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第三章『私がこの国に巣食う病原菌を排除してご覧にいれますわ!』

ヒューゴ・ド=ゴールの憂鬱

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トッド・コルネリアスはその日私兵や傭兵たちを五人ばかり引き連れ、街の野外劇場で芝居を見物していた。

芝居の題名は『エドワード王の乱心』。
今よりも昔の時代にいたエドワード王と呼ばれる国王を主人公に据えた大掛かりな芝居であり、物語はとある王国を滅ぼしたエドワード王と呼ばれる強欲な王が戦争の過程で殺した人々に呪われていき、精神を病んだエドワード王が次々と家臣たちを手に掛け、最後には自らが建てた宮殿に火を放って自殺するという物語である。

トッドは芝居を見物する中で乱心者という点であるのならば自らの主人も負けていないように思えた。
一流の公爵家の嫡男であるにも関わらず、くだらないことに固執し、その誇りのために人員を消費し、更には恐ろしい宗教団体とまで手を結んで相手を殺そうとしているところが芝居の中で見られたエドワード王と被って見えたのだ。
芝居を終え、路地裏に回り、酒場へと向かう中でトッドは部下たちに皮肉混じりに言った。

「思えばオレもロバート卿とは長い付き合いだが、最近になると付き合いきれん時もある。この前など、オレはほんの少し間違いを犯したという理由だけで頭を執拗に蹴られた」

「その通りだ。最近のあいつは調子に乗り過ぎている。オレたちもここら辺で抜け出すべきかもしれんぞ」

部下の一人が同調すると、それぞれの部下たちも同調し、やがてロバートへの悪口大会が始まっていく。
悪口が頂点に達した時だ。路地裏の前と後ろが麦わら帽子を深く被った顔の見えない男たちによって封鎖されていることに気が付いた。

トッドは平民が公爵家の兵士として仕える自分たちの道を遮ったという事実に激昂し、剣を抜いて掴み掛かろうとした時である。トッドが挑発めいた言葉を口にする暇もなく一刀両断にされたのである。血を噴き流しながら地面の上に勢いよく倒れたことから即死であることは間違いない。

隊長の無惨な死を見届け慌てて逃げようとする部下たちを前と後ろから追い詰め、一人も撃ち漏らすことなく仕留めたのである。
全員から言葉が聞こえなくなったところに男の一人が帽子を外してその場に投げ捨てた。
帽子が外れたことにより、男の正体が明らかになった。男の正体は害虫駆除人エドガーである。

エドガーが帽子を外したことで彼の相棒であるマグシーも帽子を外し、エドガーと共に路地裏を抜け、街の中心に位置する街路の上を意気揚々と歩いていく。

「お見事、流石はエドガーさんだ。あの鮮やかな手口は何度見ても惚れ惚れしますよ」

「フン、あんな奴らなど簡単に仕留められるさ」

「またまたご謙遜を」

マグシーが笑いかけてみせたが、エドガーの表情は笑っていなかった。

「……こいつらは所詮オレにとって降りかかる火の粉……オレが駆除したいのはこんな奴らではないッ!オレが本当に駆除してやりたいのはーー」

「カーラでしょ?だが、それができないからあんたは苦労してる……そうでしょ?」

マグシーは神妙な顔を浮かべて言った。
エドガーは黙って首を縦に動かす。二人はその後何も言わずに郊外に構えている自分たちの拠点へと戻ろうとしていたのだが、郊外に出たところでエドガーがゆっくりと振り向いて言った。

