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第二章『王国を覆う影?ならば、この私が取り除かせていただきますわ』

ベクターの罠

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レキシーが国王の治療を終えて帰る時だった。ベクターとその婚約者マルグリッタが目の前に立ち塞がったのだった。
レキシーは眉を顰めながら目の前に立ち塞がった二人の敵を睨み付けながら問い掛けた。

「おや、あんたらなんのようだい?」

「それはこっちの台詞だッ!」

「そうですよッ!いつもいつも国王陛下に媚を売って、国王陛下のご面倒なら私たちが診ているというのにッ!」

「偉そうに言って、病床の国王に少しでも覚えをよくしてもらうためだろ?」

レキシーは敵意を剥き出しにしながら問い掛けた。

「フン、流石は人面獣心を引き取っているだけはあって、よくそんな心にもない言葉が言えるな」

「あのような嫌われ者のお義姉様を引き取っていらっしゃるので、さぞかし立派な方だと思っておりましたが、中身はお義姉様と同じでしたのね。私たちに言われようのない罵声を浴びせたばかりか、国王陛下に取り入って私たちを乏しめるなんて人間のすることじゃありませんわ!」

「おや、小娘がいきがるじゃないか……あんた少しでも医学の知識があるのかい?あんたらに国王陛下の看病ができるっていうのかい?」

「できるさッ!貴様が鼻から信頼していないだけだろうッ!来るたびに薬を我々ではなくウィリアムに渡しているのは我々への当てつけだッ!そうだろ!?」

「違うね。あんたらが薬をすり替えて陛下を毒殺しないかと思っての安全処置さ」

「毒殺ですって!?」

マルグリッタが口元を手で覆い目を丸くしながら叫んだ。

「無礼なッ!誰が実の父を毒殺するなどするものかッ!」

「……信用できないねぇ。何もしていないカーラを嘘で乏しめて貴族の地位まで剥奪して追放する奴らの言葉なんて」

「ベクター様ッ!」

マルグリッタが怯えるようにベクターの元へと引っ付いていく。
ベクターはそのまま無言でレキシーの元へと近寄り、レキシーに向かって平手を喰らわせようとしたが、レキシーはベクターの手首を強く掴みながら両目を尖らせてベクターを睨む。
ベクターは反射的に目を逸らしたが、レキシーは構わずに剣のように鋭く尖った両目でベクターを睨み続けた。

「これは警告だよ。坊や……あんたたちが何を考えているのか知らないけど、陛下の看病とやらを諦めな」

ベクターは顔を苦痛に歪めつつもそれだけは了承しなかった。マルグリッタがわざとらしい悲鳴を上げたことでレキシーは形成が不利になったと判断し、ベクターの手を離したのだが、相変わらずベクターを睨んでいた。
ベクターは獲物を狙う野生の動物に睨まれた草食動物のような気持ちになり、地面の上に尻餅をついていた。
レキシーはフンと鼻を鳴らした後でその場を立ち去っていく。
その様子を見てベクターは親の仇でも見るかのような憎々しい表情を浮かべてレキシーを睨んでいた。
レキシーが完全に立ち去ると、マルグリッタはベクターの胸に縋り、ベクターに早くレキシーを始末するように懇願したのである。怒りに燃えるベクターはマルグリッタの涙目の懇願を受け入れ、自身の部屋に戻ると教団の助けは待っていられぬとばかりに従者を呼び出し、レキシーを始末するように指示を出す。
しかし、その指示を受けて赤い髪を短く整えた従者は困惑した表情を浮かべていた。

「ひ、人を殺すのですか?」

「そうだッ!お前がやってみろッ!」

「む、無茶ですッ!殿下ッ!」

「貴様ッ!」

ベクターは従者に向かって激昂し、ベクターは鞘が付いたままの剣を振り上げて、従者を強く殴打したのだった。剣を抜かなかったのは彼の最後の良心が働いたからだといってもいいだろう。
故に従者は鞘を受けて頭部に強烈な痛みを負ったものの生きてはいた。
これ以上目の前の厄介な王子を怒らせては面倒だとばかりに必死に頭を下げてレキシーの殺害を了承する。
一方で従者は人を殺したことなどない。大きな溜息を吐きながら城の広い廊下を歩いていた時だ。従者の目の前に剣を突き付けられていることに気が付く。剣を突き付けてきた人物は廊下の突き当たりの影に隠れて見えないようにしているらしい。

