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第二章『王国を覆う影?ならば、この私が取り除かせていただきますわ』

密輸の大元締め

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「失礼するよ」

カーラがマルグリッタに招かれた夜に執事控え室の扉を開けて入ってきたのは屋敷の私兵であるオーウェンである。
部屋の中で読書をしていた執事のベンジーは本を閉じ、オーウェンを出迎えた後で控え室に備え付けられた飾り棚からワイングラスを取り出し、部屋の中央に置いてある机の上に置き、その中にワインを注いでいく。
ワインを注ぎ終えたベンジーはオーウェンを獲物を狙う肉食獣のような細い目で睨んだかと思うと低い声で問い掛けた。

「何の用だ?」

「ヘヘッ、あんたとオレとでモランの奴に謀反を起こしたいと考えていてね」

「謀反だと?貴様正気か?」

「だってよぉ、オレたちがいくら東の国から伝わる麻薬を捌いたとしても儲けの四割をネオドラビアのモラン大司教が集めるなんて理不尽だとは思わねぇか?」

オーウェンは吐き捨てるように言った。

「そのモラン大司教もその上から更に搾り取られているからな……モランを殺したとしても別の奴が現れて報復に訪れるだけだ。諦めろ」

ベンジーは注ぎ終えたワインを一気に飲み干しながら言った。

「……本当にそうか?」

オーウェンの目が怪しく光った。それを見てベンジーが首を傾げる。
オーウェンはヘヘッと不気味に笑いながら話を続けていく。

「陛下にネオドラビア教と麻薬のことをぶちまけてやるのさ。そうすれば国軍を敵に回してネオドラビアの奴らは一貫の終わりよ……モランだろうが、他の奴だろうが処刑台に送られるぜ。そうすれば麻薬輸入ルートはオレたちが牛耳れる。あんたとオレで儲けの六割だ。悪い話じゃあないだろ?」

ベンジーはオーウェンが話した魅力的な提案を聞いて口元を三日月のような形に歪めたかと思うとニヤッと得意げな顔をして笑う。

「そいつは悪くねぇ話だな」

「だろ?第一、オレが私兵の隊長で権限を活かして外に自由に出れたり、兵士を動かせるからって麻薬の密貿易をオレだけに委託するなよな。毎回毎回兵士の奴らを誤魔化して荷物を外に出すのも大変だし、麻薬を売り捌く売人どもを雇ったり、代金を貿易相手に払い、こっちに持ってくるのはオレなんだぞ」

「だから、オレが便宜を図ってやっているんだろうが……お前さんが港から運ぶ怪しげな葉を茶葉と記してやっているのはこのオレなんだぞ。葉を安全に屋敷の蔵ン中に保管できるのはオレのおかげなんだぜ」

「あんたの苦労だってわかってるよ。そんでその葉っぱをあんたが買い出しに行く時にその茶葉を持ち出して、売人に渡しているという苦労をしているのもオレはちゃーんと知ってるぜ」

「だから、オレにも謀反の計画を教えてくれたんだろ?ありがたい話だ」

ベンジーはオーウェンに向かって微笑んでみせた。

「その通り。モランの奴らには死んでもらおう」

「フフッ、三年前にオレたちの貿易を嗅ぎつけて止めようとしたどこかのガキのようにな」

オーウェンは得意げな顔を浮かべて笑うと、ベンジーの前にワイングラスを掲げると、そのまま彼が入れた酒を一気に飲み干す。二人が今のような蜜月の関係になったのはお互いがネオドラビアの教会と繋がりがあり、かつては別の名前で前科を持っていたという共通点があったからだ。
そんな前科を消すために二人とも裏の世界で新たな名前を買ったという点でも意気投合していた。
プラフティー公爵の家に仕えると決めたのは待遇の良さと給料にあった。加えて、城下町から離れた中にあり、その屋敷の中で住み込む使用人たちが自分たちの犯罪のことなど知らないということも大きかったのだ。
当初こそ二人は完全に前科を消して屋敷の中に潜り込むつもりでいたが、それでも悪事で得た快感が忘れられずに苦悩していた。そのジレンマに悩んでいた時にたまたま訪れたネオドラビア教会でモラン大司教に見染められて麻薬貿易を任されることになったのである。

