婚約破棄された悪役令嬢の巻き返し!〜『血吸い姫』と呼ばれた少女は復讐のためにその刃を尖らせる〜

アンジェロ岩井

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第三章『私がこの国に巣食う病原菌を排除してご覧にいれますわ!』

ネオドラビア教再び動く

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「……それで、あなたがここにやってきた目的というのは私たちと手を組むためだというの?」

プラフティー公爵夫人イメルダは突然現れたネオドラビア教の大司教に対して新たなグラスを取り出し、その中に新たに封を開けたワインを注ぎながら問い掛けた。

「その通りです。公爵夫人」

ピーターは丁寧に一礼を行いながら言った。

「組む理由は?敢えて私の個人的な復讐に手を貸す理由というのは?」

「……教皇猊下は愛娘であらせられましたマルグリッタ様の死に深く胸を痛められておりまして、その仇討ちに燃えておられる公爵夫人に手を貸したいというのが理由なのです」

「……驚いたわ。まさかマルグリッタがイノケンティウスの娘だったなんて」

正確に言えばイノケンティウスの腹違い娘ということになるだろう。
公の場においてイノケンティウスの子どもというのは正式なパートナーとの間に出来たポール、ジョゼフ、パトリックの三人であるが、正式ではない相手との間に誕生した子どもがマルグリッタだというのは教団の幹部であるのならば誰しもが知っている事実である。

イノケンティウスは子どもたちを殺された報復としてカーラを狙っており、その機会を探っていたところで、たまたま公爵夫人がカーラを殺すために殺し屋を探しているという話を小耳に挟み、接触を図ったのだという。
それを聞いたイメルダは不敵な笑みを浮かべて言った。

「……いいわ。味方というのは多ければ多いほどいいのだもの。その代わり、私の手となり足となって動きなさい」

その言葉を聞いてピーターは丁寧な一礼を行ってから部屋を後にした。
ピーターは部屋を出て、極秘裏に公爵家の屋敷を抜け出す。
それから城下町へと戻り、街の適当な宿屋の二階にある自身の部屋にある寝台の上でここに来るまでのことを思い返していく。

ピーターは目を閉じながら少し前の時間へと思いを馳せていた。既に彼の耳にはあの時の教皇の演説が聞こえてきていた。

「諸君ッ!我らは危機に立たされているッ!」

その日、ネオドラビア教の教皇イノケンティウス・ビグラフトは教団の総本山とされるゴルーダの街にて大規模な集会を開いていた。
身振り手振りを使っての激しい演説である。イノケンティウスが行う街の教会には演説を聞くために大勢の信者が押し寄せていた。それこそ集会場所となるゴルーダの街にある巨大な聖堂からはみ出さんばかりの多くの人々が……。
イノケンティウスは自身のために集まった多くの人たちに対して身を乗り出し、身振り手振りの他にわかりやすい言葉とわかりやすい「敵」の存在を作り出し、信者たちの敵愾心を煽っていた。

「我々教団はこの国で、いや、この世界から弾圧を受けているッ!これは我らに対する挑戦であるッ!神の遣わした偉大なる緑色の竜は我々をお守りくださるだろうッ!我々は偉大なる神を旗印に王国に対して立ち向かわねばならんのだッ!」

イノケンティウスの演説に信者たちは拳を突き上げ、賛成の意をあらわにしていく。信者たちにとって自分たちの教義を弾圧するフィンの存在は邪魔であったのだ。信者たちは酔っていた。イノケンティウスの演説に。そして、自分たちこそが正義であるという考えに。
ピーターも例外ではなかった。若き大司教はイノケンティウスの演説に感銘を受け、図々しいということを承知の上で、自身の信仰心と教団並びにイノケンティウス個人に対する忠誠心を訴え掛けたのである。
通常ならばイノケンティウスは無礼な訪問者を一刀両断の下に斬り捨てていたかもしれない。だが、この時になればフィン国王によって大きく削がれた教団の人材を補填する目的もあったのか、イノケンティウスは跪くピーターに対して目線を合わせ、その頭を優しく撫でたのだった。

「ありがとう。キミの言葉に私は大きく勇気付けられたよ」

「げ、猊下……」

ピーターは感動した。無礼を働いたにも関わらず、それを咎めるどころか、お褒めの言葉を掛けられるとは思いもしなかったのである。
感銘に打ちひしがれている大司教をネオドラビア教でいうところの天国へと舞い上げたのはイノケンティウスの次の言葉であった。

「キミを提督に任命しよう」

「わ、私を提督にですか!?」

ピーターが驚くのも無理はない。ネオドラビア教にとっておいて提督に地位に就けるというのは多大なる名誉を与えられるのに等しかった。
提督は一般的にネオドラビア教における地下の勢力を全て束ねられる他に、裏のNo.2とも称され、教皇以外からの命令を受け付ける必要がないとされ、権力を自在に行使することができるという面からも魅力的であった。

だが、当然責任というものも重くなる。
『責任』の二文字が頭をよぎった時、ピーターは辞退の言葉を述べようかと考えたのだが、すぐに思い直し、イノケンティウスの手を取り、首を垂れてから手の甲に口付けを落として言った。

