婚約破棄された悪役令嬢の巻き返し!〜『血吸い姫』と呼ばれた少女は復讐のためにその刃を尖らせる〜

アンジェロ岩井

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第三章『私がこの国に巣食う病原菌を排除してご覧にいれますわ!』

瞬間(ひととき)の夢の中で

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「この人面獣心めッ!お前との婚約はここで破棄させてもらうッ!」

クライン王国の王太子にして第二王子であるベクターはその傍に自身の恋人であるカーラの義妹であるマルグリッタを側に寄せ、目の前で不敵な笑いを浮かべるカーラに向かって人差し指を突き付けながら叫ぶ。パーティーに参加した観客たちは何が起こったのか理解できずに慌てて顔を合わせていた。

そこにカーラの両親であるプラフティー公爵夫妻が姿を現し、ベクターとマルグリッタを相手に対峙する娘の頬を勢いよく張り飛ばした。
公爵夫妻は実の娘よりも血の繋がらない義娘と王子を信じることにしたらしく、両頬をまだら色に染め上げながら実の娘を口汚く煽っていく。

よくそこまで悪口が出てくるものだと感心するばかりである。
見てはいられない。大陸の中でも有数の王国と誉高いド=ゴール朝の王太子、ヒューゴは手を挙げてから夫妻とカーラの間に割って入り、カーラを庇うように背後へと隠すと、突然の乱入によって動揺するベクターに向かって言った。

「ベクター様、このお方との婚約は破棄なされたのですよね?」

「あ、あぁ」

ベクターが弱々しい口調で同意する。

「ならば、この私……ヒューゴ・ド=ゴールが、ここにおられる高貴な御令嬢を貰い受けましょう」

その言葉に会場が湧き上がっていく。というのも、ド=ゴール朝は大陸の中でもそれなりの歴史と力を持った大きな王家であり、大陸内において王家としての権威と権勢はクライン王国を治めるクライン家よりも大きいかもしれない。
ベクターはその言葉にたじろいではいたが、すぐに平静を取り戻して、

「フン、好きになされたらよろしいだろう。しかし、そのカーラなる女は人の姿をしているのにも関わらず、平気で人を虐め、殴り付ける獣のような女です。ド=ゴール家の王太子たる貴君にそのような者が付けば王家の権威と権勢も下がるでしょうな」

と、ベクターは声を震わせながら言った。

「……何を言っているんです。下がるのはむしろ、そちらの王家の方でしょう?」

「な、何ィ!」

「我らの国の人物を使って、そこのマルグリッタなる人物に探りを入れたところ、随分とそのお方は贅沢がお好きな模様ですね」

「い、言い掛かりよ!そんなもの!」

マルグリッタの反論をヒューゴは鼻で笑い、あげつらった。

「そこにいるマルグリッタなる令嬢は公爵家の金を使って好き放題し、それを義姉であるカーラ嬢に咎められてのを機に、義姉であるカーラが公爵家から追い出されるように仕向けたと僕は部下から聞いてますよ」

「違うわ!私は義姉様に無理矢理食べ物を食べさせられたこともーー」

「それは貴女がシェフに嫌いなものを作るなと怒鳴り付けたことが由来でしょう?あまつさえ、そのシェフに食べ物を放り投げるなど、どちらが獣なのかわかりませんね」

その言葉に再び会場の中にざわめきが巻き起こっていく。
だが、ベクターと公爵夫妻のみはそれを聞いて怒るどころか、むしろ、その件を咎めたヒューゴに対して激昂したのである。

「そんなことくらいがなんだッ!マルグリッタは酷いいじめに遭ったんだぞッ!」

三人が口にした反論の言葉には多少の差はあったものの、その大半はこの言葉であった。

「嫌いなものを矯正することはいじめとは程遠いように思えないんですけどね。むしろ、その逆なんじゃないですか」

ヒューゴは三人に対して呆れたような声で言った。

「隣国の王子だと思って我慢して聞いていたら……貴様、オレはこの国の王太子だぞッ!」

ベクターの怒りというのは頂点に達したらしい。マルグリッタを振り解き、その頬に強烈な平手打ちを喰らわせた。
周りの人々は騒ぎ始め、何人かの冷静な判断ができる人はこの場にいる人々では収まらないと判断し、この近くの部屋に待機している国王を呼びに向かう。
そのベクターに向かってヒューゴは殴り返さなかった。そればかりか、不適な笑みさえ浮かべている。

