婚約破棄された悪役令嬢の巻き返し!〜『血吸い姫』と呼ばれた少女は復讐のためにその刃を尖らせる〜

アンジェロ岩井

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第一章『この私、カーラ・プラフティーが処刑台のベルを鳴らせていただきますわ』

這いつくばり姫

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「あら、埃がついていましてよ。あなた……居候のくせに掃除もできないの」

「でも、お姉様…‥私、ちゃんとやりましたわ」

「お黙りッ!本当、なんという強情な子なのかしら。ねぇ、お母様?」

「え、えぇ、そうだねぇ」

レキシーはどこかぎごちない声で答えた。そのまま自身が喋るべき台詞を語ろうとしたのだが、頭の中が白くなり台詞が入ってこない。
見かねたのか、カーラがアドリブの台詞を発して、彼女の近くにより棒読み気味のレキシーに小さな声で耳打ちする。

「レキシーさん。この次の台詞は『お前のようなグズは手で掃除を行いッ!』ですわ」

「あっ、あぁ、お前のようなグズは手で掃除を行い」

レキシーによる棒読みの台詞が飛ぶ。

「ほぅら!さっさと行いなさいなッ!」

レキシーの代わりにカーラがアドリブで這いつくばり姫役の女性から小物の箒を投げ捨てて怯えている這いつくばり姫役の女性を睨む。
鬼気迫るカーラの演技に素で怯えてしまったと思われる女性は泣き声を上げて謝罪の言葉を述べていく。

「ふん、謝るだけならば猿でもできますわ。いきましょう。お母様」

と、カーラはレキシーを連れて舞台袖へと引っ込む。この後は泣いている這いつくばり姫の元に同情した村の人たちが現れて、ドレスと馬車を見繕う場面が展開されるのである。
舞台袖に引っ込んだカーラとレキシーの両名は休む暇もなく台本確認を行う。
というのも、この二人の後の出演場面は物語のトリとなる舞踏会の場面であり、這いつくばり姫との最後の対決を行う場面なのだ。
その際に継母と義理の姉が喋る台詞は最重要の台詞となり、台詞を間違えればそれだけで舞台が左右されるので二人は休む暇も惜しんでいるのだ。

「レキシーさん。『這いつくばり姫』の最後の場面ですわ。舞踏会に訪れる這いつくばり姫……王子と幸せそうに踊る姫の姿を見て、嫉妬して嫌味をぶつける継母と義理の姉……物語の最終局面でしてよ」

「……あたしもさぁ、小さい頃に読んだはずだからね。大体の内容は覚えているはずなんだけどねぇ。なかなか頭に入らないんだよ」

レキシーは先程までの舞台での経験からすっかりと弱気になっていた。故に普段の駆除の時ですら吐かないような弱音を吐いてしまったのだ。
その姿を見て少しばかり罪悪感に突き動かされたのか申し訳ない表情を浮かべながらカーラが謝罪の言葉を述べた。

「……無茶な推薦を行ったのは承知しております。本当に申し訳ありませんわ」

「でも、まぁ子どもに残念な思いをさせたくなかったんだろ?仕方がないよ。ちゃんと台詞を覚えないとね」

カーラは台本を読みながら言った。

「ありがとうございます。あっ、次の場面が物語の転換点となりますの。ここの台詞は重要ですからお忘れなきよう」

二人が台詞合わせを終え、レキシーが新たに掌の中に舞踏会での台詞を手に書いて、いよいよ舞踏会の場面へと移る。
『這いつくばり姫』の最重要場面となる舞踏会ではこの舞踏会で義母と義理の姉が美しく踊る這いつくばり姫に嫉妬し、言い掛かりをつける場面があるのだ。
その場面を二人は演じなければならないのだ。

「恐れながら殿下……その子は賤しい『這いつくばり姫』ですわ。あなた様のような高貴なお方には似合いわせん。そんなことよりも私などはどうかしら?私の方がこんな下賤な女より何倍もあなたに釣り合う令嬢でしてよ」

カーラの迫真の演技に観客席の子どもたちからどよめく声が聞こえる。カーラの板にハマった憎まれ具合が子どもたちの憐憫の情を刺激したらしい。
ちょろちょろと漏れている怒声を一緒に芝居を見ていた先生が必死に宥めていた。
レキシー自身もカーラの演技に圧倒されながらも拙い演技で必死に芝居を行っていた。二人の努力で芝居は難なく進み、行き詰まることもなく物語は終盤に向かって突き進んでいった。

二人の罵声が頂点に達し、這いつくばり姫を汚い声で詰った時だ。王子が這いつくばり姫を庇うように前に立って、なおも王子に迫ろうとする継母と義理の姉を兵士に捕えるように叫んだ。
継母と義理の姉は兵士に囲まれ、その体を掴まれながら見苦しい声を上げて牢獄に運ばれていく。それを見た王子は『這いつくばり姫』の手をとって、優しい声で妃にすると宣言するのであった。
最後に王子の手が『這いつくばり姫』の手を握り愛を囁きあって強く抱きしめたところで、子どもやその教師を含めた観客からの拍手が飛び交い舞台は大盛況のうちに終了したのである。
舞台が終了し、衣装を着替えて終えて後片付けを手伝うカーラの元に先程、劇で這いつくばり姫を演じた従業員の女の子が駆け寄ってきたのだ。