「ひ、ひぃぃぃぃ」

「動かないでよ、そのままキミの首を切り落としちゃうかもしれないから」

可愛らしいソプラノ声を聞いて従者は腰を抜かす。それでも突き当たりから声の主は出てくる気配が見えない。
相変わらず物陰から腰を抜かしたままの従者に首元に剣を突き付けながらその声の主は言った。

「さっきバカ王子とキミとの会話を立ち聴きしちゃったんだけど、キミはレキシーさんを殺すつもりなの?」

「ひぃぃぃぃぃぃぃ~!!!」

物陰に潜んでいるのは現在ギルドマスターの命令によって交代で国王の影を務めているギークはあまりにも怯えきった様子の男を観察し、会話にならないことを悟り、溜息を吐く。そればかりか、男はその場から慌てて逃げ出そうとするのでギークはもう一つの得物である鞭を使って従者の両足の足首を掴まなければならなかった。

「逃げないでって言ってるでしょ?あと、ちゃんと会話してよ。大人でしょ?」

ギークはいつもの可愛らしい声を低くして問い掛けたのだから廊下にいる従者がひどく怯え切っているのは理解できた。
従者は涙やら鼻水やらを啜る声で声が掠れていたことに気が付いた。
会話は不可能かもしれない。ギークは両肩を落とした後で鞭を解き、突き付けていた剣を下げて鞘に戻してから国王の影としての任務に戻っていくのだった。
この時の体験を機に従者は宮廷から逃げ出してしまうのだったが、ギークにとっては知る由もないことだった。

レキシーはギークの手助けもあり、気兼ねすることなく馬車に揺られていた。
自宅に戻り、カーラの作った夕食を食べて自室に戻り、翌日に備える。
翌日もいつも通りに朝が進んだ。朝食を平らげて身支度を整えて診療所へと向かう。その時だ。診療所に行く途中の二人を目の前に黒のローブに身を包んだ十人ほどの男が囲んでいたのだった。
これは従者が頼りにならず、業を煮やしたベクターが深夜のうちに城を抜け出し、教会に知らせて地下組織の構成員を派遣させたのだった。
二人にしてもまさか敵がここまで大胆な攻撃を仕掛けてくるとは予想もしなかった。不幸中の幸いともいえたのは早朝の時間帯で周りに人がいなかったことだろう。二人は互いに肩を預けながら自分たちの周囲を囲む敵に向かって得物を突き付けていく。

「……これは少し危ないかもしれませんわね」

「なぁに、あんたも駆除人だろ?死ぬ時の覚悟はできているはずじゃあないか」

「……ですわね」

二人は武器を構えながら自分たちの周りを囲む敵に向かって挑んでいく。
最初に飛び掛かってきた敵をカーラは針で仕留め、その次に飛び掛かってきた敵をレキシーが短剣で斬りかかる。
ここに戦いの火蓋が切って落とされた。針で突き、短剣で斬るという流れが繰り返されていく。もちろん二人にしても無傷ではいられない。二人のスカートが破れ、足にも傷が付いた他に服も破れた。その上に傷まで付いている。しかし、暗殺者たちからすればそれが限界だった。針で突き殺され、短剣で斬られたことによって刺客の集団は全滅してしまった。
カーラとレキシーはやっとの思いで自宅へと戻り、互いの手当てを行なった後で服を着替えてから診療所へと向かっていく。診療所に向かう途中までは無口だったレキシーだったが、日も上り、今では多くの人々が集まっている事件現場のすぐ近くを通り過ぎると、レキシーがカーラに向かってこっそりと耳打ちした。

「お疲れ様、カーラ」

「あれだけの相手ですもの。多少は傷が付きますわ」

カーラは苦笑しながら答えた。

「けど、あたしたち死ななかったねぇ」

「えぇ、お祖父様の教えに感謝ですわ」

「違いないねぇ」

レキシーは苦笑した。本来であるのならば大事を取って休むべきところなのだろうが、あれだけの規模の襲撃があった後で診療所を臨時休業にしてしまうと怪しまれてしまう。
二人は痛む体に鞭を打って、治療のために少しばかり開店が遅れた診療所を開いて患者たちへの応対を行なっていく。
人々は懸命に人々の診療に励む二人が人知れずに多くの敵を仕留めていた事実など知る由もなかった。
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