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第二章『王国を覆う影?ならば、この私が取り除かせていただきますわ』

かつての義妹が悪役令嬢に固執する理由

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「しかし、まさかキミがまたこうして誘いに乗ってくれるなんて」

「いえ、お忙しい中に私のような者を誘っていただいて本当に感謝しておりますわ」

カーラはレストラン『マーモ』に居た。あの戦いから五日が経ち、翌日が休みだという日にフィンから夕食に誘われたのであった。
『マーモ』は今では依頼を行った熟練のシェフが死んだメイソンの後を継いでオーナー兼シェフとしてレストランを経営していた。味もメイソンから受け継いでいるらしく生前にレキシーと共に食べに行った時と同じく味は変わっていなかった。
フィンとレストランで食事を楽しみながらカーラはあの後にギルドマスターから伝えられた出来事を思い返す。
ギルドマスターによれば今ではこの店を仕切る熟練のシェフの目的はオーナーの救済だけではなく敵討ちにあったのだという。そのことをカーラたちは後の報酬を受け取る際に知った。

熟練のシェフはこれまで仕事ばかりに打ち込んでおり、白髪ができたこの時分にようやくパートーナーを迎え入れたとされており、現在娘が産まれその子は三つになるとされている。ある日熟練のシェフは自身のパートナーと共に三つの娘と街へと出かけた際にスローンとその取り巻きに因縁を付けられて大事な家族を傷付けられてしまったのだという。それが依頼したもう一つの理由であった。
ギルドマスターに確認を入れに来た際に問いただされて熟練のシェフは白状した。真の動機を隠した理由はこのような事実をたとえ依頼であっても知らせたくないというもっともな理由からであった。ギルドマスターも不憫に思ってか制裁はせずにいた。そのようなことがあったために同情したのか、急遽行き先をここに変えたのだった。

いけない。そんなことを考えている暇はない。なにせ今はフィンと過ごす時間なのだから。
フィンと過ごす時間は久し振りである。カーラは当初こそフィンと距離を置こうとしていたものの今ではフィンと会う度に嬉しいと感じる自分がいる。
カーラはフィンとの雑談に興じながら『マーモ』の中で楽しい時間を過ごしていた。そして帰る時だ。フィンの顔が重くなっていたのをカーラは見た。
何があったのだろうか。堪らなくなってカーラはフィンに向かって問い掛けた。

「あの、何かありまして?」

「……プラフティー公爵が……キミのお父上とお母上がキミを公爵家に呼び出したいと言い張っている」

その言葉を聞いてカーラに稲妻が打たれたかのような評価が走って固まってしまう。カーラからすれば実の両親であるプラフティー公爵と夫人は義妹のマルグリッタばかりを贔屓してきた上に無実の罪を着せられた自分を糾弾して追い払ったような人物だ。正直にいえばカーラは復讐目的以外であるのならば二人に対する愛情など欠片もなく会いたくもないし会いたいとも思わない。
だが、公爵として命令されれば今では一般人である自分は逆らえない。

カーラはフィンにそのことを伝えてみたのだが、フィンとしても父王が公爵の情に訴えた訴えにまけてあっさりと呼び出しを許可してしまったのだ。
フィンはカーラに対して頭を下げて詫びの言葉を入れたが、カーラの頭には入ってこなかった。
今度両親と出会うのは復讐の時だとばかり思っていたのでまさか呼び出されるとは思ってもみなかったのだ。
ようやく正気に立ち返った時にフィンが発していた言葉によればプラフティー公爵夫妻がわざわざ娘を呼び出す理由というのがカーラをマルグリッタ専用のお針子にするつもりだからというものであるらしい。もしくはメイドにするつもりだということだ。理由はただ一つマルグリッタが自分を欲しがったからだ。

「……少し前に不幸にも病でお亡くなりになられたミーモリティ伯爵の言葉によればマルグリッタは公爵家の力を使って宝石やドレスやらを買い漁っているのだとか、かつての仇敵であるあなたを欲しがるのも恐らく仇敵をメイドとして重用することで慈悲深い令嬢という評価が欲しいからだろう」

