婚約破棄された悪役令嬢の巻き返し!〜『血吸い姫』と呼ばれた少女は復讐のためにその刃を尖らせる〜

アンジェロ岩井

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第三章『私がこの国に巣食う病原菌を排除してご覧にいれますわ!』

淡い恋は少しだけ近付いて

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「それではこちらにてお待ちくださいませ」

カーラとレキシーが若いメイドに通されたのは宮殿の中でも中客をもてなすために作られた部屋である。
中には机や椅子の他に小さなローテーブルも置かれており、その上には訪れた客の疲れを癒すために酒と果物とが並べられている。

だが、医師として招かれた身であるためカーラもレキシーも酒に口をつけるわけにはいかない。代わりにメイドがもう一度入室し、二人の前にお茶を置く。

実はこのお茶に使われている葉は特殊なものであり、利尿成分が他のお茶よりも抜群に多く、即効性も高いと評判のクリタレバーという名称の茶葉である。
クリスタレバーは味や香りはいいものの、利尿成分から忌み嫌われており通常、決して客に出すことのない身内のみで楽しむお茶である。

ネオドラビア教の信徒であるメイドはこの茶葉を作戦遂行のために二人へと躊躇うこともなく出したのである。
二人はお茶の他にも果物を食べることも決め、優雅なお茶の時間を過ごしながら呼び出されるのを待とうとレキシーが提案した。

そうと決まれば話が早い。二人は躊躇うことなく用意された果物に口をつけることにした。二人が口にしたのは林檎だ。

カーラの唇のように真っ赤な林檎である。側にあった果物ナイフで皮を剥いてから、均等に切り分け、それを台の下に置かれていた皿に並べてから口に入れ、空いていた腹を満たしていく。

しかし、流石来客には忌み嫌われているだけのことはあり、僅かな時間で二人は茶葉によって生理現象に訪れた。
やむを得ずに二人は手洗いへと出掛けるが、その隙を利用して、メイドが客間へと侵入した。
このメイドはネオドラビア教の信徒であり、少し前にイメルダより与えられた毒薬を持って現れた。

メイドはレキシーの鞄を漁り、その中から薬を取り出すと、薬を懐の中へと仕舞い込み、代わりに毒薬を鞄の中へと戻す。それから何食わぬ顔で客間を後にするのである。

この一連の流れこそがロバートが考えたフィン国王毒殺計画であった。二人を客間に通し、その中に水分を多く含んだ林檎を混ぜて、席を立たせ、その隙に毒薬を仕込み、フィンを毒殺させ、その容疑を二人へと擦りつける。
邪魔な連中をまとめて始末できる完璧な作戦であった。

この企みはレキシーが駆除人ではない通常の医者であったのならば成功したに違いない。
公爵家にとって不幸であったのはレキシーが腕利きの駆除人であり、その得物に毒薬を用いていたことで、毒の見分けには人一倍秀でていたことにあるだろう。

レキシーが自室に帰って、最後の確認を行なっていると、用意した薬が毒薬とすり替わっていることに気が付いたのである。
レキシーはカーラにそのことを話し、今回はフィンに気付けの薬を与えないということを約束させたのであった。
二人で最後の確認を終えると、再びノックの音が鳴り響き、先程のメイドがその姿を見せた。

「レキシー先生、カーラさん、陛下がお呼びです。すぐにお支度してくださいませ」

二人は首を縦に振り、そのまま医療鞄を手に下げながらフィンの元へと向かう。
フィンがいるのは主寝室。歴代の国王が寝室と過ごしてきた部屋である。
二人が主寝室を訪れた時、フィンは椅子の上で政治学の本を難しそうな顔で睨んでいたのだが、二人の姿が見えると、慌てて椅子の上から立ち上がって一礼を行う。
そんなフィンをカーラは慌てて止めさせた。

