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第二章『王国を覆う影?ならば、この私が取り除かせていただきますわ』

根性と意地の無限勝負

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鞭と剣による打ち合いは無限とも思えるほど長く続いた。
ギークの息も切れてきた。対して向こうの男には余裕があった。ニヤニヤと笑いながら鞭を地面を打って近付いてくる。鞭を地面に打って怯えさせるのが本来の目的なのだろうが、肝心のギークは息を切らすばかりで恐怖を感じ取る余裕さえなかった。正直にいえば剣を握るのが精一杯であった。足をふらつかせながら目の前の男と対峙していく。
端正な顔立ちをした男は芸術品のような顔を醜く歪めずに笑っていた。それは王族や貴族が浮かべるような上品な笑みだった。

「大したもんだな。あんた」

その口調は皮肉ぶったものではなく感心して相手を褒め称えるようなものであった。だが、今のギークには気の利いた返答を送るような余裕もなかった。
現在のギークは肩で息をしているような状況だ。これ以上の戦いは厳しいだろう。ここで一気に決着を付けるのがいいだろう。この時のギークは明らかに駆除人にあるべき冷静さをこの時に欠いていた。男もそれを見抜いたのか、勝負に打って出たギークの鞭をギークの両手から剣を引き離していく。剣が地面の上を転げ落ちた。
ギークはその姿を見て自らの死を覚悟した。自分は駆除人である。当然相手から反撃されて殺されることもあれば、目撃者によって事件が発覚したりすれば処刑台に送られる身である。
覚悟を決めて両目を閉じた時だ。ふと目の前で「やめた」という言葉が聞こえた。
その言葉を聞いてギークは思わず問い掛けた。

「何、どういうことだ?」

「そのままの意味さ。あんたをここで殺すのは惜しいと思ってな」

「……それは誰に命令されたの?」

「誰でもねぇ、オレ自身の意思だ」

ギークはその言葉を聞いてしばらくの間は黙って注意を向けていたが、やがてか細い声で男に向かって問い掛けた。

「ぼくを助けた理由は?」

「お前の戦いっぷりが気に入ったからさ。それで助けちゃあいけないのかい?」

淡々と発せられた男の言葉を疑惑をギークはひどく気に入った。同時に敵でありながらもこの顔の形のいい男も気に入っていた。
だからだろう。ギークは男に向かって名前を問い掛けていた。
男はギークの問い掛けに対して快く返事を返した。

「オレか?オレの名前はユーリってんだ。じゃあ、また会おうな。あんたがあの王子様を守る限りはまたこうして戦う機会ってものはあるしさ」

ユーリと呼ばれた男は手を振りながら森の奥へと消えていった。
ギークはそんなユーリの姿を見送ると、そのまま疲れた体に鞭を打ってフィンの護衛という大事な仕事に戻っていく。
体を引き摺りながらも今ではギークの影となっているフィンは城下町へと戻らなくてはならない。
疲労困憊の身でありながらもギークはフィンが無事に駐屯所へと帰還し、司令官室で書類を読む姿を確認した。その後で駐屯所の中で耳を立てつつもギークも物陰で一眠りを行うことにした。
しばらく物陰で休んでいると、交代の時間だと別の駆除人に起こされた。
ギークは眠い目を擦りながら起き上がって言った。

「あれ、もう交代の時間だっけ?グレイソンさん?」

「あぁ、ギルドマスターからはそう伝えられたぞ」

口元に大きな髭を蓄えた中年の男ーーグレイソンはギークに向かって事務的な口調で告げた。

「それじゃあ、頼むよ。ぼくはギルドの方に帰って疲れた体を休めるから」

「お前、さっきまで寝ていたくせに……」

男が苦言を呈すと、ギークは少々不機嫌な様子で答えた。

「失敬な。寝ながらでも警戒は怠っていなかったよ。それよりも耳寄りの情報があるんだけどさ」

ギークは中年の男に向かって森で出会ったユーリという美男子のことを教えていく。中年の男はそれを聞いて首を真っ直ぐに動かし、警戒を続けることを約束した。
これで当分の間は安全だろう。駐屯所を出て城下町を歩いていた時だ。
背後に気配を感じてギークは人の来ない路地裏へと場所を変えた。もし相手がユーリであるのならばあまり人の来ない場所の方が戦いやすかったからだ。