「……冗談ではありませんわ。私は宝石でもドレスでもありませんのよ」

「わかってる。だが、父上が決定なされた以上は私としても止めようがないのだ」

フィンの顔は苦しみに満ちていた。彼としともなんとか止めようと頑張ってきたのだろう。だが、結果としてフィンの意見は退けられ公爵夫妻の意見が用いられてしまったのだろう。フィンを責めるのは酷というものだ。
カーラは腹を括り、フィンに知らせてくれたことだけでも感謝するより他になかった。
公爵家の馬車が迎えに来るのは今日の日より三日の後ということであった。
カーラはフィンと別れた後にレキシーにそのことを相談した。
するとレキシーは何も言わずに自宅の机を強く叩いていく。
その後で「ふざけるんじゃないよ!」と椅子の上から立ち上がって叫ぶのであった。

「貴族っていうのはいつもそうだッ!手前の都合だけでいつも下の人間の都合なんぞ考えもしないで好き勝手にしやがってッ!」

いつもならばカーラが窘めるところであったのだが、今回ばかりは黙ってレキシーを見つめていた。
その後でカーラは落ち着くためにお茶を淹れたのだが、その日のお茶はどことなく不味かった。
翌日に公爵家からの使いと思われる男が現れて、公爵邸に連れて行くので準備をするようにと告げられた。
使いの男の言葉通りに三日後、公爵家の紋章である鋭く光る針が記された馬車が自宅の前に停まった。
馬車からは護衛兼監視役と思われる男性が姿を現した。
公爵家の私兵たちの隊長を務めるオーウェンという男であった。オーウェンは正装で出迎えたカーラに向かって厳かな声で告げた。

「公爵閣下よりご命令を受けてきた。今よりお前をプラフティー公爵邸へと連れて行く。いいか、人面獣心……お前はもう貴族でもなんでもないんだ。マルグリッタ様に妙なことをしてみろ、このおれの手で叩き斬ってやるからな」

「随分とご無沙汰でしたが、相変わらず私にはその態度ですの?」

カーラは馬車の目の前で向かい合って座るオーウェンに向かって告げたが、オーウェンは反応することもなくそっぽを向いていた。
馬車は城下町を離れ、公爵の屋敷が立っている場所へと向かう。
城下町より離れてはいるものの、城の背中ははっきりと見えている……。プラフティー公爵家はそんな場所に立っていた。
初代のプラフティー公爵が当時の国王に対して影として振る舞い、それを気に入った国王が影として城の背後に屋敷を築くことを許可されたというのが屋敷の由来なのである。
初代はなかなかに有能な人物だったのだろう。だが、その子孫である父はどうだろうか。カーラは大きな塀に馬車で移動できるような広々とした庭を持つ現在の当主、自分の父はその有能さを少しでも引き継げたのだろうか。

カーラは疑問であった。父は統治者に相応しい器なのだろうか。そのことで以前レキシーは選民意識を持つ無能な貴族というのは全員病人だと言っていたことを思い出した。
『選民意識を持つ無能な』と限定して貴族を病人だと批判したのは自分や祖父のリーバイといった一部の例外の存在を知っていたからだろう。
父に関しては前者はともかく後者は間違いないので父もレキシーからすれば病人に相当するのだろう。せめて祖父リーバイの本性というのを見抜くほどの有能さがあれば父も変わっていただろう。

そんなことを考えていると、馬車がようやく庭を出て屋敷の前に着いた。カーラが生まれ育った屋敷は巨大な巨人が寝そべっているかのように大きくそれでいて荘厳な空気さえ漂わせていた。
白のペンキが塗られ、白色の巨大な屋敷を作り出していた。だが、屋敷中央の入り口には呼び付けたというのに公爵からの出迎えはなかった。
代わりに初老の執事ベンジーが待っていた。
カーラは同乗者であった隊長によって乱暴に馬車から降ろされたが、それでも平静を装って礼儀作法に則って丁寧な一礼を行う。
その後でベンジーに両親と義妹がどこにいるのかを問い掛けた。
だが、それを聞いてもベンジーはカーラの言葉を無視し、敬語すら使わず対等な口調を使った上で「小娘」と罵倒するような二人称を使いながらカーラを屋敷の中に案内したのであった。屋敷の中に通した後は一応は客間に通したものの、お茶さえ出す素振りもなかった。つくづく無礼である。身分に関係なく呼び付けておいてこの態度とは。
カーラが不満に思いながら客間の長椅子の中で待っているとようやく扉が開き、怯えた様子のマルグリッタと付き添いと思われるかつての自身のメイドであったカミラの姿が見えた。

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