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第三章『私がこの国に巣食う病原菌を排除してご覧にいれますわ!』

血も涙もないような男

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「……さて、何から話していいことやら」

やけにもったいぶった言い方だ。言うのならばすぐに言えばいいのに。
二人は内心ヒューゴのやり方に不満を抱いていた。二人から念のようなものを感じ取ったのか、ヒューゴは勿体ぶるのを辞め、わざとらしい空咳を行ってから率直に話し始めた。

「地方を治める有力貴族の中にバラニス家という家がありましてね。バラニス家自体は他の貴族と比較すれば権力闘争や領地の拡大といった既存の利益の獲得に興味関心を示さずにひたすら領地の運営ばかりに携わってきた家なんですが、問題は先先代の領主でね。こいつがまた厄介なんですよ」

バラニス家の先先代の領主とされる男はいわゆる女性好きであり、異性に深い関心を示し、多くの女中とそうした関係を持ってしまったとされている。
その中でも先先代の領主はサマンサという奉公人の女性を寵愛し、彼女の実家を騎士の身分へと取り立て、『ブランスター』という苗字さえ与えた。
ブランスター家は先先代の領主に取り立てられて以後もバラニス家における立ち位置を強め、その待遇は破格のものであったとされる。

ブランスター家はそのことに味をしめ、バラニス家の家中において、まるで外戚であるかのように振る舞っていという。
とりわけ、ブランスター家の長男ジェイミーはまるで、自分こそがバラニス家の次期当主であるかのようにそのお膝元を馬で駆けていたらしい。
風向きが変わったのはとある事件が起きてからだ。その日も街行く人々を跳ね飛ばさんばかりの勢いで馬を駆けていたジェイミーであったが、その前に子どもが踊り出た。故意ではない。不幸にも道の真ん中へと跳ねてしまった球を追い掛けてしまったという事故だ。

だが、ジェイミーからすればそんなものは知ったことではない。勢いのままに馬を駆けて跳ね飛ばそうとしたのだが、それをバラニス家に長年支えてきたエドという老齢の騎士が身を挺してジェイミーの魔の手から救ったのだった。
そればかりか、老齢のエドは老いた素振りも見せずに舌鋒鋭くジェイミーを非難したのだった。

「ブランスター殿!これが誇り高きバラニス家に仕えるもののなされることですか!?このようなことをなさればバラニス家の評判も落ち、品格も疑われることになろうとはお考えになりませなんだか!?」

面白くなかったのは苛立ちを晴らすことができなかった上に説教まで浴びせられたジェイミーである。
自身の通行の邪魔をした子どもを救ったエドに怒りを爆発させ、自身を公衆の面前で叱り飛ばしたエドを斬り殺したのであった。
通常であるのならばジェイミーは容赦なく絞首刑になったに違いない。だが、ジェイミーの家はブランスター家というバラニス家の中でも破格の待遇を受ける名門中の名門である。現在のバラニス家の当主がことなかれ主義というのも相まって、ジェイミーは領地の追放という軽い処分に終わり、ブランスター家にはなんの制裁も与えられないという軽いものだ。このような処置に怒りを覚えたのはエドの一人娘、ミレリアであった。

ミレリアは緑色の髪にルビーのように赤い瞳をした美女であり、彼女は自身の美貌を活かしての復讐を思案したのだった。復讐内容はブランスター家の家中へと侵入し、屋敷に火をつけ、一族皆殺し並びに資産の強奪を図るというもの。
ミレリアのは成功に終わり、屋敷の跡からはブランスター家の人間と思われる死体が次々と発見されたのだという。
復讐を終えたミレリアは手に入れたブランスター家の資産を活用し、逃亡とジェイミーを追うための放浪の旅へと出掛け、各地でジェイミーの情報を集め、とうとうジェイミーが城下町に潜伏していることを突き止めたのであった。

だが、ここまでくるのに5年という長い月日が経っていたという事もあり、ミレリアを罠に掛けるような余裕があった。待ち伏せて抵抗ができないようになった彼女を警備隊へと突き出したのであった。ミレリアは牢獄の中で自身の手で恨みを晴らせぬことを悔い、ジェイミーの始末だけを害虫駆除人に任せることを考案した。
彼女はジェイミーの元へと踏み込む前に害虫駆除人の存在を耳にし、裏の情報を頼りにギルドマスターの元へと辿り着き、ジェイミーの駆除を依頼したのだった。

