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第一章『この私、カーラ・プラフティーが処刑台のベルを鳴らせていただきますわ』

三ヶ月の間に

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「精が出るねぇ」

レキシーは部屋で一人せっせと子供用の衣服を縫うカーラに激励の言葉を投げかけた。両手にはカーラの好物である果物入りのカップケーキと特製の茶葉を用いたお茶を載せたお盆があった。

「レキシーさん。ありがとうございます」

「あんたも大変だねぇ。いくら世話になっている服飾店の知り合いの店がやるイベントだからって無料でそんなものを作るなんて」

「ウフフ、ですから先日駆除を増やしたのですわ。お陰でお食事はできましたわ」

「……けど、お針子の費用は全部その子供用の服の生地の代金に消えてしまったんだろ?」

「えぇ、でも、私は菓子屋の店主さんからいただけるはずの費用を断って無償でお針子の費用を全てこちらに注ぎ込んだんですのよ。後悔なんてしておりませんわ」

カーラは顔にキッパリと言い放った。

「偉いねぇ。そんな大量の衣服を自腹切って無料で縫って配るなんて……あたしには真似できないよ」

「あら、レキシーさんは無料でお可哀想な小さい人たちを診療なさっておられるではありませんの?それで十分ではなくて?」

この時カーラは無駄口を叩きつつも手を動かしていたので、喋り終える頃には最後の衣服を完全に縫い終えていたところであった。
それを見たレキシーが楽しげに手を叩いていく。

「全部完成したのかい?」

「えぇ、二ヶ月かけた甲斐がありましたわ」

「大変だったねぇ。あたしは服に関しては素人だけれど、どれも上等に見えるよ。男の子の服は格好良く縫われてるし、女の子の服もすごく可愛く縫われてる。こんなすごいものを二ヶ月間毎日欠かすことなくよく作れたもんだねぇ」

レキシーは感心するように言った。それからカーラの机の上にお茶とお茶菓子を置いて部屋を去ろうとしたときだ。

「せっかくですからレキシーさんもお茶とお茶菓子をいただきません?」

「いいのかい?」

「えぇ、旅行から帰ってきて三ヶ月……お互いに苦労したのでその慰労ということで」

「あいよ。じゃあ、あたしもお茶を淹れてくるからちょっと待っておくれよ」

レキシーは明るい声を出して部屋を出ていく。カーラはそんなレキシーの後ろ姿を見送りながらあの旅から帰ってからの三ヶ月にあったことを思い出していく。
旅から帰ってからの一ヶ月は本業も裏の稼業も大忙しであった。
「体がいくつあっても」というほどにレキシーとカーラは身を粉にして働いていた。
本業においては旅行の間に溜まっていた診療所やお針子の仕事に追われ、裏の方ではギルドマスターを通しての依頼を受けて「生かしておいてはためにならない人でなし」を五人ほどあの世に送っていた。特にカーラはその合間に大量の子供用の服を仕立てていたのだからその心労は相当なものであったに違いない。

目を回さんばかりの忙しい日々を送っていた一ヶ月目の最終日に出来立ての紅色のドレスを仕立てて服飾店に持っていった時のことだ。
服飾店の知り合いだという大きな菓子の店の女性主人と出会ったのだ。
女性主人とはその場で打ち解けたのであった。
打ち解けた後でお針子職人としての腕を見込まれ、孤児分の服を仕立て上げることを高い報酬で頼まれた。
先程、述べたようにカーラはこれを心地よく了承したばかりか、報酬を蹴り、無償で引き受けたのであった。そして後日レキシーにもそのことを伝え、彼女からも許可をもらい準備は整えられた。

後日診療所にわざわざ菓子店の主人が訪れ、レキシーにも孤児たちによる診療を依頼した。その際に革の袋に入った金貨を渡されたが、レキシーはそれを断り、カーラ同様に無償で引き受けたのであった。
だが、女性主人の顔が元気ではなかったので、不審に思ったカーラが尋ねると、女性主人は深刻な表情を浮かべて言った。

「……実は孤児院で披露する劇に出演する予定だった子が怪我をしてね。出れなくなっちゃったの。今から代役を探さなくてはいけないのだけれど……」

「それならば私が代理として出演させていただきましょうか?」

「本当!?」

「えぇ、ですので台本をお渡し願えませんか?」

だが、この時に女性主人から渡された台本を見てカーラは思わず目を丸くしてしまう。
というのも、台本には『這いつくばり姫』という有名な童話の名前が記されていたからだ。
それは女の子ならばいや、子どもならば身分関係なく必ず目を通す御伽噺の入り口ともいうべき話だ。

