がせる駆除人なる刺客たちを見つけ出すという善業であるからフィンとしてもその行動を黙認せざるを得なかった。
ネオドラビア教総本山で息のかかった貴族たちの名前を記した帳面でも見つかれば幸いであったのだが、イノケンティウスはそうした帳面は用意していなかったらしい。なんとも惜しまれる話だ。
しかし、何はともあれ、あの巨大なネオドラビア教を壊滅させ、司教などの幹部たちをほとんど討ち取るか、もしくは拿捕して連れてくるということが可能だったのは幸いした。
もちろん、司教たちに重罪は免れまい。最低でも永遠に地下牢へと閉じ込められはするだろう。
死罪は司教たちがそれ程までの悪行を犯していない事とそれをきっかけに新たな信仰が芽生えては困るという理由からフィンは執り行うつもりはなかった。
本来死罪にしなくてはならないネオドラビア教の教皇イノケンティウス・ビグラフトは害虫駆除人の手によって既にこの世にはいないし、仕方がないだろう。一体、誰があの厄介な男を駆除してくれたのだろうか。
フィンは自分に代わって死刑を取り行ってくれた駆除人にお礼を言っても言い尽くせないような気がした。
フィンがグラスを片手に名も知らぬ駆除人に感謝の念を送っていると、不意にエミリーが目の前からその姿を現した。
「陛下、何をしておられるのですか?」
「エミリー嬢か、いいや、なんでもない」
フィンはそう言って誤魔化したが、エミリーはなかなか鋭いところがあるようで、フィンの嘘を見抜いていたらしい。
「いいえ、私の目は誤魔化されませんわ。何か難しいことを考えておられたのでしょう」
「普段ならばともかく、今この場においてそんな大層なことは考えていないさ。キミの考え過ぎだ」
「そんなッ!陛下、私になんでも打ち明けてくださいな!」
「生憎だが、キミに打ち明けることなんてないさ」
フィンは柔らかに拒絶したが、エミリーは尚もしつこく食い下がってきた。
「嘘ですわ。陛下は私を巻き込みたくないために嘘を吐いておられるのですわ」
「そんなことがあるわけないだろう」
フィンはあくまでも穏やかな口調で否定したが、エミリーは下がらない。
「いいえ、私にはわかるんです。陛下が悩んでいる理由……それは婚約者でしょう?」
フィンはエミリーという令嬢は勘こそ鋭いものの、その他の面では鈍感なのだということを理解した。
そのため、別の話題を提示すればエミリーの気を紛らわせることができると考えた。
「エミリー嬢、今日のドレスは素敵だな。特に胸元に飾ってある花が魅力的だ。どこで買ったのだ?」
「流石は陛下ッ!お目が高いですわッ!これは私の従姉妹で、カーラという娘が作ったドレスですの」
『カーラ』という言葉にフィンは思わずその思考を停止させられた。
思えば国王になってから愛しのカーラと出会えたのはわずか一回だ。
しかも、あの時に大臣の怒りを買い、カーラはまだ宮廷に出ることが叶わない。
レキシーもそうだ。フィンが会いたくても大臣がそれを拒否してしまう。
フィンが思わずカーラとの思い出に浸っていた時だ。
「陛下、どうかなさいましたの?」
と、エミリーが心配そうな表情で覗き込んでいたのである。
ここで、またエミリーに妙なことを勘付かれては面倒だ。フィンは慌てて笑顔を取り繕い、エミリーのドレスやら宝石やらを褒めちぎったのだった。
その後に勘付かれないようにエミリーと雑談を交わし、談笑していく。
結果として周りからは自分がエミリーに気があるのだと思われてしまったが、これはやむを得ない処置であるので、後で説明しておくしかあるまい。
お陰でせっかくの祝勝会だというのにフィンの表情は暗かった。
ロバートが暗い表情を浮かべる一方で、自分には気がないと思っていた御伽噺に出てくるような理想の国王が自分に対して親しげに話し掛けてくれたという事実でエミリーは舞い上がっていた。
人が臨終する際には天使がその体を掴んであの世に連れて行ってくれるという話を聞いたことがあるが、エミリーはまさしくその時の心境に至っていたのだ。
浮かない顔をする兄や叔母とは異なり、エミリーは純粋な笑みを浮かべていた。
翌日も何やら慌ただしくしている家族や家の人間をよそにエミリーは一人部屋でドレスの試着会に励んでいた。
エミリーの中でエミリーはフィンの横で腕を組み、婚姻の時に着用する高価なドレスに身を包み、家族たちから祝福を受けて王妃となるのだ。
なんてめでたい光景であろうか。エミリーはその日満足な様子で眠りに就いた。
妹が寝心地の良いベッドに寝そべり、素晴らしい夢を見ている横で、多忙のために兄のロバートは眠れていなかった。ネオドラビア教の総本山に自分たちの名前が記されたリストがなかったとはいえ、決定的な証拠が見つかるのは想像に難くない。
そして、自分たちとネオドラビア教との繋がりが明らかになれば「知らぬ存ぜぬ」は通用しなくなる。