それらの事実を語り終えると、喉が渇いたのか、ヒューゴはカーラから淹れられたお茶を一気に飲み干す。
長い間話していたということもあり、冷たくなったのも一気飲みができた要因だろう。側から見ていて気持ちがいいほどの飲みっぷりである。カーラが感心していると、ヒューゴが口元を指で拭いながらカーラに向かって問い掛けた。

「ここまで話したんです。ジェイミー・ブランスターの駆除を引き受けてくれますよね?」

二人はその問い掛けに対して何も言わずに黙って前払いの報酬を受け取ったのだった。それを見たヒューゴが歓声を上げる。

「おおお!!ありがとうございます!」

「どういたしまして……それよりもヒューゴさん。そのジェイミーというお方がどこにおられるのかを教えてくださいませんか?」

ヒューゴは城下町の外れにある小さな屋敷にジェイミーが潜伏していることを告げた。
翌日カーラは仕事終わりにジェイミーが潜伏しているという屋敷の近くを訪れ、その近くに住んでいる人々にジェイミーのことについて尋ねたのだった。

「あぁ、知ってるよ、もうずっと屋敷の中に閉じこもっててね。で、たまに出てきたと思ったら剣を振り回して、暴れ回る……あいつは碌な奴じゃないね。一週間のうちに一度くらいは外に出てるから、もうそろそろ出るかもな。あー、嫌だ。嫌だ」

「あいつはひどい奴さ、この前も鳥売りのお爺さんが鳥の羽があいつのズボンに掠めたか何かで酷い因縁をつけられてね。可哀想に……あんなことになっちまったよ」

人々の話はヒューゴから聞いた話を裏付けるのには十分であった。ヒューゴやギルドマスターがミレリアという女性から騙されているという可能性や両者が故意に嘘を吐いているという可能性もない。
自宅へと帰還したカーラは服飾店から頼まれたドレスを縫いながら、ジェイミーという男への殺意を高めていく。
カーラはその日までに終われる箇所までの縫い仕事を終え、針を机の上に置いてある蝋燭の光で照らしながら見つめる。
小さな炎に照らされ、針は怪しく光っていた。

翌日カーラは仕事を休み、ジェイミーが出てくるのを期待して、屋敷の前を張り込んだ。
数時間の後にジェイミーはようやくその姿を現した。物陰から見るジェイミーの姿は目は血走り、両の眉根を中央に引き寄せ、頬の筋肉をピクピクと痙攣させている姿から“狂犬”という言葉が連想させられた。

事件から5年という時間が経っていたとしても、ジェイミーの年齢はまだ27歳でしかない。未だに血気盛んな年齢である。
その若さに似つかわしくジェイミーは自身の従者と思われる男たちが止めるのも聞かずに、大きく剣を振り回していた。
あまつさえ、従者たちを振り切って、街へと繰り出し、そこで乱暴を働く始末。
あのような狂犬が相手では上手く正攻法での駆除は難しいかもしれない。
カーラはもう一週間の猶予をジェイミーに与えることを決め、その後に駆除することを決めたのだった。

ジェイミーが従者たちから離れた隙を狙い、レキシーと協力してジェイミーを始末する予定である。
カーラは自宅に帰るなり、レキシーにそのことを伝え、一週間の間にジェイミー駆除の準備を進めていく。
もう一つ、カーラに予想外の事態が起こったのは服飾店にドレスを届けに来た時のことだった。
服飾店の店主と警備隊の隊員と思われる男が入り口の前で何やら揉めているらしいのだ。

「とにかくだ。死者への最後の手向けとして彼女が昔着ていたというドレスを縫ってほしいのだ」

「む、無茶を仰らないでください!だいたい、そんなことを急に言われても無理ですよ」

「あと、一週間あるではないか」

「いっ、一週間だなんて!ウチにいるお針子たちではとてもーー」

「あら、何かお困りでして?店主さん?」

カーラはちょうどいいと判断したタイミングを見計らって声を掛けた。カーラの言葉を聞き、店主が歓喜に満ちた表情で言った。

「カーラ!いいところに来てくれた!実はなーー」

店主は近々処刑されるミレリアの死装束を作ってくれと依頼されたのだという。
その期限は処刑までの一週間。条件はミレリアがかつて愛用していたドレスと殆ど同じものを縫うというものであった。
カーラはその依頼を考える素振りも見せずに二つ返事で引き受け、店主を大いに喜ばせた。
カーラは手を取って喜ぶ店主とは別の喜びに満ちていた。それはミレリアに直に会って話し合いができるという喜びだった。
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