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第二章『王国を覆う影?ならば、この私が取り除かせていただきますわ』

詳しい経験を述べさせていただきまして

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二人にとっての共通の知り合いであるカーラの調停によってようやく両者は怒りの矛を収め、最後に激しい睨み合いを行う。その場を去っていく。

「クソ、本当にムカつくよ。人の予定も聞かないで、強引に陛下が呼んでるから来いと抜かしやがった。陛下もあんなバカみたいな奴に面倒見られて気の毒だよ」

レキシーは鋭い口調で言った。

「確かにあのお方も乱暴でしたけれど、レキシーさんもあそこまで反発なされなくてはよろしかったのでは?」

「……これがあたしの悪い癖だっていうのはあたしも理解してるよ。それでもあぁいう傲慢な貴族の連中を見るとムカっ腹が立って仕方がないんだ」

レキシーからすれば横暴な貴族や権力をかさにきて威張る貴族たちが家族を遊びでめちゃくちゃにし、故郷を苦しめていた辺境侯と重なって見えてしまうのだろう。
それであのような乱暴な口が出てしまうのだろう。仕方がない面もあるが、余計なトラブルを招きかねない。
カーラはそう忠告したのだが、レキシーは特に感心なさそうに頷くばかりであった。内容は理解できていても本能が抑えられないのだろう。食事の席の上でもそのことが引っ掛かってか、どこか上の空といった様子であった。
レキシーのことだ。自分の悪い癖でカーラを苦しめてしまったのだと考えていたのかもしれない、と思い悩んでしまっているのだろう。
カーラの忠告が効いてしまい、ここまで彼女を落ち込ませてしまっているのだろう。そうだったのならば悪いことをしてしまったのかもしれない。

カーラは落ち込むレキシーの姿を見るたびに針の先端で体をチクチクと刺されているかのような気分になった。その後は後片付けをしている時も部屋の中でお針子の仕事をしている時も仕事に活かすために読んでいる医学書を読んでいてもどこか上の空であった。
お陰で後片付けの時は割れることさえなかったものの、皿を落としてしまったし、お針子の仕事をしている時は針を生地に通す際に間違って針を指に刺してしまうし、医学書の中身は頭に入ってこない。
カーラは散々な夜を過ごすことになった。翌朝になれば流石にレキシーも元に戻っていたらしく、二人で朝食を準備しながら昨日からの診察をどうするかを相談し合う。このまま昨日のことを忘れくれればいい。
レキシーはそう考えて本日行われる診療に励んでいた。診療も一段落し、腹の虫が鳴り出した頃だ。扉を叩く音が聞こえた。カーラが先に声を掛けると、扉の向こうからは昨日と同じ老人の声が聞こえてきた。

昨日の宮廷医もとい侍医のウィリアム・バトラーという男だ。
カーラが扉を開けると、そこには昨晩とは異なりウィリアムばかりではなく宮廷の警護を行うような上等の鎧を着込んだ兵士たちが姿を見せていた。
その姿を見て、カーラは目を逸らしてしまう。昨日のことがあり彼女は緊張していたのだ。
その姿を見たウィリアムは柔和な笑顔を浮かべて言った。

「あぁ、カーラ、緊張せんでもいいぞ。わしは別に気にはしていない。むしろ謝るのはわしの方だ。昨日はわしも焦っておったからな、冷静な思考ができていなかったんだ。予定も聞かずに引っ張ろうなんて馬鹿だった」

そう言ってウィリアムは丁寧に頭を下げる。

「そのことはレキシーさんに直接ご自身の言ってくださいな。それよりも今日診療所を訪れたのはそれを謝るためですの?」

「いいや、違うね。国王陛下の容態が危うくてな。是非とも街でも評判のレキシーにご同行願いたいのだ。予定が空いたらでいい。なるべく近いうちがいい」

「……わかりましたわ。レキシーさんにはそう伝えておきますので」

「頼むぞ、陛下の御身が危ないかもしれんのだ」

「わかりましたわ。ですので、本日はお引き取り願えません?私たちはこれからお昼を買いに行くところですので」

カーラがそっけない態度で告げると、すごすごとウィリアムたちは退散していく。カーラはその姿を見届けると、奥で出掛ける準備をしているレキシーに向かって先程のことを告げた。
レキシーはそれを聞いてしばらくの間は両腕を組んで難しい顔を浮かべていたが、やがて大きく両目を見開いて自身がどう考えたのかをカーラに向かって語っていく。

