上 下
26 / 217
第一章『この私、カーラ・プラフティーが処刑台のベルを鳴らせていただきますわ』

王子帰る

しおりを挟む
孤児院でのボランティアを終えた二人は今後のことを話し合うために自身の家へ戻っていた時だ。
家の前でヒューゴが右往左往している姿に気が付いた。
堪らなくなってカーラが声を掛けた。

「あら、ヒューゴさん。どうかなさったの?」

「あっ!カーラ!聞いてくださいよ。マスターったら他の駆除人と話があるからって忙しいから、オレに話を持っていけって言うんですよ!」

「ヒューゴさんに?」

「えぇ、なんでも今回の駆除は大物らしくて、あんたとレキシーさんじゃないとダメなんだと」

その言葉を聞いて二人は顔を見合わせた。

「……まぁ、話だけでも聞いてくださいよ」

ヒューゴが持ってきた話によれば今度の標的は強請りの腕だけで貴族の位を得た成り上がり者で今では王国の軍務大臣を任されているセバスチャン・ミーモリティという男であった。
男は軍務大臣の地位に就いているが、その実態は軍務大臣というよりは諜報大臣という方が近く、貴族どころか王族までも彼に重大な秘密を握られているのだという。

「私が宮廷にいた頃にお噂を耳にしたことがありますわ。なんでもあの男のせいで多くの人々がその運命を狂わされたのだとか……」

「えぇ、そいつを仕掛けてくれとマスターからのお達しでね。こいつはどうしてもお二人さんでなくてはならない仕事なんです。どうでしょうか?」

「……少し考えさせてもらってもいいでしょうか?」

カーラが意味深に呟くのを見て、ヒューゴは察した。カーラがあの旅の時と同じようにまたしても無意味な仕事を行おうとしているのだ、と。
ヒューゴは今度は強い口調で詰め寄り、カーラに顔を近付けていく。

「もうやめてくださいって言ったでしょう!どうして、あんたは無駄なことをしようとするんです!復讐のための資金集めはどうしたんです!?」

「この三ヶ月で随分とお金を溜め込みましたのでご心配なく」

「嘘ですッ!だいたいあんたはーー」

「失礼、邪魔するよ」

その声を聞いて三人が慌てて背後を振り返ると、そこにはフィンの姿が見えた。

「で、殿下……先程のお話は聞いておりましたの?」

カーラの声が震える。もし、害虫駆除人であることが知られればフィンを消さなくてはならないからだ。カーラはレキシーとヒューゴの両名に目配せを行う。
全員が臨戦態勢に入り、フィンを始末しようとした時だ。
「なんのことだ?」と、フィンは首を傾げながら尋ねた。
その表情からは演技には見えない。本当に知らないと言っているような惚けた表情だった。
それでも安心はできない。引き続き表向きは笑顔を浮かべながらも裏で警戒の心を抱いていたカーラの緊張を和ませたのはフィンが優しい笑みを浮かべながら発した一言であった。

「すまなかったな。カーラ。いきなり訪ねてしまって」

「えっ?」

「いや、家にまで訪れたことを詫びようと思ってな。オレは最低だ。だが、聞いてくれ、あの日、奇しくもオレがことを起こそうとした前日にとある混乱が起きてな。それが収まるまではあの土地を動けなかったのだ。だから家まで押し掛けてしまった。許してくれ!」

フィンの話によれば父王が混乱が収まるまで土地を動かすことを許さなかったらしい。フィンが帰還を許されたのはようやく混乱が落ち着いた二週間ほど前のことであった。やっとの思いで城下に戻った彼にはまたしても警備隊の仕事が父王から与えられたのだそうだ。

「……そうだったのですね。構いませんわ。殿下も本当にお疲れ様でした」

カーラの声は優しかった。本心からフィンを労るもので間違いはない。
それを聞いて穏やかな心中でなかったのはヒューゴだった。彼の胸の中で何かが引っ掛かったような気がした。
あの日宿屋でレキシーに指摘されて、カーラへの恋心を自覚してからフィンのことが気になって仕方がなかったのだ。
下手に目立つことは駆除人という稼業を行う上でよくないことであるとされるが、それでもフィンには突っ掛からざるをえなかった。

「失礼致します。平民としては出過ぎた真似を仰る無礼を先にお許し願いとうございます。その上で私の言葉を聞いていただけないでしょうか?」

「なんだ?」

「……仮にもなぜ王子であるあなた様がかつての位は知りませんが、今では一介の市民に過ぎないカーラに付き纏うのです?」

それを聞いたフィンはかつてカーラ本人から同じ言葉を言われたことを思い出す。
あの日はあの言葉を聞いて素直に立ち退いたが、何度も通い詰めるにつれてやがて言われなくなってきたことを思い出した。
お互いに空いた時間を通して喋るうちにつれて最初の注意など忘れて打ち解けていったことを思い返す。
だが、こうして別の人物から改めて言われると言い返せない。
カーラが好きだからという個人的な思いからという理由はフィンからは恥ずかしくて言い出せなかった。
それをいいことにヒューゴがグイグイとカーラの元に詰め寄っていく。

