婚約破棄された悪役令嬢の巻き返し!〜『血吸い姫』と呼ばれた少女は復讐のためにその刃を尖らせる〜

アンジェロ岩井

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第三章『私がこの国に巣食う病原菌を排除してご覧にいれますわ!』

訪問は駆除の後で

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この日、カーラは自警団の用心棒にして騎士の身分を与えられた男、ジェイコブ・アープの駆除へと向かっていた。
カーラにすれば正体不明である二人組の男が自身を付け狙っているというのにも関わらず、駆除の依頼を請け負ったのは少し前の赤ずきん事件の際に自身を護衛するためにギルドの駆除人を集めてくれたギルドマスターへの恩に報いるというのがその理由だ。

カーラは得意げな顔を浮かべて、酒場の中で豪遊を行うジェイコブの様子を窺っていた。

豪遊といっても金をばら撒いていたわけではない。ジェイコブは剣にモノを言わせ、酒場の店主から料金を無料にした上に周囲の人間からつまみと酒を奪っていたのだ。
そして、恥知らずにもジェイコブは柄の悪い傭兵のように酒場からみかじめ料を徴収していたのである。

また、みかじめ料の他にも何本かのワインを頂戴しているのも見えたし、酒場で給仕の仕事を行う男性を苛立ち紛れに殴り付ける様子さえ見えた。
カーラは一人でワインを啜りながら、ギルドマスターの言葉が正しいことを実感していた。
駆除を行うのならば帰り道に背後から延髄を針で一突きにするのが一番手っ取り早い方法だろう。
カーラは袖の中に仕込んだ針を服の上から摩りながら、どこでジェイコブを駆除するのかを思案していく。

すると、ジェイコブは椅子の上から立ち上がり、上機嫌で酒を両手に抱えて酒場を後にした。
店主はジェイコブの姿が消えるのと同時に舌を打ち、ジェイコブに対する愚痴を先程ジェイコブに殴られた店員に向かって吐き捨てていた。

「あのクソ野郎め、少し腕が立つからって偉ぶりやがって、おれに腕があったらあいつを叩き斬ってやりてぇよ」

「そ、そりゃあ無茶ってもんですよ。旦那」

「いいや、お前の分まであいつをぶん殴ってやるよ。それから一言ごめんなさいと言わせてやるんだ。そうでもしなけりゃあ腹の虫が治らねぇや」

店主は意気揚々と語っているが、いざジェイコブを相手にすればその場で立ちすくんで動けまい。
カーラは未だにジェイコブ討伐を叫ぶ店主に会計を頼み、ジェイコブの後を追った。

カーラは夜の時間というのは裏の世界に生きる人物にとって本来動くべき時間であるという話を祖父から聞いたことがある。
実際にランプや蝋燭がなければ人々は前すら見えないし、昼間は難なく通れる場所でも通ることは困難となるのだ。

故に古代、大帝国が聳えていた時代からいや、それ以前、この世界において人類が文明を持ち出した頃から夜の闇には恐ろしい化け物が潜んでいると噂されていたという話も祖父から聞かされた。
祖父から聞いた化け物について興味を持ったカーラは公爵令嬢であった時代に家の書庫に置いてあった伝奇と呼ばれる種類の怪奇本を興味本位で読んだことを思い返していた。人々を襲う異形の化け物に胸をドキドキと鳴らしていたことは今でも思い出せる。

そして、駆除人になった時、そうした化物の類が実際に夜の闇の中を跋扈していることを実感させられたのだ。もっとも、そうした化け物は伝奇で見たおどろおどろしい形をしたモノではなく、自分と同じような格好をしていることにも気が付いた。
目の前で得意げに酒を抱えているジェイコブや夜の闇を共にし、依頼が入れば人を殺している自分が化け物の例の中に含まれる違いない。

カーラがそんなことを考えていると、ジェイコブは道の真ん中で我慢ができずに座り込み、店から強奪した酒を手に酒盛りを始めていた。
ジェイコブを仕留めるのには今この瞬間しかあるまい。カーラは道の真ん中に座り込むジェイコブの側へと近寄り、その真後ろへと立った。
剣の腕が立つといっても散々、酒場で呑んだ挙句に今この場でワインをラッパ飲みしているような状況なので、カーラの存在には気が付かなかったに違いない。

カーラは手っ取り早く駆除を済ませるために、素早く袖の下から針を取り出し、しゃがんで体を合わせると、ジェイコブの延髄に針の狙いを定めた。
月の光に照らされ、針が怪しい色を浮かべて輝いていく。
カーラは躊躇うことなくジェイコブの延髄に向かって針を突き刺したのであった。
ヒュッと短い音が闇の中に響いた後には何も聞こえない。ただ、静寂だけが訪れた。

