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第一章『この私、カーラ・プラフティーが処刑台のベルを鳴らせていただきますわ』

王子は安堵して

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「何?伯爵が急死した?」

「えぇ、昨晩のことです。夕べ見知らぬ賊に自宅に侵入された上にお嬢さんを誘拐され、その衝撃で亡くなられてしまった模様です」

伝令に訪れた若い男の言葉は嘘ではなかった。どんなことが要因であれセバスチャン・ミーモリティの死因は病死なのだ。延髄に針を受けたわけでも腹を短刀で刺されたわけでもない。自然な死だ。捜査などする必要性もない。
あれだけの大勢の人を強請っていたのだから天が罰を与えたのだろう。
フィンは父王に報告するための書類をまとめ上げながらそんなことを考えていた。書類に全てのことを書き終わった後でセバスチャンに渡すためのお金を工面しないで済んだことに安堵して大きな溜息を吐いたのであった。

フィンは書類を作成し終えると、近くの教会で鐘のなる音を聞いて、久しぶりに気晴らしも兼ねて外に昼食を買いに行くと決めたのだ。サンドイッチを買った後であの美味しい菓子店に向かおうとした時だ。菓子店がやけに繁盛していたことに気が付いた。
並んでいる人に何があったのかと尋ねると、今日は新たに設けられた特売日ということだ。
ルーカスやアメリアなどの従業員ばかりではない。店の主人までもが輝かしい笑みを浮かべながら接客にあたっていたのである。
笑顔で菓子を買う親子や恋人などの姿を見ると、こちらまで気分が良くなってくる気がする。
フィンが笑顔で菓子を買って帰る親子の姿を見守っていた時だ。その近くを通りかかった老人がフィンの背中を強く叩きながら言った。

「おや、旦那!そんなところでボッーとしていると、店のお菓子が売り切れちまうぞ」

「……そうだったな。教えてくれてありがとう」

そのままフィンが菓子を買いに行こうとした時だ。ふと思い出したように立ち止まって発破をかけた老人に向かって問い掛けた。

「なぁ、ご老人……この店の菓子は好きか?」

「もちろんさ。ここの店は店員もいい人ばかりだし、菓子も美味い。願うことならずっと食べ続けたい味だね」

「そうか、ならよかった」

フィンは自分と同じく店の菓子のファンである老人に向かって笑いかけた。
その後で改めて菓子店に並ぶ。長蛇の列であったが、その点に関しては苦にもならなかった。店が長蛇であるというのはそれだけ人気だということなのだから。
フィンは菓子を購入し終えて帰ろうとした時だ。裏口でカーラと店を抜け出してカーラと楽しげに談笑するアメリアの姿が見えた。
久し振りに会うカーラの姿に見惚れていた時にカーラがふと興味深い単語を発したことに気がつく。
それはカーラが発した『這いつくばり姫』と『その役をする』という単語であった。
気になって耳を傾けると、菓子店は不定期で孤児院に慈善事業に行っているらしくその事業に縁があってカーラとレキシーもボランティアに加わっているのだそうだ。

いつも大掛かりな慈善事業の際には行なっている演劇であるが、最近には一年に一度の大きな祭りが控えていることもあり、それに伴って子どもたちを喜ばせるための演劇が開催されるらしく、そこにカーラが悪役で出演するのだという。
話によれば女性店主による台本は執筆されているらしく、アメリアは手に持っていた素人製の台本をカーラに手渡す。
カーラは笑顔で台本を受け取り、アメリアとその場で軽い打ち合わせを行なっていく。
盗み聞きは良くないことであるのだが、つい立ち止まって聞いてしまったのだ。
フィンは今でこそ専門書や難しい歴史や政治に関する本しか読まないが、幼い頃は普通の子どもと同様に御伽噺の類が大好きだった。そして多くの御伽噺の中でも特に好んだのが、子どもならば誰でも知るような『這いつくばり姫』も大好きだったのだ。
だが、物語を読んでいく中で不満なところがあった。どの媒体においても『這いつくばり姫』に登場する義理の姉はいつも悪役であったのだ。一つくらい彼女も主人公の這いつくばり姫と同じく幸せになってもいいと考えていたのだ。

そこまで過去に飛んで考えていたところでフィンは唐突に二人の会話へ割り込み、芝居に混ぜてくれと頼み込んだのである。
当初こそ二人は突然割り込まれたこともあって困惑した様子を見せていたが、王子が私財を投じて孤児院に寄付金とプレゼントを持っていくことを取り付け、半ば強引にねじ込ませてもらったのだ。
カーラにも追加の衣装代を出すことを約束し、自らを芝居の中に出演させることを了承させたのであった。
そして、特別な祭りの日に孤児院を訪れた菓子屋一行は院長や先生方との話を終えた後で孤児たちの面倒を一通り見たり、プレゼントを使って一緒に遊んだりとして時間を過ごしていた。フィンは身分を隠し、とある商店の一人息子という触れ込みで孤児院の芝居の中に潜入し、子どもたちとの交流を楽しんだ他にも院長や先生の話から王国内の孤児事情を知り、これを改善するための提案を頭の中で考案していた。

