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第二章『王国を覆う影?ならば、この私が取り除かせていただきますわ』

フィンに迫る影

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「何?ネオドラビア教の大司教だと?」

それは奇しくもカーラが菓子屋の近くで教皇の息子ジョゼフに警告の言葉を投げ掛けれたのと同じ頃合いのことであった。街の警備を一任されるフィンの元にネオドラビア教の大司教ジェームズ・モランがその姿を見せたのであった。
モランはフィンの前に現れると丁寧に頭を下げて言った。
それからフィンの机の前に小さな箱を置く。

「これは?」

「開けてみてください」

フィンは言われるがままに箱を開けると、そこには大量の金貨や宝石の類が露わとなった。

「こ、これはなんだ!?」

フィンが驚いたような声を上げた。

「ご覧の通りです。我々のお気持ちを表したものですよ」

それを聞いた途端にフィンはモランから背中を向け、静かな声で言った。

「……持って帰れ」

明らかに怒りを抑えたような声であったが、モランは意に返すどころか目を丸くしていた。

「おや、なぜですか?」

「決まっているだろ?オレは仮にも父上からこの街の警備を任されているものだ。賄賂など受け取れば犯罪を見逃せというておるのようなものではないかッ!」

フィンは机を叩いて身を乗り出しながらモラン大司教に向かって叫ぶが、先程と同様でモラン大司教は気にする素振りを見せなかった。それどころか顔に不気味な笑みさえ浮かべていた。

「殿下……やはりあなたは青いですな。物事も知らぬ青二才の若造だ」

「き、貴様ッ!オレを侮辱するのかッ!」

「いいえ、思ったことを馬鹿正直に申し上げたまでのことでして……お気に触ったらご容赦のほどを」

モランの声は明らかにフィンを挑発するようなものであった。フィンは剣を引き抜いてモランに襲い掛かろうとするのだが、そのフィンをモランは鋭く睨み付けた。
剣を抜こうとする手がモランの一睨みの前に止められてしまう。

まるで体が押さえつけられているかのように動かないのだ。西陽に照らされたモランの姿は人間とは違う魔物のようにさえ感じられた。
モランはクックッと笑いながら固まったフィンの元へと近付いていく。

「力が出ないでしょう?殿下?自分にとって絶対的な存在に睨まれるというのは野生の動物が絶対に敵わない天敵に遭遇して見つかった時と同じ状況なのです」

「オレにとっては貴様がそれだというのか?」

「えぇ、しかし私にも怖いものはありますよ。そのお方に私が睨まれた時には今のあなたと同じ状況になりました」

「……な、なにが目的だ」

その問い掛けにモラン大司教は机の側により、フィンの近くにまで顔を近付けると小さな声で囁くように言った。

「目的はただ一つ……我々が今後執り行う予定の密貿易を邪魔しないでもらいたいのです」

「ふ、ふざけるな……誰がそのようなことを黙認できるものか」

「おや、お断りなさるんですか?」

モラン大司教は声を低くしながら問い掛けた。フィンはこのモラン大司教の言葉に逆らうことができなかった。

だが、父王から命じられた任務も疎かにはできない。フィンは自分の中で揺れる意思を守るために一つの選択肢を取った。それは沈黙という方法であった。

何も喋らない。何も答えない。無言を貫くことによってフィンは逃亡したのだった。

答えを返さない上に無理やり追求して護衛兵たちを呼ぶという行為も憚られた。モランとしてはこれ以上の追及などできなかった。ここは退散するしかないだろう。舌を打ってから机の上に置いていたフィンに渡す予定であった賄賂を回収してその場を去っていく。

だが、モラン大司教は仮にもネオドラビア教の中でも最上位の地位にある大司教にまで登りつめた男である。帰り際にフィンに釘を刺すことも忘れていなかった。

「殿下、今日のところは引かせていただきますが、今後は我々がいつでもあなたに手を出せるということをお忘れなきよう」

フィンはそれを聞いて心底から震えた。そして実感した。これ以上曖昧な態度を取り続けていれば、あの男に殺されてしまうだろう、と。

命の危機を感じたフィンは己の身を守るべく、モランが立ち去るとすぐにモー・グリーンランドの一件より自然と足が遠のいていた駆除人ギルドへと足を運ぶことにした。

駆除人ギルドで特別の酒を頼み、応接室に案内されてからギルドマスターに駆除の依頼を行う。

フィンは私財を割いて作った前金を応接室の机の上に置く。問題はその置いた金貨の量である。
フィンが取り出したのはロッテンフォード公爵家の一件に出しだ額と同等かそれ以上の額であったからだ。

