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第三章『私がこの国に巣食う病原菌を排除してご覧にいれますわ!』

新たなる敵は駆除人である

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「あっ、お嬢様!」

レイラは服飾店にドレスを収め、その帰り道に菓子を買っていたカーラに声を掛けたのである。
小さなケーキとキャラメルの入った箱を携えたカーラは嫌そうな顔を浮かべた後で溜息を吐いてからその呼びかけに応じたのである。

「あら、レイラ。何か用ですの?」

「お嬢様、こんなところでお会いになられるとは偶然とは思えませんわ。よろしければこれから私がお手伝いにーー」

「生憎ですけれど、今晩の夕食の担当は私ですの。何を作るのかももう決まっておりますし、あなたレキシーさんに何を言ったのか覚えていないの?」

その言葉を聞いてたじろぐ様子のレイラにカーラは容赦のない一言を浴びせたのであった。

「そんなわけですから、あなたに来てもらう必要はありませんわ」

カーラが睨みながら言うと、レイラとしても引き下がるより他にない。
悪い時には悪いことが重なるものだ。レイラはそう思わずには居られなかった。

というのも、この日レイラの身の上には不幸ばかりが続いていたからだ。裏の伝を辿り、駆除人たちが集うギルドへと辿り着きはしたものの、そこでカーラとレキシーの駆除依頼はどこかうやむやなものにされてしまったのだ。
ギルドマスターと呼ばれる男がどこかハッキリとしない態度を取っていたこともレイラには癪に障った。

そんな鬱蒼とした思いを抱えたままレイラが外に出て街を歩いていると、取り入らなければならない元公爵令嬢カーラの姿が見え、折を見計らって声を掛け、そのまま取り入ろうとしたのだが、素っ気のない調子で返された上に無視までされてしまったので、レイラの機嫌はすこぶる悪かった。

だからだろう。道を歩いていた柄の悪い中年の男と若い男の二人組の男にぶつかってしまっても機嫌の悪い声で返してしまったのだ。
柄の悪い男二人組のうち若い男が激昂し、レイラの肩を勢いよく突き飛ばしたのである。

「テメェ!オレが誰だか分かってんのかッ!」

自身への態度と攻撃的な口調から身の危機を感じ、全身を震わせたレイラはすぐさま己の非礼を詫び、すかさず二人に取り入ったのである。

男たちはレイラの媚びを売る言葉に気をよくしたらしい。この場を逃す手はない。レイラは近くの酒場に二人を連れ出し、自らお酌をしながら二人に媚びを売っていくのである。
二人はすっかりと気をよくし、レイラにも酒を勧めるようになった。
レイラは酒を啜りながら肝心のことはぼかしつつも、自分がカーラという人間をいかに憎んでいるのかを涙交じりに語っていく。

「公爵夫人がおかしくなられたのも、私のご主人様と親友が死んだのも……みんな、みんな、あの人面獣心のせいなんですッ!あの獣がこの世に居なければ全てうまく言っていたはずなんです!」

「話を聞く限り、あんたの言う人面獣心とやらは相当に酷い令嬢らしいな」

二人組のうち若い男の方が言う。

「フフッ、その通り、まるであんたの言う人面獣心というのは二年前にオレの娘を殺したあの金髪の女のようだ」

二人組のうち中年の男が発した「金髪の女」という単語にレイラが反応した。
レイラはもしかしてと前置きをしてから自身が憎んでいる少女の名前を男たちに語っていく。
男はしばらく話を聞いていたが、レイラの話を聞くうちに笑顔を引っ込め、神話に登場する悪霊のような悍ましい形相へと変貌していった。

中年の男の連れである若い男とレイラが怯えて、酒場の椅子から転げ落ちるほどであったから、この男がいかに恐ろしい顔をしていたかがわかるだろう。
男は顔を変貌させるだけでは飽き足らず、手に持っていたジョッキを机の上に投げ捨てるほどであった。

「え、エドガーさん」

その豹変ぶりに連れの男は思わず声を震わせたが、エドガーと呼ばれた男は構うことなく話を続けていく。

「間違いない。そいつだ。そいつがオレの娘を殺したんだ。二年前の夏に……」

エドガーの脳裏は既に彼の娘が殺されたと言う二年前の夏へと飛んでいた。
エドガーは無我夢中になりながら怖さで震えている二人に向かって二年前に何があったのかを語っていく。

二年前の夏。騎士階級にあり、城下町郊外にこじんまりとした屋敷と土地を持っていたエドガーは当時二十二歳になる愛娘を連れ、療養に繰り出していた。
正直に言えば彼の愛娘は素行があまりよくはなかったし、領地では我儘三昧を尽くし、気に入らない人物を見かければ鞭で叩き付けると言うような性格であった。

もっともこの部分については父親の預かり知らぬところであったが、彼女は宝石店や服飾店からの催促を踏み倒したばかりか、柄の悪い恋人やその取り巻きである傭兵たちを使ってなかったことにしていたのだ。おまけに領地の中で騒動を引き起こしていたので公になることはなかった。領地にいた警備兵が辺境騎士の力を恐れてなぁなぁにしてしまったのである。

