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第二章『王国を覆う影?ならば、この私が取り除かせていただきますわ』

暗雲が取り払われる時に

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「……陛下があのような目に遭われるとは……」

「これはもしかすると先王陛下が今の陛下に対してご不満があり、天罰のようなものが下されたのでは?」

「あなた、そんな対立派が口にするような根も葉もない噂を信じておられるのですか?」

「で、ですが……」

「やめてくださいッ!」

涙を交えて噂を囁き合う貴族たちに訴え掛けたのは新国王の新たな妃となる予定だったマルグリッタだ。
マルグリッタによればベクターまだ死んでいないということらしい。
マルグリッタは大きな声を上げて自分たちを応援する貴族たちを励ましていく。
マルグリッタとベクターを支持していた貴族たちの反応を見て、メイドとして潜入していたレキシーは自分が国王用のワイングラスの中に塗った毒がワインに混ざって口の中に入り、上手く機能したのだとほくそ笑んでいた。

ベクターの苦痛など前の国王が死の間際に味わった苦痛とは比べ物にならないとは思うが、大勢の貴族や外国からの来賓の前で見苦しい姿を見せてしまったということは大きかった。加えてレキシーが作り上げた毒が体の中に入り込んだ瞬間に苦痛を味わうばかりではなく、死ぬまでに相当の時間がかかるというシロモノである。
今頃は運ばれていく途中で、苦しみに悶え続けているだろう。しかし、医療室に着いたとしても助かる見込みはない。医者としても手の施しようがないからだ。
ベクターにできることはせいぜい冥界に行く前に己の罪を顧みておくことくらいだろう。レキシーは勝ち誇ったよう笑みを浮かべながら宮廷から脱出したのだった。

レキシーが城を出たのと同時刻のことだ。ヒューゴとギークの両名は互いの得物を持って城の中へと潜入して標的を探っていた。お互いに別れての探索である。
両者ともに懸命に宮廷の中を探しているとヒューゴの方が男子トイレの前で似顔絵で見たのと同じ顔をした人物を見つけた。間違いなく長男のポールだ。
ヒューゴは玉座の間で起きた出来事を受けて、そちらの方に人が集まり、トイレの周りに誰もいないことを確認する。ポールを駆除するのならば今しかないだろう。

駆除を行うために物陰から姿を確認すると、なかなかに整った顔をした男であり、弟二人と比べて父親から可愛がられるのも理解できたような気がする。
ヒューゴは剣を構えながらポールの元へと近付いていく。この時ポールは不満そうな表情を浮かべており、トイレの中で用を足している最中も愚痴ばかりを口走っていた。ヒューゴはポールのトイレが終わる瞬間を待ち構えていた。

トイレが終わってからもブツクサと文句を言うポールの腹部に向かって思いっきり剣を捩じ込んだのだった。ポールは悲鳴を上げそうになったが、ヒューゴがポールの口元を押さえたことによって悲鳴を漏らすことなく剣を突き立てていく。
やがてポールの息が絶えたのを確認し、ヒューゴはポールの腹から剣を引き抜いた後で彼の耳元で囁いた。

「くたばれ、クソ野郎」

それからヒューゴはポールの体を乱暴に蹴り飛ばし、トイレの中に戻させたのだった。
ヒューゴはポールの体がトイレの地面の上で倒れているのを確認してから剣をしまって、宮廷を後にしていくのだった。

一方でルパートがどの部屋にいるのか分からずに苦労していたのはギークだった。ギークは今回の駆除は剣ではなく信じていたはずの教団によって殺されたユーリの無念を晴らすために彼の得物だった長鞭を使って行うのだと心に決めていた。
ギークが物陰に体を潜ませながら思い当たる部屋を探していた時だ。やっとの思いでルパートの居場所を発見した。それはかつてベクターが居室として使っていた部屋だった。ギークは物陰から辺りを見渡し、誰もいないことを確認する。
どうやら玉座の間で起きた出来事で誰も部屋まで行き、ルパートの面倒を見る余裕などないらしい。
周りを誰も歩いていない、誰も訪れないという環境を利用して部屋の中でルパートは我が物顔で酒を飲んでいた。

「ったく、まさかあの坊主が毒を盛られるとは思いもしなんだわ。このままではあの坊主にネオドラビア教を国教にさせて、国を裏から牛耳るという我らの計画が台無しではないか……」

そこまで愚痴を吐いたところでルパートはワイングラスを地面の上にぶち撒けて激怒していた。

「おのれッ!待っていろッ!こうなれば私の知力を用いてマルグリッタ様をこの国の王にしてやる……そうすれば猊下も私を見直すに違いない。いや、もしかすればポールを差し置いて私が次の教皇になれるかもしれん。フフフッ」

扉の前で息を潜めるギークはルパートのその考えが決して叶えることができない夢だということを教えてやりたい衝動に駆られた。だが、教えてしまえばせっかくの駆除が台無しになってしまう。ギークはその気持ちをグッと堪えて、扉の隙間をこっそりと開いて隙間から鞭を放つ。

