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第三章『私がこの国に巣食う病原菌を排除してご覧にいれますわ!』
哀れなエミリーへと捧げる話
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「本日、私があなたの元を訪れたのはドレスを手に入れるためなの」
「ドレス?と仰られますと?」
二人は近所にある茶店を使って話を行わされていた。レキシーには診察の邪魔だからと追い出されてしまったからである。自分が招いたわけではないので、どこか理不尽に感じてしまったのはいうまでもあるまい。
だが、困っている従姉妹の頼みである。ここは一肌を脱ぐしかあるまい。
カーラはお茶を啜ってから自身の向かい側に座るエミリーに対してどのようなドレスが欲しいのかを問い掛ける。
真剣な目を浮かべるカーラの表情を見て、エミリーは子どものように目を輝かせながらカーラに対して注文を投げ掛けたのだった。
エミリーの提示するドレスの条件はなかなかに厳しいものであった。特に胸元に大きな赤い薔薇を飾ったドレスなど相当な時間が掛からなければ作成することができないだろう。
だが、根っからの令嬢であるエミリーはそんなお針子の事情など知る由がない。三日という僅かな時間でドレスを縫うように指示を出したのだった。
エミリーの提示した条件を聞いてカーラも流石に抗議の声を上げた。
「む、無茶苦茶ですわ!エミリー様の仰られるドレス造りの条件は予想以上に困難を極めてーー」
「そこをなんとか頼むのよ。ねっ、いいでしょ?私は三日後に開かれる王宮の祝勝記念会で陛下のご寵愛をいただきたいのよ」
「祝勝?といいますと、ネオドラビア教の総本山は壊滅なさいましたの?」
「そうなのよ。とうとう壊滅の報告が入ったの。恐れ多くも貴族に取り入り、悍ましい悪竜を神に仕立て上げる宗教はもうこの世に存在しないのよ」
エミリーは嬉々とした表情でネオドラビア教の撲滅を語ったのだった。彼女の実家であるハンセン公爵家はネオドラビア教と密接な関係にあるはずだというのにも関わらず、彼女は心底から嬉しいと言わんばかりの表情で手を叩いて喜ぶ姿を見せていたのである。
その姿を見てカーラは少し哀れに思えた。彼女は公爵家の令嬢であるにも関わらず、公爵家に関する秘密は何も知らされていないのだ。なんとも哀れなものである。
カーラが溜息を吐きながらエミリーを見つめていると、エミリーが両眉をかしげながら眉を下げた様子でカーラの顔を見つめていた。
「あら、どうかしたの?カーラ?」
「いいえ、なんでもありませんわ」
カーラはエミリーが我儘で貴族特有の選民意識のようなものに固まっていることは知っているが、同時に自分たちの手で駆除しなければならないような悪人であるのかと悩み始めてきた。
つまるところ、生かしておいても良いのではないか……という思いが湧き上がってきたのだった。
最初にドレスの話を聞いた時、カーラはエミリーへの手向けとなる死装束としてドレスを縫ってあげるつもりでいたが、こうなってしまってはただ一人残されるエミリーに対する同情としてドレスを贈ってあげるのもいいかもしれない。
流石に自分一人のみで三日という短時間で縫うのは無理があるが、納品先である服飾店の店主に頼めばお針子の一人くらいは貸してもらえるかもしれない。
そこまで考えたところで、ようやくカーラは首を縦に動かした。
エミリーはそれ聞いて付いてきた侍女に喜びを打ち明けたのだった。
カーラが何気なしに侍女を見つめていると、どこかその表情に翳りが見えていることに気が付いた。まるで、何日間もどこかに繋がれていてようやく出してもらえたばかりのどこか疲れ切った表情を浮かべていたのだ。
