婚約破棄された悪役令嬢の巻き返し!〜『血吸い姫』と呼ばれた少女は復讐のためにその刃を尖らせる〜

アンジェロ岩井

文字の大きさ
上 下
49 / 223
第二章『王国を覆う影?ならば、この私が取り除かせていただきますわ』

瞬間の幸福

しおりを挟む
「しかし、キミが食事に乗ってくれるなんて珍しいこともあるもんだな」

フィンが赤ワインが入ったグラスを片手に言った。
外からは城下町の景色が見える。といっても今は昼間ではないのだから街行く人々の姿や喧騒などは拝めそうにない。
代わりに静かになった城下町や酒場などの他の眠らない施設などから生じる光などを見ることができる。二階建てのレストランならではの特徴であった。
この日のために用意した袖付きの黒いロングドレスを身に纏ったカーラはフィンの問い掛けに微笑を浮かべながら答えた。

「……それは毎日頑張っておられる殿下の働きに報いるためですわ。例の惨殺事件に神経をすり減らす殿下が本当にお可哀想でして。それに私が明日仕事がお休みだということも大きいんですの」

「ありがとう。カーラ」

フィンがグラスを近付ける。カーラもそれに対してグラスを近付けて乾杯の音を鳴らし合う。本日何度目の乾杯だろうか。カーラがそんなことを考えていた時だ。やけに小柄な男が料理を運びながら現れた。カーラはその男の顔を見た瞬間に顔を青くした。

というのも、料理を運んできた男はかつてミーモリティと対峙した時に幾度も顔を合わせた男であったからだ。とっくの昔に雇い主であろうミーモリティは死んだはずであるのだが、まだ諦めきれなかったのだろうか。
カーラはかつての敵を視界に入れた瞬間にはドレスの袖の下に隠していた針を強く意識していた。今この瞬間にでも料理を運んでいる自分に襲い掛かってくるかもしれないからだ。
下手をすれば料理の中に毒が盛られているかもしれない。料理に口を付けるべきかどうか。
カーラがそのことを考えていた時だ。小柄な男がこちらを見上げながら笑顔で言った。

「どうぞ、お客様」

「あ、ありがとうございますわ」

何事もなく料理はカーラの目の前に運ばれた。取り敢えず刃物を使っての襲撃ではなかったらしい。
カーラが料理に警戒の目を向けていた時だ。目の前で椅子が倒れる音が聞こえた。慌てて目の前を見つめると、先程の小柄な男がフィンを狙って攻撃を仕掛けている場面が見えたのだ。
小柄な男は最初の襲撃に失敗したためか、短刀を逆刃にして握り、馬乗りになってフィンを狙う。
カーラは慌ててフィンの元へと駆け寄っていく。慌てて袖から針を取り出し、馬乗りになっている小柄な男の延髄に目掛けて突き刺そうと試みていく。

だが、男はカーラの針による攻撃を察したらしく飛び上がってカーラの攻撃を交わし、慌ててその場を去った。
カーラは男を追い掛けて飲食スペースを抜け出し、廊下へと躍り出たが、男は既に行方をくらませていた。いくら廊下を見渡してもその姿を見せようとはしない。カーラは大きな溜息を吐いた後でトイレに向かい、針を袖の中に戻し、慌ててフィンの元へと駆け寄っていく。
入れ違いに血相を変えた男性とすれ違う。恐らく一連の事情を受けて駐屯所に兵士を呼びにいく最中のことであった。
カーラがフィンに向かって駆け寄った時には既に他の客や店員たちに囲まれて助けを借りながら起き上がろうとしていた。