大貴族であろうとも処罰は免れない。爵位の剥奪。牢屋への幽閉。平民が受けるような絞首刑。ロバートの脳裏によぎるのはマイナスの言葉ばかりである。
それらの刑罰を回避するためにロバートは机の上に座りながら、紙の上にペンを走らせていた。
それは国王フィンを殺すための計画書。フィンに死を宣告し、自分たちが助かるための起死回生の一手。
国王暗殺の件が露呈すれば、それこそ上記以上の刑罰が与えられる可能性は高いが、ロバートはもはや破れかぶれであったといってもいい。焦りがロバートを追い詰めたのだ。
休む暇もなくペンを走らせていると、扉を叩く音が聞こえた。扉の向こうから返ってきたのは従者であるクイントンの声だった。
「失礼致します。ロバート様、お疲れのようですので、お茶をお持ちいたしました」
「お茶だと?まぁ、いい。もってこい」
ロバートが入室を許可すると、お茶を持ったクイントンと見慣れないエプロンドレスを着た女性の姿が見えた。
「おい、クイントン、なんだその女は?」
ロバートは自分に向かって深く頭を下げているメイドを指差しながら興味深そうに問い掛けた。
「はい、ロバート様、このお方は街でも評判のお方でしてね。旦那様が気に入り、新たに召し抱えたのですが、その前にロバート様に挨拶をと命じられまして……」
「オレに?」
ロバートは舌舐めずりをしながら頭を下げるメイドの前へと近付いていく。
緊張のためか頭を下げ続けるメイドに向かって、ロバートは尊大な口調で、
「苦しゅうない。表を上げよ」
と、命じたのだった。
命じられたメイドが顔を上げると、それはかつて屋敷を訪れた中年の医者、レキシーだったのだ。
「き、貴様は?」
「『ここで会ったが百年目』って言葉をカーラの代わりに言っておいてやるよ」
レキシーはそう言って、ロバートのみぞおちに強烈な一撃を喰らわせたのだった。気を失い、地面の上へと倒れていくロバートを寸前のところで抱き抱え、二人でベッドのシーツにロバートを包んでいく。
クイントンはシーツにロバートを包みながら、恐る恐るという調子でレキシーに問い掛けた。
「で、ロバート様をどうなさるおつもりですか?」
「『血吸い姫』……カーラの裁きに賭けるのさ。ロバート卿はお痛が過ぎたからねぇ」
レキシーは不適な笑みを浮かべながら言った。クイントンはレキシーと共にロバートを運びながら駆除人になったことを少し後悔し始めていた。
二人はシーツに包んだロバートをいつもの山へと運んでいくのだった。
そして、レキシーがロバートを拉致し、山へと運び出している頃にカーラはクイントンが用意したエプロンドレスを身に付け、メイドに扮して屋敷の中を歩き回っていた。
それは今回の駆除の標的であるハンセン公爵夫妻の部屋へと向かうためである。
かつて見知った親戚の屋敷である。道に迷うことはなかった。
寝室の中心部に置かれた巨大なベッドで公爵夫妻は明日の激務に備えて、体を休めていた。
ベッドの右端に公爵が寝そべり、左端に公爵夫人が寝そべっている。
ハンセン公爵の大きな寝音がカーラの耳をつんざく。耳障りな音であったが、カーラは辛抱強く我慢し、侵入時にクイントンから聞いた通り、ベッドの横に水差しが置いてあることを確認し、あらかじめ用意し、懐に隠していた半紙を取り出す。
カーラは半紙を唇に咥えてから、袖の下に隠していた針をとって、手に持った。
カーラは空いた手で半紙を水差しの中へと浸け、それをベッドの右端に寝ているハンセン公爵の顔の上へと被せた。
そして、公爵が息苦しさに目を覚ますよりも前に手に構えた針を心臓へと突き刺した。即死だった。呻めき声を上げる暇もなかったに違いない。
針を抜いたカーラは続いて、何も知らずに隣で寝ている公爵夫人に対して同じように半紙を顔に被せ、同じように心臓を突き刺したのだった。
カーラはハンセン公爵夫妻の息が絶えたのを確認し、そのまま部屋を後にした。
今思い返せば公爵令嬢であった時代に今自分が手を下した公爵夫妻に虐められたものだ。あの時の恨みというわけではないが、今回の駆除の標的に公爵夫妻が入っていたのはありがたかった。
やはり、ロバートの主導であったとしても駆除人ギルドとしてはハンセン公爵家の悪行を許しておけなかったということだろう。
いや、そうでなくても、公爵夫妻は夕食の席で息子と同様にネオドラビア教となんの躊躇いもなく手を結んでいたし、領地においては罪のない領民を虐げていたと自慢ていた。両親はその話を喜んで聞いていたが、自分と祖父はその話に眉を顰めていたことを今でも思い出せる。
公爵夫妻や両親は自分のことを散々『人面獣心』と称して煽っていたが、自分たちと彼ら彼女らのどちらが『人面獣心』なのだろう。
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