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第二章『王国を覆う影?ならば、この私が取り除かせていただきますわ』

法の裁きは下って

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「……逃げずによくきたものだ。流石は駆除人だ」

イーサンが短剣を突き付けながら問い掛けた。イーサンが突き付けた短剣は夕陽に照らされて黄昏の光を反射させていた。その光は幻想的とすら感じられた。
だが、カーラは素晴らしい光を見ても身じろぎもせずに、無言で自身の得物である針を袖から取り出してイーサンと対峙していく。
城下の外れ、教会に行く途中の通路。林檎の木が聳え立つ丘の上、滅多に人が来ないような場所で夕陽を背に男女が睨み合っていた。
イーサンは青白い目を光らせながらカーラに向かって言った。

「そっちから先に初めていいぜ」

「お気遣いは無用ですわ。そちらからお先に初めていただいても構いませんわ」

それを聞いたイーサンは黙って短剣を構えてカーラに向かって突進していくのであった。小柄な体で短剣を構えながら突っ込んでいく姿は空中の上で餌を奪い合って敵対する鳥の羽に向かって嘴で突かんとする鳥のようであった。
あまりの素早さにカーラの頬から冷や汗が流れていく。だが、すぐに背後から気配を感じて慌ててカーラは地面を蹴ってイーサンからの攻撃を交わす。
カーラの先で短剣を握って微笑むイーサンの姿はひどく不気味に感じられた。
イーサンは改めてカーラへと向き直り、もう一度短剣を構えて突っ込む。素早さはあるものの単調な攻撃。見抜いてしまえば造作もない。その筈であったのだが、イーサンの突進はカーラの予想を大きく裏切るものであった。
芸のない攻撃であったとしても覚悟を決めた攻撃であるからか避けるのが精一杯となってしまったのだ。反撃する余裕を与えないというのが彼の戦法であるに違いない。
無限に攻撃を続けることで相手に休む暇を与えず疲労困憊という状況に追い込んだところで一気に畳み掛けていくという恐ろしい戦法だ。
イーサンの狙い通りカーラには疲労の色が見えてきた。幾度も攻撃を繰り出していくにつれ、イーサンはその度にカーラの体がふらついていることに気が付いたのであった。

とうとうカーラが体の疲労に負けて膝をついた時にイーサンは後一歩で殺せるという確信を持った。イーサンが止めを刺すために短剣を構えながらカーラへと突っ込んでいった時だ。
カーラがイーサンの両手に向かって針を突き刺したのであった。カーラは狙っていたのだ。イーサンがバランスを崩した自分を殺すために短剣を突き立てる際、自身の胸を確実に突くために突っ込んだ際の刃の向きを頭から心臓の方向に直すと見込んでのことであった。

それでもイーサンが立て直した時間はほんの僅かな時間。僅かな隙。カーラはそれに賭けたのだ。イーサンが手に受けた痛みを受けている間を好機と捉えて針を手から抜いて、イーサンの眉間へと向けた時だ。
イーサンは身を逸らして交わし、傷んだ手でカーラに反撃を喰らわせたのであった。
カーラは慌てて針で短剣を防ぎ、しばらくの間針と短剣とで鍔迫り合いのようなものを行なっていく。
夕陽に照らされる中で両者は林檎の木の前で激しくぶつかり合っていたのだ。
これはイーサンにとってはやむを得ずに途切れた前回の戦いの続きであるのと同時に貴族と平民との意地を賭けた戦いであった。

イーサンが産まれた家は代々とある貴族の家に仕える召使いの家であった。身分はもちろん平民。イーサンはその家の子どもに散々身長のことで虐められて過ごしてきたし、よく自分や自分の両親、それに二人の姉が奉公先の主人たちから厳しく折檻されていた。
両親や二人の姉は主人に対して順従であったが、イーサンは違った。
主人たちからの理不尽な叱責によく噛みついたし、奉公先の子供たちにもよく反撃したものである。
それがきっかけとなってかイーサンは十五歳の年に主家を放逐されたのであった。もちろん生まれたからその年まで屋敷のことしか知らずに育ってきたイーサンに社会のことなど知る由もない。あてもなく城下へと辿り着き、日雇いの仕事で食い繋ぐ日々が続いた。