「な、な、なっ、なんだこれは!?」

ギークの放った鞭は上手くルパートの首に巻き付いたらしい。ギークは自身の鞭がドアノブに引っ付いていて絞め殺すための準備ができていることを確認して思いっきり鞭を締め上げてルパートを殺していく。
ルパートの体がドアの元にまで引き寄せられる音が聞こえた。それに伴ってギークはより一層絞める力を強めた。そしてルパートの呻き声が聞こえなくなるまで絞め続け、ルパートが倒れたところでギークはようやく鞭を解いたのだった。
扉の前ですルパートが倒れているのを確認し、ギークは慌ててその場を、いや、宮廷を後にしていくのだった。

ルパートが客間にてその命を散らしたのとほとんど同時期だ。
マルグリッタは落ち着くため、また正装を解いて活発に動くために控えの間へと向かった。
だが、そこには腹心のメイドであるカミラが変わり果てた姿と衣装箱から乱暴に取り出されて部屋の中で散乱していた自身の衣装があった。
どうやら他の人々は玉座の間で起きた出来事にかかりきりで、控えの間に潜入する余裕がなかったらしい。死体や散乱した衣装が見当たらなかったのはそのためだろう。

「か、カミラ……それに私のドレスが……ど、どうして……こ、こんな……」

「私がやりましたの」

マルグリッタが恐る恐る背後を振り返ると、そこには勝ち誇ったような笑みを浮かべたメイド服姿のカーラの姿が見えた。

「お、お義姉様……これはあなたが?」

「えぇ、こいつがメイドの分際で誰かに唆されたの知らないけれど、お祖父様を殺したからその制裁としてね」

「……わ、私も殺すの?」

「アハハ、殺す?そんな生ぬるいことは致しませんわ。あなたには私が味わった以上の生き地獄を味合わせてやりますわ。それと、式典の間、ずっーとあなたの影としてあなたを見張って機会を伺っていた分の手間賃とあなたに先んじてここに戻ってきて準備のために衣装箱をひっくり返した手間賃も兼ねてたっーぷりとお礼をさせていただきますわ」

カーラは拳を使って無理やりマルグリッタの意識を奪い、マルグリッタを彼女が愛用している人一人入れるほどの衣装箱の中に押し込めていくのだった。
そして衣装係のメイドを装って難なくマルグリッタを城の外へと運び出していく。重くはあったが、その後に訪れるそれ以上の楽しみがカーラに重い荷物を持たせていた。
意識を失ったマルグリッタが目を覚ましたのは山奥の小屋の中だった。マルグリッタは小屋の中央で椅子の上に縛られて括り付けられていた。
マルグリッタの目の前には怪しげな笑みを浮かべたカーラの姿が立っていた。

「か、カーラ!?あんた何をする気よッ!」

「あら、もうお義姉様とは呼んでくれないの?」

「誰が呼ぶもんですか……クソッタレ」

「あらあら、本当に汚いお口ですこと……ダメよ、そんな口で喋っていたらあなたの品性が疑われてしまいますわ」

カーラは揶揄うような口調で言った後にマルグリッタの頬を叩いていく。

「何が目的なのよ!私をどうしようっていうの!」

「……簡単な話よ。あなたにはここで死んでもらうの」

「……じょ、冗談でしょ?」

「私がそのような安い冗談を言うと思って?」

その問い掛けを聞いてマルグリッタは慌てて辺りを見渡していく。辺りには何やら恐ろしいものが大量に置いてあった。

「こ、これは……」

「鈍いあなたでもようやく察することができたみたいね。そう、これはあなたを迎え入れるための入念な準備でしてよ」

マルグリッタはそれを聞いた瞬間に顔を青くして首を慌てて真横に振っていく。

「あらあら、そんなに首を横に振ってもダメでしてよ。そんなことで容赦をすると思って?」

マルグリッタは言葉にならない悲鳴を上げたが、その悲鳴がカーラに聞こえることはなかった。不幸なことに閉じ込められているのは人など滅多に来ない山の上である。マルグリッタの悲鳴がカーラ以外の誰かに聞こえることはなく、マルグリッタがこの後に地獄を見たのは想像に易い。











フィンは陽の光さえ存在しない牢屋の中に閉じ込められていた。王子としての礼もなく、囚人として扱われていたが、そんな状況でもフィンは生きる希望を失ってはいなかった。
今頃は地上で弟のベクターが即位式を挙げている頃だろうか。そんなことを牢の寝台の上に腰をかけながら考えていると、牢屋の前がやけに慌ただしいことに気が付いた。フィンが気になって声をかけると、牢屋の前を騒いでいた兵士がいつも喋るような偉そうな口調とは異なる丁寧な口調でフィンの疑問に答えた。

「何があったのかわかりませんが、噂をまとめると、ベクター殿下がお隠れになられたようで……今城の中は大騒ぎになっております」

「ベクターが!?」

「えぇ、それに加えてマルグリッタ妃も行方不明となられ、来賓として訪れていたネオドラビア教のポール様とルパート様も変死なされたようで」

「そうか」

フィンはその言葉を聞いてどこか安堵した自分がいることに気が付いた。もちろん顔には出さないが、長らくこの国を蝕んでいた暗雲が取り払われたような気がしてならなかったのだ。
もしかすれば近いうちに自分が釈放されるかもしれない。フィンは問い掛けに答えた兵士一人が消えると、暗い牢屋の中で一人父の無念が晴れたのだと笑っていた。
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