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第三章『私がこの国に巣食う病原菌を排除してご覧にいれますわ!』

林檎姫と呼ばれる伝説がありまして

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「今日はわざわざお呼びくださりありがとうございます」

カーラは丁寧な一礼を行いながら言った。レキシーもそれに続いて頭を下げていく。
この日、休日であったカーラはレキシーと共に馴染みの菓子店にお茶に招かれていたのである。

その接待を務めるのは馴染みの女性主人である。彼女は自ら二人を自室へと案内し、自らの手でお茶を淹れ、新作の菓子という採れたばかりだという山いちごを使ったタルトを二人に振る舞っていた。
菓子はもちろん、お茶も茶店にも負けていない。いや、むしろそこら辺にある茶店のお茶よりも美味しく感じられた。
話によればこのお茶は主人が手ずから淹れたものなのだという。

女性主人の意外な一面にカーラとレキシーは驚くばかりであった。
しばらくの間はお茶とタルトをつまみに三人で楽しい話し合いを進めていたのだが、お茶会の会場である主人の部屋の扉を叩く音が聞こえた。
ノックを行ったのは古くからの奉公人であり、店主からは娘のように可愛がられているアメリアであった。そのアメリアが片手に持つ盆の上には林檎を使ったタルトとお茶のお代わりが載っていた。

「失礼します。こちら新作となる林檎のタルトです。うちの店の職人たちが腕によりをかけて作ったので、是非ともお三方に食べていただきたいとのことで」

「そうなの……わざわざありがとうね。アメリア」

女性主人は優しい笑みを浮かべながら言った。

「いえ、私もレキシー先生とカーラさんのおもてなしができて嬉しいんです」

アメリアは心底から楽しそうな顔を浮かべて言った。
それから三人の前にお茶とお菓子を置き、そのまま立ち去ろうとしたのだが、主人によってその場に止められてしまう。

「そう言えば、次の孤児院訪問の時の演劇なんだけど、向こうの先生から連絡があってね。次は『這いつくばり姫』じゃなくて、違う劇がいいって言ってたんだ」

「確かに、同じ劇が続くと飽きてきますものね。次は別の劇にしましょう」

「だろ?あんた何かいい子供劇向きの童話ないかい?」

アメリアは困惑していた。無理もない。突然そんなことを言われても舞台に相応しく面白い童話など思い浮かばないだろう。やむを得ずにカーラも考えることにしたのだが、いい劇というのはなかなか思い浮かばない。カーラは頭を抱えることになった。レキシーも同様に頭を抱えていた。

どうしようかと思い悩んでいた時だ。ふと、カーラの視界にアメリアが置いた林檎のタルトが入った。その瞬間、カーラの頭に素晴らしい物語が呼び起こされた。
それは幼い頃カーラが夢中になって読んでいた物語のうちの一つだった。
意見がまとまったカーラは上品に小さく手を挙げてから自身の意見を述べていく。

「それでは『林檎姫』などいかがでしょうか?」

「『林檎姫」だって?」

カーラの言葉を聞いて、心底から驚いたのはレキシーである。というのも、『林檎姫』という劇があまりにも今のカーラの状況と当て嵌まるからである。

『林檎姫』は文字通り林檎のように赤い頬を持つ華麗なお姫様の物語である。
物語の時代として古代に栄えていた大帝国が三つの王国に分裂し、更にそれから現在のように大小の国家に分かれ、戦を繰り広げていた頃の物語だとされている。

また、その舞台はかつて栄華を誇ったとある王国だとされており、正式な名称は不明であるが、お伽話の中では『林檎の王国』と称されており、以後は便宜上その名称を用いることにする。

『林檎姫』はその『林檎の王国』の姫君であったものの、美しさのために父王からは疎まれ、実母である王妃からは煙たがられている存在であった。
ある時、宴会に訪れた隣国の王子が『林檎姫』に一目惚れし、婚約を申し込んだのである。
それを聞いて嫉妬に駆られたのは『林檎姫』の実母ーー王妃であった。

王妃は娘を殺すために暗黒の竜と契約し、娘を殺そうとしたのである。
しかし、娘を憐れんだ天井の神々によって娘は救われ、そのまま巨大な黒い森の中へと匿われたのであった。

黒い森の中には天上界にいる神々から『林檎姫』を守るために遣わされた七人の騎士たちは王妃が契約した暗黒の竜から繰り出した魔女を打ち破ったのである。

この状況に業を煮やしたのは王妃である。王妃は確実に『林檎姫』を葬るために毒色のリンゴを王宮の人物に作らせ、暗黒の竜が自ら変身した若い娘を遣わしたのである。
暗黒の竜が変身した若い娘は『林檎姫』に毒入りの林檎を手渡し、永遠の眠りに就かせたのであった。
七人の騎士たちはその場で暗黒の竜を叩き殺したものの、肝心の『林檎姫』はいくら揺すっても、叩いても動こうとしない。七人の騎士たちが途方に暮れていたところに城から逃げ出してきた隣国の王子が『林檎姫』に口付けを落とすと、ようやく『林檎姫』はその場から蘇ったのであった。

