婚約破棄された悪役令嬢の巻き返し!〜『血吸い姫』と呼ばれた少女は復讐のためにその刃を尖らせる〜

アンジェロ岩井

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第二章『王国を覆う影?ならば、この私が取り除かせていただきますわ』

この国を覆う影について

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翌日駆除を終えたカーラが客間の寝台でのんびりと眠っていた時だ。勢いよく扉を叩く音が聞こえた。カーラが眠い目を擦りながらベッドの上から起き上がると、目の前に血相を変えたメイドが慌てた声で言った。

「本日行う予定でした会談ですが、公爵家に急用ができたこともあり、本日は中止とさせていただきます。誠に申し訳ありませんが、すぐにお帰りいただくように旦那様が仰っておりましたので、お迎えにあがりました」

「わかりましたわ。すぐに帰ればいいのですね?」

「えぇ、馬車は屋敷の前に停めておりますし、今回は荷物も私どもの方で積みますのでどうぞ今日はお帰りくださいますように……」

カーラは察した。メイドがここまで執拗に来客を帰そうとするのは二人が死んだ件を外部の客である自分に知らさせないためだろう。カーラは自分の両親が外聞というものを重視することを知っていた。
そのままメイドに客間の鍵を渡し、荷物を持たせながら入り口へと移動した。
それから一晩経って乾いた自身の袖付きのドレスを受け取る。カーラが昨夜着ていたドレスは別の日に公爵家から使者を派遣して受け取るということになった。
カーラはそのまま馬車の中へと押し込まれる形で公爵家を去っていく。上出来である。カーラは馬車が公爵家の門を抜け出た時カーラは心の中で片腕を大きく突き上げていた。

駆除が上手くいったことを心から喜んでいたのだ。そればかりではない。公爵家の屋敷を使用しての麻薬ルートは撲滅するのだという嬉しさもあった。
カーラは聞こえないように鼻歌を歌いながら馬車の椅子の上に自身の背を預けて帰りまでの道を揺られていく。
自宅の前で馬車を降ろされたので旅行鞄の中に埋もれている自宅の鍵を回して、自宅の中に戻った。
自宅の中にはレキシーの姿がなかった。休日ではないので既に朝の支度を済ませて診療所に向かっていることが想像できた。
カーラはレキシーに追い付くために旅装を解き、服を着替えると旅行鞄の中から針を取り出し、服の袖に針を仕込む。いつもの格好となり家に鍵をかけ、診療所へと向かう。
診療所の前で大きな声で朝の挨拶を叫び、レキシーの元に合流する。

「お帰り、早かったんだね」

「えぇ、公爵家でのっぴきならぬ事態がありましたので……」

レキシーはカーラが語るのっぴきならぬ事態が何であるのかを知っていた。それを聞いて密かに笑みを浮かべたかと思うと、カーラにこっそりと耳打ちする。

「うまくいったんだね」

「えぇ、うまくいきましたわ」

「じゃあ、マスターに報告するのは?」

「今日の診療が終わってからにいたしましょう」

カーラはレキシーに笑い掛けた後で熱心に患者たちの治療を行っていく。
一日離れていたということもあってか、治療の手伝いがいつもよりも大変に感じられた。思えば貴族の令嬢をしていた頃の自分ならばこうして人の面倒を見るなんてこともしなかっただろう。
駆除人として屋敷の外に出ることで多少は市井に通じてはいたはずだが、やはり本当の生活というのは理解できていなかったに違いない。
カーラは診療所を訪れた患者に対していつものように診察を行い、レキシーに必要な薬の名前を叫びながらそんなことを考えていた。
ようやくその日の診療を終えた後でカーラは一息を吐いた。それからレキシーと共に大通りを歩きながら久し振りに実家である公爵家の元を訪れた時のことを語っていく。
当然いい思いなどなかったし、訪れた目的の殆どは駆除であったから懐かしむ時間もなかっただろうが、それでもカーラは遠い目で一言だけ言った。

