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第三章『私がこの国に巣食う病原菌を排除してご覧にいれますわ!』

エドガーと敵たちとの邂逅

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カーラが自宅の前で厄介なメイドの応対に四苦八苦していたのと、二人組の駆除人がレキシーの様子を尾行し、巻かれてしまったのはほぼ同時刻であった。

「まさか、オレたちの尾行が見抜かれてしまうとはな」

「まぁ、ここ最近のオレたちはうろちょろし過ぎてましたからね。素人でも気が付きますよ」

マグシーが苦笑しながら言った。マグシーはエドガーをほぐすことができたかと、顔を見つめてみたが、エドガーの顔は笑っていない。心ここに在らずという表情で顎の下を摩っていた。

「エドガーさん、どうかしたんですか?」

マグシーの問い掛けにエドガーは何も答えない。ただ静かに顎の下を摩り、難しそうな表情で壁を見つめていた。
マグシーは相棒の滅多にみせぬ姿に不安をもったようで、もぞもぞと体を動かしていた。
その姿を見たエドガーはマグシーの肩に手を置き、安心させるように笑い掛けた。

「心配するな。少しオレの中であらぬ疑問が起こっただけだから」

「あらぬ疑問?」

「あぁ、レキシー先生が実は駆除人なのではないかという思いだ」

「レキシー先生が駆除人!?そんなバカな!?」

マグシーは信じられないと言わんばかりに大きく口を開いてエドガーに問い掛けたが、エドガーはニコリとも笑わない。
どうやら思い付きや冗談などで口にしたわけではないらしい。
マグシーが根拠を問うと、エドガーは複雑な顔を浮かべながら答えた。

「オレだって信じたくはなかったさ。だが、レキシー先生が駆除人だと考えると、オレたちの尾行に気が付いた理由も説明がつく」

「け、けど、それだけでは少し乱暴ですよ!それにオレたちが頻繁につけてたし、そのことも原因なんじゃーー」

「まだあるぞ、オレは一度だけレキシー先生があの人に似つかわしくない酒場のある場所へと向かったのを見た。この街の駆除人ギルドは酒場に擬態していると聞いたが、レキシー先生はその駆除人ギルドに向かっているのかもな」

「しかし、どれも決定的な証拠には欠けますぜ。患者さんの話を聞く限り、レキシー先生はオレたちのような人種からは程遠い人だ。カーラがきっとあの人を騙して居座っているんだよ」

マグシーは懸命にそう言い放っていたが、エドガーの中ではレキシーが駆除人である、少なくとも裏の世界に関わりがあるということは確定事項であるようだ。こうなってしまってはマグシーがいくら言い立てても聞く耳を持とうとはしない。
マグシーが小さな吐息を吐くと、エドガーがその頭を優しく撫でながら言った。

「まぁ、お前のいうとおりだ。証拠があるわけじゃあない。今日のところは宿に戻ろうじゃあないか」

エドガーがマグシーを連れ、今日の探索は諦めて、宿屋へと戻ろうとした時だ。周囲を傭兵たちに囲まれていることに気が付いた。
傭兵たちの中心には羽の飾りが付いた面頬や喉当てのない兜を被った中年の男の姿が見えた。
中年の男は剣を振り回し、そのまま剣先を二人に突きつけながら問い掛けた。

「貴様らだな?ハンセン公爵家の面前に泥を塗った無礼者どもというのは?」

「なるほど、ロバートというのは公爵家の嫡男ロバート・ハンセンのことだったのか」

エドガーは剣を抜きながら言った。

「フッ、その通りだ。もっとも知れたところで貴様らは生きては帰れんがな」

傭兵たちが一気に剣を引き抜いていく。この前と状況は同じである。エドガーとマグシーが互いに背中を預け、剣を構えて傭兵たちを相手にしようとした時だ。

「何をしているのですッ!」

と、鋭い声が響き渡っていく。全員が声のした方向を振り向くと、そこには茶色の可愛らしい瞳を持つ若いメイドとそのメイドに連れられたカーラとレキシーの姿が見えた。
エドガーにとってまさしく青天の霹靂のような出来事であった。体中が興奮で震えていく。