「何がおかしいッ!」

ベクターが問い詰めると、ヒューゴはクックッと笑い、ベクターに向かって得意げな顔を浮かべて言った。

「いやぁ、これから大変なことが起きるかもしれないというのに、呑気だなぁと思いまして」

「大変なことだと?」

ベクターが疑問に感じた時だ。パーティーの扉が開き、立腹した様子の国王と第一王子であり兄のフィン両名の姿が見えた。
ベクターがここぞとばかりに父王の元へと擦り寄り、目の前の王子がいかに酷いかを解説しようとした時だ。
父王が激昂した様子でベクターの両頬を弾いたばかりか、無理矢理頭を掴んで、ヒューゴに謝罪させたのである。

「殿下!バカ息子がとんでもないことを……どうか、どうか……寛大なご処置を」

「いえいえ、オレは何も気にしてませんよ。ただ、ベクター様の代わりに、オレがここにいるカーラ嬢と婚約を結べたらいいなぁと思っておりまして」

「いえ、それではこちらの気が収まりません!バカ息子は王太子廃嫡の上、王子の身分剥奪、そちらにおられるカーラ嬢を除く公爵家の面々の身分を剥奪させた上にそれ相応の処置を取ることをお約束させていただきます」

その言葉を聞いて驚いたのはベクターとプラフティー公爵家の面々である。
ベクターは父王に取りすがろうとして失敗し、足蹴にされ、プラフティー元公爵は悲壮に駆られたようで、膝を崩して泣き喚き、イメルダ・プラフティー公爵夫人は泣き喚く夫の胸ぐらを掴み上げ、マルグリッタは虚な目で「嘘だ、嘘だ。これは夢だ」と自身に言い聞かせていた。
みっともない元王子と元公爵の面々は兵士によってその場をつまみ出されていく。

恐らくあの四人は地下牢へと連れて行かれるのだろう。地下牢の中でもマルグリッタなる令嬢がどうなるのかを考えただけでヒューゴは笑えてしまう。
最後に残ったカーラは自身の国へと向かってしまうので、プラフティー公爵家の断絶は確実であろうから、相当に責められることは間違いない。しかし、身から出た錆とやらだ。同情は厳禁である。

ヒューゴは国王に感謝の言葉を述べ、新たな王太子となったフィンに向かって右手を差し伸べる。
両者ともに固い握手を交わすものの、フィンからは鋭い視線が感じられた。
完全な敵意である。恐らくフィンもカーラのことが好きだったに違いない。だからこそ、彼女を奪い取った自身に対して強い敵意を向けているのだろう。

ヒューゴも気持ちはわかる。故にフィンの態度を見ても見て見ぬ振りをし、見逃すばかりか、彼の両肩に手を置いて、務めて優しい口調で言った。

「大丈夫ですよ。カーラ嬢はオレが必ず幸せにしますからね。あなたはこの国の王太子として頑張ってください」

傍目から見ればそれは激励にしか聞こえないというのもフィンからすれば悪質に感じられたに違いない。
と言っても、フィンは弟ベクターのようにその場で激昂するような愚かな人間ではない。フィンは礼を述べ、黙って頭を下げた。
ヒューゴはそれから呆然としていたカーラの手を優しく握ってパーティー会場から連れ出す。パーティー会場を出て、その後は馬車である。祖国へと向かうための王族専用の豪華な馬車である。

ヒューゴの指示を受けた御者が馬に鞭を放ち、巨大な馬車はゴロゴロと動き出していく。
馬車が動き出してから、しばらくの間カーラは無言であった。
それはヒューゴも同じであった。どこか誘拐じみた真似であるためお互いに気まずいものがあったのかもしれない。