「やはり、あそこは実家ですわ。歩くだけで思い出が蘇って参りますの」

「……あれだけ家族や使用人たちから嫌なことをされていたのにかい?」

「えぇ、そうですわ」

カーラはそうとしか言えなかった。体中から生じた懐かしい気持ちが彼女に肯定の言葉を述べさせたのだ。どこか沈んだ表情のカーラに向かってレキシーは密かに問い掛けた。

「少し気になったんだけどね。あんた、自身の両親とは会えたのかい?」

「いいえ、閣下も婦人も私の前には姿すら見せませんでしたわ」

カーラは実の両親を敢えて他人行儀で呼ぶのは実の両親に対する愛情が冷め切っていたという理由が大きかった。
レキシーとて公爵家は気に入らないが、これではあまりにもカーラが不憫である。レキシーは物憂ささそうな顔をするカーラに対して同情めいた表情を浮かべて問い掛けた。

「……あんた、実の娘だったよね?」

カーラは悲しげな表情を浮かべて首を縦に動かす。それを見たレキシーがポツリと言葉を漏らした。

「信じられないや」

レキシーは過去に横暴な貴族の手によって大事な家族を失っている。それ故に貴族に対する反感が人一倍強いことはカーラ自身もよく知っている。
だが、それ以上に家族に対する思いも強かった。カーラに同情的であったのはそのためだろう。
カーラはそんなレキシーに感謝の念を感じていた。余計なことを考えていると着くのも早いものである。
駆除人ギルドの中ではギルドマスターが表向きの職業である酒場の開店準備を進めていた。だが、二人の声が掛かると手を止め、二人を応接室へと案内する。

カーラは応接室でギルドマスターに屋敷での駆除の件を話してからギルドマスターから渡される後金を受け取り、二人で分け合った。
このまま帰る予定であったのだが、カーラは立ち去る前に二人が語っていた言葉をギルドマスターに向かって語っていく。
カーラからそのことを聞いたギルドマスターはしばらくの間考え込む素振りを見せていたが、真剣な表情を浮かべて二人に語っていく。

「……知らせてくれてありがとう。カーラ……やはり、この密貿易にはネオドラビア教が関わっていたか……」

「そのネオドラビア教というのは一体どんな団体なんだい?」

「……いわゆる新興宗教団体だよ。それも人一倍性質の悪い」

ギルドマスターの言葉によればネオドラビア教は現在教皇を名乗るイノケンティウス・ビグラフトと呼ばれる男によって片田舎で結成された新興宗教団体である。
元々は田舎町にあれ小さな教団であったが、徐々に勢力を拡大し、今では大勢の信者を集める巨大宗教団体へと変貌していた。王族や貴族たちからもともかく既存の神々や風俗をめぐって対立しないというのならば自分たちの存在を認めてくれるというのだから高い評価を受けている。その他にも外国に対する脅威には戦おうと信者たちと鼓舞している点も評価が高いらしい。そうした点からクライン王国の貴族の中にも既に多くの信者を獲得している。
ただし、信者以外からの評判というのはすこぶる悪い。儀式と称して関係のない人を巻き込むことや無茶苦茶な理屈を振り翳して、それを他人に押し付けること、敵対する人物や既存の神々に対して容赦のない態度を取って臨むことで注目が集まるようになった宗教であるからだ。

「なるほど、そんなおかしくて危険な奴らなら麻薬に手を出していたとしてもおかしくはないね」

「だろ?けど、厄介なのはここからさ。教団にとって公爵家を利用しての麻薬ルートというのは重要な資金源だったから、それを奪われたとあっては当然報復を行うだろうねぇ」

「……厄介ですわね」

「それに奴らは既に有力貴族のうちの何人かを手駒に従えている。それもオレたちを潰すために活用してくるかもしれないな」

「面倒なことになったねぇ。今回の駆除の報復で奴らの勢力に加えて、息のかかった有力貴族までも敵に回してしまったみたいだねぇ」


「……レキシーさん、ここは逆に考えようや。厄介な奴らが敵に回ったと危惧するのではなく、この国に巣食う厄介な害虫を我々が取り除く絶好の機会が与えられたと」

それを聞いた二人の表情が明るくなる。ギルドマスターの言葉通りだ。自分たちは害虫駆除人である。法の網を掻い潜り人々に害を為す害虫を駆除するのが仕事なのだ。その規模が大きいか小さいかの違いでしかない。
カーラとレキシーの二人は笑い合い改めて自分たちの職業を確かめ合う。ギルドマスターはそんな二人を頼もしいと思いながら見つめていた。
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