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第三章『私がこの国に巣食う病原菌を排除してご覧にいれますわ!』
二人の刺客は動いて
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「昨日は惜しかったね?」
「うん、惜しかった」
この時、『赤ずきん』と称されるロビンとエイブリーという二人の少年は街の酒場で互いの健闘を褒め称えながら酒を啜っていた。
しかし、格好はいつもの赤ずきんにドレスという姿ではなく、一般の男性がするような服装であった。
これは一般人から怪しまれないための二人にとってはいわゆる苦痛ともいえる判断であった。目立ってしまえば敵に付け入る隙を与えてしまうことになる。
それ故に苦渋の判断とも言えるような決断を行い、自らの女装を解いたのである。
それでも美男子であるので、注目は否が応でもされてしまうのが辛いところである。
現に今も二人は人々から好奇の目に晒されていた。しかも、どちらかといえばその視線は異性よりも同性から向けられることが多かった。
二人はそれだけ同性から興味を持たれていたということだろう。やがて、視線を向けていたはずの一人がただ見ているというだけに我慢が仕切れなくなったのか、声を掛けられてしまった。
「いよぉ、可愛いにいちゃんたち。おじさんでよければなんだって奢ってやるぜ」
声を掛けたのは体格のいい中年の男である。筋肉質であることを強調するためか、服の胸元が開き、その腰には短剣を挟んで見せびらかしている。
典型的な裏社会の人間であるようだ。男の言葉を聞いて二人うちロビンは男の言葉に甘えようとしたが、エイブリーがそれをキッパリと否定したのである。
「いえ、結構です」
「そんなつれないことを言うなよ。どんな高いものだって、おれがごちそうしてやるって言ってるんだぜ」
「いえ、どうもおじさんからはあまりいい匂いがしないのでね」
少年が目を尖らせながらそう言うと、男は引っ込むより他になかった。
その後で二人は連れ添って酒場を出たが、背後から自分たちを付けている気配に気が付いた。
どうやら先程の男であるらしい。断られたことに腹を立てているのか、背後から怒気のようなものも感じられる。
二人はそれを察して、小声で言い合った。
「よし、やるか、ロビン」
「やろう。狼狩りの時間だ」
二人は黙って首を縦に動かし、城下町の裏通りの中をくまなく動いていく。
それは男を巻くのが目的ではなかった。二人の目的は男を誘い出して殺すことにあった。
男は単純であったので、城下町の中を歩き回り、その街角などを利用して男を待ち伏せするのは簡単であった。
道に迷った男をロビンが背後から飾り紐で絞め上げ、弱っている男の元へとエイブリーが毒を仕込んだ飾り櫛で突き刺す。
二人の連携は完璧であった。男は抵抗する暇も与えられずに地面の上へと倒れたのである。
二人はまた表通りへと出ようとしたのだが、またしても気配を感じて、相手を害そうと試みていた。
だが、背後から声を掛けられては立ち止まるより他に仕方なかった。
二人が振り返ると、そこには黒いローブを纏った若い男性が立っていた。
「お二人とも、お初にお目に掛かる。おれの名前はイザイヤ。ネオドラビア教の戦士だ」
「ネオドラビア教?あの恐ろしい教団のことかい?」
「恐ろしい?とんでもない。それは大きな誤解だ。我々、ネオドラビア教は王家や人々に弾圧されながらも真っ当に修行し、平和のために神へと祈る真っ当な宗教だ。そのような言い方は誤解を招く故にやめてもらいたい」
「ふーん」
二人はなんの興味も持っていないというような声で答えた。
「まぁ、我々に関することは後ほど、教えることにして……どうやらキミたちと我々とは同じ人物を標的にしていることがわかった。それからはわかるね?」
「要するに同じ人物を標的にする者同士のよしみで、手を組みたい……そういうわけだね?」
ロビンの問い掛けにイザイヤは満足気な表情を浮かべて首を縦に動かす。
それから二人の少年に向かって自らの手を差し伸べるのであった。