カーラがその哀れな風貌の侍女をよく見ていくと、自分やエドガーをかつて屋敷に案内したセレーナというメイドであることに気が付く。前に会った時よりも痩せこけて見えていたから同一人物だと判定するまでに相当の時間を費やしてしまったことを悔いた。
気が付けば安否を気にするような言葉を口に出していたのだ。
「ねぇ、セレーナさん。お加減が少し優れないようですけれども、よろしければ私が診察して差し上げましょうか?これでもレキシーさんから手ほどきを受けたり、医学の本を読んで、それを反復したりしてレキシーさんを支えるくらいの看護はできますのよ」
カーラはいつも患者を安心させる時に用いる優しい笑顔を浮かべながら言った。
患者たちからも好評の笑顔だ。老若男女を問わず、カーラの夕焼けの光のように眩しい笑顔に惹かれているのだ。
しかし、それでも例外というものはいるらしく、
「……いいえ、これくらいなんともありませんので大丈夫です」
と、セレーナは両目を大きく見開いて、ハッキリとした声でカーラを拒絶したのだった。
しかし、カーラは承知せずにセレーナの手を掴んで、引き留め、診察を申し出たのだった。
「けっ、結構です!」
それでもセレーナはうんとは言わない。青い顔をして、必死にカーラの手を振り解く。
「セレーナッ!せっかくカーラがあなたを心配してくださっているのよ!診察だけでも受けたらどうなのよ」
セレーナは尚も拒否しようとしたが、主人であるエミリーの言葉には逆らえなかったのだろう。大人しく項垂れた後にカーラに手を引かれ、診療所へと連れて行かれる。
診療所の中を少し間取りし、レキシーたちに迷惑をかけない場所を陣取り、カーラはこれまでレキシーの手伝いで培って来た看護師としての腕を用いて、診察を行なっていく。セレーナがやつれた表情を見せていたのは疲労もあるのだろうが、それ以上に栄養失調の疑いが見受けられた。
体全体がひどく痩せていたのがその証拠である。ひどいものではあばら骨さえ見えていた。
カーラがひどく真剣な顔を浮かべていると、セレーナがエミリーが診療所の探索に夢中になっている隙にカーラに向かって密かに耳打ちを行う。
「あなたたちを連れてきた責任を取らされたんです。妹を怖い目に遭わせた罰として、ロバート卿に地下牢へと閉じ込められましてね」
『ロバート卿』という単語に引っ掛かった。どうやらセレーナを監禁したのはエミリーではないらしい。カーラは真剣な顔を浮かべたまま話を続けるように諭したのだった。
「……それからの生活は酷いものでしたわ。語りたくもないほどにね……」
セレーナはカーラから顔を背けた。セレーナが陽の光も差さないような地下牢の中でどのような仕打ちを受けたのかは想像に容易い。痩せこけた体と体から浮き出るあばら骨がその証拠だろう。
外に出てからは侍女としての対面もあり、まともな食事を摂らせて貰っていたり、少なくとも地下牢のベッドよりも断然質の良いベッドで眠らせてもらってはいるはずだ。カーラはそう問いかけたのだが、セレーナは黙って首を横に振る。
「いいえ、最近は寝ようと思っても、寝られないし、食欲も出ませんの。食べようとしても体が受け付けなくて」
そのために体力というものが完全には回復しきっていないらしい。
食欲も睡眠欲もなく、やつれきったままエミリーの侍女という仕事を務めるセレーナがカーラにはひどく哀れに思えたのだった。
カーラはそこの場所から立ち上がると、患者の診察やらエミリーのお守りにやらに追われているレキシーを呼び止めて、耳打ちを行う。
レキシーはカーラの言葉を聞くと両眉を大きく上げ、拳を震わせながら言った。
「ちくしょう。貴族ってのはいつもそうだ……テメェの都合で庶民を玩具みたいに……」
「レキシーさん、落ち着いてくださいな。それよりも決行の日は今日から四日後でしたわよね?」
