婚約破棄された悪役令嬢の巻き返し!〜『血吸い姫』と呼ばれた少女は復讐のためにその刃を尖らせる〜

アンジェロ岩井

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第二章『王国を覆う影?ならば、この私が取り除かせていただきますわ』

駆除人と刺客が交わる時

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その日の酒はギークを酷い酔いへと引き摺り込んだ。まるで、沼で溺れている自分を更に下へと引き摺り込まれていくかのようにひどい酔いに陥っていくのである。
派手な飲酒のせいか、カウンターに置いてある酒瓶の量が増えて見えたし、カウンターでグラスを拭くギルドマスターの顔も複数に見えてきた。ギークは呂律の回らない舌でギルドマスターに向かって言った。

「オレ、もしかしたら駆除人失格かも」

「何を言うんです?」

「今日さぁ、殿下を狙う刺客を見逃しちゃったんだよね」

ギルドマスターのグラスを拭く手が止まり、両目の瞳が剣のように尖ってギークを睨む。この時のギルドマスターの表情は恐ろしいものであった。御伽噺に登場する魔物か何かに変貌して自分を見下ろしているかのようだ。
だが、ギークは動じる姿を見せなかった。それどころか悠々とお代わりを要求した。その様子を見てギルドマスターは大きく溜息を吐いた。
それでも酒はグラスの中に注いでやった。ギークは酒を煽り、ユーリという男と自分とがいかに激しい戦いを繰り広げたのかを説明していく。

三日前にギルド内で宣戦布告を言い付けられてから向こうが語った時間になって、向こうと激しい戦いを繰り広げてきたこと、お互いに命が尽きるギリギリまで剣と鞭による死闘を繰り広げたことなどを語っていく。
特に三日目の戦いは激戦であったとされ、夜に駐屯所で始まった戦いは場所を街の中へと移して一日の時間をかけて繰り広げられていたとされている。
つまり、人々が日常の生活を営む裏で二人の闇に生きる者たちが戦いを繰り広げていたということになる。
当然お互いに疲弊していた。体の力が抜け、骨までも折れ掛けた。激闘を主張するかのように鞘に収められたギークの剣はボロボロだった。刃のあちらこちらに刃こぼれが生じており、剣の持ち手なども先程客間の中で拭き取るまでは彼の手汗などでひどく汚れていたのだ。
そのような状況になってギークがユーリを見逃したのはギークの中に情が湧いてしまったからだろう。
幾度も戦いを繰り広げていくうちに殺したくないという情が湧いてしまったのだ。そのため処置に手間取っていると、カーラが現れてユーリを連れて行ってしまったというのが事の真相であった。その後二人が連れて行った病院に足を運んだのだが、その時はどうしても殺せなかったのだ。

「ぼくもそろそろこの稼業を引退する時がきたのかなぁ」

ギルドマスターはカウンターの上に突っ伏して眠るギークを見下ろす。
駆除人が駆除の対象者に情を掛けることは許されない。通常であるのならば駆除人失格となり、すぐにその制裁が下される。
問題は今回の場合が特殊ケースにあることだ。今回の駆除の対象者はネオドラビア教の大司教ジェームズ・モランであり、ギークが対峙した男は厳密にいえば駆除の対象者ではない。
だが、依頼に含まれている護衛任務においては護衛対象者を狙う敵であり、今後も生かしておけば引き続き命を狙う相手なのだ。それを見逃したというのは駆除人にあってはならぬことである。
今回のギークの場合、責任というよりは道義的な問題を犯してしまったといった方が正しいかもしれない。
原則的に見逃しても制裁は下されないが、道義上敵にあたる人物を見逃してしまったので道義を問われることになる。

カーラとレキシーの二人に関してはギークからユーリなる男の存在は知っていてもその顔は知らなかったのだ。助けたことに非はない。
問題があるのはギーク一人だけだ。ギルドマスターは思い悩んだ結果ギークを許すことにした。しかし、今後その代わりにそのユーリなる男との決着はギーク一人だけに委ねることにしたのだ。
ギルドマスターはこのことを他の駆除人にも伝えようと決心してギークが飲んでいたグラスを拭いたのだった。
ギルドマスターがそろそろ酒場を片付けようかと考えていた時だ。ローブで顔を隠した男が姿を現した。