どうしようもなく追い詰められた時にネオドラビアの神と出会ったのであった。ネオドラビアなるドラゴンを信望する団体は行き場を失ったイーサンを快く迎え入れ、イーサンに衣食住を与えた。
お陰でイーサンは成人するまでの五年間を何不自由なく過ごすこともできた。
お世話になった教団になんとしてでも恩を返したい。イーサンは教団に頼み込んだ。
モラン大司教はイーサンの熱意を買って教団所属の暗殺集団を紹介し教団の命令で敵対者を始末するための修練を積ませ、一流の暗殺者として仕立て上げた。それ以後彼は自身の師にして相棒であるフォレストと共に何度も敵対者を葬ってきたのであった。通常の人間ならばこのような経歴は隠しておきたいものである。だが、イーサンはそのことを恥ずべきものであるとは考えていない。むしろ自分がどのような形で教団に貢献したのかを紹介するために語りたいような輝かしい経歴であったのだ。

その経歴が目の前の元貴族の令嬢によって止められようとしている。そんなことだけはあってはならない。よりにもよって貴族の令嬢なんかに止められるなどということはあってはならないのだ。そこまで考えたところでイーサンは短剣に込める力を強めていく。
短剣を使って針をカーラの手から離させることが彼の狙いであった。
だが、いくら短剣を振るってもカーラの手から針は抜けない。いくら押し込めても手の中に固定されているかのようにピクリとも離れない。
イーサンの中に焦りの感情が生じていたその時だ。急によってイーサンの手の中で生まれた冷や汗によって短剣が滑り、僅かに短剣がズレたのであった。
カーラはこの瞬間を逃さなかった。イーサンの肩に強烈な一撃を喰らわせて地面の上に倒れ込ませた上にイーサンの手から短剣を奪い取り、短剣を遠くへ放り投げたのであった。
イーサンは自分の目の前に針が突き付けられた時に自らの死を覚悟したが、針はいつまで経っても振り下ろされない。気になったイーサンは声を掛けた。

「どうしたんだ。嬢ちゃん。止めは刺さないのか?」

「……止めを刺す前に報酬の件についてお聞かせ願えませんか?あなたを殺したらハリーを合法的に裁く方法がわからなくなりますので」

「……ハハッ、そうだったな……」

「手短に願いますわ。遅くなるとレキシーさんが心配しますので」

「ハハッ、違いねぇや。いいだろう。駆除を完遂した駆除人には褒美をやらねぇとな」

イーサンは負けた人間とは思えないほど晴々とした顔でハリーを有罪にする方法を語っていく。
彼によればハリーの協力者であるヘンダーや伯爵は死んでいるので、後は然るべき機関に合法的な証拠さえ送り付ければハリーを有罪にできるというものであった。
カーラにとって衝撃であったのはヘンダーと伯爵家が結んでいたことであったが、同時にその徹底的な証拠を自分が持っていたことである。匿名の手紙とあの指輪を駐屯所に送り付ければハリーを確実に処刑台に送ることができる。

カーラは感謝の言葉を述べた後でイーサンに対して自らの手で刑の執行を行う。
イーサンに眉間に針が突き立てられ、イーサンは絶命することになったが、その顔はどこか晴々とした笑顔であった。
カーラは絶命したイーサンを彼の得物であった短剣と共に林檎の木の下に埋め、小さな墓を作ったのであった。

その後でゆっくりとレキシーの元へと帰還し、イーサンから聞いた一部始終を話し、警備隊駐屯所に匿名の手紙を記し、封筒の中に指輪を同封して投函したのであった。
それはヘンダーを排除できたことによって一家惨殺事件の犯人をハリー主犯説に傾けていたフィンにとって向かい風となった。フィンは近隣の住民の証言と共に指輪を証拠にフィンの逮捕を宣言し、屋敷に兵士を出動させたのであった。
自らが陣頭に立ってウィザード伯爵家の屋敷を囲み、伯爵家の私兵を蹴散らした後で屋敷にの庭にある薪小屋の中に息を潜めていたハリーを引っ張り出し、駐屯所の牢獄へと引き入れることに成功したのであった。

囚われの身となったハリーは懸命な弁解を行ったが、証言の他にも伯爵家の人間しか身に付けられない指輪という決定的な証拠が彼の口を封じさせた。
ハリーは駐屯所内における裁判で有罪を宣告され、処刑台行きが宣告されたのであった。
ハリーが処刑台行きを宣告されたその日の天気はハリーの心境とは対照的に雲一つない晴々とした天気であったと駐屯所の記録には残されている。
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