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第二章『王国を覆う影?ならば、この私が取り除かせていただきますわ』

子らよ

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異変を聞き付けた宮廷の使用人たちが部屋の中に駆け付けたのはレキシーが短剣を拭って診療鞄の中に戻すまでの作業を終えて、部屋の中に用意された水差しの水を半分まで飲み干した時のことだった。
レキシーは怖がる演技をしてみせた後に水差しの水をほとんど飲んだのは恐怖を紛らわせるためだと弁明し、事なきことを得ることに成功したのだった。
レキシーは駆け付けた使用人たちから頭を下げられ、新たな客室へと連れて行かれることになった。レキシーが新たに連れられた客室は先程の客室とは絨毯の色と家具の配置が少しばかり異なるという部屋であった。レキシーは部屋で腰を落ち着けると、二度とあのようなことがないことを祈るばかりだった。少しばかり休んでから診療所に戻るバスを出してもらおうと考えていたのだが、レキシーは気が付けかないうちに微睡の海の中に溺れ、夢の世界へと辿り着いていた。

夢の世界でレキシーは死んだはずの家族と再会することになった。
レキシーは久し振りに会えた家族と抱擁し、手を繋いで再会を喜び合い、自分たちに関する身の上話を語り合っていた。
ティーダー侯爵家の娯楽のために家族を奪われ、辛い人生を生きてきたレキシーにとって夢の中での一時は家族を失ってから感じたどんなことよりも楽しい一時となった。レキシーは夢を見ている際に時間が止まればいいとさえ思っていた。
だが、夢というのは非情なものである。散々心地の良い思いをさせておく癖に少しでも機会があればすぐに現実の世界へと引き戻すのだ。

もっと話したいことがあったというのにレキシーの意識は揺れと耳元で怒鳴る声に引っ張られてしまった。
レキシーが両眉をぎゅっと寄せながら目を覚ますと、そこには宮廷に仕えるエプロンドレスを着た若い女性が眠っていたレキシーを見下ろしていた。
レキシーは眠い目を擦りながら自分を起こした若い女性に向かって問い掛けた。

「なんだい?何か用なのかい?」

「陛下がお呼びしております。至急陛下の居室まで来るようにとのことでした」

「わかったよ。今準備するから少しだけ待ってな」

レキシーは椅子の側に置いた診療用の鞄を両手で抱えて案内役を務める女性の後を追って国王の居室へと向かっていく。居室に着くと、先に女性がノックを行って国王の許可を得てからレキシーが入るというものだった。
レキシーが居室に入ると、弱々しい笑みを浮かべた国王が手を振って出迎えた。

「すまんな。先程お主が何者からか襲撃を受けたという話を聞いてな。居ても立っても居られなくなったのじゃ」

「なるほど、しかし、その理由だと納得がいかないのはどうしてあの事件のすぐにあたしを呼ばなかったのかということです。失礼ですけど、ご心配なされるのならば事件があった直後にお呼びになるはずでしたが」

「使用人たちからワシも報告を受けたのだがな。その時にお前が部屋を変わって、そこで休んでいるという話を聞いてな。すぐに呼び出すのは可哀想じゃと思って、この時間に呼んだのじゃ。要らぬ気遣いだというのならば謝罪するが」

「いえいえ、頭を下げてもらう必要なんてないですよ。それよりも用事はそれたけですか?」

「いいや、もう一つあってな……お主に頼みたいのだ」

「何をですか?」

「……わしにお主の護衛をさせてもらえんか?」

「ご、護衛ですか?」

「そうだ。聞くところによればお主は何者かに命を狙われておるらしい。その事情をわしは問わん。その上でお主の命を守るためにわしの力を使いたいのだ。頼む。わしの体を楽にしてくれた医者に少しでも報いたいのだ」

「……陛下」

レキシーは胸が熱くなりそうだった。国王からの配慮というものがこれ程までに嬉しかったことはない。
だが、自分に護衛がつくよりは国王に護衛が付いた方がいいだろう。レキシーはそう判断し、護衛を辞退する代わりにあることを国王に向かって提案したのだった。

「では、陛下にお願いがあります。だいぶ前の話なんですがね」

レキシーは自身がかつてはティーダー家が支配する土地の出身であったこと、そしてそのティーダー家によって家族をめちゃくちゃにされたことなどを語っていく。全てを語り終えた後でレキシーは言った。