「殿下!ご無事ですの!?」

「あぁ、大丈夫だ?それよりも賊は?」

「……残念ながら取り逃しましたわ」

「……そうか。それよりもすまなかった。今日のディナーを台無しにして……その、メインディッシュもまだだったというのに」

「いえ、帰ってからレキシーさんに夜食をいただきますわ。ですから気になさることはありませんわ」

「……ありがとう」

フィンはその言葉を発した際にようやく起き上がり、改めてカーラと向き直ったのであった。

「この埋め合わせは必ずしよう」

「無理をなさらなくても結構でしてよ。最近は殿下もお忙しい日々が続いておられるでしょうし」

「……そんなことを言わないでくれ。おれはあなたに報いたいんだ……」

フィンは肩に込める力を強くしてカーラを見つめたのであった。
フィンがこのままカーラに顔を近付けて、唇と唇とを重ね合わせたいと考えた時だ。一人の男性が興味深そうに二人の姿を眺めていたので、恥ずかしくなったフィンは慌ててカーラの元から離れて、先程まで自分が座っていた席を立て直し、その上に座った。
その様子を黙って見つめていたカーラであったが、フィンが手招きしてカーラに自身の向かい側に座るように指示を出す。
それでも断るカーラにフィンは明るい笑顔を浮かべながら言った。

「どうか、迎えの兵士たちが来るまではおれの相手を務めてくれないか?一人だとどうしても寂しく思えてしまうのだ」

それを聞いたカーラはフィンと同じように席を直してその上へと座り、ディナーは来なくても席の上で兵士たちが来るまでの間の暇潰しとして他愛のない雑談を繰り広げることにした。
あのような事件があったというのに談笑を続けられる神経を持つ二人を集まった人々は信じられないと言わんばかりに見つめていた。
人々が待ち構えていた兵士たちが勢いよく扉を開けて現れたのは予想よりも長い時間が経ってからであった。
扉を開けた兵士は血相を変えて護衛対象を探していた。

「殿下は!?フィン王子殿下はご無事であらせられるか!?」

フィンは席の上から立ち上がると、自ら兵士たちの元へと近付いていく。

「おれはここだ」

「殿下!我々を心配なさせますな!」

「すまなかった。とある方と食事をしていたものだから」

その言葉を聞いて兵士の一人が先程までフィンの向かい側に座っていたカーラを強く睨んだ。

「貴様かッ!なんの権限があって殿下を駐屯所から連れ出されたのだッ!」

「やめてくれ。誘ったのはおれなんだから」

「し、しかしですな……」

「頼む。彼女を責めないでやってくれ。怒るのならばおれ一人だけにしてくれ。この通りだ」

フィンは一介の兵士に対して丁寧に頭を下げたのであった。大人数の前でである。
兵士はそれを見て慌てた様子でフィンに頭を上げるように懇願し、他の兵士たちと共にフィンの周りを囲みながらフィンを駐屯所にまで護衛していくのであった。
カーラは窓から兵士に囲まれたフィンが出るまでの姿を確認してから堂々と店を出たのであった。支払いに関しては出る際にフィンが二人分の代金を払ってくれたのを知っているから心配はしていなかった。

翌日が休日で誰に対しても気兼ねすることがなかったのは幸いであった。ゆっくりと帰ろうとレストランから外へと踏み出し、夜の街を歩いていた時だ。何も見えないような暗闇の中から声が聞こえてきた。それは間違いなくミーモリティの診察に行った時に聞いたあの男の声だった。

「……何の用ですの?」

カーラが暗闇の中で袖の下から取り出した針を光らせながら問い掛けた。

「何って警告さ。今後二度とあの王子様に関わるなとおれは言いたいんだ。今回わざわざ一週間前、教会を出た日から機会を伺って、あの店の店員の制服まで揃えたのにあんたのお陰で全部台無しになっちまったからな」

「……なぜ私に警告などをなさるのです?」

「なぜって?決まってるだろ。あの王子様はおれの獲物ってことをあんたに教えておきたかったんだ。今回みたいにあんたに妨害されちゃあ面白くないからな。狙うんなら個別に狙いたいしな。おれは」

