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第一章『この私、カーラ・プラフティーが処刑台のベルを鳴らせていただきますわ』

本屋での出来事

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「大丈夫ですか?マスター?」

ヒューゴは地面の上に倒れたギルドマスターを優しく抱き起こしながら問い掛けた。

「あぁ、大丈夫だ。……だが、ミーモリティの奴が雇い入れたフリーの駆除人がここまで強いとは予想外だった……」

ギルドマスターはまだ地面に叩き付けられた衝撃が残っているためか、起き上がるのに苦労していた。
歩くのもおぼつかないらしく、ヒューゴの肩を借りながら酒場へと戻っていく。
側から見れば、フラフラとした足取りをしたギルドマスターを助ける姿は酔っ払いを介助しているようにも見えてしまうが、懸命に恩人の介助を行うヒューゴからすれば心外な話であっただろう。

ヒューゴの助けを借りてギルドマスターはやっとの思いで酒場の裏口から生活スペースにある自身の寝室に置かれた寝台の上に寝転んだのであった。
ヒューゴはギルドマスターを看病しながらこの酒場を出る際にギルドマスターが立てた計画を思い返していく。
ギルドマスターはセバスチャンが自分や駆除人たちを子飼いにしようとするのを諦め、密かに別のところから刺客を雇おうしていることをどこから聞き出していたのだ。

自分が殺されるよりも先に刺客を始末しようという話になったのだが、その刺客の腕が予想以上のものであったので、今の彼はヒューゴの手を借りることになってしまったのだ。だが、そのヒューゴのお陰で自分は生きている。
ギルドマスターが更にヒューゴの存在をありがたく思ったのは翌日一番にレキシーとカーラを呼んでくれたことだ。
二人が診察に訪れ、懸命な治療にあたったことからギルドマスターの体調は快方へと向かっていったのである。

「いやぁ、ありがとう。流石はレキシーとカーラだ。駆除の腕もいいが、本業の方もそれに負けていない」

「いやぁ、マスターからそう言われると恐縮だなぁ」

レキシーが照れ臭そうな表情を浮かべて頭を掻く。だが、カーラはマスターに対して真剣な目を浮かべて昨晩の出来事を尋ねた。
マスターは二人にも話すことにした。昨晩のうちに何があったのかを。
淡々とした口調で全てを語り終えたところで二人の体が固まっていることに気が付いた。
駆除人でありながらも恐怖に縛られて言葉が出なかった二人に代わって声を出したのはカーラであった。ただし、その声は恐怖のためかひどく震えていた。

「そのような恐ろしいお方がこの城下に忍び込まれたのですね。私どもも用心しなくては……」

「そうだ。当分は来客はおろか道を歩く時にも気を付けなくてはならない。なにしろ、向こうはすれ違い間際にバサっと斬りそうなところだからな」

「困ったねぇ。この後に医学の本を見たくて本屋に行こうと思っていたのに」
レキシーが残念そうな表情を浮かべて言った。

「でも、お仕事に必要なのでしょう?」

「そうなんだよ。食べ物と同じで絶対に欠かせない存在なのさ」

「でしたら、この後は特に用事もありませんし、私がレキシーさんのお買い物に同行させていただきますわ」

「いいのかい?」

レキシーが思わず目を丸くする。その問い掛けにカーラは迷うことなく首を縦に動かす。
レキシーはマスターの治療を終えてからカーラを伴って本屋へと向かった。
レキシーが向かった本屋は城下の中でも一番だと評判の本屋であり、さまざまな分野の本が所狭しと並べられている。本の多さは入り口の前に箱が置かれ、その中に中古の安い本が置かれているほどであった。それこそ本好きにとっては天国なような場所であった。
レキシーがその本好きにとっての天国で求めるのは家庭用のものではない、本格的な医学書であった。それは最奥部に置かれているのはこれまでに何度も足を運んでいるからこそ知っていた。

その途中にある推理小説が置かれている場所で小さな少年が熱心に推理小説を読んでいることに気がつく。
体をぶつけないように少年の体を交わし、医学書の場所へと向かおうとしたのだが、その時不意にカーラが自身の背中を勢いよく突き飛ばしたのであった。
突然のことに頭が混乱したレキシーであったが、次にどうしてカーラが自分を突き飛ばしたのかを理解した。
目の前で先程の少年が剣を握ったままカーラの上に馬乗りになり、カーラを殺そうとしていたからだ。
恐らく自分を殺そうとして剣を構えたところをカーラが止めたために馬乗りの状態になってしまったのだろう。
馬乗りになられても、カーラは懸命に少年の手首を掴んで少年が自分を刺さないように止めていた。
それを見たレキシーは慌てて大きな声で悲鳴を上げた。
レキシーの悲鳴が本屋の中に響いたことで周りに大勢の人が集まることを期待したのだ。