カーラの問い掛けを聞いてレキシーは黙って首を縦に動かす。
その後で、レキシーは意味深な笑みを浮かべて問い掛ける。
「ねぇ、あんた……こいつを聞くのは野暮ってもんかもしれないけどさ。元凶のロバートは針で一突き……だなんて楽な処置はしないだろ?」
「えぇ、ロバート卿には『血吸い姫』の本領というものを見せて差し上げますわ」
カーラはクスクスと笑う。かつてはセレーナに対して思うこともあったのだが、両者ともにセレーナの傷のことを思うと怒りよりも哀れみの方が勝ったらしい。
二人はもう一度お互いに笑った後でそれぞれの業務へと戻っていく。
エミリーは診療の合間合間にレキシーを捕まえて、なんでもないことを話し掛けたり、棚の中に飾られている薬の効用を尋ねたりと有意義な時間を過ごしていたらしい。
一方で、カーラはセレーナの診察を続け、セレーナに対して必要な薬を頭の中で導き出し、レキシーに薬の所在を尋ねると、レキシーは無言で体の調子を整える薬と食欲を増強させる薬を棚から用意したのだった。
「とにかく、体の調子を整え、夜はゆっくりと眠ることだね。それから食事もしっかりと摂ること、いいね?」
「はい」
レキシーから薬を受け取ったセレーナは小さな声で礼を述べるとそのまま頭を下げて馬車で立ち去ろうとするエミリーの後を追い掛けていく。
ゴトゴトという音を立てて診療所の前を立ち去っていく馬車を見つめながらカーラはレキシーの耳元に近付いて言った。
「四日後に公爵家を追い出されてアテのなくなるセレーナさんの新しい奉公先を見つけて差し上げなくてはなりませんわ」
「だねぇ、どうする?またあんたの馴染みの菓子店に頼むかい?」
「……そろそろ限界が来そうですわ。まぁ、それはまたおいおい考えることに致しましょう」
「そうすることにしようか、それよりも、あのエミリーっていう頭のめでたい令嬢にドレス作ってあげるんだって?」
「えぇ、エミリー様が三日後にドレスをご所望だということでしたので、私と誰か適当なお針子を見繕って、三日後までにドレスを縫って差し上げますの」
「死装束って奴かい?」
レキシーが口元に微笑を浮かべながら問い掛ける。
「いいえ、これから貴族の地位を失い、路頭に迷うことになるエミリー様へのせめてもの手向けとして縫わせていただきますの。あぁ、お可哀想なエミリー様、貴族としての地位を失ったあのお方はどのように生きるのかしら」
カーラはまるで、物語に登場する悪女が聖女を嵌めるかのような氷のように冷たい薄ら笑いを浮かべながら言っていた。
カーラ本心から同情しているつもりであったが、その反面、マルグリッタが存命した頃にエミリーからでひどく虐められた経験があるからか、エミリーを蔑む気持ちがあるのも本音なのだろう。
カーラは昨日レキシーを魔女に例えていたが、カーラ自身も側から見れば悪女という印象を受けてしまう。
悪女と魔女。文字だけに起こすのならばどちらもあまり関わりたくないような存在だ。
少し幻想的に書き記すことが許されるのならば、こう喩えさせてもらおう。
ハンセン公爵家は初めから恐ろしい女性たちに睨まれていたために断絶の憂き目に遭い、一家の中でもっとも可愛がられていたエミリーが地位や財産、家を失って路頭に迷う羽目になってしまったのだ、と。
もし、こうした事情を後世の人が知れば、この件を魔女の親子が引き起こした呪いだと書き換えて、御伽噺の中へと潜り込まれてしまうだろう。
そうなった場合、御伽噺の中でカーラとレキシー。この二人の名前は人の生き血を啜る魔女の親子として有名になるだろう。
だが、幸いなことに今のところはその心配をする必要はない。
今現在二人が心配しなくてはならないのは残った患者の診察である。