「カーラさん、それにレキシーさん。今日はありがとうございました!お二人とも急だったというのに……」

「いえいえ、私も楽しゅうございましわ。衣装作りを手伝えた上に幼い頃に見た童話の悪役までやらせていただけましたもの」

「子どもたちも喜んでみたいだしね。あたしも貴重な体験をさせてもらったよ」

「そう言っていただけると助かります。お嬢様も……きっと空の上で楽しげにこの劇をーー」

「こらッ!アメリアッ!何を喋っている!」

短い金髪に舞台俳優を思わせるような整った容姿を持つ美男子がアメリアと呼ばれた少女を大きな声で注意する。
先程芝居で見せたような甘い声とは対照的な険しい声だ。
その男性の剣幕に驚いたアメリアが両肩を震わせながら言い訳の言葉を述べていく。

「ご、ごめんなさい!ルーカス!今日の芝居を亡くなられたオリビアお嬢様が見られたら喜ぶだろうとーー」

「お前、話したのか!?オリビアお嬢様のことを!?」

ルーカスと呼ばれた青年の顔が変わった。辺りの空気が震えんばかりの大きな声を出してアメリアと呼ばれた女性を怒鳴り付けていた。

「落ち着いてくださいな。私はあなた方のお嬢様のお名前も今知ったばかりですのよ。私は詳しい事情なんて聞いておりませんし、知りたいとも考えておりませんわ」

「……そうしてください。あまり我々としても話したいことではありませんから」

美男子がアメリアを連れて立ち去ろうとした時だ。その近くに女性主人の姿が見えた。

「……ご、ご主人様?」

「いいよ。アメリア。話しておあげ……この二人はあたしにとっても大事な人になったんだからね」

「ご、ご主人様!?本当によろしいので!?」

ルーカスの声がうわずる。だが、女性主人は淡々とした口調で続けた。

「構わないよ。話しておあげ」

許可を得たアメリアが宝物殿の扉のように固く閉ざしていたはずの口を開いて話を始めていく。
アメリアの話によれば女性主人には少し前まで一人娘が居たのだという。
一人娘は聖女のような優しい性格であり、幼い頃から母親のボランティアについていき、『這いつくばり姫』を始めとした劇では自ら意地悪な義理の姉の役を買って出て、主人公の役をアメリアに譲るほどであった。
同時に学業においても優秀な成績を収めており、順調にいけば菓子店を継ぐのは難しくないと女性主人も考えていた。

だが、一昨年から順調であった歯車が狂い始め、一人娘が変貌したのだ。
学校に行かなくなったばかりか、夜に帰ることが多くなったかと思えば幼い頃からの仲で店の令嬢とその主従というよりは幼馴染でもあるアメリアとルーカスに冷たい態度を取るようになったのだという。
かと思えば店のお金を無断で持ち出そうとしたり、傷だらけで帰ってくることが多くなってきたのだ。
三人が心配していた時にある連絡が入ってきたのだ。
娘が川に身投げしたという話を聞いたのだ。慌てて駆け寄った三人に対し、娘を取り囲んでいた赤い髪にポニーテールをした少女が三人を指差しながら叫んだ。

「この子はこいつらの虐待で死んだんだッ!」

ポニテールの少女とその取り巻きたちは警備隊が駆け付けてくるまで同じ言葉を叫び続けていた。
後でその件に関しては冤罪だと判明したものの、判明するまでは三人は病院で横たわる少女の見舞いにも行けず、警備隊に犯罪者であるかのように睨まれていたのだ。
それから病院に戻ってきた少女は数日後に誰にも何も言わずに自ら死を選んだ。
そこまで女性主人が話し終えたところでアメリアがポロポロと泣き始め、ルーカスがその背中を優しくさすっていく。

「……これが真相さ。今回手伝ってもらったあんたらには話せたけど、誰にでも話せる話じゃないんだ。……そして、あたしの娘を不憫だと思うんだったらあんまり人には話さないでほしいんだ。お願いだよ」

女性主人は背を向けたかと思うと、他の場所を片付けに向かう。
それを聞いたカーラとレキシーは密かに顔を見合わせてお互いに首を縦に動かす。
特にレキシーの目は怒りに燃えていた。
カーラは密かにレキシーの耳元で囁いた。

「どうでしょう?レキシーさん?」

「……言うまでもないだろ?あたしらの出番さ」

「……わかりましたわ。帰ったら準備致しましょう」

カーラは後片付けを続けながら言った。
この時既に太陽は西に沈んでいた。
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