二人にとって幸運であったのは集まった人間の中にとりわけ頑張っていたのはカーラに普段から世話になっている魚料理が好きなあの男が混じっていたことだ。
魚料理が好きな男にとって元公爵令嬢でありながらもそんなことをお首に出さないカーラは自分にとってのアイドルであった。
そのアイドルを見知らぬ少年が殺そうとしているのだ。到底許せることではなかった。
男は普段の何倍も力を入れて、少年を引き剥がす努力をしていた。

『火事場の馬鹿力』という諺があるようにこの時の男には普段の何倍もの力がみなぎっていた。
この時誰よりも焦っていたのはカーラを襲っていた少年ーーギークの方であった。
ギークとしては何の罪のない一般人を始末するわけにもいかない。だが、この場から逃れなければ危機に陥るのは自分の方だ。
考え抜いた末にギークはカーラから手を引くことにした。
ギークは自分を引き剥がそうとする男の顎に向かって強烈な右ストレートを喰らわせた後に剣を構えたまま本屋から出ていく。
男が顎の下を抑えていると、カーラが優しく顎を撫でてくれていた。

「申し訳ありませんわ。私なんぞのためにあなた様をこのような目に遭わせて……」

「いいや、いいんだ。普段からあんたや先生にはお世話になってるし」

「でも、あなたの大切なお方に申し訳が立ちませんわ」

「いいんだよ。あんたと比べればうちの女房ときたら口やかましい上に下品だし、おれが飯を食おうとするたびに嫌がらせしてくるんだぜ」

「嫌がらせ……と申しますと?」

カーラが顎を優しく摩りながら問い掛けた。

「おれの嫌いな野菜の料理ばっかり作ってくるんだ。やれ、ジャガイモのスープだの、にんじんのソテーだの」

「おばかッ!」

男の愚痴が頂点に達したところでレキシーが男の頭を強く叩く。

「それはねぇ、その人があんたを大切に思ってるからそうしてくれてんだよ!」

「れ、レキシーさん!一応、医者であるというのに怪我をなされた方の頭を叩くのはーー」

カーラが慌ててレキシーを止める。

「おや、そうだったね。ごめんなさい」

周りで笑いが湧き起こった。その後は男を診療所に連れて行き、応急的な処置を施して帰したのであった。
その後に二人はお互いに深刻な顔を浮かべながら今後のことを話し合っていた。

「で、どうするんだい?」

「敵の力が思っていたよりも強力ですもの。私もどうすればいいのか難しいですわ」

「……強請りの王様だもんねぇ。あちこちに情報網を張り巡らせているんだもんね。あたしたちの正体ももしかしたらバレてるのかもしれないねぇ」

「……それなのに公表しないのは何か理由があるからでしょうか?」

「これはあたしの推測なんだけれど、もしかしたらミーモリティの奴はギルドマスターの首だけをすげ替えて、自分の意のままになるような奴を選んで、飼い殺しにするつもりかもしれないねぇ」

「……或いは秘密裏に私たちを処分するつもりかもしれませんわ」

「……いずれにしろ、厄介な敵だということには変わらないよ。どうする?」

「これまでと変わりありませんわ。ミーモリティは外道……ならば駆除人として始末するだけですわ」

カーラは落ち着いた、低い声で言った。カーラの言葉には迷いが見えない。
レキシーは相棒の迷いの見えない姿を見て首を縦に動かす。
今後のことを話し終えた後は仕事の再開である。医学の本は日を改めて買いに行けばいい。
二人が診療の準備に取り掛かろうとした時だ。診療所の入り口から可愛らしいソプラノ声が聞こえてきた。
カーラが席から立ち上がって応対に向かうと、そこには先程レキシーを襲撃し、自分を襲おうとしたあの少年が立っていた。
カーラは慌てて服の袖に仕込んだ針を取り出そうとしたのだが、少年はカーラの腕を優しく掴んで、穏やかな口調で言った。

「安心して、今回は二人の命を狙いにきたわけじゃないから。その証拠にぼくの名前と職業を教えてあげるよ。ぼくの名前はギーク。職業は旅人だ」

だが、カーラは未だに警戒の姿勢を解いていない。それを見たギークは大きな溜息を吐いてから呆れたような口調で言った。

「……命を狙いにきたわけじゃないって言ってるじゃん。分からない人だなぁ」

「そんなこと信用できるものですかッ!」

カーラが叫んだ時だ。ギークがカーラの首元に剣を突き付ける。
ヒヤリとした感触が首を通して全身に伝わっていく。カーラは震えはしなかったものの、人間の反射的条件として冷や汗が出るのはどうしても止められなかったのだ。
しかし、冷や汗を流しながらも口調が落ち着いていたのは彼女が駆除人であったからだろう。

「……そうした態度が信頼できませんの。お分かり?」

「そっちが信頼してくれないからでしょ?でも、いいよ。じゃあ、ここは平等に矛を引っ込めて手打ちにしようよ」

ギークの言葉に従ってカーラは腕を下ろし、ギークも持っていた剣を鞘の中に収めたのであった。
彼は診療所の中へ踏み込み、中にあった椅子に深く腰を掛けたのであった。
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