「さぁ、我々で手を組んで動きだそうではないかッ!共に手を取り合い、邪魔な連中を押し除けて、神の世の中をーー」
イザイヤは自身に酔った演説を続けることはできなかった。というのも、彼の首元に飾り紐が巻き付けられ、背後から勢いよく締め上げられていったからだ。
絞殺されるという事実に身の危険を感じ、ドタバタと体を動かすイザイヤに向かって、目の前に立っていたエイブリーが楽しげな表情を浮かべて答えた。
「お兄さんのさ、言いたいことはわかるよ。でもね、ぼくらは組む気なんてないんだ。なぜかって?」
この時エイブリーには顔いっぱいに笑顔が広がっていた。それは普通の笑いからは程遠い醜く歪んだ笑顔だった。
エイブリーは自身が殺される恐怖以上にその笑顔に恐怖するイザイヤの元へと顔を近付けて言った。
「キミたちと組むよりもキミたちと敵対して、ぼくらが先に標的を狩った方が楽しいと考えたからさッ!そういうわけなんで、キミには死んでもらう」
エイブリーが『死んでもらう』という言葉を発した後にイザイヤの首元に巻き付いた飾り紐はより一層強められていく。
イザイヤからはとうとう目の前を見る余裕すら失われ、そのまま息絶えてしまった。
イザイヤから完全に息が途絶えた瞬間にロビンは首に巻き付けていた飾り紐を離し、その背中を思いっきり蹴り付けてから地面の上へと倒させた。
「ちょっと、やりすぎじゃない?」
「ううん。宣戦布告ならばちょうどいいくらいだよ」
ロビンが先程のエイブリーに負けないような歪な笑みを浮かべて言った。
「それもそうか」
エイブリーもロビンに釣られて笑う。この二人は両者ともに歪で、どこか人には理解されない思考の持ち主であった。
カーラたちにとって幸いであったのは、
「そりゃあ、災難だったな」
と、ギルドマスターが襲撃の件を了承し、二人の自宅の扉が直るまで酒場に置いてくれたことだろう。
二人は翌日もギルドマスターが酒の代わりに淹れてくれたお茶を酒場の中で啜りながらこれからのことを話し合っていた。
仮に扉が直ったとしても自宅の場所を知られている以上は戻らずに駆除人ギルドに篭り、二人との因縁が付くまでの間は立てこもるべきではないか、という意見とどうせ居場所が割れているのならば自宅で二人を待ち伏せるべきなのではないかという意見に割れていた。
レキシーが前者の主張を行い、カーラが後者の主張を行なって、意見をぶつけ合っていた。
お茶を飲みながらの討論に終止符を打ったのはヒューゴからの一言であった。
「じゃあ間をとって、マスターに頼みましょう。お二人のお家に見張りの駆除人を何人かで見守ってもらうんです。それならばいいでしょう?」
ヒューゴからの妥協案に二人は納得がいったのか、互いに首を縦に動かす。
その後二人は空き部屋へと引っ込み、翌日の仕事に備えることになったのだが、カーラは眠れずに酒場へと戻ってきていた。
ちびちびと酒を飲みながら時間が経つのを待っているカーラに対し、ここぞとばかりにヒューゴは声を掛けた。
「眠れない時には無理に酒を飲むよりも読書とかして頭を疲れさせたほうがいいって聞きましたよ」
「そうだけれど、最近自発的に読むような面白い本がなくて……」
「なら、おすすめの探偵小説があるんです。それを貸してあげますよ」
ヒューゴは席を立つように促し、そのまま二人で自室へと向かっていく。
自室までは二人。ヒューゴはここぞとばかりにカーラへと積極的に話し掛けてみた。
最初は駆除にかこつけての話題だった。昨日の襲撃犯をどのように処理したかとか、今後あの赤い頭巾を被った二人と対峙した時にはどうすればいいかなどを話していたが、次第にヒューゴはどこかプライベートな領域へと足を踏み入れていた。それがこの質問であった。
「ねぇ、カーラ。あんたは今陛下に……いいや、フィンにどんな感情を抱いているんですか?」
「と言いますと?」
「単刀直入に言うと、おれには陛下があんたに惚れているように見えました。あんたとレキシーさんが旅に出る前にあんたに純白のドレスを作らせ、それを渡そうとしたのが何よりの証拠ですよ」
ヒューゴの言葉には反論ができなかった。それにカーラ自身もフィンの好意には気付いていた。
しかし、平民である自分が王族である彼の人生を狂わせるわけにはいくまいと彼の返事には乗る素振りを見せなかった。