「殿下、お願い致します!お応えください!!」

「……つまらぬ用事だ。カーラが迷惑だというのならばオレはもう来ないことにしよう」

「そうしてください!カーラだって毎回時間を取られるのがーー」

「ヒューゴさんッ!」

カーラが慌てて止めに入る。いくら自分のことを思っての発言であるとはいえあまりにも失礼であったからだ。
ヒューゴはカーラが止めに入ったことでようやく行き過ぎに気が付いたのか、慌てて頭を下げて謝罪の言葉を述べていく。
同じようにカーラもフィンにそれまでの非礼を詫びたのであった。
カーラからも頭を下げられたのならばフィンとしては許す他になかったし、それに自分にも非があった。
フィンは快く許し、その日は二人の家を後にして去っていく。
もはや自分にとって宮廷よりも馴染みの場所となった司令官室の扉を開けると、そこにはいてはいけない人間が長椅子の上に座ってくつろいでいた。

「お帰りなさいませ。殿下」

セバスチャン・ミーモリティはでっぷりと太った体を司令官室に置かれた長椅子の背に預けながら、お茶を片手に我が物顔でくつろいでいた。

「貴様を招いた覚えはないぞ。どこから入ってきた」

フィンが敵意を剥き出しにしながら問い掛ける。

「まぁ、そんなことはどうでもいいでしょう?問題はあなたの行動ですよ」

「行動だと?」

「えぇ、殿下……最近社交界では噂になっておりますな。弟君の王太子殿下よりもあなた様の方が次代の国王に相応しいのではないか、と」

「何をバカな」と、フィンは鼻で笑った。父王が贔屓しているのは弟である。
それに社交界でも品のいい弟の方が国王に相応しいと前々から噂になっていたではないか。
フィンは確信した目の前の男が嘘を吐いていると、そのため男を追い返そうとしたのだが、男は帰らない。
そればかりか鮫のように尖った両目に青白い光を光らせながらフィンに向かって言った。

「いえいえこれは本当の話です。弟君が新たに婚約者になされたプラフティー公爵家の養女、マルグリッタですが、元が平民の身の上であり、義姉……カーラに散々注意されていたのにも関わらずマナーは学ばないわ、宝石やドレスは買い漁るわでもう散々でしてね。特に保守派からのウケが悪いのですよ」

セバスチャンの言葉には妙に説得力があった。でっぷりと太り、堂々と構える彼の言葉が妙に力強かったからだ。

「それでオレに再び光が……というわけか?」

「えぇ、もしかすれば今後は国を二分することになるかもしれませんね」

この時点でもうフィンはセバスチャンの言葉に耳を傾けていた。
その言葉を聞いてフィンは不安になる。正直に言えば弟は気に食わないが、それでも国を二分することだけは避けたい。
そんなことを考えていると、セバスチャンがこちらの方を向いていた。
ニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かれながら自身の顔を見つめていた。

「で、ここからが本題なんですがね。殿下、あなた……何回か駆除人ギルドに出入りしていましたね?」

「な、何を……」

「おっと、おとぼけになられても無駄ですよ。あなたは少なくとも過去に二件、害虫駆除人なる殺し屋たちに殺人を依頼しているはずだ。少し前にロッテンフォード公爵家が全滅した一件とモー・グリーンランド殺人の一件がそうでしょう?」

どこで情報が漏れたのだろう。フィンの顔が絶望のうち青くなっていく。
その様子を見てセバスチャンは怪しげな笑みを浮かべた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

これが普通なら、獣人と結婚したくないわ~王女様は復讐を始める~

黒鴉宙ニ
ファンタジー
「私には心から愛するテレサがいる。君のような偽りの愛とは違う、魂で繋がった番なのだ。君との婚約は破棄させていただこう!」 自身の成人を祝う誕生パーティーで婚約破棄を申し出た王子と婚約者と番と、それを見ていた第三者である他国の姫のお話。 全然関係ない第三者がおこなっていく復讐? そこまでざまぁ要素は強くないです。 最後まで書いているので更新をお待ちください。6話で完結の短編です。

彼はもう終わりです。

豆狸
恋愛
悪夢は、終わらせなくてはいけません。

【完結】あの子の代わり

野村にれ
恋愛
突然、しばらく会っていなかった従姉妹の婚約者と、 婚約するように言われたベルアンジュ・ソアリ。 ソアリ伯爵家は持病を持つ妹・キャリーヌを中心に回っている。 18歳のベルアンジュに婚約者がいないのも、 キャリーヌにいないからという理由だったが、 今回は両親も断ることが出来なかった。 この婚約でベルアンジュの人生は回り始める。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?

詩海猫
恋愛
私の家は子爵家だった。 高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。 泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。 私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。 八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。 *文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

処理中です...