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第二章『王国を覆う影?ならば、この私が取り除かせていただきますわ』

ヒロインの正体見たり!

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その日、教会に務める神官のクリストファー・フォーダーはもの難しい顔をしながらネオドラビア教の教義が記された本を自身の部屋の中、燭台で照らされた光の下で読んでいたが、やはりその内容はどこか意味不明だった。ネオドラビア教の教えというのはクリストファーからすれば異次元ともいえるものであった。自分たちからすれば神聖な存在である水を嫌う理由も理解できないし、そのために身支度を整えるのに必要な入浴の快楽を捨てるという話も理解できなかった。
他にもネオドラビア教が自分たちが絶対的な存在とみなす緑色の鱗をした二本足のドラゴン以外を敵視する理由も理解できなかった。

やはり、このような恐ろしい宗教はなくすべきだろう。クリストファーが難しい顔をして本に目を通していた時だ。背後に気配を感じた。慌てて振り返ると、そこには短い黒色のボブショートをした色白に眉目端麗な容姿をした男性が立っていた。
男性は舞台の主役かと聴き違うほどの聴き取りやすく格好のいい声でクリストファーに向かって質問が投げかけられた。

「あんた、邪宗の神官だったな?オレたちを敵視しているはずなのに、どうしてオレたちの本なんて読んでいるんだ」

「……『敵を知るにはまず敵を知れ』という言葉があるだろ?私はそれに倣っているだけだ」

クリストファーは臆することなく淡々と答えた。

「なるほど、それでわざわざ嫌いな奴らの本なんぞ読んでるわけかぁ、偉いねぇ、オレなら嫌いな奴のことなんぞ一秒たりとも考えたくないから、そんなもの読みたいとも思わないな」

「敵を知るのは戦争などでも重要なことだと聞くぞ。まぁ、そんなことはどうでもいい。貴様の目的はなんだ?」

「オレ?オレの目的はな……」

男は全ての言葉を言い終わる前に言葉を切って、神官の元へと近付いていく。
神官が男に驚いてその場から逃れようとした時だ。男は懐を開いて針を大勢のしまっている様子を見せた。
それから男は懐から針を抜き取ると、近くの蝋燭に針を近付けて針を炙っていく。針の先端が赤く焼かれていき、やがてほとんど全体が真っ赤に染まっていく。男はそんな真っ赤に染まった針を中指と薬指との間に挟むと、逃げようとするクリストファーを追いかけていき、追い付くと、その髪を勢いよく引っ張り上げてから首筋に向かって勢いよくその針を突き刺していくのであった。針が食い込んでいき、首の根元にまで届いた。針を受けると同時にクリストファーは近くにあった壁を必死に掻きむしっていくが、それは無意味な行動でしかなかった。

男は息絶えてしまったクリストファーを見た後に満足した顔で針を懐の中へと戻し、息の根が止まっているのかを確認してから夜の闇の中を走っていくのであった。翌日にクリストファーの死体が発見され、それを見たアドニスがフィンを頼ることになる。
結果的に教団にとって厄介な敵を生み出すことになるのだが、この時の暗殺者は知る由もなかった。
男は教会を抜けて出た後で適当な酒場で一晩を明かした後に宿屋に戻り、疲れを回復するために睡眠を取ることにしていた。
ようやく疲れが取れた時には既に西陽が窓から差し込むような時であった。これはよくない。男は慌てて郊外にある教会に向かって神官殺害の件を報告に向かう。

男は新たに就任した大司教の部屋に暗殺の旨を報告に向かった。男が報告に訪れた部屋の中には大司教は部屋の中でルパートとこの国における現在の王継承者である第一王子とその婚約者たちとが難しい顔をしながら見つめあっていた。このような場所に自分のような男が入ってしまうのはお門違いというものかもしれない。
それを覚悟した上で男は部屋の中に入ったのだが、この会合に参加していた人々からは予想通りに冷ややかな視線を向けられる羽目になった。気まずくなり、冷えた汗が体から湧き出てくるのだが、クリストファー殺害の件を報告しないわけにはいかないので男は耳元で囁いていく。
せっかくの会合を邪魔されたために大司教は当初こそやむを得ずに聞いていたが、やがて男の手口に満足すると、口元を怪しげな笑みを浮かべて歪めていく。
それから両手を叩きながら仕事の手口を賞賛していく。