こうして隣国の王子と『林檎姫』はめでたく結ばれ、その後になって隣国の扇動で『林檎の王国』は滅び、『林檎姫』を迫害していた両親は死んでしまい、二人は末長くいつまでも暮らしていたという話である。

『這いつくばり姫』とは対照的に魔法が用いられた話であるので、女児はもとより男子たちからも人気の高い童話であった。

女性主人とアメリアはカーラの提案を聞いて、二人とも良さげな顔を浮かべていたが、レキシーはどこか浮かない顔をしていた。
というのも、『林檎姫』の童話がどこか今のカーラの状況と似たり寄ったりの状況にあるからだ。

『林檎姫』をカーラに、国王をプラフティー公爵に、王妃をプラフティー公爵夫人に、暗黒の竜をネオドラビア教に置き換えればそのまま当て嵌まってしまうことにレキシーは驚いていた。

カーラもレキシーと同じことに気が付いていたのか、思い出した後にどこかバツの悪そうな顔を浮かべていた。
知らぬのは二人で盛り上がっている主人とアメリアのみである。

やはり、中止というのもどこか悪いので、やむを得ずに二人はそのままにしておいた。
結局押し切られる形で次の舞台は『林檎姫』隣、その台本は出来次第、渡しに行くという。

その後二人は女性主人とアメリアの両方に見送られ、土産に林檎のタルトを手渡されて、帰ったものの、素直には喜べず、どこか複雑な心境であった。
二人が自宅へと戻り、割り切って、林檎のタルトを楽しもうとした時だ。
自宅の前をヒューゴがウロウロとしていることに気が付いた。

レキシーがヒューゴの背中から声をかけると、ヒューゴは血相を変えた様子で慌てて二人の元へと近付いていく。

「カーラさんッ!レキシーさんッ!よかったッ!お二人とも無事だったんですね!」

「無事っていったいどういうことだい?」

話が飲み込めずに首を傾げるレキシーにヒューゴはギルドマスターからの伝言を伝えていく。
ギルドマスターによれば数日前に素性の不明の若い女性がカーラとレキシーを消してくれという依頼を出したこと、そして、同じ日に別の街から訪れたエドガーとマグシーという二名の駆除人がその日以降二人を付け狙っていることを告げたのである。

「……差し詰め、マスターを騙してあたしたちを始末しようと公爵夫人は考えたんだろうけど、それが無理だったから、やむを得ずに別の街にまで行って、駆除人を見繕ってきたというところかな?」

「……惜しいですね。それなら二名の駆除人がその女性が断られたのと同じ日に来るわけがありませんよ」

レキシーの推論にヒューゴは容赦のない突っ込みを与えていく。
二人で二人組の駆除人が現れた経緯を考えていると、横からカーラが割って入って、

「そんなことよりも今後私たちはどのようにすればいいのかお教えくださいません?」

と、真っ当な一言で相手を黙らせたのであった。

ヒューゴは首を縦に動かし、自宅へと招いてもらうと、そのまま二人にギルドマスターから伝えられたことを語っていく。
ギルドマスターによれば相手は常にカーラに対しての憎悪で殺気だっており、単独で駆除を行うのは難しいとの判断であった。
そのため二人には護衛が付き、その護衛役としてヒューゴとギークの両名が選ばれたのだという。

相手が二名である上に赤ずきんのような怪物じみた強さの相手でもないので、大規模な駆除人を動員する必要もないとの事と護衛にあたる二名が護衛対象である二人と窮地の中であるから、という理由で選抜されたのが由来となっている。
なんとも単純な理由だ。カーラは呆れたように溜息を吐き、レキシーも同様の溜息を吐いた。ヒューゴはそれに対して苦笑いを浮かべるばかりである。

三人の間にどこか重い空気が流れていたが、不意にカーラが立ち上がり、台所へと向かっていく。
カーラは台所でお茶を淹れ、二人の元へと置くと、箱を開いて林檎のタルトを置いていく。

「皆様、ここで言い争いをしていても始まりませんし、よろしければお茶にでも致しませんか?」

二人は黙って首を縦に動かす。重い空気を引きずったまま三人でのお茶会が開かれることになった。
カーラは気まずい空気を断ち切るために懸命の努力を行い、積極的に明るい話を行なっていくのである。

カーラの機転のお陰で、なんとか重い空気は打破され、三人でお茶とお菓子を楽しむことができた。

カーラは楽しいお茶会の最後に林檎のタルトを口の中に入れ、サクサクとしたタルト生地に甘いムースと林檎の食感とが合わさり、絶妙な甘さが口の中へと広がっていく。
カーラはいいや、この場にいた三人はそれまでの悪感情や危機のことも忘れてタルトを食べることに夢中になっていた。
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