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第三章『私がこの国に巣食う病原菌を排除してご覧にいれますわ!』

ヒューゴ・ド=ゴールの仕事

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「ハハッ、また来るぞ」

機嫌良く酒場の扉を開けて夜の街へと繰り出したのはマテオ。近所でも評判の男であった。ただし、それは悪い意味での評判である。
マテオは弱い者を痛めつけて金を巻き上げ、その金を使って城下町から逃亡し、地方で派手な生活を送り、その金が尽きたらまた城下町に戻り、罪のない人を痛め付けて巻き上げていたのだ。

巻き上げのやり口は卑劣そのもので、暗がりのところをいきなり殴る、蹴るなどの暴力を用いて襲い掛かり、相手が虫の息になるまで殴り付けてから金を巻き上げるというものであった。
少し前には暴力が行きすぎて死人さえ出した。だが、警備隊も自警団もマテオの凶悪性や神出鬼没であるという理由から捜査が及び腰になっていた。

しかし、本当のところはというとマテオから貰える賄賂を失うのが惜しかったからであるに違いない。
警備隊や自警団には腕は立つものの人間としての倫理観に欠けた人物が多い。
そのことを知っていたマテオは密かに賄賂を握らせ、自身の犯罪を見逃すように懇願していたのである。

このような理由からいつまで経っても捜査に乗り出さない公的機関に業を煮やした街の人々が団結し、マテオの駆除を伝手を使って潜り込んだ駆除人ギルドのギルドマスターに依頼したのだ。
そんなことはつゆも知らずにマテオは今日も楽しげに夜の街をふらついていた。
マテオが上機嫌に夜の街を歩いていると、目の前に剣を腰に下げた男の姿が見えた。

マテオは顎の下を人差し指と親指とで摩りながら相手の正体を見極めていた。

(なるほど、この男随分とひ若いな。それに華奢だ。恐らく本ばかり読んでいて剣には触れたことがない騎士崩れなんだろう。こいつは獲物に最適だぜ)

マテオが背後から相手の頭部に向かって飛び蹴りを喰らわせるために地面を蹴り、勢いよく飛び上がっていく。
目標は相手の頭部だ。もらった。
両足が近付いていく瞬間にマテオは勝利を確信して口元を緩めていた。
だが、マテオの蹴りは相手に届かなかった。蹴りが喰らわされるよりも前にマテオの体は叩き切られてしまったのだ。

「信じられない」と言わんばかりにマテオは大きく口を開いていたが、結局叫ぶ暇もなく力尽きて地面の上に落ちた。
腹部の右斜め下から大きな傷が生じたため、助かる見込みはないだろう。
それを見ていた男はマテオを見下ろしながら憎々しげに吐き捨てた。

「くたばれ、クソ野郎」

男は吐き捨てた後は一瞥することもなく駆除人ギルドへと戻っていった。
翌日マテオの死体が発見されたことを知ったギルドマスターにより彼がおもて稼業として運営している酒場の中で直接報酬が手渡された。

「しかし、よく駆除してくれたな。ヒューゴ。駆除人にとって一番厄介な害虫は常に殺気立っているような相手だと聞くがな」

「なぁに、こちらがほんの少しだけ隙を見せてやれば簡単に引っ掛かってくれましたよ。しかし、どうして今回の依頼はカーラやレキシーさんに任せなかったんですか?オレに任せるよりも二人に任せた方が確実だったでしょうに」

ヒューゴは少し不服そうに言った。

「あぁ、二人が依頼を断った理由っていうのはまた単純でな、今日は馴染みの菓子屋の人たちと孤児院に慰問に行くからだからだそうだ」

「なるほど、子どもたちと触れ合う前の日はその手を血で汚したくなんてないってわけか」

ヒューゴは袋の中から銀貨を一枚取り出し、ギルドマスターの前に置くと、酒を注文した。
ギルドマスターは銀貨を受け取ると、そのまま酒を作っていく。中には琥珀色をした蒸留酒がグラスの中へと注ぎ込まれていく。ギルドマスターは度数の強い酒が入ったグラスをそのままヒューゴへと渡した。
ヒューゴはグラスを受け取ると、そのまま一気に酒を飲み干していく。

続いて、お代わりとつまみを注文し、ギルドマスターは仕入れたばかりのチーズとオリーブの実を出してやった。簡素なつまみであるが、つまみには変わらない。ヒューゴは簡素なつまみを掴みながら酒を楽しんでいた時だ。ギルドの扉を勢いよく叩く音が聞こえた。

ギルドマスターが扉を開くと、そこには大きな白塗りをした皮の袋を両手に持ち、貴族の令嬢が着るとは思えないような簡素な水色のドレスに身を包んだいうならばお忍び状態のマチルダ・バロウズの姿が見えた。
マチルダはギルドマスターが予想外の来客に対して呆気に取られ、何か言葉を発するよりも前にヒューゴの元へと駆け寄り、袋を置くと、袋からチーズや乾いたパン、干し肉、乾いた果物などを次々と置いていく。
マチルダは両目を輝かせながらヒューゴに向かってこの携帯食料を持ってきた理由を説明していく。