カーラはジェイコブが地面の上に倒れ落ちるのを確認してから何も言わずにその場を立ち去っていく。
この後は夕食の時間である。相棒にして同居人であるレキシーが夕食を作って待っていてくれているだろう。
出掛ける前に夕食を尋ねたら今夜は玉ねぎスープと白パン、それにレタスのサラダと答えていた。
レキシーはカブのスープも美味いが、玉ねぎのスープもまた絶品であった。
早く家に帰り、レキシーの食事を味わいたいものだ。

カーラが夕飯のことを頭に浮かべ、鼻歌を歌いながら家に戻ると、家の前が騒がしいことに気が付いた。
どうやら、レキシーと誰かが揉めているらしい。カーラが遠くから様子を眺めると、そこには見慣れた顔が見えた。
というのも、レキシーと揉めていたのはハンセン公爵家の私兵部隊の第一隊を束ねるトッド・コルネリアスという男であったからだ。

トッドは額当て、面頬、顎当てを外したてっぺんに羽が付いた指揮官用の兜を被り、その下には黒色のコートを羽織っていた。わざわざ歩いて来たのだろう。
彼の近くにランプが置いてあった。

この指揮官が被る兜を被った男とはカーラが公爵令嬢であった時代に従兄弟たちと出会う際に護衛として付いてきていたので、何度か会ったことがある。ベクターに婚約を破棄され、身分を剥奪されてからはもう会うことがないとばかり思っていたのだが、まさか、彼が訪れて、もう一度会えるとは予想外であった。

そんなことを考えていると、埒が明かなかったのか、トッドがレキシーの腕を乱暴に引っ張って、どこかへ連れ去ろうとする光景が見えた。これはいけない。
溜まりかねて、カーラがトッドに声を掛けた。

「お待ちなさいな。ハンセン公爵家の隊長ともあろう者が、レディにそのような乱暴をなさるとは……公爵家のお名前が泣きましてよ」

その言葉を聞いたトッドは黙って、レキシーの腕を離し、今度はカーラの腕を掴んだ。

「……ねぇ、コルネリアスさん。あなた、先ほどの私のお話を聞いていませんでしたの?私は至極当たり前のことを話したおつもりですけれど」

腕を掴まれながらもカーラは弱みを見せることなく、逆に低い口調で窘めるように問い掛けたのであった。
トッドはそれに対し、深い海の底を思わせるかのような冷たい声でカーラに言葉を返した。

「人面獣心が何様のつもりだ?それにレディだと?笑わせるな。そんな言葉が似合うのは貴族の令嬢だけだ」

「あら、これは身分の貴賤を問わず、人として守るマナーのようなものだと思っておりましたけれど」

カーラは皮肉めいた言葉を掛けたのだが、それがトッドの逆鱗に触れたらしい。トッドはカーラの腕を強く握り締め、その腕に爪を突き立てていく。
正直に言えば痛かったが、ここで痛みを見せればトッドに屈したことになるだろう。カーラは逆にトッドを睨み付けていた。

二人はこの睨み合いが野生の肉食動物が獲物を奪い合う時のように長々と続くものだと思っていたが、レキシーがトッドの頭を強く叩き付けたことによってそれは中断されてしまう。

「あんた、それ以上、うちの娘に危害を加えるんならこのあたしが直々に追い出してやるよ」

「なんだと?たかだか診療所の医者が偉そうに」

「おや、あたしは昔から医者としてね、あんたのような腐った相手をたくさん相手にしてきたんだよ。そうした相手には飲み薬とか正規の治療だけじゃ足りなくてさ。こうすることにしてるんだよッ!」

レキシーは結論を叫ぶのと同時に自らの拳をトッドの顔に喰らわせたのである。
トッドは悲鳴を上げて地面の上を転がっていく。額当てや面頬がないから相当痛いだろう。だが、自業自得である。
カーラはトッドの手が自身の腕から離れたのを確認すると、腕をパタパタと払い、地面の上に横たわるトッドを見下ろしながら言った。

「ねぇ、コルネリアスさん。今度、私たちを訪ねる際にはもう少し礼儀というものを弁えてからいらっしゃいな。そうすればお話くらいは聞いて差し上げても、よくってよ」

だが、トッドは引き下がろうとはしなかった。代わりに起き上がって二人に向かって拳を繰り広げていったのである。
二人が拳を構えて、トッドを迎え撃とうとした時だ。

「よさないか、この馬鹿者が」

トッドは背後から自身の腕首を掴まれることによって、二人のどちらかに放つ予定であった拳を止められてしまった。
トッドがゆっくりと背後を振り返ると、そこにはカーラからすればまた見覚えのある顔が見えた。
あのいやらしい目付きは一生涯忘れられないだろう。カーラはそんな余計なことを思い浮かべつつも、スカートの両裾を摘み、丁寧な一礼を行う。

