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第二章『王国を覆う影?ならば、この私が取り除かせていただきますわ』

駆除人に恋をした男

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「働きすぎたようですわ。後ほどレキシーさんがお薬をお出ししますので、それを飲んで少しはお休みしてくださいね」

「あぁ、ありがとう」

痩せ細った顔をした黒いジャケットの男がそれを聞いて申し訳なさそうに頭を下げる。それからすまなさそうな顔をしながらカーラを見上げるのだった。

「ねぇ、カーラさん。あなたなんでこんな私によくしてくださるんです?」

「何って患者さんによくするのは当然でしょう。レキシーさんが言っておりました『私たちは患者のことを常に考えておかないといけない』と」

カーラが当然だと言わんばかりの口調で答えた。

「……じゃあ、カーラさんは私が患者だからって理由でよくしてくれてるんですか?」

「い、いえ、そういうわけではありませんのよ。困っている人を助けるのは当然でしょう?メイソンさんは巨大なレストランの店主だということですが、例え大きなレストランを経営なされていても道端で腹をお減らしになられている方をご覧になると、料理を振る舞いたくなるでしょう?それと同じ理由でしてよ」

「なるほど、そういうことだったのか……」

「そういう理由で人を助けてはいけなくて?」

「い、いえ、そ、その……どこか私がバカらしく思えてきて……」

メイソンはやけに慌てた調子で答えた。

「どこがどうバカらしいんですの?」

煮え切らない様子のメイソンにカーラが両目を尖らせながら問い掛けた。

「そ、その言い難いのですが……私、あなたに惚れてしまいまして」

「えっ?」

カーラは頭が追いつかなかった。患者から予想外の言葉を発せられて頭が白くなってしまったのだ。
頭が呆けてしまっているカーラを放置してメイソンは熱弁を振い続けていく。

「私はあなたと婚約したいと切実に願っております!」

「えっ?」

「亡くなったマリーに代わる女性など見つからないとばかり思っておりましたが、あなたがその立ち位置を埋めてくださった!どうか、私と結婚していただきとうございます!」

メイソンの叫び声に他の患者たちはおろかレキシーさえも振り返った。
レキシーも最初は漠然としており自体が飲み込めないような状況にあったが、すぐに椅子の上から立ち上がって相棒の危機を救いに向かった。

「ちょっとちょっと患者さん。いきなりそんなことを言われても困りますよ。のぼせ上がるのもわかりますが、ちょっと考えを改めて直してくれませんか?」

「いいえ、私はカーラさんが好きなんです!年齢が親子以上に離れていることなど承知ですが、私はカーラさんが好きになったんです!レキシーさん、お願いです。カーラさんと結婚させてください!」

その言葉を聞いて他の人々たちが騒めいていく。レキシーは患者たちを落ち着かせて今度は下手に出てメイソンに懇願した。

「すいません。今はその、診療中でして……また後でお伺い願えませんでしょうか?」

メイソンはレキシーの提案を受け入れ、首を縦に動かしレキシーから薬を受け取ってから診療所を出ていく。
ひとまずこの場は切り抜けられたかもしれないが、メイソンの目が本気だったことから勤務終了後に再びカーラたちの元を訪れることは大いに予想できた。
二人は溜息を吐いてとりあえず診察終了の時間まで仕事を続けることにしたのであった。

その日最後の患者の診察を終わらせ、帰る準備をしようとした時だ。先程の男がもう一度姿を現したのであった。
男は一度自宅に帰ったのかジャケットを先程着ていたものよりも上等なものへと変え、両手には花束を抱えていた。
男はもう一度頭を下げて跪いたかと思うと、花束をカーラに捧げて騎士が忠誠を誓った姫に言うような恭しい口調で言った。

「どうか私と結婚していただけないでしょうか?あなたを一生幸せにしてみせます」

「お断りさせていただきます。申し訳ありません」

カーラは考えもせずに即答した。

「そ、そんななぜです!」

「だって、私あなたのことを別に知りませんし、お気の毒ですけれどもお断りさせていただきますわ」

「そ、そんな」

メイソンは地面の膝をついて涙を流していく。メイソンの佇む姿は気の毒ではあるが、同情で結婚はできない。
それでもカーラは哀れそうにメイソンを見つめていたが、レキシーに手を引かれて自宅へと戻っていく。
自宅で夕食の準備を手伝いながらカーラは問い掛けた。