「おい、オレたちをつけて来ている奴……さっさと出て来たらどうだ?」

「……流石はマスターから聞いた歴戦の駆除人……尾行も簡単に破られてしまったか」

背後で青年が剣を構えながら言った。

「殺す前に貴様の名前を聞いておこう。名乗るがいい」

エドガーは剣を抜きながら問い掛けた。

「……駆除人は駆除する相手には名乗らないっていうのが本道だが……まぁ、いい。冥界王の下賜品として教えてやろう。オレの名はヒューゴ。ヒューゴ・ド=ゴールだ」

「ド=ゴール?そうか、聞いたことがあるぞ。前国王の時代にとある国で事変が起き、その国の王子がクライン王国に逃亡したという話を」

「王様が知らぬ存ぜぬを通してくれたおかげでオレは無事だったけどね。でも、元王子でも食べていかないといけないだろ?」

「だから駆除人になったのかい?」

マグシーの問い掛けにヒューゴは黙って首を縦に動かす。
それから剣を振り上げながら二人に向かって斬りかかっていく。
最初の一撃を交わした二人はそのまま挟み討ちにしようと目論み、左右の脇から斬り掛かっていこうとしたのだが、ヒューゴは地面を転がることで剣を交わし、そのままマグシーに向かって斬り込んだ。

マグシーはヒューゴの剣を受けて肩を負傷したらしく、小さな悲鳴を上げた。
エドガーはそれを見て慌ててマグシーの元へと駆け寄っていく。今ならば隙だらけである。ヒューゴは剣を振り上げてエドガーを迎え撃った。

相手はさる者であり、そのまま一刀両断にされるということはなかった。

しかし、それでもヒューゴが上位に立ったのは事実である。
ヒューゴは剣に込める力を強め、エドガーを叩き斬ろうと目論んだのである。
だが、エドガーは不利な状況にあるにも関わらず、ヒューゴの剣を弾き飛ばし、そのまま脇からヒューゴに剣を浴びせたのである。
エドガーという凄腕の駆除人を相手に肩を微かに負傷しただけであったのは不幸中の幸いというべきだっただろう。

辛くもヒューゴは生き延びることができた。エドガーは続けて第二撃、第三撃と続け様に剣を振り上げていくが、ヒューゴはそれをことごとく剣を振り上げて弾き飛ばし、難を逃れたのであった。
ヒューゴが逃亡を図ったのは単純に不利だと判断したからである。
しかし、顔を見られ、名前を覚えられてしまった以上は今後の戦いが不利になっていくことは間違いない。これでは先が思いやられてしまう。

ヒューゴは後ろ暗い思いを抱えなが這々の体でギルドへと逃げ帰っていった。
ギルドの裏口から鍵を開けて部屋で仕事をしているギルドマスターに声を掛けようとしたのだが、部屋の中にはギルドマスターの姿が見えなかった。
ヒューゴが家の中を探索していると、ようやくギルドマスターの姿を見つけた。
ギルドマスターが居たのは普段駆除の依頼人を招いて話し合いを行う応接室である。

閉め忘れていたのか、応接室の扉からはギルドマスターと見知らぬ若い女性が応接室で何やら難しそうな声で話し合う姿が扉の隙間から見られた。
女性の年齢はカーラと同じくらいだろうか。しかし、常にお淑やかで穏やかな笑みを浮かべているカーラとは異なり、どこか勝気で男勝りという印象を受けた。
ヒューゴは応接室の扉の隙間からこっそりと二人のやり取りを盗み見ることにした。

「お願いします。どうか、この金で我が国に巣食う悪質な害虫どもを駆除してくださいませ」

「しかしですな。レディ・マチルダ。害虫駆除人は政治の問題には足を踏み込みません。バロウズ家とハンセン家の塩をめぐっての確執は私も小耳に挟んでおりますが、それはあくまでも両家の問題であり、それによって被害が被るのはあなたの家だけでしょう?」

「私どもの家だけではありませんッ!もし、塩のことが明るみに出れば我が領内にて塩の専売に携わっている職人たちや商人たちにも影響が出ますもの」

「しかし、それもあなたの領内に住まう裕福な人たちの話だ。庶民には縁のない話でしょう」

ギルドマスターはあくまでも依頼を受けないつもりでいるらしい。マチルダがどのようなことを喋ったとしても頑なに受け付けない。
マチルダは業を煮やしたのか、懐から新たな金貨が入った袋をギルドマスターへと差し出す。