しかし、カーラは意中の人だ。ヒューゴはやっとの思いで気まずい空気の中で口を開いた。

「……カーラ嬢。このような誘拐じみた真似をしてしまって誠に申し訳ない。だが、あぁでもしなければあの場は丸く収まらなかったのだ」

「……私は人身御供だということですのね」

ようやく口を開いたカーラの表情はどこか寂しげであった。

「人身御供だなんて!?オレは本当にあなたが好きなんだッ!」

ヒューゴの言葉にそれまで黙っていたカーラの顔色が変わった。ヒューゴはここぞとばかりに自身の思いを熱く語っていく。

「オレはずっとあんたに惚れてた……けど、あんたにはベクター王子がいた。だから、オレはもう婚約の機会はないと諦めていた。けど、今日あんたは婚約破棄された……だから、この機会しかないと思って、オレはあんたと婚約を結んだんだ」

ヒューゴは普段の敬語口調すら引っ込め、ありのままの自身の思いをカーラへと語っていく。
カーラもヒューゴの熱意に絆されたのか、何も言わずに黙って微笑んでみせた。
ヒューゴはカーラのその笑みは自身の婚約を受け入れたものだと解釈し、改めてカーラの手を手に取り、その前に膝をつき、頭を下げながら言った。

「ド=ゴール朝の王太子、ヒューゴ・ド=ゴール。ここにあなたを生涯守ることをお約束させていただきます。この先何があろうともあなたの御身をお守りし、あなたを大切にすることを誓います」

カーラはそれを聞くとヒューゴと目線を合わせながら真剣な表情を浮かべて言った。

「……殿下がここまでのお誓いを立てられたのならば、私も殿下に対して誓わなくてはなりません」

カーラはそのまま袖を弄ったかと思うと、袖の下から見事な針を取り出したのである。それからその針をヒューゴへと渡す。

「あなた様の熱意に絆されました。その気があればいつでもその針で私を殺してくださいませ」

ヒューゴは慌てて否定しようとしたが、カーラの目は真剣だった。これ以上は嗜めることもできまい。
ヒューゴはカーラから針を受け取ってから、それを地面の下に置き、そのままカーラの唇へと自身の唇を合わせていく。

予想外の対応に目を丸くするカーラをそのまま強く抱き締めていく。
幸せな時間だ。このまま時間が止まればいい。ヒューゴはそう思っていた。
その時だ。「ヒューゴ」と野太い声が自身を呼んでいることに気が付いた。

王太子である自分に敬称も付けずに呼ぶのは誰なのだろう。
ヒューゴが首を傾げたが、時間が経つたびにヒューゴを呼ぶ声は大きくなっていく。声が大きくなるたびに視界が歪み、世界そのものが音を立てて崩れていく。
何事かと慌てて周りを見渡すと、真上には立腹した様子のギルドマスターの姿が見えた。

「あっ、マスター」

ヒューゴはようやく自身が現実へと戻ってきたことを察した。ベッドの上から起き上がり、自身を起こしたギルドマスターに何があったのかを尋ねる。

「何を言っているんだ。これから朝飯の時間だろうが。その後は買い物だ。何を買ってきて欲しいのかは後で紙に書いて渡すから、それを街に買いに行ってくれ」

「わかりましたよ」

ヒューゴは苦笑しながら現実を受け入れたのだった。現実の自分は国を追放された元王子であり、駆除人業の傍らで、ギルドマスターやレキシーの診療所の手伝いを行っているのだ。

今言い付けられたこともその一環である。ヒューゴは朝食を終え、身支度を整えると、そのままギルドマスターから紙を受け取り、買い物へと向かう。
買い出しの中でヒューゴはあの夢について思い返していく。

もし、自分が未だに王太子で、ベクターとやらが行った婚約破棄の現場に居合わせたらあんな対応を取っていたのだろうか、と。
同時にカーラが自身に惚れ、得物である針を渡すようなこともあったのだろうか、と。

いや、カーラならば例えどのような状況にあったとしても駆除人としての心得は忘れない。得物である針を渡すなどあり得ないのだ。
あれは自身にとって都合のいいカーラなのだ。本物のカーラではない。
ヒューゴはそう言い聞かせながら街の酒店の扉を開いていく。











あとがき
今回の話は番外編のようなもので、裏のやり方で始末されたベクターやマルグリッタが正式な方法でザマァされるという展開や悪役令嬢が別の国の王子に溺愛されるというシチュエーションが好きだったので、ヒューゴのの夢という体で書かせていただきました。
しかし、書くのに時間がかかり過ぎたこともあり、二本目の投稿が遅れることになります。
誠に申し訳ありません。
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