カーラにのみエミリーに差し出すドレスを縫う仕事があるが、これに関してはカーラが自ら選んだ道であるので、自業自得だというべきだろう。
カーラは大変な仕事を引き受けてしまったと、苦笑しながら残った診察の仕事を続けていくのだった。
「ドレス?と仰られますと?」
二人は近所にある茶店を使って話を行わされていた。レキシーには診察の邪魔だからと追い出されてしまったからである。自分が招いたわけではないので、どこか理不尽に感じてしまったのはいうまでもあるまい。
だが、困っている従姉妹の頼みである。ここは一肌を脱ぐしかあるまい。
カーラはお茶を啜ってから自身の向かい側に座るエミリーに対してどのようなドレスが欲しいのかを問い掛ける。
真剣な目を浮かべるカーラの表情を見て、エミリーは子どものように目を輝かせながらカーラに対して注文を投げ掛けたのだった。
エミリーの提示するドレスの条件はなかなかに厳しいものであった。特に胸元に大きな赤い薔薇を飾ったドレスなど相当な時間が掛からなければ作成することができないだろう。
だが、根っからの令嬢であるエミリーはそんなお針子の事情など知る由がない。三日という僅かな時間でドレスを縫うように指示を出したのだった。
エミリーの提示した条件を聞いてカーラも流石に抗議の声を上げた。
「む、無茶苦茶ですわ!エミリー様の仰られるドレス造りの条件は予想以上に困難を極めてーー」
「そこをなんとか頼むのよ。ねっ、いいでしょ?私は三日後に開かれる王宮の祝勝記念会で陛下のご寵愛をいただきたいのよ」
「祝勝?といいますと、ネオドラビア教の総本山は壊滅なさいましたの?」
「そうなのよ。とうとう壊滅の報告が入ったの。恐れ多くも貴族に取り入り、悍ましい悪竜を神に仕立て上げる宗教はもうこの世に存在しないのよ」
エミリーは嬉々とした表情でネオドラビア教の撲滅を語ったのだった。彼女の実家であるハンセン公爵家はネオドラビア教と密接な関係にあるはずだというのにも関わらず、彼女は心底から嬉しいと言わんばかりの表情で手を叩いて喜ぶ姿を見せていたのである。
その姿を見てカーラは少し哀れに思えた。彼女は公爵家の令嬢であるにも関わらず、公爵家に関する秘密は何も知らされていないのだ。なんとも哀れなものである。
カーラが溜息を吐きながらエミリーを見つめていると、エミリーが両眉をかしげながら眉を下げた様子でカーラの顔を見つめていた。
「あら、どうかしたの?カーラ?」
「いいえ、なんでもありませんわ」
カーラはエミリーが我儘で貴族特有の選民意識のようなものに固まっていることは知っているが、同時に自分たちの手で駆除しなければならないような悪人であるのかと悩み始めてきた。
つまるところ、生かしておいても良いのではないか……という思いが湧き上がってきたのだった。
最初にドレスの話を聞いた時、カーラはエミリーへの手向けとなる死装束としてドレスを縫ってあげるつもりでいたが、こうなってしまってはただ一人残されるエミリーに対する同情としてドレスを贈ってあげるのもいいかもしれない。
流石に自分一人のみで三日という短時間で縫うのは無理があるが、納品先である服飾店の店主に頼めばお針子の一人くらいは貸してもらえるかもしれない。
そこまで考えたところで、ようやくカーラは首を縦に動かした。
エミリーはそれ聞いて付いてきた侍女に喜びを打ち明けたのだった。
カーラが何気なしに侍女を見つめていると、どこかその表情に翳りが見えていることに気が付いた。まるで、何日間もどこかに繋がれていてようやく出してもらえたばかりのどこか疲れ切った表情を浮かべていたのだ。
カーラがその哀れな風貌の侍女をよく見ていくと、自分やエドガーをかつて屋敷に案内したセレーナというメイドであることに気が付く。前に会った時よりも痩せこけて見えていたから同一人物だと判定するまでに相当の時間を費やしてしまったことを悔いた。