モラン大司教に見込まれてからの二人の人生というのはまさしく黄金で舗装された道であった。金の力を利用して次期公爵となる人物に取り入り今では使用人としての地位を確立しつつあった。
マルグリッタという娘が平民の家から養子に迎え入れられた時には積極的に尻尾を振り、二人してカーラへの迫害に加担することでマルグリッタにその忠誠を示したのだった。
今後はマルグリッタが王家に嫁ぐかもしくは王子のベクターをこの屋敷に引っ張ってくるだろう。そうなればマルグリッタを裏から操り、自分たちでこの家を自由にできるだろう。当分は安泰だ。
二人は新たなワインをグラスの中へと注ぎ、小さな宴会へと興じていく。
執事控え室の中で行われた小さな宴会を終えた後にオーウェンは千鳥足で部屋を出て、ご機嫌な様子で廊下へと躍り出た。
その背後から害虫駆除人が狙っているとも知らずに。

そう、それまで扉の前で耳を澄ませ、開かれた扉の背後で身を潜めていワインの瓶を片手に抱えたカーラがようやく動いたのであった。
足音と気配を消しながら袖の下に隠していた針を抜いて、オーウェンの背後へと近付いていく。カーラが気配や足音を消していたことや屋敷の中が夜の闇に包まれていたということもあり、オーウェンは背後から迫り来るカーラの気配を察知できなかったのだ。
背後からヒュッという音が飛んだかと思うと、オーウェンは声を上げる暇すら与えられずにカーラの手によって冥界にいる王の元へと送られてしまった。
カーラはオーウェンを仕留め終えた後で針を袖の下に仕舞い、レキシーが精製した毒が入ったワインを抱えて執事控え室へと向かっていく。
カーラは堂々と控え室の扉を叩いて椅子の上で眠っていたベンジーに対して酒を見せながら言った。

「こんばんは。ベンジーさん。今宵はせっかくですのでお酒をお飲みしたいと思いまして……」

「……そんなことでオレの部屋の扉を叩いたのか?人面獣心め」

「まぁ、そう仰られずに……私は明日には帰るかもしれなませんの。明日の交渉でマルグリッタ様がお怒りになられれば私は否応なしに市井に戻らされますわ。そうなればベンジーさんとはもうお会いできないかもしれませんの。私の幼い頃からこの家に仕えっていらっしゃったベンジーさんと一度酒を酌み交わしたいと思っておりましたの。お願いします。最後に一杯だけ」

カーラはそう言いながら懐から金貨の入った財布を取り出し、机の上に置く。
ベンジーは舌を打った後で袋を解くと、中に多くの金貨が入っているという事実に対してひどく喜んだかと思うと、カーラが持ってきた酒を奪い取り、それをグラスに注ぎ込むと一気に飲み干す。

「おい、人面獣心。お前この酒どこから持ってきた?」

「地下のワインの保管庫ですわ。こっそりと忍び込んで持ってきましたの」

カーラは明るい笑顔を浮かべながら言った。それからワインを抱えてお酌を行う。ベンジーはかつて自身が敬語で仕えていた相手からお酌をされるという事実にひどく興奮してなされるがままとなっていた。彼はカーラに勧められるがままにワインを飲み干していく。
そしてワインが空になるまで飲み干した時だ。肝心のカーラが酒を一滴も飲み干していないという事実に気が付いた。飲み交わすというのだから一杯くらいは飲んでもいいはずだ。

モラン大司教から麻薬ルートを任せられているだけはあり酔っていても頭は回るのか、彼はひどく冷静であった。
その時だ。自身の胸をなんとも言えない痛覚が襲ってきたのは。彼は痛みに耐えかねて悲鳴を上げようとしたものの、喉どころか体中が痺れて動こうとしない。
ベンジーが状況を理解できずに必死に腕を伸ばしていた時だ。その様子を見下ろしながらカーラが言った。

「先程のワインに私は特製の毒を混ぜておいたんですの。まさか、あなた様がこの屋敷を拠点に麻薬を街に流していたなんてね……本当に悲しいですわ。仮にも私に幼い頃より付き従ってくれていたというのに」

カーラは声こそ悲しげであったものの、その目はあくまでも冷静であった。冷ややかな視線で地面の上で苦しむベンジーを見下ろしていた。
カーラは机の上に置かれている自身の財布を回収してから執事の控え室を後にした。
カーラは最後に執事控え室を見渡した後でベンジーの元から去っていく。
ベンジーとオーウェンは二人とも死の事実を隠したい公爵家によって心臓の発作と片付けられるだろう。
こうして麻薬の密輸などという愚かな行為を行う二人は無事に駆除されたのであった。
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