エドガーの仇が今この場に無防備な状況で現れたのである。だが、惜しむべきは周りに傭兵たちが詰め寄っていることだろう。剣を抜いてカーラに襲い掛かったとしても、その隙を狙って傭兵たちが仕掛けてくることは目に見えている。
傭兵たちを反す刀で叩き斬ることなどは容易であるが、その隙を利用してカーラは逃げてしまうだろう。

そうなってしまっては今後用心されてしまう可能性は高い。
そのためここは下手な攻撃などは仕掛けずに黙って睨むしかできなかった。
エドガーが化け物を睨むかのようにカーラを睨んでいた時だ。先程のメイドが混乱が収まったと判断し、大きな声で指揮官の男を怒鳴り付けたのである。

人々が一日の疲れに見舞われながら家へと戻っていく夕方の往来には相応しくないほどの大きな声であった。

「あなたッ!こんなところで何をしているんです!?」

「何をって、我々はロバート様より騒動を起こした犯人を捕らえようとしていたのだ。そういう貴女こそ何があって我らの邪魔をなされたッ!」

指揮官の男も若いメイドに負けず劣らずの大きな声を張り上げていく。
両者は互いに睨み合っていたが、若いメイドが「ロバートの妹君であるエミリー」の名前を出したことでようやく指揮官の男も引き下がったのである。
というのも、自分たちの主人であるロバートが妹であるエミリーを寵愛していることは周知の事実であるからだ。

若いメイドは悔しげな指揮官の顔を見て勝ち誇った顔を浮かべて二人を連れ、屋敷へと向かっていく。
悔しそうに下唇を噛み締める指揮官の男の姿がエドガーには見えた。
このまま意気消沈した指揮官を叩き斬り、そのまま混乱に応じた傭兵たちをマグシーと共に叩き伏せれば完璧だろう。

だが、エドガーの頭の中には別の考えがあった。
自分たちを付け狙うロバートの部下がその名前を出されただけで萎縮する妹の存在に深い興味を抱いたのである。
エドガーは傭兵たちを振り切り、メイドの前に立つと、深々と頭を下げながら言った。

「お初にお目に掛かります。我が名はエドガー。旅の者です」

「そんなことは知りません。それよりも早くそこを退いてくださいな。私はお二方を一刻でも早くお屋敷へと連れ込まなくてはならないんです」

「お待ちください。護衛が必要でしょう?」

「護衛?」

「えぇ、これから日も沈むというのに女性だけで郊外に繰り出すなど物騒ですよ。そのため我々が無償で護衛を買って出ようと思いまして」

至極当たり前ともいえる言葉を発した後にメイドは納得したような表情を浮かべていたが、カーラとレキシーはそうでもないと言わんばかりの表情で黙ってエドガーを見つめていた。普通ならば夜遅くに女性のみで動くなど怖くてできないし、そのことを指摘されれば少なからず動揺するはずだ。

だが、二人からはそんな姿は見受けられない。

エドガーは二人のただならぬ様子から二人が少なくとも闇に生きる人間だということを確信したのである。
二人は闇の世界の人間故に表向きは光に生きる人たちに合わせなくてはならないはずだ。
闇の世界で生きる人間故に護衛として申し出た自分とマグシーを断ることなどできないだろう。

そのことを見越し、エドガーは懸命に自身を売り込んだのである。
無論そのことばかりではない。護衛として付き従うことで今敵対している傭兵たちに手を出させないようすることも目的の一つであった。
エドガーが心の内で祈っていると、若いメイドは了承し、自身の護衛として就くことを許可したのである。

途中で慌てた様子で合流したマグシーも加え、五人で雑談を交えながらハンセン公爵家へと向かうことになった。
セリーナという若いメイドを除いた四人は全員が後ろめたいことを抱えていたが、そんなことはお首にも出さずに楽しげに会話を交わしていたのである。
五人で少なくとも表向きは楽しげに呼ばれた理由などを語ったり、雑談を交わしたりしていたので、気が付けば五人は公爵邸の門の前へと辿り着いていたのである。
楽しい時間はあっという間に過ぎるものだという話があるが、それは本当のことであったとエドガーは改めて思い知らされた。