「ありがとうございます。このピーター・アニマ。不詳の身なれども、立派に提督の役目を果たし、神の敵どもを皆殺しにしてくれましょう」

「うん。いい返事だね。若者はこうでなくてはいけない。みんなも彼を見習うようにねッ!」

イノケンティウスは自身の周りに集まっていた側近たちに向かって忠告とも言える言葉を飛ばす。
それを聞いて側近たちは萎縮し、慌てて頭を下げて「はい!」と叫んだのだった。
ピーターはこの時、老齢の側近たちよりも自分の方が価値があるのだと自惚れていた。

だが、ピーターは知らなかった。ネオドラビア教にとって邪教の都とされる城下町にあった前線基地ともいえるネオドラビア教の教会はフィンの手によって解体させられ、その土地は召し上げられていたということを。
城下町におけるネオドラビア教の指導者全員が拘束され、信者の多くが回収を余儀なくされていということを。

このような最悪ともいえる状況では駆除人たちと戦うことなど不可能だろう。
やむを得ずにピーターは同行させた闇の人間を用いて、かつてネオドラビア教の勢いがあった時期にネオドラビア教と親交が深かった貴族たちに声を掛けたものの、多くが現国王を恐れてピーターたちの言葉には耳を貸そうとはしなかった。
ピーターは当分の拠点と決めた宿屋のベッドの上で悶々としていた時だ。

戦士の一人が耳寄りの情報を持って現れたのだ。プラフティー公爵夫人がカーラを殺すために殺し屋を集めているのだという話を。
ピーターはプラフティー公爵夫人の計画に乗じることを決め、接触を図ることにしたのだった。
教皇にも使いを出したが、教皇はこの申し入れを快諾し、ピーターに公爵家と共に戦うように指示を出したのである。


教皇からのインク付きがある提案とはいえ、公爵夫人の上から目線ともいえる態度にピーターは辟易してしまったが、それでも同盟を組めたことには違いない。
これでカーラも終わりだろう。加えて、ピーターは総督としてネオドラビア教にとって邪魔となる存在も全て消すつもりでいた。そう、自分たちを弾圧するフィン国王も。
カーラの後はフィン。教団にとっての邪魔者を始末するという路線はピーターの中でそれは確定事項となっていた。

















「……詳しい事情は言えねぇが、自警団の中に一人剣の腕が立つ奴がいるんだが、そいつを駆除してもらいたいんだ。剣に物を言わせて、商店から金や食い物、それに酒を巻き上げる外道だからな。決して容赦するなよ」

カーラはギルドマスターの言葉を思い返しながら、自警団に所属している剣の達人を駆除するために夜の闇に身を潜め、自警団の男を待ち構えていた。
しばらくの間自警団の男に探りを入れ、真夜中に酒場で酒盛りを楽しんだ後に自分が待ち構えている場所を訪れることは確定しているので、余程のことがない限りは来ないということはないだろう。

カーラが物陰で息を潜めながら男を待っていると、剣を下げた中年の男の姿が見えた。
中年の男は深く酔っているのか、ヘラヘラと笑いながら一人で剣を抜いて振り回しながら千鳥足で街中を歩いていた。

「オレを誰だと思ってるぅ~オレは自警団のジャスパーさんだぞぉ~」

完全に酔っている。泥酔しているといってもいいだろう。駆除するのならば今しかない。カーラは満面の笑顔を浮かべながらジャスパーの元へと近付いていく。

「おっ、なんだ?お前は?」

「私、ここの酒場に務める者ですの。よろしければ、お酌をさせていただけなくて?」

カーラは酒場で働く女性を演じることで、ジャスパーを油断させるつもりでいた。その作戦は功を奏したらしい。

「おっ、いいぞ、さぁ、早く酒を入れろ!」

ジャスパーは心底から楽しいと言わんばかりの表情を浮かべながらカーラを手招きしていく。深く酔っていることもあり、自分がどこにいるのかも自覚できていないらしい。カーラは好都合だとばかりにジャスパーへと擦り寄る。

カーラに擦り寄られたジャスパーは気を良くしたのか、エヘエヘと気色の悪い笑みを浮かべていた。

「それではお酌をさせていただきますわ」


「まぁ、待てよ。お酌よりもオレはあんたの方がーー」

ジャスパーはカーラによからぬ心を抱いていたのだが、その本懐が遂げられることはなかった。
というのも、カーラによって自身の心臓に針を打ち込まれてしまったからだ。

カーラの持つ針は心臓を一突きにし、ジャスパーという男の息の根を確実に止めた。
心臓に針が刺さったことにより、血液の流れを止められたジャスパーは前のめりになって倒れようとしたのだが、カーラが体を強く突き飛ばしたことにより、後ろ向きになって倒れ込む。

「あなたにはお似合いの死に場所でしてよ。まぁ、せいぜい冥界では冥界王のご機嫌を損ねないようにすることですわ」

カーラはジャスパーの胸から針を回収し、立ち去ろうとしたのだが、拍手の音を聞いて慌てて振り返る。
そこには赤い頭巾を被り、白色のドレスを着た少年の姿が見えた。

「……何者ですの?」

「あなたの殺しをお方から依頼されたものかな?どうでもいいけど、さっさと死んでよ」

白色のドレスを着た少年は懐から長くて美しい赤色の飾り紐を取り出しながら言った。
カーラは針を構えて対峙する。今この瞬間に二人の殺し屋が夜の城下町を舞台に激突しようとしていたのである。
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