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第一章『この私、カーラ・プラフティーが処刑台のベルを鳴らせていただきますわ』

一点攻勢の切り札

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夜の酒場。大勢の人々が酒に酔い、食べ物を楽しんでいる中で老人と小男という釣り合いそうにない二人が机の前で向かい合いながら真剣な顔を浮かべて話し合っていた。

「となると、イーサン、お前はあの医者の暗殺に失敗してしまったわけか?」

「すまねぇな。ついかっとなっちまったもんで」

「バカ野郎が、かっとなったで済むか、下手をすれば、これは我々の偉大なる神への反逆だぞ」

「反逆だなんて……あの女がイケねぇんだ。果物をやめないとあの世に逝くなんて言うから」

「なら、やめろ」

老人は淡々とした口調で言った。その言葉に腹が立ったのか、小男の眉間に皺が寄り、顔をまだら色に染め上げていく。

「やめろ!?やめろだとッ!オレに果物を食うのを辞めろっていうのか!?」

「早死にするって言うんならそうだ。当分果物は控えるんだな」

「けっ、冗談じゃねぇや」

小男は忌々しそうに吐き捨てると、頼んだと思われる山盛りの果物に夢中になって齧り付いていく。
老人は暴食を重ねる相棒を呆れたような視線で見つめながら溜息を吐く。
目の前の小男とは同じ教団に所属する暗殺者として十年以上の付き合いになるが、果物好きの悪癖だけは抜けていない。素人目に見ても友人の暴食には思うところがあったが、今回の標的が医者ということだけはあり、語ったことは本当だろう。
心配そうに友人を見つめていた時だ。老人は自分でも無意識のうちに酒を啜っていることに気が付いた。
モラン大司教の言葉を借りれば酒は『百害あって一利なし』というらしい。
その教えに感銘を受けた老人は好物であるはずの酒を断とうと考えているのだが、どうしてもこうした場所に入ると料理だけでは物足りないと酒を頼んでしまう。
どうも教会から離れると、俗世の悪いものに触れるついでに酒というものに触れてしまうのでこの悪癖は抜け切れずにいた。これでは友人を注意できる立場にない。

イーサンは舌を打ち、呑気に暴食を続ける友人とその背後で馬鹿騒ぎをしている若者たちを睨み付けた。
人が健康に気を遣っているというのにどうしてこいつらはこんなにも騒げるのだろう。
こうした姿を見ると酒を呑まずにはいられなかった。
男は内心で何度も何度も心の中で自分に対して舌を打ちながらやってきた酒に口をつけた。
それだけでも気分が悪かったのだが、帰りに性質の悪い二人組の若い酔っ払いに絡まれたことも彼の気を悪くした要因であった。

こちらがやんわりと流そうとしても無茶苦茶な因縁を付けてこちらを離そうとしない。
止むを得ずに老人は若者に制裁を与えることにした。それは死という冷たい制裁であった。
なんの信念を持たず、社会に貢献もしない若者がいたとしても将来社会にとって何の役にも立たないだろう。
老人は隠し持っていた長剣を若者の腹に突き刺し、一人目の若者に制裁を与えてから二人目に引き続き苛烈な制裁を食らわせていく。
二人の若者を仕留めた一連の動きには無駄がなく、歳老いてもなお、教団から重用され続ける意味がわかった。
素晴らしい手際を見たイーサンが手を叩きながら友人の手際を褒め称えた。

「流石はフォレストの爺さんだ。他の奴らとは比較にもならねぇや」

「フン、こんなガキどもをいくら斬ったとしてもなんの意味もない。それよりも重要なのはイーサン、お前さんが逃したガキだ。わかっているな?」

「もちろんさ。今度は失敗しねぇ。オレに任せてくれ」

イーサンは胸を張りながら相棒に向かって告げたが、肝心のフォレストはいい顔をしていない。
そればかりが神妙な顔付きで首を横に振るばかりであった。

「おい、何が不満なんだよ」

たまりかねたイーサンがフォレストに尋ねると、フォレストは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて言った。

「お前さんの態度さ。問題は腕じゃあねぇ。そうした慢心はいつしか身を滅ぼしちまうぞ」

フォレストの深刻な言葉を聞いてイーサンは納得と言わんばかりの表情を浮かべて首を縦に動かす。
それから二人は夜の街を仲良く連れ添って歩いていく。
やがてその姿は夜の闇の中へと溶け込み完全に消えていった。