「お、およしになってくださいな。陛下はこの国の王でしてよ。そのように簡単に頭を下げるものではありませんわ」

「いや、レキシー先生には父上のことでお世話になったからな。こうでもせんと申し訳が立たないのだ」

「でもね、先王陛下は……いや、あんたのお父さんはどのみち長くありませんでしたよ。あたしが薬であの方の体を騙していただけなんですから」

レキシーが視線を背けながら言った。その口振りからは申し訳なさというものが伝わってきた。
だが、フィンは気にするような素振りは見せない。それどころかもう一度頭を下げて礼の言葉を述べたのである。

「いいや、それでも最後に父上と和解ができたのは先生のおかげだ。本当にありがとう」

「まぁ、お礼はそのくらいでいいですよ。それよりも、早く診察を始めましょうか。カーラ、早く鞄渡しな」

カーラはレキシーに鞄を渡し、そこからレキシーの指示の元に道具を渡したり、フィンの体を触ったりしていた。
通常王の体に触れるなど無礼極まるのだが、この場合は治療の一環として触れるのであって、元公爵令嬢ということもあり、普段は礼儀作法にうるさいカーラもそのことについては別に無礼だとは考えなかった。

レキシーはカーラがフィンに触り、カーラが体の状況を報告する中で、フィンが国王としての業務に追われていることに気が付いた。同時に飲酒の量が増えているということも見抜いた。
若いうちから酒を飲み過ぎるというのはよくない。レキシーはフィンを強い口調で窘めた。

レキシーとしては今後の飲み過ぎを防ぐためにも気付けの薬を渡したかったのだが、今回は自身が調合してきた薬がすり替えられているために渡すことはできなかった。
悔やむのはそのことだけである。代わりにフィンに対して、忠告の言葉と代わりのストレス発散法を教えて、二人が立ち去ろうとした時だ。嫌味な顔をした青年が姿を見せた。

カーラはその顔を見たと瞬間に思わず「あっ」と声を上げてしまった。
というのも、部屋に入ってきたのは従兄弟にして有力貴族ハンセン家の長男、ロバートであったからだ。

「何の用だ?」

フィンが低い声で問い掛けた。ロバートはそれに対して丁寧な一礼を行ってからフィンをじっと見つめながら言った。

「陛下、本日、私がこちらに参りましたのは陛下に仇す賊を捕らえるためです」

「賊だと?」

「えぇ、あの忌まわしきバロウズ家から陛下を狙う刺客が来たのだと、私は見繕ったんですよ」

「刺客だと?そいつは誰だ?」

「そこにいるでしょう」

ロバートは得意げな笑みを浮かべながらカーラとレキシーを指差す。
困惑する二人を他所にロバートは声を張り上げながら言った。

「この二人ですよ!」

「何を馬鹿な……冗談も休み休み言わないでくださいよ」

レキシーは呆れたように言ったが、ロバートは引き下がらない。胸を張りながら傲慢な様子でレキシーを怒鳴り付けた。

「惚けるのかッ!貴様が陛下を殺そうしているのは明白ではないか」

「じゃあ、その証拠はどこにあるんですか?」

レキシーから呆れたような口調で問い掛ける。
その言葉を聞いてロバートが勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

「貴様の鞄の中にある毒薬がそうだ」

「鞄の中にあるのは毒薬だったんですか?」

予想外の返答にロバートは初め躓いたような顔を浮かべていた。
あのメイドと共謀し、薬を毒薬にすり替えたということが見抜かれていたということだ。ロバートは冷や汗をかきながらレキシーから目を逸らしていた。