「ここに金貨が五十枚入っております。先程の金貨と合わせれば百枚にもなりましょう。これでお引き受け願えますか?」

「金の問題ではないのです。繰り返しお伝え致しますが、我々は政治的な問題には触れたくないというのですよ」

「……わかりました。今日のところは引き取らせていただきます」

マチルダは金貨を懐の中へと戻し、扉を開いて外に出ようとしたのだが、その際に逃げ遅れたヒューゴと鉢合わせてしまったのである。

「あ、あなた聞いていたの?」

マチルダが声を震わせながら問い掛けた。

「えぇ、ほんの少し」

マチルダは護身用とも思われる短剣を取り出し、ヒューゴに突き付けようとしたのだが、短剣を構えたところをギルドマスターによって掴まれて止められた。

「お待ちください。レディ……この者は駆除人ギルドに所属する駆除人でしてね。この者から言葉が漏れることはありませんよ」

それを聞いたマチルダはギルドマスターが手を離したのを確認し、慌てて短剣を鞘の中に戻し、もう一度懐の中に戻してからヒューゴに対して丁寧な一礼を行う。

「失礼しました。てっきり外から来た人が覗き見していたのかと」

「いえ、オレの方こそ紛らわしい真似をしてしまい申し訳ありませんでした」

ヒューゴは頭を下げながら謝罪の言葉を口にした。

「まぁ、何はともあれ残念でしたね」

「えぇ、仕方がありませんわ。父は失望なさるでしょうけど」

マチルダがそう言って立ち去る。その際にヒューゴは酒場を出て、往来まで送っていくことになったのだが、その前に柄の悪い三人ほどの傭兵たちに絡まれてしまったのだ。

「おい、嬢ちゃん。金を出しな」

傭兵の一人が短剣を突き付けながら問い掛けた。
マチルダはそれに対し、両目を尖らせながら低い声で言い返した。

「あなた方のような野蛮な人たちに差し上げる金などありません!」

「なんだとッ!こいつッ!」

傭兵の一人が短剣を振り上げてマチルダに襲い掛かろうとしたのだが、ヒューゴが足を引っ掛けてそれを転ばせる。
それを見た仲間の傭兵たちが拳を振り上げながらヒューゴに向かって襲い掛かってくるのだが、ヒューゴはマチルダを背後に下がらせ、あっという間に拳で傭兵たちを叩きのめしてしまったのだ。

ヒューゴが背後を振り返り、安否を問い掛けるとなぜかマチルダは両頬を赤く染め上げながら頷いたのであった。
ヒューゴは気が付かなかったが、この瞬間にマチルダはヒューゴに深く惚れ込んでいたのである。

マチルダの恋心に気付かぬヒューゴはそのまま街路まで送ってから帰ろうとしたのだが、その前にマチルダがなぜかヒューゴの腕を引っ張って照れ臭そうな表情で懇願したのだった。

「……私、まだ帰りたくない。ねぇ、あなたさえよかったらもう少しだけこの街を案内して」

「えっ、いいんですか?お家の人心配してるんじゃ」

「いいの、たまには私だって羽を伸ばしたいもの」

マチルダは明るい声で言った。ヒューゴの言う通りで、お使いから帰らなければマチルダの家は心配するだろう。
時期が時期だけにハンセン家の誘拐を疑うかもしれない。そのことがわからないマチルダではなかったが、それでも今は自分を助けてくれたこの若い男性と町娘のようにはしゃぎたかったのだ。

いずれ自身は国のため、家のために若き国王と婚姻を結ばなくてはならぬ身である。
ならば少しくらいは思い出を作ってもいいのではないだろうか。
このように吹っ切れたともいえるマチルダは恋人のように腕を組み、ヒューゴに対して懸命に話し掛けていき、ヒューゴを色々なところへ振り回していくのだった。

結局この日ヒューゴがギルドに戻りエドガーとの一戦を報告できたのは酒場の営業が始まった夜遅い時刻のことであった。
報告を受けた際にギルドマスターは呆れたような溜息を吐いたという。
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