加えて、カーラ自身にはあまりフィンに対して思い入れがないというのも大きい。少し前に患者たちの噂でフィンの婚約者が決まりそうだという話を聞いた時も嫉妬の感情などは芽生えてこなかったのがその証拠といえるだろう。
むしろ、今後選ばれるフィンの婚約者に注意が向いたほどである。
だが、フィンに関心がないかと問われればそれは嘘になる。
そのためカーラとしては、
「……どうして、そんな意地悪なことを仰るんですの?」
と、どこか弱々しい声で問い掛けるしかなかった。
「だって、陛下にそろそろ婚約者が決まりそうだというのに、陛下が……あいつがあんたに何も言わないから」
「ヒューゴさん。あなたも元王子ならばお分かりでしょう?国王たる者、わざわざ平民一人に時間なぞ割いていられませんの。国土を守るため、民を守るため、多くの時間を宮廷で過ごさねばなりませんので」
「……わかっていますよ。けど、それでも、あんなことが決まったというのならば愛する人に一言何か言うのが男というものでしょう……」
ヒューゴは下唇を噛み締めながら言った。悔しくて堪らないと言わんばかりの感情が彼の顔から垣間見えた。
ヒューゴはそれから明るい表情を見せ、そのまま探偵小説をカーラへと手渡す。
カーラはそれを受け取ると、礼を述べてからその場を後にする。ヒューゴは本を抱えて部屋へと戻るカーラの姿を拳を震わせながら見つめていた。
自分には勇気がなかった。あの時に一言だけ言えばよかったのだ。
「あの男の代わりにあなたを愛します」
それだけのことを告げればカーラは永遠に自分のものとなったのだ。そうしてから一念発起し、駆除人として与えられる報酬を貯め、王座を奪還し、カーラを自身の祖国の王妃として迎えることができたかもしれない。
だが、そんなことは不可能だ。意中の女性に思いも告げられないような小心者の男がそんな大それたことなどできるはずがないし、できたとしてもカーラはそんなことを望まないだろう。
ヒューゴはそのまま不貞腐れながら寝台の上に転がり、探偵小説を読み始めたが、カーラへの過ぎ去った後悔が頭をよぎり、文字が頭に入ってこなくなった。
ヒューゴは小心な自分を呪うしかなかった。
「うん、惜しかった」
この時、『赤ずきん』と称されるロビンとエイブリーという二人の少年は街の酒場で互いの健闘を褒め称えながら酒を啜っていた。
しかし、格好はいつもの赤ずきんにドレスという姿ではなく、一般の男性がするような服装であった。
これは一般人から怪しまれないための二人にとってはいわゆる苦痛ともいえる判断であった。目立ってしまえば敵に付け入る隙を与えてしまうことになる。
それ故に苦渋の判断とも言えるような決断を行い、自らの女装を解いたのである。
それでも美男子であるので、注目は否が応でもされてしまうのが辛いところである。
現に今も二人は人々から好奇の目に晒されていた。しかも、どちらかといえばその視線は異性よりも同性から向けられることが多かった。
二人はそれだけ同性から興味を持たれていたということだろう。やがて、視線を向けていたはずの一人がただ見ているというだけに我慢が仕切れなくなったのか、声を掛けられてしまった。
「いよぉ、可愛いにいちゃんたち。おじさんでよければなんだって奢ってやるぜ」
声を掛けたのは体格のいい中年の男である。筋肉質であることを強調するためか、服の胸元が開き、その腰には短剣を挟んで見せびらかしている。
典型的な裏社会の人間であるようだ。男の言葉を聞いて二人うちロビンは男の言葉に甘えようとしたが、エイブリーがそれをキッパリと否定したのである。
「いえ、結構です」
「そんなつれないことを言うなよ。どんな高いものだって、おれがごちそうしてやるって言ってるんだぜ」
「いえ、どうもおじさんからはあまりいい匂いがしないのでね」
少年が目を尖らせながらそう言うと、男は引っ込むより他になかった。
その後で二人は連れ添って酒場を出たが、背後から自分たちを付けている気配に気が付いた。
どうやら先程の男であるらしい。断られたことに腹を立てているのか、背後から怒気のようなものも感じられる。
二人はそれを察して、小声で言い合った。