ローブで顔を隠した男はギルドマスターの前に座ると、特製の飲み物を注文した。ギルドマスターは注文後に男を応接室へと連れて行く。
駆除の依頼である。駆除人ギルドは現在ネオドラビア教を率いるモラン大司教との抗争に入っているようなものであるが、その間も悪人たちはじっとしていない。そのため何人かの駆除人に話を付けることになっている。
話が終わり、前金を受け取ると、ヒューゴの部屋の扉を叩いてビューのを起こした。

「どうしたんですか?マスター、言っておきますけど、ぼくは酒場を手伝える余裕はーー」

「急な仕事が入った。明日二人に伝えてくれ」

ヒューゴは首を縦に動かす。それからギルドマスターに向かって問い掛けた。

「あの二人じゃないと不可能な駆除だというんですね?」

「あぁ、ちょいと相手が相手だからな……」

ギルドマスターの話によれば相手はネオドラビア教の息がかかった相手なのだという。新たな麻薬ルートの運営を任されている男であり、モラン大司教も一目を置いている男なのだそうだ。
今回の場合プラフティー公爵家を利用していた時とは異なり、小売業者や仲介人などが存在しないため教団はその利益は教団が一手に引き受けられることになる。その反面その男に万が一のことがあった場合捜査の手が教団に触れる可能性もあるという危険性があるのだ。
それを踏まえての上でこのような危険な密貿易を行っているのだからモランがいかに次回の貢ぎ金獲得のために焦っているのかをギルドマスターは理解できた。

あの貢ぎ金集めの日以降酒に溺れる寝る前以外の時間をモランは表にしろ裏にしろ潰されたルートに代わるための金をかき集めるために駆け回っていたのだろう。あちこちで金策を行っているうちに、とうとう危険性の方が多い直接の密貿易ルートを開拓したに違いない。
捕まればモランの身の破滅は免れないだろうし、教団の信奉者である貴族たちもモランを見捨てて逃げてしまうだろう。当然教団の本部もモランのことなど見捨てて自分たちの身の安全を図るだろうし、口封じで殺される可能性だってあるのだから。
だが、それ以上に怪しげな葉は金になるのである。そのためにモランと組んでいる男を潰す必要性があった。
その男性が少しばかり厄介な相手であるので、腕利きであるカーラかレキシーに任せてほしいということだった。
ヒューゴは了承し、その翌日二人に麻薬ルートを司る男の駆除を依頼したのであった。

レキシーは表の方で厄介な患者を抱えていることもあり、裏の仕事にはカーラがあたることになった。カーラはヒューゴが渡した数枚の金貨を受け取り、自分の中に財布の中に仕舞っていく。
その晩カーラはいつも通りに仕込み針を袖の中に仕込み麻薬ルートを司る男の動向を監視していた。
麻薬ルートを仕切る男の名前はベケット。商売道具である麻薬の取りすぎのためかどこか頭がハイになっているのが垣間見えた。他にも麻薬商売で儲けて美食に励んでいるからか、体が一回りも太く、そのため首回りもひどく太かった。
顔も端正な方ではない上にきびの跡が残っており醜い印象すら与えられた。
どこを取っても最悪のような男であるが、頭だけは回るらしく今も護衛と思われる屈強な男たちに身を守らせながら密貿易を司るネオドラビア教の信徒たちに偉そうな講義を行なっていた。
信徒たちはその講義を聞いて、城下町の暗黒街の他に一般人にも効率よく売る方法を定めている。まさしく地獄だ。

調べれば調べるほど嫌悪感しか湧かないような男だ。一日でも早く仕留めておかなくては人々が安心して眠ることができないだろう。
カーラは自分の利き腕を片方の腕で押さえ付け、ベケットに油断が生まれる隙を窺っていた。
カーラは物陰を利用してベケットがレストランの中でも一番値段を張る巨大なレストランへと入るのが見えた。
この機会を逃してベケットを殺す機会はないだろう。カーラはこっそりと後をつけてレストランの中へと潜り込んだのであった。
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