「ねぇ、レキシーさん」

と、カーラは半ば緊急的に開かれた夜のお茶会の中で無意識下のうちに問い掛けた。

「どうしたんだい?」

「私、考えたのですが、先に無償の駆除の方を優先したいと考えておりますの」

「無償っていうと、例のお菓子屋のお嬢様の方かい?」

「えぇ、向こうの警戒も解けた頃でしょうし、そろそろ駆除してもよろしゅうございましょう?」

「待ちなよ。相手の素性もしれてないんだよ。主犯の正体がわからないことにはこっちはなんにもできないよ」

レキシーが茶請けの菓子を齧りながら言った。バリボリと菓子を噛み砕く音がカーラの耳に響いていく。
噛み砕く音がやけに大きかったのは気のせいではないだろう。レキシーも例の件を忌々しく思っているのだ。
主犯の正体がわからないという事情に。かつて貴族の令嬢による身勝手な行いによって我が子を失ったことがあるだけにレキシーは菓子店の主人の気持ちがよくわかるのだろう。

噛み砕く音が部屋の中に鳴り響くのは困ったものであるが、その気持ちは痛いほどわかった。
カーラは自分たちの駆除が有償も無償も上手く進んでいないことを考えて大きな溜息を吐いた。
その日の菓子は思っていたよりも美味しくは感じられなかった。
翌日肩を落としながらドレスを服飾店に運び、その帰り道に菓子屋の前を通り掛かった時だ。

「だからッ!正直に白状しろよ!お前らが殺し屋を雇ってあたしの友達を殺したんだろ!?え!?」

「殺し屋?何のことです?探偵小説でも読み過ぎたんですか?」

ルーカスが困ったような表情を浮かべながら首を傾げていた。
だが、この表情は嘘だ。あの“挨拶”があったちょうどその日に二人がローリーとその取り巻きを殺してくれという依頼があり、四人で暗い部屋の中で報酬を分け合った日のことをカーラはしっかりと覚えていた。

「そうです。殺し屋だなんて恐ろしい……まるで、『這いつくばり姫』に登場する意地悪な義理の姉の言い掛かりみたい」

だが、アメリアは後ろめたさなど微塵も見せずに逆に皮肉めいた言葉を返し、他に集まっていた客たちもクスクスと笑い声を上げてさせていた。恥をかいたのはポニテールの若い女性ーーメーデル一人であった。当然面白くなかった彼女は両頬を震わせながら激昂した。

「テメェ!こっちが下手に出てればつけ上がりやがってッ!」

「お客様の方こそ、私たちにありもしない噂を立てられて何様のつもりですか?」

アメリアが憮然とした態度でメーデルに言い放った。

「テメェ!」

アメリアに掴み掛かろうとするメーデルの前にカーラが通り過ぎ、アメリアに向かって優しい声で尋ねた。

「ねぇ、ここの焼き菓子は美味しいけれども、蒸しパンもありますわよね?よかったら売ってくださらない?」

「おい、今取り込み中だよ。帰りな?」

カーラはメーデルの言葉を無視して二人にどのお菓子がいいのかを問い掛ける。
カーラが楽しそうに菓子を物色している時だ。メーデルがカーラを突き飛ばし、肘に怪我を負わせる。

「痛ッ!なんでこんなことをしますの?」

「テメェが会話に割り込んだからだろうがッ!」

メーデルがカーラに殴り掛かろうとした時だ。背後にいた老人が大きな声で「警備隊!」それから「自警団!」と叫んだことによってメーデルの両肩が強張るのが確認できた。
例え恐喝王の娘であっても警備隊と自警団を呼ばれるのは怖いらしい。
メーデルは尻尾を巻いて逃亡していく。
その姿を見て溜息を吐いたカーラだったが、その背後での気配を感じて振り返った。
そこには人の良さそうな顔を浮かべた老人の姿が見えた。
老人は手を差し伸べたものの、カーラは引き攣った笑いを浮かべるばかりであった。
老人がかすかな漂わせる殺気を感じて慌ててその場を離れていく。
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