「どういうことかな?レキシー先生」

「あたしたちがね、お手洗いのために席を立った間に何者かが薬を入れ替えたんですよ」

レキシーの説明にフィンに動揺が走る。

「では、レキシー先生。あなたが私に今回薬をくれなかったのはそのことが影響していたからか?」

「えぇ、医師としてあるべきことですけど、得体の知れない薬を陛下に与えるよりはマシだと思いましてね」

「なるほど、そういうことか」

フィンはレキシーではなくロバートを睨み付けた。
ロバートは明らかにたじろいでおり、逃げ場がなくなっているようだ。
ここぞとばかりにカーラもロバートを糾弾する。

「ねぇ、ロバート様、どうしてあなた様はレキシーさんの鞄の中に得体の知れない薬とやらが入っていることをご存知でしたの?まさか、何か知っていたのでは……」

嫌疑をかけられて、黙っているのは逆に容疑を深めるばかりだと考え、ロバートは苦しくも、一応は合に適っている言い訳を口にする。

「あ、当てずっぽうで言ったら当たった。それだけだッ!」

「……あくまでも知らぬ存ぜぬを押し通すおつもりですのね」

カーラは冷え切った瞳でロバートを見つめながら言った。

「と、とにかくです!陛下には敵も多い。故に忠臣たる私がこの場に現れ、警告の言葉を投げ掛けた……それだけのことです。で、では!」

ロバートはそう言って逃げ切った。多くの疑問を残したまま主寝室を逃げるように後にしたのだった。
フィンはそれを見て大きな溜息を吐いた。それは鉛のように重い溜息であったに違いない。側で見ていたカーラはそう感じた。
だからこそ、率直な意見を具申したのだろう。

「陛下、すぐにでもロバート様を追うべきですわ」

「だが、ロバートの背後にはハンセン家が付いている。そればかりではない。そのハンセン家と密接な関係にあるプラフティー公爵家までも敵に回してしまう。有力貴族を二つも敵に回してしまうのはオレは避けたいのだ」

その言葉は真実である。それらの理由がある故にフィンはロバートを追求することはできなかったのだろう。即位したばかりのフィンからすれば両公爵家を敵に回せば厄介なことになるのは間違いないからだ。

下手をすれば王の地位を簒奪され、王朝を変えられ、両家にとって都合のいい傀儡の王を置かれる可能性すらある。そうなれば人々も苦しむだろう。
カーラはそんなフィンの気持ちを汲み取ったためか、黙ってフィンの手を取り、優しく摩っていく。

「……あなたは」

「何も心配なさることはございませんわ。今は私が側についておりますから」

カーラはそのままフィンの側に自身の体を寄せ、肩と肩とを近付けていく。
前述の通り、カーラは元公爵令嬢で礼儀作法や身分には厳格であるはずだ。
だが、今はフィンを気の毒に思っているのか、それとも別の感情が動いているのかどこか近い距離にあった。

その様子を見ていたレキシーが複雑な気分になるほどの距離感であった。
昨日に思いを伝える勇気のないヒューゴを叱咤激励したばかりのレキシーは二人のお似合ぶりを見て、そこにヒューゴが割って入る隙が見えないことに衝撃を受けてしまったのだ。
これではあまりにもヒューゴが気の毒だ。レキシーがやりきれない思いを抱えていた時だ。

扉を開く音が聞こえ、家臣の一人が現れて、国王に向かって馴れ馴れしい態度を取っていたカーラを叱責し、レキシーを強い口調で窘め、国王に注意を与えたのである。
二人はそのまま容赦なく引き離されてしまい、その日の診察は中止となってしまった。
レキシーがカーラにフィンについて尋ねたのは帰り道、茶店でお茶を啜っていた時のことである。

「ねぇ、カーラ。あんた、本当のところ王様に関してどう思っているんだい?」

「どう思っているんだと仰られますと?」

「そりゃあ、好きか嫌いかってことだよ」

「それは好きに決まっておりますわ。なにせ、この国の国王ですもの」

「違う。違う。そうじゃなくて、王様をパートナーにしたいのかということを聞きたいんだよ。あたしは」

カーラの手が止まった。カップを握ったまま動こうとしない。やはり、フィンに関して何か思うところがあるらしい。
これは本当にヒューゴに脈はないのかもしれない。
この時レキシーが吐いた溜息は鉛のように重かった。
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