先頭に立ったセリーナが五人を代表して屋敷の扉を叩いて、来客を告げた。
中年のメイドは予想外の来客の数を見て、目を丸くしていたが、すぐに了承し、四人を客間へと招いたのである。
エドガーはいっそのこと用意された茶を片手にカーラに対し、この場で自身の思いをぶち撒けるべきかと悩んだが、今はその段階ではないと判断し、代わりにレキシーに質問を投げ掛けた。
それは何気ない質問であった。

「レキシー先生、こういうところはよく来られるんですか?」

「いいや。あたしはあんまり来ませんよ。しかし、どうしてそんなことを聞くんです?」

「いいえ、なんとなく……レキシー先生ほどの名医でいらっしゃったのならば金持ちの家への往診も多かろうと思いましてね」

エドガーは苦笑しながら答えた。

「そんな、貴族のお偉い方にはあたしみたいなヤブ医者よりももっといい腕を持った医者が付いてます。あたしを大きく見過ぎですよ」

「またまた、そんな謙遜を」

マグシーが茶化すように言った。

「じゃあ、質問を変えますけど、レキシー先生。そちらにおられるあなたの娘さんは大変お美しい方ですし、その上裁縫の才能もありと聞きます。その縁があって、娘さんはよく貴族のお宅へと招かれるのでは?」

「いえ、私はそのような腕など持っておりませんわ。少し評判になった程度で」

レキシーの代わりに答えたカーラは口元を覆いながら小さく笑いながらマグシーに答えてみせた。

「なるほど、しかし、セリーナさんからあなたが招かれた理由はその裁縫の腕にあるとお伺いしましたが」

「買い被りすぎですわ。恐らくエミリー様が私と誰かをごちゃ混ぜにでもされているのでしょう」

カーラは謙遜してみせた。顔にはお嬢様らしい優雅な笑みを浮かべていた。
何気ない会話であったが、いい暇つぶしにはなったらしい。
気が付けば扉を叩く音が聞こえたのだ。セリーナだろう。カーラが席を立って扉を開くと、その姿が見えた。
セリーナはカーラに対して丁寧な一礼を行うと、カーラを呼び出し、自身の後に付いてくるように指示を出す。
カーラがセリーナの後を追ってエミリーの元へと向かおうとした時だ。
不意にエドガーが立ち上がって、

「待て、おれも行こう」

と、唐突に告げた。突然のことに理解が追い付いていないのか、全員の視線がエドガーへと突き刺さっていく。
だが、エドガーはそれらの視線も無視し、カーラの護衛だと称して付いていくのだと主張した。

「困りましたわねぇ」

「確かに、これからエミリー様にあのお方をご紹介するというのにそのようなお方を連れられては困りますわ」
セリーナは困った顔を浮かべながら言った。
だが、エドガーは食い下がっていた。

「そこをなんとか頼む。我々平民が貴族に会える機会など滅多にないのだ。どうか、私を連れて行ってくれないか」

「そんなことを仰られましても」

困惑した様子のセリーナにエドガーは近付き、密かに耳打ちを行う。
エドガーの言葉を聞いたセリーナは納得した表情を浮かべていく。
この時エドガーが耳打ちをしたのはロバートが追い掛けているのが自分であるということである。
それ故にセリーナはエドガーを案内することに決めたのだ。
二人はセリーナの後を真剣な顔を浮かべて付いていった。












投稿時間(特に定めてはいません)が遅れて申し訳ありません。
昨日に書き溜めはしていたものの、納得がいかない箇所があったので、手直しをしていたら遅くなってしまいました。
どうしても納得ができずに消して、書いてを繰り返していたら時間が早く経過してしまいました。
今後はなるべく早く仕上げるように努力致します。
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感想 4

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