「あたしはね、陛下のご健康が回復なさるのを手助けしようと思っているんだよ。陛下がお可哀想だからね。診察は今度の休みの日を使わせてもらうよ」

「レキシーさん。ありがとうございます」

カーラは丁寧に頭を下げた。それを見るとレキシーは慌てて手を横に振る。

「いいんだよ、あたし、表向きは医者で通ってるからね。それに今度の休みはあいつとあんたが二人で出掛ける日だろ?あたしがもし、城下町にいたら二人のお出掛けを台無しにしちまいかねないからねぇ」

カーラはレキシーの過保護を聞いて苦笑するしかなかった。同時に胸の奥がひどく温かくなるを実感した。
これ程までにレキシーが自分を想ってくれているのが嬉しかったのである。
カーラが胸に温かい思いを抱えたまま昼食を買いに行こうとした時だ。
背後から声を掛けられた。声の主は昨日ギルドに連行したシュポスであった。
シュポスは相変わらずのいい顔でニコニコと笑いかけてきた。

「よぉ、カーラちゃん」

「『ちゃん』はやめてくださいませ」

カーラは機嫌を損ねたとシュポスに見せたかったのか、わざとらしく口元を尖らせながら言った。

「失礼、じゃあカーラよぉ、昨日に言ったデートなんだけど、オレうっかりしてたよ」

「うっかりとは?」

「デートの待ち合わせ場所を言ってなかったよ」

「では診療所の前はいかがでしょうか?朝に待ち合わせというのは?」

「決まりだ。さて、でも、今日はこれで終わりじゃあないんだよな」

「まだ何かありますの?」

シュポスはお昼を買おうと棚に並んだサンドイッチを見つめているカーラの耳元で小さく甘い声を出して囁いたのであった。

「あの日あんたが殺した男がどんなことをしでかしたのかを知りたい。それとあんたが害虫駆除人になった経緯を知りたいんだ」

カーラはこの場では答えようとはしなかった。代わりにシュポスを外に連れ出し、耳打ちをしながら言った。

「言えるわけないでしょう?駆除人として依頼をどうして知らない人に漏らしていいと思っていますの?」

カーラは口を尖らせながら問い掛けた。

「それもそうか。じゃあ、代わりにあんたが駆除人になった経緯を教えてよ」

この件については納得してくれたので自身の過去については話さないわけにはいくないわけにはいくまい。
自分の身の上話を話すだけで駆除の依頼を出した人の身の上が守られるのならばそれはよしとするべきなのだ。
ましてや人を人とも思わぬ所業を平気でやらかし、そのことを貴族である両親の力を使って揉み消した男のことなど口が裂けても他言はできなかった。

「……わかりましたわ。今回の件を掘り下げないのならば語らせていただきますわ」

カーラはその前にサンドイッチと水が入った瓶を購入し、近くの空き地にシュポスという男を誘う。
カーラは一旦サンドイッチをシュポスに勧め、シュポスが遠慮をした後で自身が駆除人になった経緯を語り始めていく。

カーラが害虫駆除人になるのを決めたのは幼き頃、家で自分の両親から忌み嫌われていた祖父の怠け者っぷりを演技だと見破ってからのことであった。
リーバイはそのことを告げたカーラを信じられないと言わんばかりに口を開けて見つめていたが、すぐに口元を緩めてカーラの頭を優しく撫でていく。
それからリーバイは他人に漏らすなと固く口止めし、カーラに向かって自身の裏稼業について説明していくのであった。
それからリーバイは毎晩夜になるとカーラを自身の部屋に呼び出し、殺人術と針の技術を叩き込むようになった。リーバイは肝心の息子が自分の怠け者の姿を演技だと見抜くことができず、身内の後継者を諦めていたために特にカーラには熱心な指導を行なった。

リーバイがカーラに教えたのは針を使っての殺人術であった。リーバイは現在のカーラとは異なり、針ではなく剣を使っての不意打ちで殺していたのだが、華奢なカーラには剣よりも針の方が持ちやすいと判断して針を仕込んだのであった。
剣使いであるリーバイが針の技術を孫娘に伝承できたのは今はどこかへと消え去ってしまった仲間に針の技術を教わったとからであるとされ、リーバイはカーラに向かってしみじみと語っていったのであった。
カーラに向かってその仲間に感謝の念を持つことをリーバイが繰り返して説いていたことを覚えている。
軽く語るだけだったカーラであったが、既に彼女の意識は十年以上前の幼かった頃へと飛んでいた。
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