「私、あなたとお食事を共にしたいと考えておりまして、家の者に相談して、様々な物を持ってきましたの。それで、ここに尋ねてくると、お食事中のあなたの姿が見えたので、これで一緒にお食事をと思いまして」

「……駆除の依頼で来たんじゃあないんですか?」

ヒューゴは呆れたような目でマチルダを見つめていく。
だが、マチルダはヒューゴの視線など気にすることなく、ヒューゴに柔和な笑みを向けていた。

「いいえ、今日はあなたと話し合いたくて来たの。ねぇ、たまには骨抜きもしないと」

「でも、あなたは公爵令嬢だ。家を抜け出しては家の人が困りますよ。帰った方がいいと思うんですけどね」

ヒューゴは酒の入ったグラスを片手に握り、グラスの中に入った酒をゆらゆらと揺らしながら呆れたように言った。

「たまには骨抜きも必要ですわ」

「あなたのことを言っているんじゃないんですよ。家の人が迷惑するってことを言ってるんです」

話は平行線だ。このまま話し合っていても話が通じる可能性は少ない。
ヒューゴは鉛のように大きな溜息を吐いた。どうすればこの気まぐれな令嬢に帰ってもらえるのだろうか。
ヒューゴは助けを求めてギルドマスターに目を向けたが、ギルドマスターは知らぬ振りをするばかりである。やむを得ずにヒューゴは一人で上手い具合に断ろうとしたのだが、相手は聞く耳を持たない。

正直に言えばここ最近は例の二人組やネオドラビア教との抗争などもあり、マチルダには自分や駆除人ギルドにこれ以上関わってほしくないのだ。
しかし、マチルダが持つ押しの強さに振り切られてしまい、結局この日カーラはマチルダとのデートに付き合うことになってしまった。

野外劇場で芝居を見て、その帰りに雑貨店などにより、雑貨品などを物色するという流れであった。
可愛らしい小物を手に取り、愛らしく笑う姿を見てヒューゴは不覚にも可愛いと思ってしまった。
日暮まで遊んで無事にマチルダを郊外にある屋敷へと送り届けようとした時だ。
不意にヒューゴたちの前に黒いローブを被った男たちの姿が見えた。数にして二人ほどだ。

二人の男はヒューゴの前へと立ち塞がってから懐から短剣を取り出し、それを鞘から抜いて構えていく。ヒューゴはマチルダを自身の背中に隠し、男たちに向かって剣を突き付けながら問い掛ける。

「お前たちネオドラビア教の連中だな?」

ヒューゴの問い掛けに黒いローブを被った男の一人が代表して答えた。

「そうだ。貴様と貴様の背後にいるレディ・マチルダを始末させてもらおう」

「待て、お前たちこの人が誰だかわかっているのか?」

「我々の情報網を舐めてもらっては困る」

男の一人はそれ以上は語るわけにはいかんとばかりに短剣を両手で握ってヒューゴへと襲い掛かってきたのである。ヒューゴは背後にマチルダを隠している手前、避けるわけにはいかなかった。
そのため剣を盾の代わりにして短剣を防いだのだが、真横から別の人物が襲ってきたのでは攻撃を防いだ意味がない。

絶体絶命の危機に追い込まれたヒューゴであったが、窮地は護衛対象であるはずのマチルダによって救われた。マチルダは勇気を振り絞って黒いローブの男に対して身を挺した攻撃を喰らわせ、黒いローブの男を転倒させることに成功したのである。
仲間が倒れたのを見て、ヒューゴに対して攻撃を行っていた男が動揺したらしい。短剣を握る力が緩んだことに気が付いた。

逆転の機会は今しかない。ヒューゴは大きな声を上げて自分に対して攻撃を仕掛けた男を真上から一直線に斬り捨てたのであった。
相棒と思われる男が倒されたのを知り、もう一人の男は慌てて逃げ出そうとするものの、その背中に剣を突き刺されたことによってその命は無惨にも奪われてしまったのだ。
ヒューゴは背中に突き刺さった剣を抜き取り、付着した血液を倒した男のローブで拭き取ると、そのまま剣を鞘の中へと戻す。

マチルダはヒューゴの鮮やかともいえる手つきを見て、声を震わせながら問い掛けた。

「その人たち殺したの?」

「えぇ、そりゃあこっちの命を狙ってきた奴らですからね。当然の処置ですよ。殺さなくちゃこっちが殺されてた」

ヒューゴの言葉は正論だった。マチルダは何も言わずにじっとヒューゴの顔を見つめるだけであった。
ヒューゴは明らかに動揺した様子のマチルダを見て片頬に刃のような冷笑を浮かべていたのである。
それから低く冷たい声で言い聞かせるように言った。

「少し形は違いますが、これが駆除人の駆除なんです。少し前にあんたがオレたちにやらせようとしていたのはこういうことなんですよ」

その言葉を聞いたマチルダは思わず背筋を凍らせた。
だが、この時にマチルダを襲ったのは恐怖以上にヒューゴへの激しい恋慕の念であった。
確かに相手を目の前で叩き斬ったということは怖かったが、それ以上にまた命を救われたのだ。
マチルダの中で燃える恋の炎はこの出来事を通じて、より一層強く燃え上がったというべきだろう。
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