「よし、やるか、ロビン」
「やろう。狼狩りの時間だ」
二人は黙って首を縦に動かし、城下町の裏通りの中をくまなく動いていく。
それは男を巻くのが目的ではなかった。二人の目的は男を誘い出して殺すことにあった。
男は単純であったので、城下町の中を歩き回り、その街角などを利用して男を待ち伏せするのは簡単であった。
道に迷った男をロビンが背後から飾り紐で絞め上げ、弱っている男の元へとエイブリーが毒を仕込んだ飾り櫛で突き刺す。
二人の連携は完璧であった。男は抵抗する暇も与えられずに地面の上へと倒れたのである。
二人はまた表通りへと出ようとしたのだが、またしても気配を感じて、相手を害そうと試みていた。
だが、背後から声を掛けられては立ち止まるより他に仕方なかった。
二人が振り返ると、そこには黒いローブを纏った若い男性が立っていた。
「お二人とも、お初にお目に掛かる。おれの名前はイザイヤ。ネオドラビア教の戦士だ」
「ネオドラビア教?あの恐ろしい教団のことかい?」
「恐ろしい?とんでもない。それは大きな誤解だ。我々、ネオドラビア教は王家や人々に弾圧されながらも真っ当に修行し、平和のために神へと祈る真っ当な宗教だ。そのような言い方は誤解を招く故にやめてもらいたい」
「ふーん」
二人はなんの興味も持っていないというような声で答えた。
「まぁ、我々に関することは後ほど、教えることにして……どうやらキミたちと我々とは同じ人物を標的にしていることがわかった。それからはわかるね?」
「要するに同じ人物を標的にする者同士のよしみで、手を組みたい……そういうわけだね?」
ロビンの問い掛けにイザイヤは満足気な表情を浮かべて首を縦に動かす。
それから二人の少年に向かって自らの手を差し伸べるのであった。
「さぁ、我々で手を組んで動きだそうではないかッ!共に手を取り合い、邪魔な連中を押し除けて、神の世の中をーー」
イザイヤは自身に酔った演説を続けることはできなかった。というのも、彼の首元に飾り紐が巻き付けられ、背後から勢いよく締め上げられていったからだ。
絞殺されるという事実に身の危険を感じ、ドタバタと体を動かすイザイヤに向かって、目の前に立っていたエイブリーが楽しげな表情を浮かべて答えた。
「お兄さんのさ、言いたいことはわかるよ。でもね、ぼくらは組む気なんてないんだ。なぜかって?」
この時エイブリーには顔いっぱいに笑顔が広がっていた。それは普通の笑いからは程遠い醜く歪んだ笑顔だった。
エイブリーは自身が殺される恐怖以上にその笑顔に恐怖するイザイヤの元へと顔を近付けて言った。
「キミたちと組むよりもキミたちと敵対して、ぼくらが先に標的を狩った方が楽しいと考えたからさッ!そういうわけなんで、キミには死んでもらう」
エイブリーが『死んでもらう』という言葉を発した後にイザイヤの首元に巻き付いた飾り紐はより一層強められていく。
イザイヤからはとうとう目の前を見る余裕すら失われ、そのまま息絶えてしまった。
イザイヤから完全に息が途絶えた瞬間にロビンは首に巻き付けていた飾り紐を離し、その背中を思いっきり蹴り付けてから地面の上へと倒させた。
「ちょっと、やりすぎじゃない?」
「ううん。宣戦布告ならばちょうどいいくらいだよ」
ロビンが先程のエイブリーに負けないような歪な笑みを浮かべて言った。
「それもそうか」
エイブリーもロビンに釣られて笑う。この二人は両者ともに歪で、どこか人には理解されない思考の持ち主であった。
カーラたちにとって幸いであったのは、
「そりゃあ、災難だったな」
と、ギルドマスターが襲撃の件を了承し、二人の自宅の扉が直るまで酒場に置いてくれたことだろう。
二人は翌日もギルドマスターが酒の代わりに淹れてくれたお茶を酒場の中で啜りながらこれからのことを話し合っていた。
仮に扉が直ったとしても自宅の場所を知られている以上は戻らずに駆除人ギルドに篭り、二人との因縁が付くまでの間は立てこもるべきではないか、という意見とどうせ居場所が割れているのならば自宅で二人を待ち伏せるべきなのではないかという意見に割れていた。
レキシーが前者の主張を行い、カーラが後者の主張を行なって、意見をぶつけ合っていた。