「いやぁ、さすがはシュポスさんだッ!まさか、あんな厄介な相手を一突きだなんてねぇ」

「いやぁ、大司教様に褒められるなんて光栄ですねぇ」

シュポスと呼ばれた男は照れ臭そうに頭を掻いていく。

「なぁに、あんたがもっと我々にとって厄介な連中を仕留めてくれればオレはいくらだって褒めてやるよッ!そうだろ?ルパート?」

大司教の隣に座っていたルパートはそれを聞いて口元に微かな笑みを浮かべながら首を縦に動かしたのであった。

「なぁ、ポール。こいつはそんなにすごいことをやらかしたのか?」

「えぇ、もちろんです。彼は戦士として我々の敵を排除してくれたのですから」

ポールは無邪気な笑みを浮かべながら殺人を犯してきたシュポスと呼ばれた男を称賛する。

「我々の敵?そいつは誰だ?」

ベクターは首を傾げた。それに対して微笑を浮かべながら答えたのはマルグリッタだ。

「いやですわねぇ、決まっているでしょう?私たち聖なる教団に仇なす敵ですわ。そうでしょう?お兄様?」

「その通りさ、マルグリッタ」

マルグリッタから「お兄様」という尊称で呼ばれたポールは口元に不敵な笑みを浮かべながら愛らしい笑顔を浮かべた妹の問い掛けに答えた。
厳密に妹といってもポールとマルグリッタとは母親が違う。いうならばポールにとってマルグリッタは腹違いの妹なのだ。
もっともマルグリッタが父親から与えられる愛情はポールと同等かそれ以上のものであり、ジョゼフやパトリックよりは優遇されていたことは間違いない。
イノケンティウスは腹違いの娘を溺愛し、ポールの補佐役にしようと目論んでいた。
だが、イノケンティウスは計画を変更した。それは一旦自分との血縁を隠すためにどこかへの家へとマルグリッタを養子に出し、その後で改めて教団の人間を使ってマルグリッタと接触をはかり、裏でマルグリッタに指示を出し、王子と接触させてその王子とマルグリッタを結ばせて、イノケンティウスが結ばれた王子とマルグリッタの後見人となって宮廷に侵入し、その実権を握るという計画であった。

イノケンティウスの計画は公爵家に見そめられるまでは上手くいき、運良く公爵家の次期当主とそのパートナーに見染められたのはいいのだが、見染められた際の当主はマルグリッタに養子入れを断固拒否したのであった。
イノケンティウスにとって幸いであったのはその当時の当主が老齢であったことも大きかった。当主は老齢で死に、次期当主とそのパートナーは前当主が躊躇っていたマルグリッタの養子入りを受け入れた。
最後に残った障壁は自分を嫌う王子の婚約者であり公爵家の一人娘、カーラの存在だった。
だが、これについてはイノケンティウスが解決策を出す前にマルグリッタ一人で対処したのだった。
両親やカーラの婚約者、それから使用人たちと共に過ごす時間を用いてから親密感を築いてからカーラの悪口を吹き込むのである。
そうすれば誰もがマルグリッタ可愛さにカーラを敵にする。カーラはとうとう使用人たちからも世話を放置され、最終的には身分さえも剥奪されてしまったのだ。
ここまではマルグリッタの完全勝利であった。見事な采配である。
ポールは満足した表情を浮かべてマルグリッタを見つめた後で、その隣に座っている第一王子ベクターを見つめる。
後は妹の婚約者であるベクターを国王の地位に就けることができればいよいよクライン王国の玉座はネオドラビア教のものだ。

だが、問題はもう一人の王子が格式を重んじる貴族たちいわゆるマルグリッタのことを気に食わない貴族からの人気が高いことにあるということだ。
継承順位だけならば父親から可愛がられているベクターであるが、ベクターが即位した後で、もう一人の王子であるフィンが反乱などを起こしてしまったり、あるいは反乱の象徴として祭り上げられてしまえば厄介なことになる。
かくなる上はフィンにも消えてもらうしかないのだが、向こうは曲がりなりにも王子。加えて警備隊の司令官でもある。相手が相手でだけに厄介だ。
ポールは過去の記録を洗い起こし、城下町の暗殺者たちは幾度もフィンの命を狙っていたが、全てが失敗に終わっていることは知っていた。
ポールは頭を抱えた。どうすればフィンを始末できるのかと唸り声を上げていた時だ。
横に立っていたシュポスと不意に目が合った。父親に付けられた凄腕の暗殺者である。彼ならばどうにかできるのかと考えていた時だ。
シュポスが不敵な笑いを浮かべながら問い掛けた。

「オレに何か用ですかい?大司教様?」

「そうだな、もう一件頼みたいことがあるんだが、いいか?」

「今度は誰を殺すんで?」

「フィンだ。この国の第二王子を殺してくれ」

その言葉を聞いた男は両目を見開いたが、すぐに顔にニヤニヤとした笑みを浮かべながら答えた。

「ご安心を、私ならば造作もないことです」

それを聞いたポールは安堵の笑みを作った。シュポスならば無事にフィンを殺してくれるだろう。
ポールは上機嫌になって大きな声で笑っていく。この時のポールの笑い声は外にまで聞こえるほどの大きなものであったという。
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