話の内容というものは勧善懲悪のいわゆるラブストーリーである。
両親と共に幸せに暮らしていた主人公が母親の死に伴って父親が再婚した継母とその連れのである義理の姉に虐められ、いつも地面の上に這いつくばされていたことから悪意を持って『這いつくばり姫』と呼ばれるようになったのだ。
ある日城にて王子の婚約者を募る舞踏会が開かれ、その舞踏会に参加するために継母と義理の姉は出掛けたのだが、二人から疎まれて、残された『這いつくばり姫』は家の窓から城を眺めながら城の舞踏会に参加したいと考えていた。
その姿を不憫に思った村の人たちがドレスと馬車を用意し、主人公は村の人が用意したドレスを身に纏い、馬車に乗って城に辿り着き、舞踏会で王子に見染められて幸福になるという物語であった。

カーラは台本を渡された時、かつて公爵令嬢だった時の自分が『這いつくばり姫』に登場する義理の姉と立場が被ってみえたことがおかしかった。
もっとも童話と異なるのはそれが全て『這いつくばり姫』の立ち位置にいた義妹がでっち上げたものばかりであったことだが……。
事実はともかくカーラが自分がまた貴族の令嬢のように振る舞えることが嬉しくて、提案を二つ返事で受け入れ、他の仕事や作業の傍らで台本を毎晩欠かす事なく寝る前に読み込み、自分がそれを演じる姿を想像して楽しんでいたのだった。
今では寸劇で演じる悪役の台詞はこの場で詠唱できるまでに覚えており、一度同じ舞台に立つ人たちから関心を持たれたほどだった。
カーラがレキシーを待つまでの暇潰しに悪役の台詞の詠唱を行なっていると、お茶を持って戻ってきたレキシーが目を丸くして声を上げた。

「あ、あんた、いつの間にそんな悪どいことを言うようになったんだい!?」

「ご、誤解ですわ!これは明日の劇の台詞ですの!」

「あ、あぁ……そうだったね。そういえば寝る前によくそんな台詞を吐いていたねぇ」

「そうですわ。オホホホ、さぁ、お茶に致しましょう」

カーラはレキシーの気を逸らし、またしても明日の舞台で自分が言う台詞について考えていくのであった。
だが、翌日の舞台で思わぬ出来事が発生してしまった。
レキシーの診察が済み、カーラが服を配り終えた時だ。思わぬトラブルが舞い込んできたのである。

「なんですって!?継母役の人が体調不良!?」

カーラは女性主人から率直に告げた。

「……そうなの。さっきまでは元気だったのだけれど、急に倒れてしまって……今は院の病室でレキシーさんが診てくださっているわ。私は眠っているその人についていてあげないといけないの。子どもたちには可哀そうだけれど、劇は中止するしかないね」

「あら、その必要はございませんわ。私ぴったりの代役を知ってますもの」

診察を終えて建物から戻ってきたばかりのレキシーはその言葉を聞いて首筋から冷や汗が流れていく。嫌な予感がしたのだ。
慌てて逃げ出そうとするレキシーの服の襟を掴みながらカーラは自信満々に言った。

「レキシーさんですわ。私の同居人であり先生であるレキシーさんならば義理の姉を演じる私との相性もピッタリですもの!台詞の方もご心配なく!手のひらに書いておけばバレませんわ!」

「……やるしかないみたいだね」

レキシーは呆れたように言った。
その後で菓子屋の使用人頭である壮年の男性の指示のもと、急遽劇の準備が組まれ、慌ててカーラや他の従業員によるレキシーに合わせた継母の衣装の手直しや他の出演者となる菓子店の従業員を交えての緊急の台詞合わせが行われた。
緊急の準備が終わった後で孤児院の庭にて臨時の舞台が組まれ、大勢の子どもたちの前で劇が開かれることになった。
レキシーは舞台の袖で胸をドキドキと鳴らしながら産まれて初めてとなる舞台の上に足を踏み入れたのである。












本日思うところがあり、タイトルを変更させていただきました。申し訳ありません。
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