お茶を飲みながらの討論に終止符を打ったのはヒューゴからの一言であった。
「じゃあ間をとって、マスターに頼みましょう。お二人のお家に見張りの駆除人を何人かで見守ってもらうんです。それならばいいでしょう?」
ヒューゴからの妥協案に二人は納得がいったのか、互いに首を縦に動かす。
その後二人は空き部屋へと引っ込み、翌日の仕事に備えることになったのだが、カーラは眠れずに酒場へと戻ってきていた。
ちびちびと酒を飲みながら時間が経つのを待っているカーラに対し、ここぞとばかりにヒューゴは声を掛けた。
「眠れない時には無理に酒を飲むよりも読書とかして頭を疲れさせたほうがいいって聞きましたよ」
「そうだけれど、最近自発的に読むような面白い本がなくて……」
「なら、おすすめの探偵小説があるんです。それを貸してあげますよ」
ヒューゴは席を立つように促し、そのまま二人で自室へと向かっていく。
自室までは二人。ヒューゴはここぞとばかりにカーラへと積極的に話し掛けてみた。
最初は駆除にかこつけての話題だった。昨日の襲撃犯をどのように処理したかとか、今後あの赤い頭巾を被った二人と対峙した時にはどうすればいいかなどを話していたが、次第にヒューゴはどこかプライベートな領域へと足を踏み入れていた。それがこの質問であった。
「ねぇ、カーラ。あんたは今陛下に……いいや、フィンにどんな感情を抱いているんですか?」
「と言いますと?」
「単刀直入に言うと、おれには陛下があんたに惚れているように見えました。あんたとレキシーさんが旅に出る前にあんたに純白のドレスを作らせ、それを渡そうとしたのが何よりの証拠ですよ」
ヒューゴの言葉には反論ができなかった。それにカーラ自身もフィンの好意には気付いていた。
しかし、平民である自分が王族である彼の人生を狂わせるわけにはいくまいと彼の返事には乗る素振りを見せなかった。
加えて、カーラ自身にはあまりフィンに対して思い入れがないというのも大きい。少し前に患者たちの噂でフィンの婚約者が決まりそうだという話を聞いた時も嫉妬の感情などは芽生えてこなかったのがその証拠といえるだろう。
むしろ、今後選ばれるフィンの婚約者に注意が向いたほどである。
だが、フィンに関心がないかと問われればそれは嘘になる。
そのためカーラとしては、
「……どうして、そんな意地悪なことを仰るんですの?」
と、どこか弱々しい声で問い掛けるしかなかった。
「だって、陛下にそろそろ婚約者が決まりそうだというのに、陛下が……あいつがあんたに何も言わないから」
「ヒューゴさん。あなたも元王子ならばお分かりでしょう?国王たる者、わざわざ平民一人に時間なぞ割いていられませんの。国土を守るため、民を守るため、多くの時間を宮廷で過ごさねばなりませんので」
「……わかっていますよ。けど、それでも、あんなことが決まったというのならば愛する人に一言何か言うのが男というものでしょう……」
ヒューゴは下唇を噛み締めながら言った。悔しくて堪らないと言わんばかりの感情が彼の顔から垣間見えた。
ヒューゴはそれから明るい表情を見せ、そのまま探偵小説をカーラへと手渡す。
カーラはそれを受け取ると、礼を述べてからその場を後にする。ヒューゴは本を抱えて部屋へと戻るカーラの姿を拳を震わせながら見つめていた。
自分には勇気がなかった。あの時に一言だけ言えばよかったのだ。
「あの男の代わりにあなたを愛します」
それだけのことを告げればカーラは永遠に自分のものとなったのだ。そうしてから一念発起し、駆除人として与えられる報酬を貯め、王座を奪還し、カーラを自身の祖国の王妃として迎えることができたかもしれない。
だが、そんなことは不可能だ。意中の女性に思いも告げられないような小心者の男がそんな大それたことなどできるはずがないし、できたとしてもカーラはそんなことを望まないだろう。
ヒューゴはそのまま不貞腐れながら寝台の上に転がり、探偵小説を読み始めたが、カーラへの過ぎ去った後悔が頭をよぎり、文字が頭に入ってこなくなった。
ヒューゴは小心な自分を呪うしかなかった。
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