気が付けば安否を気にするような言葉を口に出していたのだ。
「ねぇ、セレーナさん。お加減が少し優れないようですけれども、よろしければ私が診察して差し上げましょうか?これでもレキシーさんから手ほどきを受けたり、医学の本を読んで、それを反復したりしてレキシーさんを支えるくらいの看護はできますのよ」
カーラはいつも患者を安心させる時に用いる優しい笑顔を浮かべながら言った。
患者たちからも好評の笑顔だ。老若男女を問わず、カーラの夕焼けの光のように眩しい笑顔に惹かれているのだ。
しかし、それでも例外というものはいるらしく、
「……いいえ、これくらいなんともありませんので大丈夫です」
と、セレーナは両目を大きく見開いて、ハッキリとした声でカーラを拒絶したのだった。
しかし、カーラは承知せずにセレーナの手を掴んで、引き留め、診察を申し出たのだった。
「けっ、結構です!」
それでもセレーナはうんとは言わない。青い顔をして、必死にカーラの手を振り解く。
「セレーナッ!せっかくカーラがあなたを心配してくださっているのよ!診察だけでも受けたらどうなのよ」
セレーナは尚も拒否しようとしたが、主人であるエミリーの言葉には逆らえなかったのだろう。大人しく項垂れた後にカーラに手を引かれ、診療所へと連れて行かれる。
診療所の中を少し間取りし、レキシーたちに迷惑をかけない場所を陣取り、カーラはこれまでレキシーの手伝いで培って来た看護師としての腕を用いて、診察を行なっていく。セレーナがやつれた表情を見せていたのは疲労もあるのだろうが、それ以上に栄養失調の疑いが見受けられた。
体全体がひどく痩せていたのがその証拠である。ひどいものではあばら骨さえ見えていた。
カーラがひどく真剣な顔を浮かべていると、セレーナがエミリーが診療所の探索に夢中になっている隙にカーラに向かって密かに耳打ちを行う。
「あなたたちを連れてきた責任を取らされたんです。妹を怖い目に遭わせた罰として、ロバート卿に地下牢へと閉じ込められましてね」
『ロバート卿』という単語に引っ掛かった。どうやらセレーナを監禁したのはエミリーではないらしい。カーラは真剣な顔を浮かべたまま話を続けるように諭したのだった。
「……それからの生活は酷いものでしたわ。語りたくもないほどにね……」
セレーナはカーラから顔を背けた。セレーナが陽の光も差さないような地下牢の中でどのような仕打ちを受けたのかは想像に容易い。痩せこけた体と体から浮き出るあばら骨がその証拠だろう。
外に出てからは侍女としての対面もあり、まともな食事を摂らせて貰っていたり、少なくとも地下牢のベッドよりも断然質の良いベッドで眠らせてもらってはいるはずだ。カーラはそう問いかけたのだが、セレーナは黙って首を横に振る。
「いいえ、最近は寝ようと思っても、寝られないし、食欲も出ませんの。食べようとしても体が受け付けなくて」
そのために体力というものが完全には回復しきっていないらしい。
食欲も睡眠欲もなく、やつれきったままエミリーの侍女という仕事を務めるセレーナがカーラにはひどく哀れに思えたのだった。
カーラはそこの場所から立ち上がると、患者の診察やらエミリーのお守りにやらに追われているレキシーを呼び止めて、耳打ちを行う。
レキシーはカーラの言葉を聞くと両眉を大きく上げ、拳を震わせながら言った。
「ちくしょう。貴族ってのはいつもそうだ……テメェの都合で庶民を玩具みたいに……」
「レキシーさん、落ち着いてくださいな。それよりも決行の日は今日から四日後でしたわよね?」
カーラの問い掛けを聞いてレキシーは黙って首を縦に動かす。
その後で、レキシーは意味深な笑みを浮かべて問い掛ける。