ギルドマスターはこの件をただごとではないと判断した。
フィンに落ち着く暇を与えさせるために少しだけ間を置いてから問い掛けた。

「これだけの量の金貨ということは余程の大物の駆除だと考えてよろしいのですね?」

「それだけじゃない。この駆除は私の身を守るということもあるのだ。金額はいつもよりも多めだ。だから代わりに」

「代わりに護衛を付けてほしい……そういうことですね?」

フィンはその言葉を聞いて歓喜に溢れた表情を浮かべて首を縦に動かす。両目からは期待に満ちた輝きがギルドマスターへと向けられた。
そんなフィンの喜びを感じ取ってか、それまで表情を強張らせていたギルドマスターは口元を緩めた。

「わかりました。殿下には大司教の駆除が済むまでとっておきの護衛をくっ付けておきましょう」

わざわざ『とっておきの』という前置詞を付けてまでいってくれるのだから相当に強い護衛が自分の護衛としてついてくれるのだろう。
フィンは何度も何度も感謝の言葉を述べてギルドを去ってから人の目を盗みながら駐屯所へと帰っていった。

これでしばらくの間は安心はできる。フィンが少しだけ安堵しながら駐屯所までの道のりを進んでいた時だ。
上の空だったためか、誰かと肩をぶつけてしまった。
ぶつかった勢いでフィンは地面の上に尻餅をつき、慌ててぶつかった相手に謝罪の言葉を述べる。

「す、すまなかった。私としたことが不注意だった」

「い、いえ、私の方こそぼんやりとしていたみたいで……それよりもあなたこそ怪我ーー」

そこまで言ったところでぶつかった相手が自分が誰にぶつかったのかを悟ったらしい。同時にフィンも自分が誰にぶつかったのかを理解した。ぶつかったのは自分の大切な想い人。カーラだ。

先程は知らなかったとはいえ、肩を乱暴にぶつけてしまっていた。彼女はひどく傷付いた違いない。
フィンは焦った。なんとかお詫びをしなくてはなるまい。だが、なんとお詫びの言葉を掛けていいのかわからなかった。

この時カーラにとって幸いであったのはフィンが自分とぶつかったことで我を忘れてこんな時間に自分がこんな時間に居たことを咎めなかったことにあるだろう。

カーラはあの後でジョゼフと名乗る男を尾行し、どこで拠点を構えているかなどを調べていたのだ。ジョゼフは郊外にあるネオドラビア教の教会に寝泊まりしていることが判明した。

奇襲を掛けようにも規模が大きかったので奇襲を掛けるのには難しくて一度その点をレキシーやギルドマスターに相談しようと城下町へと戻っていたというのがことの真相である。

故にフィンに出会うということは彼女にとっても予想外の出来事であったのだ。
目の前でまごまごとしているフィンをどうにかして慰めようとしていた時だ。背後からやけに元気のある声が聞こえてきた。

「へいへい熱いねぇ。こんな時間だっていうのによぉ」

「そうだよ。お二人さん何やってんのさ?」

声を掛けてきたのは二人組の凶悪な顔をした男であった。いわゆるごろつき。
自分たちがこの世で一番強いと勘違いしているかのような性質の悪い人間たちである。
二人はフィンとカーラの両名から睨まれているのにも知らずに堂々と二人に絡み始めていく。

「よく見ればオレ好みつーか」

「そうそう、オレこれでも貴族の息子なんだぜ。よかったらオレと逢瀬でもしようよ」

「……貴族ならば貴族に相応しい教養を身に付けてから出直してくださいな。話はそれからです」

カーラは元貴族令嬢に相応しい態度で乱暴な相手を拒絶した。
フィンはその姿に見惚れたが、ごろつき二人は違ったらしい。カーラに対して執拗に突っ掛かっていく。

「ンだとッ!テメェ!人が下手に乗ってりゃあいい気になりやがってッ!」

ごろつきの一人が拳を振り上げてカーラに襲い掛かろうとした時だ。ごろつきの腕が不意に止められた。ごろつきが慌てて止めた方向を見つめると、そこには怒りの炎を瞳に宿したフィンの姿。

怒りに突き動かされたフィンはごろつきの手を止めたばかりではなく、そのまま腹に強烈な蹴りを喰らわせたかと思うと、そのままごろつきの顔を強く殴打したのであった。ごろつきたちからすれば金棒で殴られたにも等しい衝撃であったに違いない。

衝撃を受けたごろつきたちは悲鳴を上げて地面の上に倒れ込む。それを見たもう片方のごろつきもフィンに殴り掛かっていったが、元より相手になるはずもない。

あっという間にごろつきどもはその場で殴り倒されてしまった。その姿を見下ろすように睨み付けると、彼らは何をすることもなく、その場から逃れていった。

フィンは尻尾を巻いて逃げ出す二人のごろつきを親の仇でも睨むかのように険しく睨んでいた。
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