「あの方、放っておいてよかったんですの?」

「いいんだよ。あぁいうのは放っておくと図に乗るんだから」

レキシーはどこか苛立っていた。恐らく貴重な診療の時間を邪魔されたことに腹を立てているのだろう。

「見ていて少しお気の毒でしたが」

カーラは言い訳をするかのように目線を逸らしながら反論したが、レキシーは不機嫌なままだった。

「仕方がないだろ?じゃああんた結婚してやるっていうのかい?」

そんなことを言われてしまえば黙るより他にない。カーラは黙って夕食の準備を手伝ったのであった。
夕食の準備を整え終えた後に扉を叩く音が聞こえた。二人が念のために得物を持って相手の声を待つと、扉の向こう側からはヒューゴの声が聞こえてきた。
二人は扉を開いてヒューゴを招き入れ、慌てて茶を淹れる。

「夕食の最中だったみたいですね。これは失礼しました」

「いいえ、まだ食べていませんからお気兼ねなさらず」

「それよりも用事っていうのは?」

「……マスターにまた厄介な依頼が入りましてね。お二人さんにしか頼めないということでオレが使い走りとして派遣されたんですよ」

「なるほど、それで今回の報酬は?」

ヒューゴは懐から自身の財布を取り出すと、机の上に十数枚の金貨を出したのであった。

「……こいつは相当厄介な駆除みたいだね」

「えぇ、駆除の相手はレストラン『マーモ』の主人メイソンの娘スローンです」

ヒューゴの語った『メイソン』という言葉にカーラが思わず目を丸くする。
というのも、この日はヒューゴの言うメイソンによって散々悩まされてきたからである。
衝撃を受けたような顔を浮かべるカーラを放ってヒューゴは話を続けていく。

ヒューゴによればメイソンは元々別のレストランのオーナーの息子であったもののレストランに『マーモ』の一人娘に一目惚れして求婚を申し込み、縁切りを覚悟して『マーモ』に転がり込んだのだという。
だが、それ程までの意思を示したというのに結婚してから『マーモ』の娘は豹変し両親と共にメイソンを酷く虐め始めたのだという。そればかりではない。スローンも母親と共にメイソンを執拗に虐め、メイソンに対して虐待ともいえる過剰な暴力を振るっていったのである。
それでもメイソンが『マーモ』を離れもせず離婚もしなかったのはメイソンがそれだけパートーナーであるマリーを愛していたからだろう。
そんな日々が続いた後で、五年ほど前に一途なメイソンに神々が同情したとしか思えない事件が起きた。メイソンを虐めた『マーモ』の主人夫妻とその娘、つまりメイソンのパートナーマリーは全員流行病でこの世から去ってしまったのだ。
この件についてはヒューゴも当時のギルドの記憶を洗って確認したのだが、駆除人等が動いた形跡は確認されず、病気と診断され、自然死として処理されていると断言した。

だが、ヒューゴは断言を行った後で真剣な顔を浮かべながら話を続けていく。
依頼主の話を聞いたギルドマスターによれば二人の死は神々が与えた天罰などではなく流行病に見せかけての毒殺だということを語ったのだ。その恐るべき犯人こそが今回の駆除対象であるスローンである。
スローンは不良仲間たちと遊び歩くために店の金を持ち出し、そのことを咎められ祖父母と母親に家を放逐されそうになる寸前であったという。
そのためスローンは極秘裏に入手した毒薬を使って自らの祖父母と母親を殺したのだ。

一つの不安を取り除いたはいいものの、新たにスローンは見下していた父親がオーナーになるという二つ目の不安が生まれたのであった。これまで散々疎んできた。いくら親子といえどもそれまでの所業を忘れはしない。
焦ったスローンはメイソンがオーナーになったことに不満を感じている他の従業員の他に外部から腕の立つシェフを引き寄せ、あろうことかそのシェフと恋人関係を結んでおり、スローンはメイソンの後はその男に継がせるつもりでいた。
メイソンが家族には強く出られないことからスローンはメイソン失脚の準備を着々と進めていったのである。

「……なるほど、私たちが理由は分かりましたわ。それよりもマスターに依頼をなされたのはどなたでして?」

「……それは極秘です。マスターに依頼を行った人物の正体を言えないのは駆除人の掟でしょう?」

だが、ヒューゴはギルドマスターに依頼した人物のことは小耳に挟んでいた。依頼を行ったのはメイソンに長年仕えていた数少ない味方である熟練のシェフであった。
彼は長年給金を割いて貯めた金をギルドマスターへと手渡し、この金で現オーナーを助けてくれと懇願してきたのである。
ギルドマスターは熟練のシェフが懸命に頼み込む姿に胸を打たれてこの駆除を受諾したのだという。
二人はしばらくの間ヒューゴを見つめていたが、机の上に置かれた前金として置かれた金貨を財布の中にしまう。
駆除を受諾してくれた二人にヒューゴは改めて感謝の言葉を述べた後に自宅を後にしたのである。
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