「……殺し屋であるあなたが殿下を狙う理由は?」

「そいつは言えないな。お前たち駆除人が害虫駆除を依頼する人から理由をあんたらのマスターが喋りたがらないのと同じさ」

「……では、あなた様のお名前だけでもお教え願えませんか?」

しばらくの間沈黙が漂った。このまま永遠に沈黙を続けるのかと不安になったカーラであったが、その後に低い声で言葉が返ってきた。

「イーサンだ。職業はあんたが想像しているのとは違うが、ほとんど同じだ」

「……ではご機嫌よう。イーサンさん。言っておきますが、あなたに殿下を殺させませんわ。必ず私の手で殿下を守らせていただきます」

「その粋だ。駆除人のお嬢さん」

イーサンはわざと立ち去る音を出して自分が立ち去ったということをカーラにアピールしたのであった。
カーラはイーサンの足音を聞いてようやくレキシーの待つ自宅へと帰還したのであった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【完】瓶底メガネの聖女様

らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。 傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。 実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。 そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。

いつだって二番目。こんな自分とさよならします!

椿蛍
恋愛
小説『二番目の姫』の中に転生した私。 ヒロインは第二王女として生まれ、いつも脇役の二番目にされてしまう運命にある。 ヒロインは婚約者から嫌われ、両親からは差別され、周囲も冷たい。 嫉妬したヒロインは暴走し、ラストは『お姉様……。私を救ってくれてありがとう』ガクッ……で終わるお話だ。  そんなヒロインはちょっとね……って、私が転生したのは二番目の姫!? 小説どおり、私はいつも『二番目』扱い。 いつも第一王女の姉が優先される日々。 そして、待ち受ける死。 ――この運命、私は変えられるの? ※表紙イラストは作成者様からお借りしてます。

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

【完結】私を虐げる姉が今の婚約者はいらないと押し付けてきましたが、とても優しい殿方で幸せです 〜それはそれとして、家族に復讐はします〜

ゆうき
恋愛
侯爵家の令嬢であるシエルは、愛人との間に生まれたせいで、父や義母、異母姉妹から酷い仕打ちをされる生活を送っていた。 そんなシエルには婚約者がいた。まるで本物の兄のように仲良くしていたが、ある日突然彼は亡くなってしまった。 悲しみに暮れるシエル。そこに姉のアイシャがやってきて、とんでもない発言をした。 「ワタクシ、とある殿方と真実の愛に目覚めましたの。だから、今ワタクシが婚約している殿方との結婚を、あなたに代わりに受けさせてあげますわ」 こうしてシエルは、必死の抗議も虚しく、身勝手な理由で、新しい婚約者の元に向かうこととなった……横暴で散々虐げてきた家族に、復讐を誓いながら。 新しい婚約者は、社交界でとても恐れられている相手。うまくやっていけるのかと不安に思っていたが、なぜかとても溺愛されはじめて……!? ⭐︎全三十九話、すでに完結まで予約投稿済みです。11/12 HOTランキング一位ありがとうございます!⭐︎

嫌われ者の皇族姫

shishamo346
ファンタジー
両親に似ていないから、と母親からも、兄たち姉たちから嫌われたシーアは、歳の近い皇族の子どもたちにいじめられ、使用人からも蔑まれ、と酷い扱いをうけていました。それも、叔父である皇帝シオンによって、環境は整えられ、最低限の皇族並の扱いをされるようになったが、まだ、皇族の儀式を通過していないシーアは、使用人の子どもと取り換えられたのでは、と影で悪く言われていた。 家族からも、同じ皇族からも蔑まされたシーアは、皇族の儀式を受けた時、その運命は動き出すこととなります。 なろう、では、皇族姫という話の一つとして更新しています。設定が、なろうで出たものが多いので、初読みではわかりにくいところがあります。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
29話で第一部完です! 第二部の更新は5月以降になるかもしれません…。 詳細は近況ボードに記載します。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

処理中です...