そして、最後になって孤児院の巨大な庭を利用した巨大な野外ステージの上で『這いつくばり姫』の劇が行われることになったのであった。
いつもならばルーカスが王子を演じるはずであったのだが、フィンが強引に割り込んだことによって今回は使用人仲間役であった。
一方のフィンは子ども向けの劇とはいえ王子としての衣装に身を包んで体を強張らせていた。

「殿下!しっかりしてくださいませ!この劇に無理矢理に割り込んだのは殿下でしょう?ならば、最後まで筋を通すのが責任というものですわ」

意地悪な義理の姉の衣装に身を包んだカーラがフィンを激励していた。
ちなみに前回は緊急の代役であったにも関わらず、カーラの役が前回と同一であったのは子どもたちからの評判が良かったからだそうだ。
なんでも怖いけど可愛らしいという評価を男女問わず貰ったらしく、普段の優しい姿とも相まって再演をリクエストする声が多く届いたらしかった。
ちなみに意地悪な継母の役も引き続きレキシーが担当する。これも前回の棒読みが好評だったというものである。
レキシーとしては不本意であったが、今回は熱心に演じてやろうと舞台の袖で拳を握り締めながら台本の台詞を必死に読み込んでいた。
フィンは他の人たちの姿を見ていると、一人だけ緊張をしている姿が情けなくなった。こうなれば自分なりに精一杯物語の王子を演じてやろうと心に決めたのであった。
そうこうしているうちに『這いつくばり姫』の舞台が始まり、物語の冒頭から継母と義理の姉を虐める二人の姿が見えた。
フィンは舞台袖から二人の姿を確認する。レキシーはともかくカーラは子どもたちの言葉通り鬼気迫るものがあった。
意地悪な義理の姉をこれでもかと熱心に演じ、子どもたちからの反感を買うことに成功していた。
それから二人が戻ってくる姿が見えた。今回の舞台でも棒読みが目立っていたレキシーにカーラが熱心に台本を教えている場面が見えた。
その後で主人公の這いつくばり姫とすれ違う形で城の舞踏会を演じることになっている。
この時台詞の上で義理の姉を褒める台詞をフィンは語っていたが、それは全て役のためなどではなく本心からの言葉であった。
それから這いつくばり姫が合流して、物語の重要な舞台となる舞踏会の場面となるのだ。
這いつくばり姫を守る王子と意地悪な義理の姉との応酬が繰り広げられるのだ。そこで意地悪な義理の姉が王子に向かって激怒させるような言葉を最初に言い放つのだ。カーラは台本通りにその台詞をフィンに向かって放った。

「恐れながら殿下……その子は賤しい『這いつくばり姫』ですわ。あなた様のような高貴なお方には似合いわせん。そんなことよりも私などはどうかしら?私の方がこんな下賤な女より何倍もあなたに釣り合う令嬢でしてよ」

カーラは前のように迫真の演技で義理の姉の台詞を言い放った。前と同じように芝居を見ていた子どもたちが憎々しげにカーラを見つめていた。
本来であるのならば王子が義理の姉に返す言葉は険しいものでなければいけないはずだ。だが、フィンは予想に反する言葉を発したのであった。

「そうかもしれんな」

義理の姉を肯定するかのような台詞を聞いて出演者たちのみならず裏方や観客たちにも動揺が湧き起こる。台詞を間違えたのかと慌てるカーラの元にフィンが迫って、その両肩に手を置いて、真剣な顔を浮かべてカーラに向かって言った。

「キミは確かに性格が悪いかもしれない。けれど、そんなキミがぼくは好きになったんだ。性格が悪いというのならばぼくが直してあげよう。例え世界の全てがキミを敵だと示しても、ぼくがキミを守ってあげる」

フィンの唐突のアドリブに出演者のみならず観客である子どもたちも困惑していた。
レキシーやアメリアが慌てて講演を中止しようとしようとした時だ。
多くの子どもたちが童話の中にないような展開が気になったのか、続きを期待するような表情を舞台に目を向けていた。
やむを得ない。このままフィンのアドリブに合わせよう、と出演者の全員が目を合わせて互いに心の中で頷きあった後でフィンのアドリブから繰り広げられた予想外の芝居に付き合うことになったのであった。
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