「こんばんは。ご機嫌麗しゅうございますね。ロバート卿」

「フフッ、ロバートでいいぞ。カーラ」

そう、カーラにとっての従兄弟ロバート・ハンセンである。
わざわざ歩いて来たのか、ランプを片手に持ったロバートは不快感を感じるようないやらしい笑みを浮かべながらカーラの元へと近付いていく。

それからカーラの金色の髪をかき上げようとしたのだが、カーラがその手を撥ね付け、ロバートを睨んだことによってその行動は阻止されてしまう。
カーラは両目を彼女が普段駆除の時に使う針のように尖らせながら問い掛けた。

「……何をなさいますの?」

「いやぁ、また、キミの髪が綺麗になったと思って、それをかき上げてあげようと思ってね」

ロバートは笑いながら言った。

「失礼ですが、ハンセン家の方というのはみな、レディに対する礼儀というものを知りませんのね?」

カーラの皮肉を聞いたロバートは眉根を寄せ、険しい表情を作り上げていた。
ロバートからは憎悪の炎ともいえる炎が燃え上がり、その炎はたちまちのうちにカーラへと飛び移り、カーラの体全体を焼き尽くすかのように思われた。
だが、すぐにロバートはその炎を揉み消し、代わりにいつものようないやらしい笑顔を浮かべて言った。

「これは失敬、レディに対する礼儀というものを忘れていたようだ」

「わかればよろしいのですわ。それよりもロバート卿がわざわざお越しになられたということは何か重大なことがあったのでしょう?」

「ご名答、だが、この場では言えない。ハンセン家とプラフティー公爵家、両家の威信を揺るがしかねないことだからな。貴女たち二人を我が屋敷にお招きし、そのことを直に伝えたいのだが、よろしいかな?」

「生憎、本日のところは夕食を済ませておりませんので、また後日ということでよろしいでしょうか?」

その言葉を聞いたトッドは怒りに駆られた。カーラの言葉は平民でありながら貴族の申し出を断ったことになるのだからだ。
平民は貴族に絶対というのが世の常識ではないか。
怒りに震えるトッドは己がどのような目的で訪れたのかを忘れ、腰に下げた剣を引き抜こうとしていた。

だが、それをロバートが笑い飛ばしたことで、トッドは剣を抜かずに済んだ。
どうしようもない怒りに囚われ、全身をプルプルと震わせるトッドの横でニヤニヤとした陰湿な笑顔を浮かべたトッドが言った。

「確かに、夕食というものは大切だ。こんな時間に訪れたオレにも非があったな。まぁ、訪問は翌日に改めようではないか。せいぜい今夜は二人で貧しい夕食でも楽しんでくれ」

ロバートは最後に皮肉めいた言葉を言い放ってから、トッドを連れて屋敷へと戻っていく。去り間際にトッドは二人を睨み付けながらその場を立ち去っていく。
レキシーは闇の中へと消えていく二人を睨み付けてからカーラに家の中へと入るように指示を出す。
自宅に戻ったカーラは木製のスプーンを片手にレキシーにあの二人が何の用があってここに訪ねてきたのかを問い掛けた。
それを聞いたレキシーは重い溜息を吐きながら言った。

「それがさ、二日前にあたしたちが運んだ正体不明の男たちについて何か知っていることがあるんだろうと、言って訪ねてきたんだよ。応急的な処置を施しただけのあたしたちがそんなことを知るもんかいッ!」

レキシーが苦々しそうに吐き捨てた。レキシーのいうことは正論である。
自分たち二人は応急処置を施しただけなのだ。正体など知るはずがない。
にも関わらず、二人が何かを知っているものだと断定してやって来たトッドはそのことをレキシーから伝えられても無視して、連れ出そうとしたのだ。
レキシーからすれば王国の中に巣食う傲慢な貴族を表すいい例といってもよかった。

レキシーは話していくうちにつれ、心の内に抱えていた怒りを爆発させたのか、パンを乱暴に噛みちぎり、わざと大きな音を立ててスープを啜っていた。

そこで、見かねたカーラが注意を促したのであった。レキシーはカーラの注意を聞いて、慌てて食に対する態度を改め、落ち着いた様子で食事を行なっていく。
いつもならばレキシーがカーラを注意するというのに今日だけは強引な貴族に対する怒りで我を忘れたレキシーがカーラに窘められているという構図が繰り広げられていた。

カーラは普段とは違う構図に対して笑いを我慢しながらスープを啜っていく。
この日のスープはどこか後味が悪く感じた。
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