このように運に恵まれていた娘であったが、頭は回らなかったのか、療養に訪れた城下町でも領地と同じようなことができるとふみ、傭兵たちを使って宝石店を襲ったのである。
生き残った商店の娘が持ち出した宝石をギルドマスターに渡し、駆除を依頼したのである。
そして、その駆除人としてカーラが選ばれ、エドガーの娘に死の鉄槌が喰らわされたのである。

だが、そのことを知らないエドガーはたまたまカーラが娘を殺す場面を目撃し、憤慨に駆られたのである。
以後、彼は騎士の職を辞退し、復讐の刃を研ぎながら各地で修行の旅を行っていたのである。
そんな中、とある街のギルドマスターが修行中のエドガーに目をつけ、駆除人に仕立て上げたのである。

それから彼は自分と同じ駆除人であるマグシーと呼ばれる若い男と共に行動し、各地で駆除人として名を馳せてきたのである。
エドガーはたまたまとある街で駆除を終え、城下町へと見物に来たところをレイラとぶつかり、今の状況へと至ったのである。

ここまで話して、エドガーはようやく正気に戻ったのか、机の上に落ちていたジョッキを拾い上げ、店員に代わりの酒を注文する。
エドガーは酒を一気に飲み干してからもう一度、レイラに向き直る。その目には執念の炎が宿っていた。

「なぁ、あんた、どうやらあんたの憎んでいる人物とオレが追っている人物とは同一の人物であるらしいな」

「え、えぇ」

「それにあんたはさっき酒の席で、駆除人を追い求めてるとか言ってたな。ならばこのオレがあんたの駆除依頼を引き受けてやろう」

エドガーは胸を張りながら言った。それを見たマグシーが慌てた様子でエドガーへと喰らいつく。

「む、無茶ですよ!エドガーさん!第一、駆除を引き受けるって言ったって、この街のギルドマスターが了承していないんじゃ」

「マグシー。駆除人というのは金で害虫と呼ばれる人を殺す人間のことよ。だが、何事も金では片がつかんこともある。今回のことがそうよ。相手がオレの娘の仇だと知れた以上は金抜きでやらなくてはならん」

エドガーの鬼気迫る様子にマグシーは何も言えなくなったのだろう。

代わりに黙って、マグシーはエドガーのジョッキの中に黙って酒を注ぐ。
自身のジョッキの中に酒が注がれた際に何も言わず、黙ってマグシーの目を見つめたのであった。
その目には「何も言うな」という彼の意思が読み取れた。だからこそ、エドガーは何も言わずにジョッキの中へと注ぎ込まれた酒を飲み干したのである。

二人はしばらく無言で見つめ合い、それから何も言わずに席の上から立ち上がり、懐から金貨を机の上へと置いたのである。
そのまま立ち去ろうとする二人にレイラは居た堪れなくなって、慌てて追い縋り、呼び止めたのである。

「お待ちくださいな。本当にあの人面獣心を倒してくれるんですか?」

その言葉を聞いた二人は一度だけ立ち止まり、ゆっくりと振り返ると、得意げな顔を浮かべて言った。

「安心しろ、必ずこのオレがお前の敵を駆除してやるさ」

それだけ言い捨てると、その後は何も言わずにその場を立ち去って行ったのである。
レイラはそのことを屋敷に帰り、レイラへと報告し、イメルダの機嫌を買うことに成功した。
イメルダは二人組の駆除人のことを知ると、手を叩いて喜ぶ様子を見せた。

「ありがとう。レイラ……これでようやくあの人面獣心がこの世から居なくなるわ。よかった」

イメルダはその後に自ら酒をグラスへと入れ、レイラへと渡したのだ。
二人はそれからグラスとグラスとを重ね合い、乾杯を行う。
二人はそのまま勝利の美酒に酔ったのである。
後はレイラがより一層カーラの懐へと潜り込み、その情報を例の二人組へと渡せば完璧である。
レイラがイメルダと共に酒に酔っていた時のことだ。

「良い酒に酔っておられるようですな」

と、二人と同じく上機嫌なロバートが姿を現した。機嫌の良さのあまりにロバートは鼻歌さえ鳴らしていた。
そんなロバートにイメルダは一瞬の間、喜びの感情を引っ込め、突然現れた甥を睨み付けていた。

「ロバート。あなたどこから?」

「叔父上に断りを入れて、ここに参りました。その上で部屋の外からお話をお伺いしていたのですが、抹殺の依頼が完遂したようですね」

ロバートの回答を聞いたイメルダは機嫌が戻り、そのままロバートにもワインを渡したのである。

「その通りよ。あなたも呑む?」

「では、お言葉に甘えて」

ロバートは叔母から酒を受け取り、その味に酔っていく。
しばらく酒を楽しんだ後で、ロバートは酒を片手に得意げな様子で言った。

「そう言えば、私も手配しておいたんですよ。傭兵たちをね」

「傭兵ですって?」

「えぇ、とびきり柄の悪い連中を……ですので、もしかすればレイラの話にあったお二方の手を煩わせる前に人面獣心は冥界に旅立つかもしれませんね」

イメルダはそれを聞いて、得意げな顔を浮かべて口元を緩め、素直な賞賛の言葉を浴びせたのである。

「流石は我が甥ね」

レイラはロバートが雇った傭兵たちが悲惨な目に遭わされる可能性も考慮したが、そうなった時にはそうなった時だと自身に言い聞かせ、二人が部屋の中で行う小さな宴会に紛れ込んだのである。
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