「ねぇ、あんた……こいつを聞くのは野暮ってもんかもしれないけどさ。元凶のロバートは針で一突き……だなんて楽な処置はしないだろ?」
「えぇ、ロバート卿には『血吸い姫』の本領というものを見せて差し上げますわ」
カーラはクスクスと笑う。かつてはセレーナに対して思うこともあったのだが、両者ともにセレーナの傷のことを思うと怒りよりも哀れみの方が勝ったらしい。
二人はもう一度お互いに笑った後でそれぞれの業務へと戻っていく。
エミリーは診療の合間合間にレキシーを捕まえて、なんでもないことを話し掛けたり、棚の中に飾られている薬の効用を尋ねたりと有意義な時間を過ごしていたらしい。
一方で、カーラはセレーナの診察を続け、セレーナに対して必要な薬を頭の中で導き出し、レキシーに薬の所在を尋ねると、レキシーは無言で体の調子を整える薬と食欲を増強させる薬を棚から用意したのだった。
「とにかく、体の調子を整え、夜はゆっくりと眠ることだね。それから食事もしっかりと摂ること、いいね?」
「はい」
レキシーから薬を受け取ったセレーナは小さな声で礼を述べるとそのまま頭を下げて馬車で立ち去ろうとするエミリーの後を追い掛けていく。
ゴトゴトという音を立てて診療所の前を立ち去っていく馬車を見つめながらカーラはレキシーの耳元に近付いて言った。
「四日後に公爵家を追い出されてアテのなくなるセレーナさんの新しい奉公先を見つけて差し上げなくてはなりませんわ」
「だねぇ、どうする?またあんたの馴染みの菓子店に頼むかい?」
「……そろそろ限界が来そうですわ。まぁ、それはまたおいおい考えることに致しましょう」
「そうすることにしようか、それよりも、あのエミリーっていう頭のめでたい令嬢にドレス作ってあげるんだって?」
「えぇ、エミリー様が三日後にドレスをご所望だということでしたので、私と誰か適当なお針子を見繕って、三日後までにドレスを縫って差し上げますの」
「死装束って奴かい?」
レキシーが口元に微笑を浮かべながら問い掛ける。
「いいえ、これから貴族の地位を失い、路頭に迷うことになるエミリー様へのせめてもの手向けとして縫わせていただきますの。あぁ、お可哀想なエミリー様、貴族としての地位を失ったあのお方はどのように生きるのかしら」
カーラはまるで、物語に登場する悪女が聖女を嵌めるかのような氷のように冷たい薄ら笑いを浮かべながら言っていた。
カーラ本心から同情しているつもりであったが、その反面、マルグリッタが存命した頃にエミリーからでひどく虐められた経験があるからか、エミリーを蔑む気持ちがあるのも本音なのだろう。
カーラは昨日レキシーを魔女に例えていたが、カーラ自身も側から見れば悪女という印象を受けてしまう。
悪女と魔女。文字だけに起こすのならばどちらもあまり関わりたくないような存在だ。
少し幻想的に書き記すことが許されるのならば、こう喩えさせてもらおう。
ハンセン公爵家は初めから恐ろしい女性たちに睨まれていたために断絶の憂き目に遭い、一家の中でもっとも可愛がられていたエミリーが地位や財産、家を失って路頭に迷う羽目になってしまったのだ、と。
もし、こうした事情を後世の人が知れば、この件を魔女の親子が引き起こした呪いだと書き換えて、御伽噺の中へと潜り込まれてしまうだろう。
そうなった場合、御伽噺の中でカーラとレキシー。この二人の名前は人の生き血を啜る魔女の親子として有名になるだろう。
だが、幸いなことに今のところはその心配をする必要はない。
今現在二人が心配しなくてはならないのは残った患者の診察である。
カーラにのみエミリーに差し出すドレスを縫う仕事があるが、これに関してはカーラが自ら選んだ道であるので、自業自得だというべきだろう。
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