「お願いします。どうか陛下がお隠れになる前にティーダー家の圧力によって潰された大昔の訴えを聞き入れてほしいんです」

「……わかった。その当時における資料を読み返してその事件の審理を改めて行ってやろうではないか。わしの命があるうちにな……」

レキシーはその言葉を聞いて安堵した。ダフネとティーダー家は命も財産も失い、然るべき制裁は受けたが、この件だけでは明らかにしておきたかったのだ。
そうでなければ自分の家族があまりにも哀れだ。レキシーが国王の采配に安堵していた時だ。ゆっくりと扉を開く音が聞こえた。レキシーが振り返ると、そこには第二王子フィンとそのお付きの騎士が姿を見せていた。
国王はフィンが姿を見せると、両手を叩いてその訪問を喜び、フィンを自身の側に招き寄せたのだった。
フィンは病床の父の手を取ってその手の甲に口付けを落としてから恭しく頭を下げて言った。

「父上、本日は私めをお呼びということだそうですが、何用でしょうか?」

「うむ。今日はな、お主にあることを伝えようと思ってな」

「あることと仰られますと?」

「……次の国王をお前に任せたいと考えていてな……」

「つ、次の国王を私が!?」

フィンは衝撃を受けた。というのも、次の国王というのは弟のベクターがなるものだとばかり考えていたからだ。
衝撃を受けて固まるフィンの前に和やかな笑みを浮かべながら国王がサイドテーブルの引き出しから一枚の書状を取り出す。

「ここにある遺言書にもお前が次の国王になると記しておる。やはりわしの跡を告げるのはお前だけだ」

フィンは差し出された遺言書を見ても未だに信じられないと言わんばかりに両目を見開いて震えていた。
無理もない。これまで散々冷遇されてきた父親に跡を告げと言われたのだから。
フィンがその場で呆然としていると、国王は申し訳なさそうに両肩を落としながら言った。

「今まですまなかったな。死の淵に瀕してわしも色々と考え直した……今からでも遅くはない。もう一度ワシを父親とーー」

国王が息子と和解のために手を差し出そうとした時だ。背後からヒュッという音が聞こえ、慌てて振り返ると、アドニスが剣を使って鞭を絡ませて鞭を防いでいる光景が見えていた。

「何者だ!?」

国王の問い掛けに対して答えたのは扉を開けて居室へと無断で侵入したユーリだった。

「なるほど、遺言書はそこにあったわけだな。そいつを寄越しな」

ユーリは自身の鞭がアドニスの剣によって防がれている状況であるにも関わらず、余裕のある態度を見せて言った。

「渡すわけがないだろう。この下郎が」

フィンが剣を抜いてユーリに向かって斬りかかろうとしていくが、ユーリはフィンの殺気を認識すると、すぐに鞭を引っ込めて、今度はフィンの剣を目掛けて鞭を絡ませていく。
フィンの剣はユーリの手によって地面の上に落とされた上に目にも止まらぬ早技でフィンは両手首を鞭で絡まれてユーリの元へと引っ張られていく。
ユーリがそのまま自分の元に近付いたフィンの首を絞めようとした時だ。国王が体の痛みを抑えながら叫んだ。

「待てッ!フィンを離せッ!」

「おやおや、こいつは冷遇してたんじゃないんですか?」

ユーリが皮肉混じりに問い掛けた。

「……確かにわしはベクターばかりを可愛がっていた。だが、病状になってそれは間違いだと気が付いた。ベクターもフィンもわしにとってはかけがえないの息子だとな」

「ち、父上……」

フィンはその言葉を聞いて絆されたらしい。両目から一筋の涙を流していた。
ユーリはそれを聞いて大きな笑い声を上げていた。その後で真顔を浮かべた。
そして海底の水よりも冷たく低い声で国王に向かって言った。

「…‥陛下、あんたが口でどんな綺麗事を吐こうとも、冷遇された子どもっていうのはそのことを忘れないものなんですよ。フィン殿下はいつも寂しい思いをしていたはずですよ。けど、死の淵に瀕したら考えを改めて、仲直りだとッ!ふざけるんじゃねぇやッ!」

ユーリの鞭を握る手が強くなっていた。ユーリは声を振り絞りながら国王に向かって叫んだ。

「あんたはあのクソ親父と同じだッ!あのクソ親父……オレとお袋を放ってどっかに行った癖に金に困ったらオレの元に帰ってきやがって……」

レキシーはユーリが過去に父親との確執があり、かつての自分とフィンを、かつての父親を国王に当て嵌めて見ているのだと確信を抱いた。
それから悲しげな微笑みを浮かべてユーリを見つめていた。
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