だが、残念なことに現れたのはギークではなく二人の狂信者であった。
それぞれが斧や剣を振り翳してギークに向かって襲い掛かってきたのであった。
ギークは斧と剣を交わすと、そのまま剣を鞘から抜いて襲ってきた二人を一気に斬り倒したのであった。
二人は悲鳴を上げながら地面の上へと倒れ込む。ギークは剣を鞘にしまうと、慌てることもなくその場を立ち去っていく。
今のギークからすれば二人を殺した後のことなど知ったことではない。ただ疲れていた。ゆっくりとベッドの上で眠るのが夢だったのだ。

ギークはギルドに帰り、ギルドマスターに一部始終を伝えてから、客間のベッドの中へと飛び込み、酒場の客間で大きないびきをかいて眠っていた。すると、扉を叩く音が聞こえた。
ギークが眠い目を擦りながら瞼を開けると、そこには血相を変えたギルドマスターの姿が見えた。

「ギーク!大変だッ!グレイソンが殺されたッ!」

ギルドマスターの言葉を聞いて眠っていたギークの脳は活性化し、慌てて駆除人ギルドを飛び出す。
ギルドマスターもギークを慌てて追いかけて詳しい説明を行なっていく。
グレイソンは駐屯所でフィンの護衛をしている最中に殺されたらしく、今駐屯所は大騒ぎだという。

「……まさか、駐屯所の中にまで現れるとは……」

「だから、こうして二人で確かめに行っているんだろう?急ごう!」

二人が駐屯所の前に駆け付けると、駐屯所には大勢の人が詰め寄って駐屯所の中に侵入したとされている男の遺体を一目見ようと騒いでいた。
それを駐屯所の警備兵が追い散らそうと必死であった。肝心の死体が出てこないために人々はどうしていいのかわからなかったのだろう。

「……死体はまだ出てこねぇみたいだ」

「……やっぱり、あの人が殺したんだろうか」

ギークが首を傾げていた時だ。
「そうだ」という声が聞こえた。ギークが恐る恐る背後を振り返ると、そこにはニヤニヤとした笑みを浮かべたユーリの姿が見えた。

「よぉ、オレだぜ」

「……あ、あなた」

「お前さんの予想通りさ。フィンを殺すのに邪魔だったから始末させてもらったよ」

多くの人目が詰めかけて声を上げているのをいいことにユーリは堂々と暗殺の計画を喋っていたのである。
それでも流石にこれ以上は危険だと判断したのか、ユーリは親指を突き上げて場所を変えることを提案した。
しかも、ユーリが指名した場所というのが駆除人ギルドがある酒場であったのだ。
ギークとギルドマスターはユーリに案内されるままに自分たちの根城へと戻り、酒場の端にあるテーブルへと座らされた。

「ほぅ、なかなか上等な酒場じゃねぇか……害虫駆除の仕事でかなり稼いでいるのかい?あんたらは?」

「……そうでもないさ。むしろ、そっちはカツカツの経営でね……普通のお客さんによる収入が大半なんだ」

「なるほど、まぁ、いいや。それよりもオレはこれがなくちゃ話せないからね。ちょいと注いでくれないかい?」

ユーリはワイングラスを持つ真似をした上で飲む真似までして酒を請求したのであった。ギルドマスターはワイングラスに酒を注いで渡した。
ユーリーはギルドマスターに渡された酒を一気に飲み干して口元を袖で拭ってから怪しげな笑みを浮かべて言った。

「まぁ、今回はちょっと宣戦布告を言いにきたのさ」

「宣戦布告だと?」

ギルドマスターが両眉の眉根を寄せながら問い掛けた。

「あぁ、今回オレは対等な立場で臨もうと思ってんだ。そしてあんたの付けた護衛を全て破った上であの王子を殺そうと思ってる。だから、今日はあんたにオレが王子を狙おうと予定している時間を教えにきたんだ」

「……なるほど、ぼくと勝負がしたいからか」

ギークの言葉を聞いてユーリは口元を緩ませる。

「その通り、あんたと対等な勝負がしたいんだ。決着はオレの襲撃予定時刻の間に付ける予定だ。無理ならばまた次の襲撃時間まで持ち越される」

ユーリはどちらかが倒れるまで終わることのない勝負を提案したのである。
ギークは当然こんな勝負など辞退するかと思われたのだが、両目を彼が使う剣のように尖らせて言った。

「受けるよ。ボクは絶対に王子を守ってみせる」

フィンの目を見てユーリは微かに口元を綻ばせた。それから両手を叩いてギークを賞賛したのであった。
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